第21話 敵の敵は味方なり
俺が読み上げた指令書の最後の一文が、静まり返った部屋に重く響く。
「『――その場で、排除せよ』」
彼の言葉が、指令書の冷酷な一文に、恐ろしいほどの現実味を与えた。
ゴクリと、誰かが息を呑む音がやけに大きく聞こえた。ゴードンの顔は真っ青になり、ライアンは震える手で口元を覆う。
「カオリン……カオリンとは何なんだ?」
俺はライアンに問う。
ライアンが震える声で呟いた。
「それは、白く、きめ細かく、耐火性に優れた、最高品質の白色の粘土鉱物……。王侯貴族が使うような高級陶磁器の原料となる、まさに『白い金』と言っても過言ではない。......そう呼ばれる代物です。ヴァーミリオン商会が町一つを潰してまで独占しようとした理由が、これだったんです。そして、その秘密に触れた僕たちを……奴らは絶対に生かしておかない……」
「……......上等じゃねえか。やられる前に、こっちから乗り込んでやろうぜ!」
最初に沈黙を破ったのはセーラだった。彼女は椅子を蹴立てるように立ち上がり、腰の剣に手をかける。その目は怒りに燃えていた。
「待ってください、セーラさん!無謀です!相手は手練れの傭兵部隊を抱えているんですよ!」
ライアンが、震えながらも彼女を制する。
「うるせえ! このままじゃ、どのみちあたしらは狩られる獲物だ! なら、牙の一本でも立ててやる!」
「ですが、証拠を掴んだ今、戦うだけが手じゃありません!この帳簿を使えば……!」
二人の意見が真っ向からぶつかる。突撃か、あるいは別の道か。どちらを選んでも茨の道に変わりはない。
俺は黙って二人のやり取りを聞きながら、心の奥底で囁く冷たい声を押し殺していた。
'一番確実なのは、こいつらを囮に使うことだ'
セーラを暴れさせ、ライアンとゴードンを逃がす。その隙に俺だけが街を抜ける。そんなサイコパスな考えが一瞬頭によぎった。が。
'……だが'
脳裏に、グルフの町の人々の顔が浮かぶ。修理工の老人と少女の笑顔。そして、目の前で俺を信じ、必死に活路を見出そうとしている仲間たち。そして金も何も無かった俺を信用して出資してくれたバルガス。
「ナオキさん……?」
不安そうなライアンの声に、俺ははっと我に返った。
固く拳を握りしめ、心の奥の冷たい声を完全にねじ伏せる。
「ライアンの言う通りだ。だが、ただ逃げるだけじゃ芸がない」
俺は立ち上がり、テーブルの上の帳簿を指さした。
「こいつを、一番高く買ってくれる奴に売りつけに行く」
「高く……買う奴?」
「ああ。敵の敵は、味方だろ?」
俺の言葉に、ライアンは目を見開き、やがて興奮に頬を紅潮させた。
「……まさか!ヴァーミリオン商会に顧客を奪われ、最近没落気味だという、あの……!」
「そうだ。その名を言ってみろ、参謀」
「……『金獅子商団』! フェルムで最も古い商人ギルドの一つです!」
ライアンの目に、確かな光が戻っていた。
* * *
俺たちはすぐに行動に移した。
金獅子商団の建物は、ヴァーミリオン商会のような派手さはないが、歴史を感じさせる重厚な構えだ。
「ナオキさん、お気をつけて……」
「ああ。お前たちはいつでも動けるように準備しておけ」
ゴードンとライアンに後を任せ、俺とセーラは正面から門を叩いた。
用件を告げると、いかにも老獪そうな執事に案内され、静かな応接室へと通される。
しばらくして、部屋に入ってきたのは、鋭い鷲のような目をした老人だった。歳の頃は六十代後半か。だが、その背筋は鋼のように真っ直ぐで、一切の隙がない。
「ごほっ、ごほっ、ごほ、......すまない、最近風邪気味でな。」
「わしが金獅子商団のギルドマスター、ゲルトだ。ヴァーミリオン商会に関する、面白い話があると聞いたが」
「ナオキだ。話の前に、まずはこちらを見てもらおうか」
俺は懐から残りの黒胡椒が入った小袋を取り出し、テーブルに置いた。
ゲルトの眉がわずかに動く。
「……黒胡椒か。それがどうした?」
「……こいつはただの前菜に過ぎない」
俺はそう言って、懐に手を入れるふりをし、『アイテムボックス』に隠していた帳簿を取り出した。
ドン、と重い音を立ててテーブルに置かれたそれを見て、ゲルトの鷲のような目が、初めて鋭く光った。
「……それは」
「ヴァーミリオン商会の裏帳簿だ。あんたたちが喉から手が出るほど欲しがっている情報が、ぎっしり詰まっている」
ゲルトは指先で帳簿の表紙をなぞり、やがて顔を上げる。
「面白い。実に面白い。で、小僧。お主はこれをわしにいくらで売る気だ?金貨百枚か?二百枚か?」
