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異世界ネットショッピング  作者: たにやん
第3章 獣人国編

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第147話 記録から消された男

大族長レオンの居館から客室へ戻ると、入れ違いに獣人の女たちが食事を運び込んできた。


木皿に盛られた焼き芋のような根菜、香草を利かせた肉の煮込み、黒いパン。それを見たヒルダが、ようやく人心地ついたように寝台へ腰を下ろす。


「やっと飯か」


「あんた、会談の間もそればっかり考えてたんじゃないでしょうね」


「半分くらいはな」


「え、半分も……?」


セーラが呆れる横で、バルクは黙って大盾を壁へ立てかけた。ライアンは食事へ手を伸ばす前に、扉と窓の位置を確かめている。


客人として迎えられたとはいえ、俺たちが完全に信用されたわけではない。外には護衛を兼ねた監視役が残り、許可なくガルム内を自由に歩けるわけでもなかった。


当然だと思う。


俺たちは人間で、帝国の地下施設から逃げてきたばかりだ。しかも、ガルムの中には帝国へ情報を流した者がいるかもしれない。


俺は煮込みを口へ運びながら、会談で聞いた話を思い返した。


切り取られた受領簿。


かつて大族長に反旗を翻した狼種の男グラウと、帝国の完成検体『猟犬』。


どちらもまだ、確かな答えには辿り着いていない。


「今は勝手に動かない方がいいでしょうね」


ライアンが声を抑えて言った。


「内通者の正体も、目的も分かっていません。我々が調査へ首を突っ込めば、相手だけでなくガルム側からも疑われかねない」


「じゃあ、食って寝てろってことか?」


ヒルダが黒いパンをちぎりながら尋ねる。


「少なくとも、向こうから求められるまではな」


そう答えた直後、扉が三度叩かれた。


全員の視線が集まる。


「入ってくれ」


扉を開けたのはラドだった。その後ろにはバドとマナが続き、最後にユナがラドの肩越しから室内を覗き込んでいる。


「邪魔する」


「今度は四人揃ってか」


「あたいも来たのだ」


「見れば分かる」


ユナは胸を張ったが、ラドは取り合わなかった。


四人の表情は、先ほどの会談よりも硬い。


「原本と、さっきあんたが紙へ写したものは、すでに別々の場所へ移した」


「ああ。写真のことか」


ラドが僅かに眉を動かした。


「しゃしん?」


ユナが聞き慣れない言葉をそのまま繰り返す。


そういえば、あの時はカメラの使い方を見せただけで、写し取った紙を『写真』と呼ぶことまでは説明していなかった。


「この『カメラ』で景色や物を写して、紙に残したものを、俺のいたところじゃ『写真』って呼ぶ。絵と違って、目の前にあるものをそのまま写し取るんだ」


「これが、しゃしんなのだ?」


ユナがさっき撮った一枚を思い出すように目を丸くする。


「ああ。さっきの受領簿を写した紙も写真だ」


「なるほど。カメラと写真、ね」


マナが短く呟いた。


これでようやく、こちらの呼び方が一つ共有された。


ラドが話を戻す。


「原本と写真は分けた。だが、それだけじゃ内通者は見つからない。相手が何かを探りに動いたなら、その痕跡を残せるようにしたい」


「魔法で封印するんじゃ駄目なの?」


セーラが尋ねる。


マナが首を横に振った。


「同じ系統の術を知っている者なら、痕跡を抑えて解ける可能性があるわ。術者が内通者だった場合は、封印そのものを信用できない」


「そこで、あんたの品だ」


ラドが俺を見る。


「魔法を使わず、開けたことを隠せなくする方法はないか?」


なるほど。


写真で現在の状態は残せた。だが、それだけでは内通者が誰なのかまでは分からない。


「方法はある。ただし、どんな仕掛けも絶対じゃない」


「分かってる。破れない守りが欲しいんじゃない。破った痕跡を消せないようにしたい」


話が早い。


俺は食器を端へ寄せ、マリエクを開いた。


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アイテムボックスから二つの箱を取り出すと、ユナが真っ先に身を乗り出した。


