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異世界ネットショッピング  作者: たにやん
第3章 獣人国編

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142/161

第142話 獣人国の中心

ギルザの長に背を向け、俺たちは広場を後にした。


案内役は、ギルザ衆から選ばれた若い獣人だ。言葉数は少なく、俺たちを値踏みするような目をしている。その後ろに、弓を背負った獣人が二人続いた。


俺たちは客ではない。

預かり、という名の監視対象だ。


ギルザ峡道。


ガルムへ続く南側の隠し道。その守り手がギルザ衆なのだと、案内役は出発前にだけ告げた。


「行くぞ」


案内役の獣人が短く言う。


俺たちは黙ってその後ろに従った。広場に残った獣人たちの視線が、背中に刺さる。歓迎の空気は、どこにもない。


「ナオキさん……」


ライアンが小声で俺を呼ぶ。


「何だ」


「このままガルムまで歩き通すのでしょうか。ノーラさんと子供たちの体力が持ちません」


「分かってる。だが、今は向こうの指示に従うしかない」


道は、ギルザの拠点へ向かう時よりもさらに険しい。岩と木の根が絡み合う急斜面だ。湿った土が靴底にまとわりつき、一歩ごとに足を取られる。


不意に、担架を運ぶバルクとライアンの足元が、ぬかるみで大きく滑った。


「くそっ」


「支える」


俺はとっさに細引きロープを近くの太い幹へ回し、全体重をかけて引く。担架の傾きはなんとか防いだが、ノーラが苦痛に顔を歪めた。


「止まれ」


先頭の案内役が、冷たい声で言った。


「そんな足で、怪我人を運ぶ気か」


「他に道がないんだろう」


俺が返すと、案内役は忌々しげに舌打ちした。


「……少し待て」


俺はその隙に、アイテムボックスへ手を入れるふりをして、購入済みの靴用滑り止めベルトを取り出した。靴の上から巻きつけるだけの簡単な道具だ。


「これを靴につけろ。少しはましになる」


俺は滑り止めベルトを、担架を運ぶバルクとライアンに渡した。残りはセーラとリーネだ。ミナを背負うセーラと、フィルの手を引くリーネの足元が崩れれば、子供たちも巻き込まれる。


「また便利な道具が出てきたな」


ヒルダが感心したように言う。


案内役の獣人が、俺の手元をじっと見ていた。


「それは何だ」


「滑り止めだ。商人だからな、旅道具は色々持っている」


「……そうか」


獣人はそれ以上問わなかった。だが、その視線は明らかに俺の手元へ残っている。ただの商人ではないと、もう気づいている顔だった。


滑り止めをつけると、ぬかるんだ斜面でも足が少し安定した。バルクとライアンの歩幅が戻り、担架の揺れも小さくなる。


「助かります、ナオキさん」


「礼はいい。転ばれる方が面倒だ」


リーネは受け取ったベルトを見つめ、小さく礼を言った。


「……ありがとう」


「フィルの分は俺が支える。まず、あんたが転ばないようにしてくれ」


リーネは黙って頷き、靴にベルトを巻いた。指先は少し震えていたが、手つきは丁寧だった。


俺たちは再び歩き出した。


獣人たちの監視の目は変わらない。

だが、俺たちがただ連れてこられただけの人間ではないことは、伝わったはずだ。


案内役に導かれる先は、もはや道ではなかった。


細い沢は、岩陰に消えたかと思えば、別の割れ目からまた現れる。川というより、森の下を這う水脈に沿って進んでいるようだった。


獣人の足と、森を読む目を持つ者だけが辿れる緑の迷路。


「……ナオキ。こいつら、とんでもねえ道を作るな」


先頭近くを進むヒルダが、呆れたように呟く。


「どういうことだ」


「見てみろ。あの木の傷」


ヒルダが指さす先、古い木の幹に三本の浅い傷が刻まれている。昨日見たものと似ていた。


「あれが道標なんだろ?」


「ああ。だが、ただの道標じゃねえ。あの傷の下、草の根元に細い蔓がある。気づかず踏めば、別の枝が揺れる」


「位置を知らせる仕掛けか」


「そういうことだ。知っている者だけが安全な場所を通れる。知らない者は、自分で居場所を教える」


ライアンが息を呑む。


「地図に頼る私たちとは、発想が違いますね」


「これが獣人国の守り方だ。帝国が壁を作るなら、こいつらは森そのものを壁にする」


ヒルダの言葉に、俺は背後の森を振り返った。もうギルザの拠点があった場所は分からない。どこも同じ緑と影だ。


俺たちは、ギルザの防衛網の中を歩いている。


「ナオキ」


セーラが押し殺した声を上げた。


見ると、フィルが木の根に足を取られて転んでいた。リーネが慌てて駆け寄る。


「フィル、大丈夫?」


「……痛い」


膝が少しだけ擦り剥けている。大した傷ではない。だが、子供の体力と集中力はもう限界に近い。


「少し休ませてほしい」


俺が言うと、案内役の獣人は足を止めた。


「休むなら、この場でだ。火は使うな」


「分かった」


俺は頷き、すぐにマリエクを開いた。


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俺はアイテムボックスから救急品を取り出し、まずフィルの膝を見た。


