第17話 借金と信用ランクと制限と...
俺もライアンの背中を押し、セーラの後に続いた。
煙が目に染み、何度も激しく咳き込む。だが、立ち止まることは許されない。一歩でも足を止めれば、背後の闇に飲み込まれる。
「こっちだ! 足元に気をつけろ!」
先を走るセーラの鋭い声が、白煙の中で唯一の道標となる。
ライアンが指し示した、ほんの一瞬生まれた人の流れの隙間。そこは確かに、敵の包囲が最も薄い場所だった。まるで神の啓示のように、そこだけが俺たちを受け入れる通路となっていた。
「ゲホッ……! 嘘だろ……本当に、抜けられるのか……!?」
ライアンが信じられないといった声を上げる。恐怖で研ぎ澄まされた彼の観察眼と、臆病さゆえの生存本能が、この土壇場で俺たちの命を救ったのだ。
背後から聞こえてくる怒声と犬の吠え声が、少しずつ、しかし確実に遠ざかっていく。
やがて、鬱蒼とした木々の向こうに、月明かりが差し込んでいるのが見えた。森の出口だ。
俺たちは最後の力を振り絞り、光に向かって転がり込むように駆け抜けた。
森を抜けた先には、街道へと続く開けた場所が広がっていた。そこで荷車の陰に隠れるようにして、一人の男が俺たちを待っていた。その姿を認めた瞬間、張り詰めていた緊張の糸がぷつりと切れた。
「……ゴードン!」
俺が叫ぶと、ゴードンは安堵の表情を浮かべて立ち上がった。その体には目立った外傷はない。無事だった。
「ナオキさん……! ご無事で……!」
「お前もな。よく生きててくれた」
俺が彼の肩を叩くと、ゴードンは力なく微笑んだ。
「陽動だと見抜かれた瞬間、ライアンさんの指示通り、すぐに荷を捨てて獣道へ逃げ込みました。……まさか、本当にうまくいくとは」
「はっ、大成功ってやつだ!」
セーラが地面に大の字に寝転がり、ぜえぜえと息を切らしながら空を仰ぐ。ライアンもその場にへたり込み、言葉もなく荒い呼吸を繰り返していた。俺も膝に手をつき、肺が張り裂けそうな痛みと戦う。
作戦は、結果だけ見れば成功し、全員が無傷で生還した。だが、それは薄氷の上を渡りきるような、奇跡的な勝利だった。
「ライアン」
息を整えたセーラが、寝転がったまま声をかける。
「あんた、大したもんだよ。あの状況で、よく敵の動きが読めたな」
「い、いえ、僕はただ……怖くて、必死だっただけで……」
「それがいいんじゃねえか。臆病者の目は、勇者の目よりずっと多くのものを見る。……正直、見直したぜ、参謀殿」
セーラの素直な賞賛に、ライアンは戸惑ったように顔を赤らめた。だがその目には、卑下だけではない、確かな自信の光が灯り始めていた。
* * *
「……さて、と」
しばしの休息の後、俺は意識を『マリエク』に集中させる。あの緊急クレジット機能の詳細を確認しなければならない。生き延びた今、現実的な問題が目の前に突きつけられる。
'ウィンドウ、表示'
目の前に、半透明の青い画面がポップアップする。そこには、俺の顔を青ざめさせるには十分な情報が記されていた。
[緊急クレジット利用明細]
[貸付金額: 100,000円]
[利用額: 10,000円]
[現在ご利用可能残高: 90,000円]
[返済期限: 7日後]
'な、七日後だと!?'
