第20話 旦那方の影と市場の罠
俺の言葉に、三人が力強く頷いた。
目的も過去もバラバラな俺たちだが、向かうべき道筋は確かに一つに定まった。
「それで、参謀殿。何か手掛かりはあるのかい?」
セーラが残っていたエールを呷ながらライアンに視線を送る。不意に話を振られたライアンは、びくりと肩を震わせたが、すぐに真剣な表情で頷いた。
「はい。この半日で市場を回り、いくつか気になる噂を拾ってきました」
ゴードンも、不安と期待が入り混じった顔で彼の言葉に耳を傾けている。
「フェルムには大きな商人ギルドが三つあります。その中で、ここ数ヶ月で急激に羽振りが良くなっているのが『ヴァーミリオン商会』です」
「ヴァーミリオン商会……。聞いたことねえな」
「ええ、新興の商会ですが、主に鉱物や木材といった資源を取り扱っているようです。……妙なのは、彼らが扱う商品に、この近辺では産出されないはずのものが含まれている点です」
ライアンは懐から取り出したメモをテーブルに広げた。そこには彼の几帳面な文字で、商会の名前や取引品目がリストアップされている。
「それに、あの山賊……いえ、傭兵たちの装備は明らかに統一されていました。あれだけの武具を揃えるには、相当な資金力を持つ後ろ盾が必要です。ヴァーミリオン商会は、最近になって傭兵ギルドの大口顧客になったという噂も」
彼の臆病さからくる徹底した情報収集と分析能力が、今や俺たちの最大の武器となっていた。
「決まりだな。そのヴァーミリオン商会とやらを叩き潰す」
セーラが拳を鳴らす。だが、ライアンは静かに首を振った。
「待ってください。証拠がありません。下手に手を出せば、フェルムの衛兵団に捕まるのは僕たちの方です」
「じゃあどうするんだよ。指をくわえて見てろってのか?」
「いいや」
俺は二人の会話に割って入った。
「殴り込みはしない。商談をしに行くだけだ」
「「は?」」
セーラとライアンの声が重なる。
俺は「ちょっと待ってろ」と二人を制し、意識をマリエクに集中させた。
'以前手に入れた大袋のままだと、交渉の場でハッタリが効かない。商談用に、いかにも貴重品といった体裁のいい小袋が必要だな'
俺は検索ウィンドウに『黒胡椒 ホール 小袋』と打ち込む。すぐにいくつかの商品がヒットした。
[検索結果:CABAN ブラックペッパー(ホール) 15g 300円×10個]
[信用ランクDペナルティ送料: 8,000円]
[合計消費額: 11,000円]
'ちっ、相変わらず送料が高いな……! だが、これも必要経費だ'
転送失敗率は25%に下がっている。とはいえ、四分の一の確率で11,000円が消えるのは痛い。俺は祈るような気持ちで購入を確定させた。
一瞬の間を置いて、懐の中に確かな小袋の感触が生まれる。
'……よし、成功だ'
俺は内心で安堵し、ニヤリと笑ってその袋を取り出し、テーブルの上に置いてみせた。
「こいつをネタに、連中の懐に潜り込む。そして、証拠を『拝借』してくる」
俺の言葉に、ライアンがはっと目を見開いた。
「こっ、これは!?まさか、黒胡椒!?」
ライアンは俺が突然出した袋の中身に驚いている。
「まさか……あの時のように、物を……!」
ライアンは、俺が以前、何もない空間から物を取り出してみせた光景を思い出したようだ。
「ああ。俺のスキル、『アイテムボックス』だ」
'本当はマーリーエクスプレス(マリエク)のスキルでもあるんだが....これは...........今はいいだろう。'
俺が静かに告げると、セーラとライアン、ゴードンの三人が息を呑んだ。特にセーラの驚きは凄まじく、ジョッキを持ったまま固まっている。
「……アイテム、ボックス、だと……? 冗談だろ、ナオキ!」
セーラが絞り出すような声で言った。その顔は驚愕に染まっている。
「おい、それってのは、あの『空間収納』のことか!?王族か 大英雄の伝説でしか聞いたことねえぞ!」
「ええ……」
ライアンも震える声で続く。
