第24話 絶体絶命の奇策
セーラの絶叫が、静かな川辺に突き刺さった。
「――待ち伏せだ!伏せろ!」
ヒュン、と空気を切り裂く鋭い音。直後、俺たちの足元に数本の矢が深々と突き刺さる。
それと同時に、周囲の茂みが一斉に揺れ、いくつもの縄がギリギリと引き絞られる甲高い音が響き渡った。
見上げると、斜面の上から巨大な丸太がいくつも、俺たちめがけて転がり落ちてくる。地響きを立てながら迫る、圧倒的な質量。一本一本が荷馬車ほどもありそうな、悪意に満ちた巨木だ。
「くそっ!」
ヴァーミリオン商会の傭兵部隊。その残党が、最後の意趣返しとばかりに、この場所に罠を仕掛けていたのだ。
逃げ場はない。左右は切り立った斜面、背後は川。前方は死の巨木。
轟音と共に迫りくる丸太が、俺たちの視界を覆い尽くした。
'死ぬ……!'
脳が警鐘を乱れ打つ。ゴードンとライアンの顔が恐怖に引きつるのが見えた。だが、その絶望の淵で、俺の思考は異常なほどクリアだった。
'アイテムボックス……! 物を『収納』するスキル……! 物理的な物体なら、何でも……! ならば……!'
閃きは、ほとんど狂気に近かった。
俺は地面に膝をつき、両手を地面に叩きつけた。
'アイテムボックス! この足元の地面を、可能な限り深く、広く、『収納』しろ!'
次の瞬間、俺たちの足元で信じられない現象が起きた。
ゴゴゴゴゴ……!という地鳴りと共に、俺たちが立っていた地面が、まるで巨大なスプーンで抉り取られたかのように、一瞬で消失したのだ。
「なっ!?」
「うわあああっ!」
突然の浮遊感にゴードンとライアンが悲鳴を上げる。俺たちが立っていた場所は、深さ二メートルほどの巨大な穴へと変貌していた。
俺は叫んだ。
「伏せろ! 塹壕だ! ここに飛び込め!」
俺が咄嗟に作り出した穴に、俺たちはもつれるように転がり落ちる。
その直後、頭上を巨大な丸太が凄まじい轟音と共に通過していった。土くれと暴風が、塹壕の中にいる俺たちに襲いかかる。数秒間、世界が揺れ、何も見えなくなった。
やがて地響きが遠ざかり、舞い上がった土煙がゆっくりと晴れていく。
「……た、助かった、のか……?」
ゴードンが震える声で呟く。俺もセーラも、奇跡的な生還に息を呑んだ。
だが、その安堵は一瞬で打ち砕かれる。
「ぐ……あああっ!」
ライアンの、苦痛に満ちた呻き声だった。
「ライアン!?」
見ると、彼の左足が不自然な方向に曲がり、砕けた骨がズボンを突き破って飛び出していた。鮮血が、ぬかるんだ地面をみるみる赤黒く染めていく。
どうやら、塹壕に飛び込む際に、転がり込んできた丸太に足を潰されたらしい。
「坊主!」
「ライアンさん!」
セーラとゴードンが駆け寄るが、その惨状に言葉を失う。
そして、追い打ちをかけるように、土煙の向こうから十数人の人影が姿を現した。
ヴァーミリオン商会の傭兵たちだ。皆、手には剣を握り、殺気立った目でこちらを睨んでいる。先頭に立つ男が、忌々しげに舌打ちするのが見えた。
「ちっ、運のいい奴らめ。仕留め損なったか。だが、もう終わりだ。皆殺しにしろ!」
男の号令と共に、傭兵たちが剣を抜き、俺たちのいる穴に向かって迫ってくる。
* * *
「ナオキ! 坊主を頼む!」
セーラが吼えた。彼女は一瞬で状況を判断し、腰の剣を抜き放つ。
「こいつらは、あたしが引き受ける!」
彼女は塹壕から獣のように飛び出すと、単身で十数人の傭兵部隊へと突っ込んでいった。金属音が激しく鳴り響き、セーラが獅子奮迅の勢いで敵の猛攻を食い止める。
「ゴードン! ライアンの肩を貸せ! しっかり押さえろ!」
俺はライアンに駆け寄り、彼の状態を確認する。顔は真っ青で、呼吸も浅い。
'このままじゃ、ショック死か失血死だ……!'
俺は冷静に、そして迅速に意識を集中させた。
'スキル『鑑定』!'
[鑑定結果]
[対象: ライアン]
[状態: 重傷(左大腿骨開放骨折、大腿動脈部分損傷による大量出血)、意識混濁]
[予測: 5分以内に的確な止血処置を行わなければ失血死の可能性大]
'5分……!'
鑑定結果の冷酷な一文に、背筋が凍る。
迷っている暇はない。俺はマリエクを起動し、必要なものを脳内で検索した。
'外科用の救急キット! 止血帯、消毒液、鎮痛剤!'