「今度は何が出てきたのだ?」


「まずは、これだ」


小さな箱から、透明なシールを一枚取り出す。


「何も書いてないのだ」


「今はな」


俺は二つ折りにした紙の端へ、シールが跨がるように貼った。


「これを剥がさないと開けられないようにしておく」


バドが指先でシールを摘まみ、そのまま剥がす。


すると、透明だった接着面に白い文字が浮かび上がった。


【開封済 開封済 開封済】


「うわっ!」


ユナの耳がぴんと立つ。


バドはシールを元の位置へ貼り直そうとした。


だが、一度浮かんだ文字は消えない。


「開けることはできても、開けてねえふりはできないってわけか」


「ああ」


俺は頷いた。


「しかも、貼る場所を選べば外からは見えない」


「外から?」


セーラが尋ねる。


俺はラドが持ってきた革製の書類綴じを借りた。


折り返しを閉じ、その裏側――箱へ収めれば底を向く位置で、折り返しの先端と本体を跨ぐようにシールを貼る。


「ここなら、箱に入ってる間は見えない。中身を見るには折り返しを開く必要があるから、その時に必ずシールが剥がれる」


マナが閉じたままの書類綴じを持ち上げ、裏返して確認する。


「なるほど。確認する時は、開かずに裏を見ればいいのね」


「ああ。文字が出てなければ未開封。出てたら、誰かが開けた後だ」


「これなら知らない相手は気づかないのだ」


ユナが感心したように頷いた。


「もう一つが、これだ」


残った箱から、細い透明なシールと小さなライトを取り出す。


見た目は、さっきのものよりさらに目立たない。


「こっちは、光を当てた時だけ印が見える改ざん検知用だ」


俺は空になった商品の箱を机の端へ置き、箱と天板を跨ぐように透明なシールを貼った。


正面から見てもほとんど分からない。


「この箱を動かしてみろ」


バドが箱を手前へ引く。


小さな抵抗があっただけで、箱はそのまま動いた。


見た目には、何が起きたのか分からない。


「何も変わってないのだ?」


「ライトを当ててみろ」


UVライトを点ける。


箱と机の境目に、青白い剥離痕が浮かび上がった。


シールそのものにも、途切れた模様が残っている。


「光ったのだあ!」


「一度剥がれたら、元の位置へぴったり戻しても消えない」


俺は箱を元の位置へ戻した。


もう一度ライトを当てる。


剥離痕は、そのまま青白く残っていた。


「なるほどね。動かした時点で終わりなのね」


マナがライトを傾けながら確認する。


「ああ。しかも普通の明かりじゃ、ほとんど見えない」


ラドは二つの道具を見比べていた。


「書庫の保管箱も、棚との隙間が狭くて、そのままじゃ蓋を開けられない。中を見るには一度引き出す必要がある」


その目が細くなる。


「箱と棚にこれを貼れば、動かした時点で分かる。中を開けば、最初のシール……使えるな」


「何か考えたのか?」


俺が尋ねる。


「ああ。ただし、切り取られた受領簿そのものは使わない」


ラドは即答した。


「もう役目を終えた帳面を、内通者がわざわざ見に戻るとは限らない。それに、本物を餌にする必要もない」


俺も同意だった。


頁を切り取った本人なら、受領簿に何が残っているかはある程度知っているはずだ。


わざわざ危険を冒して、同じ帳面を見に戻る理由は弱い。


「なら、何を餌にする?」


ラドは少し考え、答えた。


「今日、新しくまとめた調査結果があることにする」


「新しく?」


「切り取られた頁について、別の記録と照らし合わせた結果だ」


部屋の空気が変わった。


「そんなものがあるの?」


セーラが尋ねる。


「照合そのものは始めてる。だが、まだ大族長へ上げるほどの結果はまとまってない」


ラドはあっさり言った。


「そこを利用する。『欠けた頁について、別の帳簿と照らし合わせた結果をまとめた。一刻後に大族長へ上げる』。そういう話を流す」


バドが口元を歪める。


「内通者なら、自分まで辿られたか気になるってわけか」


「ああ」


それなら、今見る価値がある。


昔の受領簿そのものではない。


今まさに進んでいる調査が、どこまで自分へ迫ったのか。


内通者にとっては、放っておきにくい情報だ。


「でも、持ち去られたら?」


セーラが尋ねる。


「構わない」


ラドは迷わなかった。


「中身は囮だ。持ち去れば、それ自体が異常になる。開いて戻せばシールが残る。箱だけ動かして戻しても、もう一つのシールに痕が残る」


なるほど。


どの動きを選んでも、こちらに何かが残る。


「囮だと気づかれないか?」


俺が尋ねる。


「見た目は、いつもの書類綴じと箱を使う。変えるのは中身だけだ」


ラドは透明なシールを摘まむ。


「綴じのシールは底側。箱のシールも普通の明かりじゃほとんど見えない。罠があると知らなければ、気づくのは難しい」


「誰に話を流す?」


「調査側を除けば、あの書庫を普段扱っていて、今回の照合結果を知っても不自然じゃないのは三人だ」


ラドは言った。


「囮を置く区画は、今日はもう使う予定がない。普通の仕事であの箱へ触る理由もない。その三人にだけ、『一刻後に大族長へ上げる』と伝える。それと、この一刻の間に三人がどこにいたかも後で確認できるようにしておく」


