第19話 追加スキルと揺れる心
運ばれてきたエールのジョッキを高々と掲げ、ガチンと心地よい音を響かせる。
「うめえ! やっぱ、稼いだ後の酒は格別だな!」
セーラがジョッキを一気に半分ほど空にし、満足げに息をつく。ライアンも恐縮しつつ一口飲み、ゴードンは涙を拭いながら何度も頭を下げていた。
'さて……'
仲間たちの喧騒をBGMに、俺は意識をマリエクに集中させる。目の前に半透明のウィンドウが浮かび上がった。
[緊急クレジット利用明細]
[利用額: 65,200円 (発煙筒10,000円 + 入門税1,200円 + 黒胡椒54,000円)]
[返済期限: 6日後]
懐には酒代の支払を計算に入れても、まだ金貨は十一枚残る。銀貨、銅貨、鉄貨も何枚かある。
俺はそこから二枚を取り出し、マリエクに意識を集中させた。
'金貨一枚を日本円に変換。クレジット返済に充当する'
[金貨一枚(100,000円)がチャージされました]
[緊急クレジット65,200円の返済を実行します]
[返済が完了しました]
[借入完済により、信用ランクがEからDに昇格しました]
[現在の信用ランク: D ]
[※注意: 信用ランクは今後の取引履歴に基づき評価されます。借入の完済のみではペナルティは完全に解除されません]
[信用ランクD]
[- 商品購入時の送料 (ランクD: 1点毎に8,000円)]
[- 転送機能の失敗率が低下 (ランクD: 25%)]
[- 追加融資時、手数料 (ランクD: 10%)]
「えっ!?返済したらペナルティ無くなるんじゃないの!!?..........」
送料八千円は依然として重いが、一万円に比べればマシだ。だが、完済してもペナルティが完全になくなるわけじゃない。
一度でも「借金をした」と言う事実が発生してしまうと、信用を取り戻すっていうのは、どの世界でも骨が折れるらしい。
'でも、ひとまず足枷は軽くなった……のか?'
それでも、ようやく当座の資金も出来たし、商売のスタートラインには立てた。俺はそう自分に言い聞かせ、安堵のため息をついた。その瞬間だった。
[返済完了ボーナス: 追加スキル取得の権利が付与されました]
「……は?」
'返済完了ボーナス……? なんだこれは'
俺の疑問に答えるかのように、ウィンドウに新たなテキストが浮かび上がる。
[当システムは、使用者(川田直樹)が緊急クレジットというリスクを負い、それを完遂した行動を高く評価します。これは、その功績に対する特別報酬です。また、異世界からの転移者である使用者の適応を促進する優遇措置の一環として、隠された機能が解放されました。]
'ご褒美と……優遇措置、か。なるほど、ただの借金システムじゃなかったわけだ'
納得すると同時に、ウィンドウの内容が切り替わった。
[以下のスキルリストから一つを選択し、取得できます]
「どうした、ナオキ?」
セーラが訝しげに俺を見る。
「いや、なんでもない。この肉が美味いなって」
俺は適当に誤魔化し、再びウィンドウに意識を戻した。
[スキル取得リスト]
[- アイテムボックス (Lv.1) (容量: 8㎥) …… 金貨3枚 (300,000円)]
[- 鑑定 (Lv.1) …… 金貨3枚 (300,000円)]
[- 身体能力強化 (Lv.1) …… 金貨3枚 (300,000円)]
[- 生活魔法入門 …… 金貨1枚 (100,000円)]
[- 現実世界の知識、参考書各種 …… 金貨2枚 (200,000円)]
'有料かよ! しかも高いな!'
だが、どれも魅力的だ。鑑定強化も身体能力強化も捨てがたい。
現在の金貨は残り10枚。
しかし、今一番必要なのは……。
'高額商品を安全に運ぶ手段だ。懐に入れて運ぶのは危険すぎる'
答えは決まっていた。俺は迷わず『アイテムボックス』を選択する。
[アイテムボックス (容量: 8㎥) を取得しますか?]