「僕も書物で読んだことがあるだけです。所有者は国家に一人いるかどうかというレベルの、まさに伝説級のユニークスキル……。それをお持ちだというのですか、ナオキさんは!?」
「ああ。こいつを使えば、誰にも気づかれずに証拠を持ち出せるはずだ」
俺が淡々と告げると、セーラは頭を抱えるようにして天を仰いだ。
「……ははっ。とんでもねえ爆弾を抱えちまったな、あたしらは。そりゃ金も稼げるわけだ。あんた、自分がどれだけヤバいもん持ってるか分かってんのか?」
彼女の言葉には呆れと、それ以上の興奮が混じっていた。
「まあな。だからこそ、お前たちが必要なんだ」
俺がそう言うと、三人は顔を見合わせ、やがて力強く頷いた。
知略には知略を、奇策には奇策を。
武力じゃない、俺たちのやり方で奴らの化けの皮を剥がしてやる。
* * *
翌日、俺は一人でフェルムの商業地区に足を運んでいた。
ヴァーミリオン商会は、大通りに面した一等地に、他の老舗にも見劣りしない立派な建物を構えている。
'新興商会にしちゃ、随分と立派なもんだな'
俺は入り口の護衛に商談に来た旨を告げ、応接室へと通された。
しばらく待っていると扉が開き、恰幅のいい中年男が入ってくる。男は俺の姿を頭からつま先までいやらしく値踏みすると、尊大な態度でソファに腰掛けた。
「私がヴァーミリオン商会の会頭、ボルマンだ。貴重な香辛料の取引がしたいと聞いたが、見せてもらおうか」
「ナオキだ。まあ、そう焦らずに」
俺はわざとゆっくりとした仕草で、懐から昨日購入したばかりの黒胡椒の小袋を取り出す。そして、テーブルの上に数粒こぼしてみせた。
ボルマンの目が、わずかに見開かれる。
「……これは!!?黒胡椒……!!どこでこれを手に入れた!?」
「企業秘密というやつでね。それより、おたくは最近、随分と手広くやっていると聞いた。黒胡椒以外に、もっと大きな儲け話にも興味があるんじゃないか?」
俺がそうカマをかけると、ボルマンの目が鋭く光った。
「……何が言いたい? 取引に関係のない話はよせ。我々は目の前の黒胡椒に興味がある。売る気があるのか、ないのか、はっきりしてもらおうか」
'食いつくどころか、警戒されたか。まあいい、何か隠しているのは間違いないな'
俺は内心でほくそ笑み、わざとらしく立ち上がった。
「おっと、すまない」
俺はテーブルにこぼした黒胡椒の粒を指で集めるふりをしながら、わざと数粒を指から滑らせて床に落とした。
ボルマンの視線が、一瞬床に落ちた黒い粒を追う。
「これは失礼。貴重なものですからね」
俺はそう言って椅子から立ち上がり、床に落ちた胡椒を拾うふりをする。その自然な動きの中で、ボルマンの死角に入る位置へと体を滑り込ませた。
彼の背後にある、鍵のかかっていない棚。そこに分厚い帳簿が何冊も並んでいる。一番手前にある、革張りの重厚なやつだ。
床の胡椒を拾い上げるふりをしながら、俺は伸ばした左手の指先で、棚の帳簿の背表紙にほんの一瞬、触れた。
'――アイテムボックス、起動'
指先が触れた瞬間、確かな手応えとともに帳簿が俺の認識空間へと吸い込まれる。
物理的な重さも音も、何もない。ただ、確かにそこにあったはずの物体が、俺の『箱』の中に収まった。
「……ふむ。では、この黒胡椒、一袋銀貨二十枚でどうだ?」
俺は何食わぬ顔で拾った(ように見せかけた)胡椒を小袋に戻し、席に着いて商談を再開する。
ボルマンは帳簿が消えたことなど露ほども気づかず、強欲な商人の笑みを浮かべていた。
'一袋銀貨二十枚。俺が持ってきたのは十袋。五袋売れば金貨一枚(銀貨百枚)になる。悪くない'
「いいだろう。だが、全部は売れない。貴重なものなんでね。まずは試しに、この五袋を金貨一枚でどうだ?」
俺がテーブルに五つの小袋を並べると、ボルマンは舌打ちしそうな顔をしたが、すぐに強欲な笑みに戻った。
「ふん、出し惜しみか。まあいいだろう。五袋で金貨一枚、それで手を打とう。残りはどうするんだ?もちろん、うちが全て買い取らせてもらうぞ」
「今後のあんたの出方次第だな」
