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異世界ネットショッピング  作者: たにやん
第1章 第2の人生のはじまり

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第23話 獅子の算段 ~ゲルト視点~

今回はゲルト視点になります。

'ゲルト視点'


商業都市フェルム、金獅子商団のギルドマスター、ゲルトの書斎。

重厚なマホガニーの机、壁一面を埋め尽くす革表紙の書物、そして暖炉で静かにはぜる炎。部屋を満たすのは、古き良きワインと、勝利という名の芳醇な香りだった。


ゲルトは深く革張りの椅子に身を沈め、満足げに膝の上の帳簿を指でなぞった。長年の宿敵、『ヴァーミリオン商会』の裏帳簿。その重みは、一つの時代の終わりを告げていた。


「実に、見事な狩りの成果だ、ハインツ」


ゲルトが呟くと、影のように控えていた老執事が恭しく頭を下げた。


「はっ。ヴァーミリオン商会の主要な取引先は、今朝までにすべて我らが押さえました。市内の噂に敏感な中小の商人どもは、雪崩を打って我らに鞍替えを。もはや虫の息どころか、死骸にございます」


「衛兵団の動きは?」


「迅速かつ的確に。ボルマン会頭をはじめとした幹部全員の身柄を拘束したとの報せが入っております。長きにわたった我らとの戦いも、これで完全に終止符が打たれましたな」


ハインツの言葉に、ゲルトは笑みを深める。


「うむ。奴らがグルフ街道を封鎖し、裏で何かを企んでいるという噂は、この数ヶ月、我らの頭痛の種であった。だが、噂は所詮、風聞よ。それを、この一冊の帳簿が全てを『事実』に変え、奴らの喉元に突き立てる確かな『証拠』という刃になった。奴らの息の根を止める、完璧な大義名分をくれたわ」


執事のハインツは、主の言葉に静かに頷きながらも、その表情には畏怖の色が混じっていた。


「しかし、信じられませぬ。始まりは、あの黒胡椒の小袋一つ。我らも、ヴァーミリオンも、完全にあのナオキという男の掌の上で踊らされていたとは……」


「そうだ」


ゲルトは心底おかしそうに喉を鳴らした。


「奴はまず、我らが喉から手が出るほど欲しがっている『ヴァーミリオンの不正の噂』という餌をちらつかせた。我らがそれに食いついたのを確認すると、その勢いを借りてまんまとヴァーミリオンの懐に潜り込み、この『心臓』を抜き取ってきた。まるで伝説の盗賊のようにな」


ゲルトは指を組み、言葉を続ける。


「しかも、我らには『情報』を売りつけて信頼を得、ヴァーミリオンには『黒胡椒』を売りつけて金貨をせしめる。双方から利益を上げる大胆不敵さ、そして実に狡猾な知恵。あの小僧、ただの旅人では断じてない」


「例の件、調査は進んでおりますか?」


「それが……」


ハインツは悔しそうに顔をしかめた。


「面目もございません。手練れの者を使い、あらゆる筋を辿らせましたが、過去が一切掴めませぬ。まるで、ほんの数週間前に、この世界に『湧いて出た』かのようでございます。縁者も、故郷も、何一つ……」


「湧いて出た、か。面白い」


ゲルトはゆっくりと立ち上がり、窓の外に広がるフェルムの夜景を見下ろした。ヴァーミリオン商会の建物があった一角は、今はもう金獅子商団の兵たちが固めている。街の灯りが、まるで彼の勝利を祝福しているかのようだ。


「出自不明、常識外れの行動力、そして誰も持ち得ぬ希少な商品の供給ルート。おまけに、ヴァーミリオンの牙城からいとも容易く『心臓』を抜き取ってくる、あの神業じみた手腕……。まるで、神が遣わした厄介者だな」


「あまりに異質。危険すぎます、旦那様」


ハインツが、珍しく強い懸念を口にする。


「あの男、我らの誘いを一度はねのけました。『駒にはならない』、と。あの目は、決して飼い慣らす事は出来ないでしょう。

下手に近づけば、いずれ我らの喉笛に噛みつきましょうぞ」


「わかっておる。だからこそ、だ」


ゲルトは振り返り、その鷲のような目に獰猛な光を宿した。


「だからこそ、こちらも対等な『取引相手』として手を差し伸べたのだ。猛獣を御するには二つの方法がある。一つは頑丈な鎖で繋ぐこと。もう一つは、腹一杯になるほどの肉を与え、狩りの獲物の一部を分け与えることだ」


彼はゆっくりと書斎を歩きながら、ハインツに語りかける。


「前者はいつか鎖を食い破られる。だが後者ならば、奴は我らのために、より大きな獲物を狩ってくるだろう。グルフの再建、そしてカオリンの独占供給契約。あれは奴に与えた『肉』よ」


「あの男なら、やり遂げる、と?」


「ああ。奴は、己の価値を正確に理解しておる。そして、それを最大限に利用する術を知っている。金貨二十枚の先行投資など、安いものよ」


ゲルトは再び椅子に深く腰掛け、指を組んだ。


「奴がグルフに新たな『仕組み』を作り、カオリンを我らの元へ運ぶ。その過程で、奴は富と信頼を得るだろう。そして、我らはこのフェルムにおける絶対的な覇権を握る。誰も損をせぬ、完璧な筋書きだ」


「……」


「それに、だ」


ゲルトは、まるで悪戯を思いついた子供のように口の端を吊り上げた。


「わしは、この目で見てみたいのだ。あの得体の知れぬ男が、何をしでかすのかをな」


その言葉に、ハインツはもはや何も言わず、ただ深く頭を下げるだけだった。


「下がってよい。今宵は、久々に良い酒が飲めそうだ」


「はっ」


執事が音もなく退室し、書斎には暖炉の薪がはぜる音だけが響く。


* * *


一人になったゲルトは、年代物の赤ワインをグラスに注ぎ、その芳醇な香りを楽しんだ。勝利の余韻に浸りながら、彼は再びテーブルの上の裏帳簿を手に取る。


'さて、ヴァーミリオンの奴らが、カオリンの他にどんな汚い銭を隠し持っていたか、隅々まで検分させてもらうとしようか'


パラ、パラ、と乾いた音を立ててページがめくられていく。傭兵への支払い、武器の密購、役人への賄賂。どれも予想の範囲内であり、ゲルトの口元には嘲笑の色が浮かぶだけだった。


'ふん、ありきたりな悪事よ。ボルマンも、所詮はその程度の小物だったか'


だが、その油断はすぐに消え去った。

彼の指が、ある支出記録のページで、ピタリと止まったのだ。


'……ん?'


それは、多額の金貨が定期的に、ある組織へと流れていることを示す記録だった。

その取引相手の名を見て、ゲルトの眉がひそめられる。暖炉の火が揺らめき、彼の顔に深い影を落とした。


'なぜ、ヴァーミリオンがここに金を?'


それは、商人ギルドとは全く無関係のはずの組織。むしろ、フェルムの治安と秩序を守るべき、公的な存在。

ゲルトはグラスを置き、険しい表情でその名前を指でなぞった。


'……フェルム騎士団、第二部隊……だと?'


ゲルトの目に、獲物を見つけた獅子とは違う、未知の獣に遭遇したかのような鋭い警戒の色が浮かぶ。


'ボルマンの奴め……ただの強欲な商売敵ではなかった、というわけか。このフェルムの地下で、わしの知らぬ何かが蠢いておる……。'

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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