「セーラ、軽く見てやってくれ」


「ええ」


セーラがフィルの膝に手を添える。淡い光が短く灯り、痛みが和らいだのか、フィルの表情が少し緩んだ。


「歩けそう?」


「……うん」


「無理はしないのよ」


俺は靴擦れ保護パッドをリーネに渡した。


「フィルとミナの足に。たぶん、もう豆ができかけてる」


「……ごめんなさい」


「謝るな。あんたもだ。無理して歩けば、次に動けなくなる」


リーネは唇を噛み、黙ってパッドを受け取った。


その間に、ライアンが防水スタッフバッグから携帯栄養バーを取り出し、子供たちとノーラへ優先して渡す。甘い匂いに、ミナとフィルの強張っていた表情が少しだけ緩んだ。


案内役の獣人たちは、その様子を黙って見ていた。特に、俺が必要なものを迷わず出すことに、警戒の色を隠さない。


派手な武器や魔法ではない。

だが、この状況で必要なものを次々に出せる人間は、彼らの常識にはいないはずだ。


「……お前、本当に商人か」


同行していた獣人の一人が、堪えきれないというように尋ねた。


「ああ。旅慣れた商人だ」


「旅慣れた、ね」


獣人はそれ以上何も言わず、森の奥へ視線を戻した。


短い休息の後、俺たちは再び歩き出す。地味だが、足元を守るだけで一行の疲労は少しだけ和らいだ。


だが、リーネの顔色だけは晴れないままだった。


それから二日、森は終わらなかった。


ギルザ衆の案内役は、昼も夜も必要以上のことを話さない。俺たちは許された水場でだけ水を取り、岩陰や木の根元で短く休み、火を使う時もギルザ衆が示した窪地から出なかった。


ノーラの傷は悪化していない。ミナとフィルも歩いている。だが、それは全員が無事という意味ではない。疲れは確実に積もり、誰もが口数を減らしていた。


三日目の午後。


道はやがて、巨大な岩壁に行く手を阻まれた。


行き止まりか。


そう思った時、案内役の獣人が岩壁に絡んだ蔓を引いた。重い音を立てて、岩の一部が内側へ動く。隠し扉だ。


「中へ」


獣人に促され、俺たちは暗い通路へ足を踏み入れた。


通路は長くない。十メートルほど進むと、不意に視界が開けた。


息を呑む。


「……なんだ、これは」


俺の口から、思わず声が漏れた。


目の前に広がっていたのは、都市だった。


天を突くほどの巨大な木々。その幹や枝が建物の一部となり、太い幹はくり抜かれて住居になっている。枝から枝へは木の橋が渡され、岩壁もまた削られ、住居や見張り場として使われていた。


滝が岩壁を流れ落ち、水路となって街を巡る。水路の脇には淡く光る苔が植えられ、木陰の多い街を緑の光で照らしている。


王都のような華やかさはない。

帝都のような威圧感もない。


だが、ここには都市としての密度があった。森と岩と水を無理に切り開くのではなく、そのまま抱き込んで積み上げたような、獣人たちの暮らしと守りがある。


「……これが、ガルム」


セーラが呆然と呟く。


「帝国が、簡単に手を出せないわけです」


ライアンも、地図を広げることすら忘れて目の前の光景に見入っている。


ここは、力だけで攻め落とせる場所ではない。森そのものが砦であり、街であり、道を知る者にだけ味方する。


帝国が獣人を捕らえ、奴隷として扱いながらも、ガルムそのものへ簡単に踏み込めない理由が、少しだけ分かった気がした。


「止まれ」


通路の出口で、低い声がした。


ガルムの景色に目を奪われていた俺たちは、はっとしてそちらを見る。


そこには、今まで見てきたギルザ衆とは明らかに違う、屈強な獣人が二人、槍を交差させて道を塞いでいた。全身を革と金属の鎧で固め、その体格はバルクにも劣らない。


彼らが、ガルムの門番か。


案内役の獣人が一歩前に出る。


「ギルザの預かりだ。怪我人と子供がいる」


門番の一人が、案内役を一瞥した。その視線は冷たい。


「ギルザだと。何の用だ」


「この者たちを、ガルムへ」


「理由は」


「ギルザの長の判断だ」


門番は鼻を鳴らした。


それだけでは通せない。

そう言っているようだった。


その時、門番の視線が、俺たちの集団の中ほどで止まった。


俺。

セーラ。

ライアン。

バルク。

担架の上のノーラ。

ミナとフィル。


そして、俯いているリーネ。


門番の表情が、わずかに強張った。


もう一人の門番も、リーネの姿を認め、槍を握る手を止める。


広場の獣人たちが見せた驚きや戸惑いとは違う。もっと硬く、重い反応だった。


「……あの娘は」


門番の一人が、そこまで言いかけて言葉を止めた。


次に出た声は、明らかに低くなっていた。


「ギルザ。その方を、どこで保護した」


案内役は答えない。


答えられなかったのかもしれない。


門番はリーネから目を離さないまま、もう一人の門番へ命じた。


「奥へ知らせろ」


「何を、と」


「あの方を、門前に立たせたままにはできん」


その言葉が落ちた瞬間、周囲の空気が凍りついた。


案内役の獣人たちが、さっと顔色を変える。


リーネの肩が、小さく震えた。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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