「時間まで決めるの?」


セーラが尋ねる。


「ああ。急がせる」


ラドの声は冷静だった。


「内通者なら、それまでに中身を確かめる必要がある」


罠を見せずに、動く理由だけを作る。


さっきまでの道具を、ラドはもう完全に捜査の道具として考えていた。


「面白いな」


俺が言うと、ラドが僅かに口元を上げた。


「品は借りる」


「構わない」


「書類綴じの裏側に一つ。箱と棚にもう一つ。あとは普段どおりに戻す」


「罠のことを知る人数は少ない方がいい」


「ああ。俺たちだけでやる」


ラドたちは二つの箱を持ち、客室を出ていった。


* * *


それから一刻ほど経った。


食事を終えた俺たちは、ようやく横になれると思っていた。


ヒルダはすでに寝台へ寝転がり、セーラは窓際の椅子へ腰を下ろしている。バルクは大盾の留め具を確認し、ライアンは机へ置いた紙に会談の内容を整理していた。


「今度こそ寝られるな」


ヒルダが目を閉じる。


「そう言うと、また誰か来そうだけど」


「やめろ、縁起でもねえ」


そして、本当に扉が叩かれた。


ヒルダが片目を開けた。


「……お前のせいだぞ」


「私!?」


セーラが睨み返すより早く、扉がもう一度鳴る。


短く、強い。


「入ってくれ」


扉を開けたのはラドだった。


後ろにはバド、マナ、ユナもいる。


四人の表情を見た瞬間、眠気が消えた。


「来てくれ」


ラドはそれだけ言った。


「何かあったのか?」


「時間だ。仕掛けを確認する。あんたたちも来てくれ」


俺たちは四人に連れられ、居館の奥にある書庫へ向かった。


いくつかの扉を抜け、案内されたのは古い帳簿や報告書を収めた区画だった。


棚には木箱が並んでいる。


見た目だけなら、何も変わっていない。


「まず、こっちだ」


ラドが一つの箱の前で止まった。


マナがUVライトを点ける。


箱の側面と棚板の境目へ光を当てた。


青白い剥離痕が浮かび上がる。


透明なシールにも、途中で切れた模様が残っていた。


「……反応してるのだ」


ユナが息を呑む。


俺もしゃがみ込み、境目を見る。


箱は見た目では元の場所へ戻されている。


だが、一度剥がれた痕跡は消えていない。


「誰かが、この箱を引き出した」


ラドの声が低くなる。


「中は?」


ライアンが尋ねる。


ラドが箱を引き出し、蓋を開ける。


中には、いつもの革製の書類綴じが入っていた。


外側には何も変わったところはない。


ラドは綴じを開かず、そのまま持ち上げて裏返した。


折り返しの先端と本体を跨いで貼った透明なシール。


そこには、白い文字がはっきりと浮かんでいた。


【開封済 開封済 開封済】


一瞬、誰も声を出さなかった。


確認しただけでは、この文字は出ない。


誰かが先に綴じを開いた証拠だった。


「……開けてるのだ」


ユナが小さく呟く。


「ああ」


ラドが低く答えた。


「箱を動かしただけじゃない。中まで確認してる」


セーラがシールを覗き込む。


「これなら、開くまで仕掛けがあるって分からないものね」


「ああ」


そこで初めて、ラドは書類綴じを開いて中身を確認した。


囮の紙は残っている。


持ち去らず、中だけ読んで元へ戻したらしい。


「中には、何て書いたんだ?」


ヒルダが尋ねる。


「大したことは書いてない」


ラドが答えた。


「欠損した頁について照合を進めている。それらしく日付と文書名を並べて、『複数の記録から関係者を絞り込んだ』とだけ書いた」


「つまり、犯人からすれば……」


ライアンが言う。


「自分まで辿られていないか確認する価値があった」


「その可能性が高い」


ラドは頷いた。


持ち去れば、書類が消えたこと自体で異常が分かる。


開いて戻せば、シールに痕が残る。


箱だけ動かしても、外側のシールに痕が残る。


しかも、この区画を今日は通常業務で使う予定がない。


今回、誰かが目的を持って箱を引き出し、中身まで確認して元へ戻した可能性は高い。


だが、それでも二つの痕跡が残った。


「で、その話を知ってたのは?」


バドが尋ねる。