「金はいらない」
俺の即答に、ゲルトは心底意外そうな顔をした。
「……ほう?金ではないと?では何が望みだ」
「二つある。一つは、あんたたち金獅子商団の力で、俺たちの安心安全な生活をこの街で担保してもらうこと。俺たちはグルフの町を再建したいだけで、この街から逃げるつもりはないんでな」
「ふむ。グルフの再建と身柄の保護か。」
ゲルトは感心したように頷くと、値踏みするような視線を俺に向けた。
「で、もう一つは?」
俺はゲルトの目を真っ直ぐに見据え、言い放った。
「グルフの町と、その周辺資源への理不尽な干渉を禁止する。これを、金獅子商団の名において保証してもらう」
「勿論、倫理的に正当な交渉は可能だが」
その瞬間、ゲルトの纏う空気が変わった。穏やかな老人の仮面が剥がれ落ち、獰猛な獅子の本性が姿を現す。彼は帳簿に記された『カオリン原石』の文字を、指でとん、と叩いた。
「この粘土のことか。ヴァーミリオンが街道を封鎖してまで独占しようとした資源……。面白い。グルフを再建し、その利権をお主が握る、と。そういうことか?」
ゲルトの目は、俺の腹の底まで見透かそうとしている。
「独占する気はない。ただ、あの町の者たちに、正当な対価を受け取らせたいだけだ。あんたたち金獅子商団も、グルフから物を買うときは、適正な価格で取引してもらう。それが条件だ」
「……小僧。お主、何者だ?」
「さあな..........。ただのしがない旅人さ。だが、あんたたちに莫大な利益をもたらす情報と、商売敵を完全に叩き潰す大義名分を、今この手に持っている」
沈黙が部屋を支配する。ゲルトは俺の顔と帳簿を交互に見比べ、やがて重々しく口を開いた。
「……よかろう。その取引、乗った」
* * *
取引は驚くほど迅速に進んだ。
ゲルトが鐘を鳴らすと、屈強な男たちが次々と部屋に入り、指示を受けて散っていく。金獅子商団は、まるでこの時を待っていたかのように動き始めた。
「小僧、お前たちは裏口から出ろ。安全な隠れ家を手配してある」
「助かる」
俺とセーラは、執事の案内で建物の裏手へと向かう。
外に出ると、街がにわかに騒がしくなっているのが分かった。遠くで衛兵の笛の音や、人々の怒号が聞こえる。
「始まったみてえだな」
セーラが獰猛な笑みを浮かべる。
俺たちが仕掛けた火種が、巨大な権力争いの導火線に火をつけたのだ。
ライアンたちと合流し、商団が手配した案内人に従って、俺たちは人目を避け、迷路のような路地裏を抜けていく。
やがてたどり着いたのは、商業地区から少し離れた、ごく普通の民家だった。
「こっちです!中は安全です!」
案内人に促され、俺たちは足早に家の中に入る。扉が閉まると、外の喧騒が嘘のように遠のいた。
* * *
家の中は小綺麗に整えられており、当座の生活には困らないようだった。
これでようやく一息つける。そう思った矢先だった。
部屋の奥の暗闇から、一つの人影がゆっくりと姿を現した。
「見事な手際だったな、ナオキとやら」
その声に、俺は息を呑んだ。
そこに立っていたのは、金獅子商団のギルドマスター、ゲルト本人だった。
「あんたか、いつのまに……」
「約束通り、お主たちの安全は確保した。ここは我々の息のかかった場所だ。ヴァーミリオンの手は届かん。だが、わしはこうも言ったはずだ。『これで終わりにするには惜しい』、とな」
ゲルトは俺の目の前まで歩み寄ると、その鋭い鷲のような目で俺を射抜いた。
「お主が持つ、未知の商品ルート。そして、老獪なヴァーミリオンの裏をかく、その知恵。何より、その胆力。素晴らしい。その才覚、このままにするには惜しい」
彼の言葉は、もはや単なる取引相手へのものではない。熱を帯びた、スカウトの言葉だった。
「改めて取引をしないか、ナオキ。お主を、金獅子商団の『客分』として迎え入れたい。もちろん、相応の報酬は用意する。金か?地位か?あるいは、お主が望むグルフの町の復興に、我が商団が全面的に協力するというのでも構わん」
ゲルトは口の端を吊り上げ、宣告するように言った。
「お主は、信頼できる『駒』だ。わしはお主の才覚に投資したいのだ。どうだ?このわしと手を組み、このフェルムで、いや、この国で、大きく稼いでみる気はないか?」
「お主は、信頼できる『駒』だ。わしはお主の才覚に投資したいのだ。どうだ?このわしと手を組み、このフェルムで、いや、この国で、大きく稼いでみる気はないか?」
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