想像を絶する短期返済。そして「最大」とは書かれていたが、まさか初回から10万円分も枠が与えられるとは……。使ったのは10,000円だが、借金は借金だ。
「おい、ナオキ。どうしたんだ? さっきから顔色が悪いぞ」
セーラが、草の上に寝転がったまま俺の顔を覗き込む。
俺の視線は、ウィンドウのさらに下に表示された、見慣れない項目に釘付けになっていた。
[信用ランクシステムが解放されました]
[あなたの現在の信用ランク: E (最低)]
[信用ランクE ]
[- 検索機能の大幅な制限 (高額商品、特殊アイテム、専門品カテゴリの表示不可)]
[- 商品購入時の高額送料の発生 (1点毎に10000円)]
[- 転送機能の失敗率の上昇 (現在: 50%)]
[返済遅延ペナルティ (期限超過後):]
[- 1日につき残高の10%の延滞金が発生]
[- 信用ランクのさらなる降格]
[ランクアップ条件:]
[- 10,000円の返済完了後、ランクはDに昇格します]
「……は?」
思わず、声が漏れた。なんだこれは。便利機能の代償にしては、あまりにも重すぎる。
借金をしている間は、常にこの足枷をつけろということか。そして返済が遅れれば、地獄の釜の蓋が開く。
「ナオキさん。どうしたんですか?」
ライアンが、心配そうに身を起こす。
俺は乾いた唇を舐め、無理やり笑みを作った。
「いや、何でもない。ちょっと無理をして疲れただけだ」
この絶望的な状況は、まだ誰にも言えない。俺一人で、なんとかするしかない。
* * *
半日ほど街道を歩き続けた頃、俺たちの目の前に、ついにその町が姿を現した。
緩やかな谷間に拓けた、巨大な町。石造りの建物がひしめき合い、高い城壁が町全体を囲んでいる。グルフとは全くと言っていい程、比べ物にならない活気が、遠目にも見て取れた。
「あれが……フェルムか」
ライアンが、感嘆の声を漏らす。ゴードンも、妻を治す薬屋があるかもしれないと希望の目で町を見つめている。
「はっ、でかいじゃないか。これなら稼ぎ場所の一つや二つ、あるだろうさ」
セーラも満足げに腕を組む。
町の入り口、巨大な門の前では、屈強な衛兵たちが通行人を検分していた。
衛兵が俺たちに気づき、槍の柄で地面を突きながら盤石な態度で尋ねる。
「止まれ。どこから来た? 目的は何だ」
「見ての通り、猟師とその連れだ。グルフから来たが、あそこは寂れてて仕事にならん。この町で稼いで行こうと思ってな」
セーラが堂々と前に出る。
セーラと、後ろに立つライアンは冒険者ギルドのギルドカードを衛兵に見せる。
「ふん。そこの二人は通行税だ。一人銅貨五枚だ」
セーラとライアンは慣れた手つきでカードを提示し、すぐさま門の内側へと通される。残されたのは、俺とゴードン。衛兵の無慈悲な視線が突き刺さる。
'銅貨十枚……だと?'
一文無しどころか、借金を背負った身だ。ポケットの中を探るふりをしながら、俺は絶望的な気分で『マリエク』のウィンドウを思考の中に開く。
[現在ご利用可能残高: 90,000円]
このクレジットを使うしかない。俺は試しに検索窓に『銅貨 10枚』と打ち込んでみた。すると、冷酷な表示が現れる。
[現地通貨への換金サービス]
[銅貨10枚 (1000円) を具現化しますか?]
[借入ペナルティ:換金額の20%を追加手数料として消費します。]
'手数料20%だと!?'
つまり、銅貨十枚を手に入れるために、1200円分の借金が増えるということか。足元を見やがって。だが、ここで立ち往生するわけにはいかない。
俺は歯を食いしばり、『具現化』のボタンを強く念じた。
ポケットの中で、ずしりと重みと、十枚の硬貨が触れ合う冷たい感触が生まれた。
「……払う」
俺は無表情を装い、ポケットから銅貨十枚を取り出して衛兵の手に乗せる。彼は無言でそれを受け取ると、顎で門の内をしゃくった。
「……よし、通れ。町での揉め事だけは起こすなよ」
「それから最近風邪が流行っているみたいだから気を付けろよ」
'意外と思いやりのある門番だな...'と感じたが、それはともかく
俺とゴードンは、ようやくフェルムの町へ足を踏み入れることができた。
先に入っていたセーラが、少し意外そうな顔で俺を見る。
「なんだい、結構な金持ってるじゃないか」
「まあな。少しだけだ」
俺は曖昧に笑って誤魔化す。背負った借金が、さらに重くなった気がした。
一歩足を踏み入れると、そこは別世界だった。
石畳の道を多くの人々や荷馬車が行き交い、道の両脇には様々な店が軒を連ねる。焼きたてのパンの香ばしい匂い、鍛冶場から聞こえるリズミカルな槌の音、酒場の喧騒。活気、熱気、そして豊かさ。その全てが、死んだ町グルフとは対極にあった。
「すげえ……」
ライアンが子供のようにはしゃぎ、ゴードンは薬屋の看板を見つけて安堵の息を漏らす。
「どうだい、ナオキ。上等な酒の匂いがするだろう?」
セーラがニヤリと笑って俺の肩を叩く。
俺は、この圧倒的な物量と活気を前に、ごくりと喉を鳴らした。
'7日で10,000円どころじゃない。すでに11,200円……'
まさかの借金。だが、この町の、この活気の中ならマリエクの商品の転売がうまくいくと思える。
それに、バルガスの為にもグルフの漁業、林業、産業を盛り上げないとな。.....その為にも流通ルートも問題を解決しないとな....。
俺は固く拳を握りしめ、7日以内に借金という少々の不安と新たな期待が混ざりながらフェルムを探索していく。
ここまで読んでいただきありがとうございます!
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。