[検索結果:外科用救急医療キット 50,000円]
[内容: 止血帯、滅菌ガーゼ、消毒液、縫合針、縫合糸、鎮痛剤(注射式)、etc...]
[信用ランクDペナルティ送料: 8,000円]
[合計消費額: 58,000円]
'銀貨60枚近くか! だが、仲間の命には代えられん!'
残高は金貨19枚。躊躇う理由はない。
問題は、あの忌々しい25%の転送失敗率だ。
'頼む……! 今だけは、来てくれ……!'
祈るような気持ちで購入ボタンを強く念じる。
心臓が止まるかのような、一瞬の間。
そして、懐の中にずしりとした確かな重みが生まれた。
「よし!」
俺は医療キットを取り出し、中身を地面にぶちまける。
サラリーマン時代、会社の指名業務で受けさせられた救護員の教育。その時の知識が、脳裏に叩きつけられるように蘇る。
'まさか、こんな場所で役立つ日が来るとはな!'
見たこともない医療器具の数々に、ゴードンが息を呑んだ。
「ゴードン、ライアンの足の付け根を、この帯で力いっぱい縛ってくれ! 俺が緩めろと言うまで絶対に緩めるな!」
俺は止血帯をゴードンに渡し、自分は消毒液のボトルを開けた。
「ライアン! 気をしっかり持て! 少し沁みるが我慢しろ!」
俺は傷口に消毒液を直接注ぎかける。ライアンが「ぎゃああ!」と絶叫し、暴れようとするのをゴードンが必死に押さえつけた。
次に、アンプルと注射器を取り出し、鎮痛剤を彼の腕に突き刺す。
「な、ナオキさん……その小瓶は一体……? 回復薬か何かですかい……?」
ゴードンが、俺の不思議な手際と未知の道具に震える声で尋ねる。
「旅の商人から手に入れた、珍しい薬だ。これで、少しは痛みが和らぐはずだ」
俺は咄嗟の言い訳をかます。
俺は滅菌ガーゼで傷口を圧迫しながら、セーラが戦う方角に目をやった。
彼女は強い。だが、多勢に無勢。その動きには、徐々に疲労の色が見え始めていた。剣戟の合間に漏れる息が荒くなっている。
'急がなければ……!'
俺はライアンの命を繋ぎ止めながら、この絶望的な状況を覆すための、次の一手を探していた。
* * *
ライアンの呼吸が、少しずつ安定してきた。鎮痛剤が効いてきたようだ。
当面の危機は脱した。だが、戦況は悪化する一方だ。
「はあっ、はあっ……! ナオキ! まだか!?」
セーラの息の切れた声が飛んでくる。彼女の身体には、すでにいくつかの切り傷が刻まれ、血が滲んでいた。
このままでは、セーラが殺される。
'武力じゃ勝てない。数も装備も違いすぎる。なら、別の方法で……'
俺は敵の指揮官――最初に号令を出した男に視線を固定した。
あいつを止めれば、この状況は変わるかもしれない。
'スキル、『鑑定』!'
俺は、セーラと斬り結ぶ傭兵たちの背後で指示を飛ばすリーダー格の男に、意識を集中させた。
[鑑定結果]
[名前: マルコ]
[年齢: 32]
[性別: 男]
[種族: 人間]
[職業: 衛兵隊長]
[LV: 10]
[HP: 150/150]
[MP: 30/30]
攻撃力: 50
守備力: 34
力: 35
素早さ: 28
知力: 15
運の良さ: 22
[状態: 焦燥、不満(ボルマン会頭への不信感と未払い報酬への苛立ち)]
[背景: 元ヴァーミリオン商会所属傭兵。ボルマンの強引なやり方に強い不満を持ちつつも、故郷の村にいる病気の妹に送る薬代のため、多額の前借金があり逆らえなかった。ボルマンが失脚し、商会が壊滅したという情報はまだ知らない。]
[弱点: 妹の病状。金銭への強い執着。現在の不安定な立場。]
'……これだ!'
LV2に強化された鑑定結果に表示された『背景』と『弱点』の項目を見て、俺の口元に確信の笑みが浮かんだ。
ボルマンはもういない。ヴァーミリオン商会も、金獅子商団に潰された。
こいつらは、支払い元のいない、ただの宙ぶらりんな傭兵集団に過ぎない。そして、その事実を、こいつらはまだ知らない。
「セーラ!」
俺は立ち上がり、叫んだ。
「もういい! 下がってろ!」
「はあ!? あんた、何を……!」
俺はセーラの制止を無視し、無防備に塹壕から這い出した。そして、ゆっくりと両手を上げ、敵の隊長であるマルコに向かって歩き出す。
「待て」
俺の静かな声に、傭兵たちの動きが止まる。マルコが、訝しげな目で俺を睨みつけた。
「……なんだ、命乞いか?それとも、ついに狂ったか?」
俺は不敵に笑い、首を横に振った。
「いや。隊長さん、あんたに『取引』を持ちかけに来た」
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