[取得費用として金貨3枚 (300,000円) が消費されます]
'取得する'
強く念じると、マリエクの残高が減り、代わりに新しいウィンドウが開いた。
[スキル『アイテムボックス』を取得しました]
頭の中に、空間を認識する新しい感覚が流れ込んでくる。意識を向けると、目の前に四次元ポケットのような入り口が見える気がした。周囲に見られないよう気にしながら、試しにテーブルの空のジョッキに意識を向けると、それはすっと姿を消し、アイテムボックスに格納されたのが分かった。
'これは……とんでもないな'
これさえあれば、交易の規模を格段に広げられる。俺は込み上げる興奮を抑え、目の前の祝宴に意識を戻した。
* * *
スキル取得の興奮から我に返ると、ゴードンが改めて深々と頭を下げていた。
「ナオキさん……本当に、なんとお礼を言えばいいか……。これで、妻が助かります。このご恩は、一生忘れません」
「気にするな。あんたが命懸けで陽動役をやってくれたおかげで、俺たちも助かった。当然の報酬だ」
「ですが、約束は銀貨のはず。こんな……金貨なんて……」
「いいから、取っとけよ」
隣でセーラが豪快に笑い飛ばす。
「ありがたく貰っとけよ、ゴードン。こいつのやることは、訳が分からなねぇが……まあ、悪い話じゃねえだろ?今のところは」
「おい、今のところは、ってなんだよ」
「ははっ、違えねえ!」
食堂に、俺たちの笑い声が響く。
裏切られ、誰も信じられず、いつ死んでもいいと考えていた俺が、今こうして仲間と笑い合っている。胸の奥が、くすぐったいような温かい感覚に満たされた。
'悪くない……。'
俺はジョッキに残っていたエールを呷り、決意を込めて口を開いた。
「なあ、みんな。俺は、グルフの町を再生させようと思う」
一瞬、食堂の喧騒が遠のいたように感じた。セーラも、ライアンも、ゴードンも、きょとんとした顔で俺を見ている。
「グルフを……再生させる?」
ライアンが、呆然と繰り返す。
「ああ。あの木陰亭の主人、バルガスと約束したんだ。魚を売り、木を売り、人を呼び、あの町をもう一度活気ある場所にするってな」
最初に反応したのはセーラだった。
「はっ、あんたらしいじゃねえか。どうせ碌でもない人生だ。面白そうな方に賭けるってのは、悪くねえ!」
「僕も……僕もやります!」
ライアンが、震えながらも力強く言った。
「ナオキさんのおかげで、僕は過去と向き合う勇気をもらいました。臆病者の僕でも役に立てるなら、なんだってします!」
「俺もだ!」とゴードンも続く。「妻が元気になったら、この命、あんたのために使わせてくれ!」
三人の、迷いのない真っ直ぐな瞳。その視線を受け止めた瞬間、俺の心に冷たい影が差した。
'……本当に?'
かつての上司の顔、裏切った同僚たちの顔、そして、俺を見捨てた妻の顔が脳裏をよぎる。誰もが最初は善意の仮面を被り、仲間だと笑いかけてきた。そして最後には掌を返し、俺を絶望の淵に突き落とした。
'こいつらも、同じじゃないのか?'
俺の金や不思議な力に群がっているだけじゃないのか。用済みになれば、あるいはもっと美味い話に転がりつけば、あっさり俺を裏切るんじゃないのか。
一度芽生えた疑念は、毒のように心を蝕む。
「……ナオキ?」
セーラの怪訝な声に、はっと我に返る。三人が、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。
「……いや」
俺は無理やり口角を上げ、彼らの視線から逃れるようにジョッキを掴んだ。
「心強いな。よろしく頼む」
その声が、自分でも驚くほど冷たく響いた気がした。
* * *
「で、相棒。具体的に、まず何から始めるんだい?」
俺の葛藤など露知らず、セーラはすっかりやる気だ。その目は新たな獲物を見つけた猟師のように輝いている。
「そうですね……グルフを再生させるには、まず人が安心して住める環境が必要です。食料の安定供給、そして何より……」
ライアンが、真剣な表情で言葉を続ける。
「フェルムとの安全な交易路の確保。これが最低条件になります」
「あの山賊どもか」
セーラの口調が険しくなる。俺たちの陽動作戦を逆手に取り、森ごと包囲してきた連中だ。
「奴らが街道を牛耳っている限り、人と物の流れは生まれません。グルフは孤立したままです」
ライアンの分析は的確だった。グルフでいくら良いものを作っても、運ぶ手段がなければ意味がない。
俺は心の奥に渦巻く疑念に蓋をした。こいつらを信じるかどうかは後で考えればいい。今は、目の前の問題を一つずつ片付けていくだけだ。
「ああ、その通りだ」
「街道、交易路の問題を解決しないとな!」
俺は、三人の顔を順番に見回した。
「グルフ再生の第一歩は、街道の安全確保。そのためにも、あの忌々しい山賊の姿をした者たちの正体を暴く必要がある」
'フェルムの旦那方とはなんなのか?'
俺の言葉に、三人は力強く頷いた。
目的も過去もバラバラな俺たちだが、向かうべき次の道筋は、確かに一つに定まった。
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