↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ネットショッピング  作者: たにやん
第3章 獣人国編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
148/171

第148話 閉ざされた道

書庫を出た俺たちは、ラドの部下に案内されて客室へ戻った。


さっきまでなら、ようやく休めると思ったはずだ。

だが、寝台へ腰を下ろしても、頭から離れない。


動かされた木箱。

開封された囮。

そして、姿を消した記録係セドル。


ヒルダが寝台へ背中から倒れ込んだ。


「……結局、寝られねえな」


「今は無理でしょうね」


セーラも小さく息を吐く。


俺は椅子へ腰を下ろし、さっきの書庫を思い返した。


'セドルが囮を開いた本人とは限らない'


あの箱へ触れたのがセドルだという証拠はない。

誰かに鍵を使われた可能性もあるし、セドルが情報だけを別人へ流した可能性もある。


逆に、本当に何も知らなかったのなら――。


「ライアン」


「はい」


机のそばにいたライアンが顔を上げる。


「もし、あんたがセドルで、あの囮を見た本人だったらどうする?」


ライアンは少しだけ考えた。


「私なら、すぐには逃げません」


「やっぱりか」


「ええ。自分まで疑われているのか、どこまで調べられているのか。それを確かめてから動きます。突然姿を消せば、それだけで自分を疑ってくれと言っているようなものですから」