俺が不敵に笑うと、ボルマンは苦虫を噛み潰したような顔をしたが、すぐに部下を呼び、金貨一枚を俺の前に置かせた。俺は金貨を懐にしまうと、残りの五袋も懐へとしまった。
'こいつはアイテムボックスにしまっておこう。まだ使い道があるはずだ'
背中に、じっとりと冷たい汗が流れるのを感じながら、俺は平静を装って立ち上がった。
* * *
宿屋に戻ると、三人が息を詰めて俺を待っていた。
「どうだった、ナオキ!」
俺が部屋に入るなり、セーラが駆け寄ってくる。
俺は黙って頷き、懐に手を入れるふりをして、『アイテムボックス』から盗み出した帳簿を取り出した。
「うおっ!?……うまく、やったのか、あんた」
セーラが驚きに目を見開く。ゴードンはもはや、神でも見るような目で俺を見ていた。
「ライアン、頼む」
俺が帳簿を手渡すと、ライアンは待ってましたとばかりにそれを受け取り、貪るようにページをめくり始めた。
彼の目が、凄まじい速さで文字の羅列を追っていく。時折、指で特定の項目をなぞり、メモに何かを書きつけている。
「……これは、傭兵への支払い記録です。日付と金額、それにコードネームのようなものが記されている」
「コードネーム?」
「ええ。おそらく、部隊名か隊長の名前でしょう。そして、この支出……武器や防具の購入費用だ。完全に、一つの部隊を組織できる規模です」
やはり、あの山賊の正体は傭兵部隊だった。
ライアンはさらにページをめくり、やがてある一点で指を止めた。
「……あった。グルフ周辺の詳細な地図です。川の位置、森の形状……そして、この印」
彼が指さした場所には、赤いインクでバツ印がつけられていた。グルフの町から少し離れた、川沿いの土地だ。
「川沿い……? 何があるってんだ、そこに」
セーラが訝しげに地図を覗き込む。ライアンは答えず、帳簿の最後のページを震える指でなぞった。
「……取引の覚え書き……『カオリン原石の独占供給に関する契約案』……!」
「カオリン……?」
俺が聞き返すと、ライアンは興奮と恐怖が入り混じった声で説明を始めた。
「はい! 高品質な陶器の原料となる、極上の粘土のことです! この契約案によれば、それは莫大な価値を持つらしく……!」
ライアンはそこで言葉を切ると、地図のバツ印と契約書、そして傭兵への支払い記録を交互に見比べ、一つの結論にたどり着いた。
「……全て繋がりました。これが、グルフの町が寂れた本当の理由です」
彼の声は、怒りに震えていた。
「ヴァーミリオン商会を中心とする商人たちは、グルフの近くでこのカオリンを発見した。そして、それを独占するために、町そのものを『殺す』ことにしたんです。彼らは傭兵を雇って街道を封鎖し、旅人や他の商人がグルフに近づけないようにした。人の往来が途絶えれば、誰もカオリンの存在に気づかない。そうして裏で粘土を密かに採掘し、莫大な利益を上げていたんです!町が貧困に喘いでいる間に……!」
ライアンの言葉に、部屋の空気が凍りついた。グルフの衰退は、新しい街道ができたという不運のせいではなかった。それは、強欲な商人たちによる、計画的で冷酷な経済的絞殺だったのだ。
黒幕の正体と目的が、ついに明らかになった。
だが、これで終わりではなかった。ライアンが、帳簿に挟まっていた一枚の羊皮紙を、震える手で抜き取った。
「な、ナオキさん……これは……」
彼の顔から、血の気が引いている。
俺はその羊皮紙を受け取り、そこに書かれた内容に目を走らせた。
それは、傭兵部隊の隊長に宛てた、新たな指令書だった。
「……『黒胡椒なる希少品を取引材料に、我々の動きを探っている可能性のある不審な男一名。風貌、黒髪、四十代。至急その身元を特定し、確保せよ。抵抗する、あるいは確保が困難と判断した場合――』」
俺は息を呑んだ。どうやら、俺のハッタリは奴らの被害妄想を刺激し、最悪の方向へと転がってしまったらしい。
指令書の最後には、こう締めくくられていた。
「『――その場で、排除せよ』」
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