「俺たち調査側を除けば三人だ」


ラドが答える。


「一人は、仕掛けを終えてから今まで大族長の側で報告書を整理していた。複数の者が確認してる」


指を一本立てる。


「もう一人は、古い薬草台帳の照合で薬庫にいた」


マナが頷いた。


「ずっと私と一緒だったわ。一度も離れてない」


「残る一人は?」


ラドはすぐには答えなかった。


「書庫の記録係、セドルだ」


聞き覚えのない名前だった。


バドの目が鋭くなる。


「なら、そいつじゃねえのか」


「まだだ」


ラドが即座に止める。


「この箱を動かしたのも、綴じを開いたのも、セドルだと証明できたわけじゃない。鍵を使われた可能性もある。誰かへ情報を流しただけかもしれない」


「セドルは今どこにいる?」


ライアンが尋ねた。


ラドは近くに控えていた兵士へ視線を向ける。


「呼んでこい」


「はっ」


兵士が駆けていった。


待っている間、ラドは棚から別の帳簿を抜き出した。


「それと、実際の照合でも一つ引っかかった」


頁を捲り、ある日付で指を止める。


「リーネ様の変更後の巡察路を記した報告書が、書庫へ戻された日だ」


「まさか……」


俺が帳簿を覗き込む。


「その日の記録係も、セドルだった」


ラドが淡々と言った。


「回覧を終えた書類は、最後に受け取った記録係が受領簿へ署名してから、書庫へ戻す決まりだ。規則どおりなら、切り取られた頁へ最後に名を書いていたのもセドルになる」


バドが低く息を吐く。


「ここまで重なるかよ」


「重なってるだけだ。証拠じゃない」


ラドは冷静だった。


「肝心の頁がない。今日ここへ来たのがセドルだとも決まってない」


その時、廊下から駆ける足音が聞こえた。


さっきの兵士が戻ってくる。


だが、一人だった。


「ラド様」


息を整えながら、兵士が言う。


「セドルが見つかりません」


誰も声を出さなかった。


「自室は?」


「いません。書庫の者にも確認しました。仕掛けを終えたあと、一度は仕事をしている姿が確認されています。それ以降、姿を見た者はいません」


「門は?」


「正門から出た記録はありません」


バドが舌打ちする。


「やっぱり逃げたんじゃねえのか」


「決めつけるな」


ラドが睨む。


「内通者なら逃げた可能性はある。だが、何かを知ったせいで消された可能性もある」


ラドはすぐに指示を飛ばした。


「バドはセドルの自室へ。ユナも行け。臭いを追うなら、部屋を荒らす前だ」


「あたいに任せるのだ」


「勝手に触るなよ」


「分かってるのだ!」


「マナはここに残って、扉と鍵、それからこの周囲に術の痕跡がないか調べてくれ」


「任せて」


「俺は大族長へ報告する。門と水路には、目立たないよう見張りを増やす」


ラドが俺たちを見る。


「ここから先は、こっちでやる」


「分かった」


それが当然だ。


ガルム内部の人間関係も権限も知らない俺たちが、これ以上首を突っ込む場所じゃない。


ラドは【開封済】の文字が浮かんだシールへ視線を落とした。


「ナオキ」


「なんだ?」


「あんたの道具がなければ、元へ戻された時点で何もなかったと思ってた」


俺もUVライトに浮かぶ剥離痕を見る。


外側の改ざん検知シールは、誰かが箱を引き出したことを教えた。


そして【開封済】の文字は、その誰かが囮の中身まで確認したことを残していた。


それでも、犯人を捕まえたわけじゃない。


この囮の存在を知らされた三人のうち、二人には明確な所在があった。


残ったセドルが、この件に関わっているのか。


それとも、何かを知ったせいで消されたのか。


ただ一つ確かなのは――


切り取られた受領簿の頁。


その頁へ最後に名を残したはずの記録係が、今度はガルムから姿を消したということだった。


記録から消された名前。


そして今、その名を持つ男まで、ガルムから消えていた。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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