「でも、セドルはいなくなった」


セーラが言った。


ライアンが頷く。


「考えられるのは、すぐ逃げなければならない事情があった。もともと人知れず外へ出る手段を持っていた。あるいは――」


「自分の意思で消えたんじゃない」


ヒルダが寝台の上から続けた。


部屋が静かになった。


逃亡。

協力者。

口封じ。


どれも、まだ切れない。


その時、扉が強く二度叩かれた。


「入ってくれ」


現れたのはラドだった。

一人だ。


「ナオキ。頼みがある」


「セドルか?」


「ああ」


ラドは一度だけ頷いた。


「さっき、ここから先はこっちでやると言ったんだが......。あ~、それは....撤回する」


珍しく、言い切るまでに僅かな間があった。


「セドルの部屋を調べたが、妙な点がある。あんたたちにも見てほしい」


「俺たちは部外者だぞ。いいのか?」


「分かってる。ただ、俺たちが見落としてるものに気づくかもしれない」


俺はライアンたちを見る。

誰も反対はしなかった。


「分かった。調べる手伝いはする。ただし、証拠の扱いも、最終的な判断はあんたたちが決めてくれ」


「それでいい」


ラドは短く答えた。


* * *


セドルの部屋は、居館に近い居住区画の一角にあった。


中には、すでにバドとユナがいる。


「来たか」


バドが俺たちを一瞥した。


一人暮らしには十分な広さだ。

だが、物は少ない。


寝台は整えられ、机には書きかけの書類とインク壺。

壁には普段着らしい服が数着掛かり、小さな棚には銅貨と鉄貨が残されている。


旅支度をした形跡はない。


「金も服も、そのままか」


ヒルダが呟いた。


「ああ。荷物をまとめた跡もねえ」


バドが答える。


ライアンは机の上を触らず、少し離れた場所から眺めた。


「少なくとも、前もって逃げる準備をしていたようには見えませんね」


「仕事の途中で、少し出ただけみたい……」


セーラの言葉に、俺も同じ印象を受けた。


もちろん、だから逃亡ではないとは言えない。

追い詰められて、何も持たずに逃げた可能性だってある。


床近くで鼻を動かしていたユナが顔を上げた。


「争った感じは薄いのだ」


「分かるのか?」


「あたいらの匂いは別として、ここで血が出た匂いはない。セドルと揉み合ったみたいな、新しい匂いも拾えないのだ」


ユナは扉の方へ鼻を向ける。


「でも、セドルの匂いは廊下へ続いてる。それに、ちょっと変な匂いが混じってるのだ」


「変な匂い?」


「湿った土と、古い水みたいな匂い」


ラドとバドの表情が変わった。


「水路か?」


「分かんない。でも、こっちなのだ」


ユナは廊下へ飛び出した。


俺たちも後を追う。


居住区画を抜け、普段は人があまり通らない細い通路へ。

さらに建物の端を回り込み、巨木の根が石壁へ食い込んだ裏手まで来たところで、ユナが足を止めた。


目の前には、錆の浮いた鉄格子があった。


その向こうには、人一人が屈めば通れそうな石造りの水路が続いている。


「ここなのだ」


ユナが鉄格子へ鼻を寄せ、何度も匂いを確かめる。


「セドルの匂いはここまで来てる。でも、この先は水と湿気が強すぎるのだ。もう分かんない」


格子の向こうでは、石壁から染み出した地下水が床の端を細く流れていた。

湿った石と淀んだ水の匂いが、入口にまで漂っている。


「貸してみな」


それまで後ろにいたヒルダが前へ出た。


ユナが耳をぴくりと動かす。


「ヒルダも分かるのだ?」


「普通なら厳しいだろうな」


ヒルダは鉄格子の前へしゃがみ込み、目を閉じた。


ゆっくりと一度、息を吸う。


ユニークスキル――『獣の嗅覚』。


犬以上に匂いを嗅ぎ分ける、ヒルダだけの力だ。

帝都でも、この鼻で雑多な街の匂いから標的を追い続けた。


ヒルダの眉が僅かに動く。


「……ある」


「え?」


ユナが目を丸くした。


「水と泥に混じって薄くなってるが、消えちゃいねえ。セドルの匂いだ」


ヒルダは格子の向こうへ顎を向けた。


「奥へ続いてる」


一瞬、ラドもバドも言葉を失った。


「あたいでも拾えなかったのだ……」


ユナが自分の鼻を押さえながら、ヒルダを見る。


ヒルダは得意げに鼻を鳴らした。


「悪いな。あたしの鼻はちょっと特別なんだよ」


ラドがヒルダを見つめる。


「人間、なんだよな?」


「見りゃ分かるだろ」


「……ビーコンには、そんな奴までいるのか」


その声には、初めて隠しきれない驚きが混じっていた。


少しだけ誇らしい気分になる。


マリエクだけじゃない。

ビーコンには、一人一人の力がある。


ラドはすぐに表情を戻し、鉄格子の先へ視線を向けた。


「旧排水路だ」


「知ってる場所なのか?」


「ああ。昔使われてた。今の排水路が作られた時に閉鎖された。現在の水路網からも切り離されてる」


ラドの顔が険しくなる。


「使えない道だと思われてたから、見張りを置く場所にも入ってない」


「でも、ヒルダの鼻じゃセドルの匂いが奥へ続いてる」


俺が言うと、ラドは短く頷いた。


「ああ。なら、記録か現状のどっちかがおかしい」


バドが格子へ手を掛ける。


錠前は閉じている。


何度か揺らしたが、格子は動かなかった。


「壊された跡はねえな」


「鍵で開けて、閉め直したなら?」


セーラが言う。


ラドが錠前を睨む。


「あり得る。正規の鍵は管理されてる。まずそっちも確認する」


「じゃあ開けるか?」


バドが言った。


「待て」


ラドが止める。


「開ける前に、中を見たい。ここまで来た奴が何か残してるなら、先に踏み荒らしたくない」


鉄格子の隙間から覗いてみる。


暗い。


松明を近づけても、数歩先までしか見えない。

水路は低く、狭い。中へ入れば、床に残ったものを踏む可能性もある。


'壊さず、入らず、奥だけ見たい'


「それならいいのがある」


俺はマリエクを開いた。


[検索:狭所確認用カメラ]

[検索結果:5mケーブル工業用ファイバースコープ(モニター・LEDライト付き) 8,000円]

[送料:2,000円]

[合計:10,000円]


【購入後残高:27,074,000円】


アイテムボックスから黒いケースを取り出す。


「また出たのだ!」


ユナが目を輝かせた。


ケースの中には、手のひらより少し大きいモニターと、そこから伸びる細いケーブルが収まっている。

先端には小さなカメラとライト。


「何だ、それは」


バドが覗き込む。


「狭いところの奥を見る道具だ。先端で見てる景色が、この画面に映る」


俺は電源を入れた。


LEDが点灯し、カメラをユナへ向ける。


「わっ!」


モニターいっぱいに、ユナの片目が映った。


ユナが画面とカメラを交互に見る。


「あたいが、この中にいるのだ!」


「入ってない。今見えてるものが、そのまま映ってるだけだ」


「十分おかしいのだ!」


こんな状況なのに、ほんの一瞬だけ空気が緩んだ。


だが、ラドの視線はすぐ鉄格子へ戻る。


「これなら、中へ入らずに見られるのか」


「ああ。五メートルまでだけどな」


俺は半硬質のケーブルを持ち上げた。


「まず、届く範囲だけ見る」


「頼む」


ラドが頷いた。


* * *


鉄格子の隙間から、ファイバースコープの先端を慎重に差し込む。


モニターに、暗い水路が映った。


石壁は湿り、床には泥と砂が薄く溜まっている。

端を流れる水だけが、LEDの光を反射していた。


俺はケーブルを少しずつ送り込む。


一メートル。


二メートル。


「止めて」


ライアンが言った。


画面の端。

泥の上に、何か小さなものが落ちている。


ケーブルを少し回し、カメラを向ける。


獣の骨を削って作った、小さな飾りだった。

片側には切れた革紐が付いている。


バドの顔が強張る。


「……セドルのだ」


「分かるのか?」


「ああ。仕事着の胸元に、いつも付けてた」


ラドも画面を見つめたまま答える。


「俺も見たことがある」


偶然、同じ物が落ちていた可能性は低い。


セドル自身がここへ来た。

あるいは、セドルの身につけていた物がここへ運ばれた。


それ以上は、まだ言えない。


「先を見よう」


俺はケーブルを送り込む。


三メートルほどの場所で、泥が大きく擦れていた。


足跡だけではない。

床の一部が横へ引かれたように乱れている。


「誰かが転んだ……?」


セーラが画面を覗き込む。


「それとも、何かを引きずったか」


ヒルダが低く言う。


どちらとも断定できない。


さらに先。


乾きかけた泥の上に、別の足跡が重なっていた。


一つではない。


輪郭のはっきりした新しい跡。

その下には、縁が崩れて泥と馴染んだ古い跡もある。


ライアンが画面へ顔を近づける。


「今日一度だけ通った跡には見えませんね」


「ああ」


俺も同意する。


同じ場所を、何度か人が行き来している。


新しいものと、少し古いもの。

大きさの違う跡も混じっていた。


「セドルが今日初めて見つけて、逃げ込んだ道ってわけじゃなさそうだな」


バドの声が低くなる。


ラドは答えない。


俺はさらにケーブルを送った。


四メートル。


その先で、水路が僅かに曲がっている。


五メートル。


ケーブルが止まった。


「ここまでだ」


画面の先には、曲がった通路の奥が少しだけ見える。


暗闇。


だが、その曲がり角の床にも、泥を踏んだ跡が続いていた。


誰かが向こうへ行っている。


「この先も続いてるのだ?」


ユナが小さく言った。


「少なくとも、ここで終わりじゃない」


俺は答えた。


ラドが鉄格子の向こうを睨む。


「おかしい」


「何が?」


「この旧排水路は閉鎖された時、この格子から数歩先を石で埋めたと記録にある」


全員の視線がラドへ向いた。


「じゃあ、この足跡は?」


セーラが尋ねる。


「だから、おかしい」


ラドの声がさらに低くなる。


「誰かが、閉ざされたはずの道を使ってる」


セドルの飾り。


新しい擦れ跡。


何度も往復した足跡。


そして、五メートルの先へ続く暗い通路。


俺たちは、消えた記録係を追っていただけだった。


なのに見つけたのは――セドルが消えるより前から、誰かがガルムの内側で使い続けていた道だった。


記録の上では、とうに閉ざされているはずの道。


その暗闇だけが、まだ先へ続いていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、

ブックマークしてもらえると励みになります!


評価や応援コメントは、とても励みになっています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。