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異世界ネットショッピング  作者: たにやん
第3章 獣人国編

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第141話 ガルムへの道

獣人が闇に消えた後も、洞の中には重い沈黙が残っていた。


夜明けに来るという迎えが、俺たちをどこへ連れていくのかは分からない。ただ、この洞に留まることだけはできない。それだけは、はっきりしていた。


交代で見張りに立ち、短い仮眠を取る。俺の番が終わり、ヒルダと交代して目を閉じたが、眠りは浅かった。


リーネの名。

それを聞いた獣人たちの反応。

そして、夜明けの迎え。


答えは何一つ出ないまま、洞の外が少しずつ白み始めた。


夜明け前。


洞の入口の外で、石が小さく鳴った。


見張りに立っていたヒルダが、音もなく体を起こす。壁際で目を閉じていたライアンも、すぐに剣の柄へ手を添えた。


「……来たな」


俺が呟くと、洞の入口に影が差した。


昨日、岩の上にいた獣人だ。だが、一人ではない。後ろに二人、弓を背負った獣人が立っている。歓迎のための迎えではない。俺たちが余計な動きをしないよう、見張るための人数だった。


「出る準備をしろ」


低い声だった。


余計な挨拶も、説明もない。


「火は消してある。灰も片付ける」


俺が言うと、獣人は洞の奥へ目を向けた。


「水場は汚していないな」


「ああ。使ったのは少しだけだ」


「ならいい」


それだけ言って、獣人は入口から一歩退いた。


俺たちはすぐに動き始めた。


セーラはミナを起こし、ノーラの様子を確認する。ライアンは地図を懐にしまい、ヒルダは洞の入口と外の足場を見る。バルクは盾を背負い直し、担架の前に立った。


俺は古い焚き火跡を確認した。火は完全に消えている。灰は広げず、湿った土で押さえた。紙皿や包み、ウェットシートの袋はすべて回収し、アイテムボックスへ戻す。借りた場所を汚して返すわけにはいかない。


獣人たちは黙って見ていた。


褒めることも、礼を言うこともない。だが、俺たちが洞を荒らしていないことは確認しているはずだ。


出発前のわずかな時間で、俺はマリエクを開いた。


これから向かうのは、地図にも載っていない谷の奥だ。派手な物はいらない。必要なのは、滑る足場で転ばず、荷物を濡らさず、短い移動で体力を落とさないための最低限の備えだ。


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購入した品は、すぐには取り出さない。獣人たちの視線がある。必要になった時、自然にアイテムボックスから出したように見せればいい。


「何をしている」


獣人の声が飛ぶ。


「荷物の確認だ。忘れ物がないか見ていた」


俺は顔を上げて答えた。


獣人は疑うように俺を見たが、それ以上は追及しなかった。


「行くぞ」


先頭の獣人が短く言い、谷の奥へ歩き出した。


俺たちは黙ってその後ろに従う。


洞を出た直後の空気は冷たく、湿っていた。朝の光はまだ谷底まで届いていない。木々の間に薄い霧が残り、遠くの鳥の声だけが妙にはっきり聞こえる。


道は、昨日よりさらに細くなっていた。


地図に載るような大きな川はない。だが、岩の隙間から染み出した水が細い沢を作り、谷底の土を湿らせている。


岩と木の根が絡み合う急斜面。湿った土が靴底にまとわりつき、担架を運ぶバルクとライアンの足を奪う。俺は後ろから細引きロープを支え、ノーラの担架が傾かないようにした。


「右、踏むな」


ヒルダが小さく言った。


ライアンが足を止める。


「崩れますか」


「崩れるというより、踏むと音が出る。枝が仕込んである」


先頭の獣人が、わずかにこちらを振り返った。


ヒルダは気づかないふりをして、別の足場を指した。


「こっちだ。石の色が少し違う」


獣人は何も言わなかった。


だが、俺には分かった。彼らはただ案内しているだけではない。俺たちがどこまで見えているのか、余計なものに触れないか、それも見ている。


道の途中には、薄く削られた石があった。三本線に似た印が、苔の下に隠れるように刻まれている。枝は不自然な角度で折られ、草は一見すると乱れていないのに、人が通れるだけの幅だけが残されていた。


獣人だけが知る道。

外の者を迷わせる道。

そして、侵入者を逃がさない道。


見えない壁と目で作られた、ひとつの砦だった。


「ナオキ」


セーラが、ミナを背負ったまま声を潜めた。


「大丈夫だ。止まらず進もう」


「リーネが……」


俺は後ろを見る。


リーネはフィルの手を引きながら歩いていた。足取りは乱れていない。けれど顔色は悪い。昨夜から眠れていないのだろう。フィルの小さな手を握る指に、力が入りすぎている。


「少し休ませたい」


「止まるな」


先頭の獣人が、こちらを見ずに言った。


だが、すぐに続ける。


「足場の広いところまで行く。そこで息を整えろ」


突き放すような言い方だった。


それでも、子供と怪我人を無理に急がせるつもりはないらしい。


しばらく進むと、道はわずかに開けた場所へ出た。


太い木の根が岩を抱え込み、その根と根の間に、人ひとりがやっと通れるほどの隙間がある。隙間の向こうから、複数の気配がした。


先導していた獣人が立ち止まる。


「ここから先は、ギルザの長が話す」


昨夜の獣人も、確かにその名を口にしていた。

どうやらギルザとは、この谷を守る者たちの名らしい。


その目が、俺たちを順に見た。


「武器には触れるな。一人ずつ通れ」


俺たちは言われた通り、一人ずつ木の根の隙間を抜けた。


その向こうは、谷底に隠された小さな広場だった。周囲を高い岩壁と太い根に囲まれ、上からの侵入は難しい。広場の中央には古い焚き火跡があり、その周りに十数人の獣人が立っている。


弓。

槍。

短剣。


誰もが、俺たちを歓迎していない。


広場の奥、一番大きな木の根元に、ひときわ背の高い獣人がいた。顔には古い傷跡が何本も走り、腰には鉈のような幅広の剣を下げている。腕を組み、静かにこちらを見下ろしていた。


この男が、ギルザの長か。


背後の隙間を二人の獣人が塞ぐ。


逃げ場はない。


「人間」


ギルザの長が、低い声で言った。


「お前が、この群れの長か」


「そうだ」


俺は一歩前に出る。


「ナオキ。王国から来た商人だ」


「王国の商人が、なぜそのような獣人を連れている」


「帝都の地下施設で、檻に入れられているのを見た。子供も、怪我人もいた。放っておけなかった」


言葉は短くした。


王命は伏せる。

マリエクも伏せる。

異世界のことなど論外だ。


ただ、見たことと、したことだけを言う。


ギルザの長は表情を変えなかった。


「証拠は」


「ない」


俺は正直に答えた。


「あるのは、ここにいる者たちだけだ。信じろとは言わない。だが、嘘は言っていない」


広場の獣人たちの視線が、ノーラへ向いた。


担架の上のノーラは顔色が悪い。それでも目をそらさなかった。


ギルザの長が問う。


「お前は、なぜ人間といる」


「助けられました」


ノーラの声は細かったが、はっきりしていた。


「檻から助け出されて、ここまで運んでくれました」


ギルザの長は、わずかに目を細めた。


それから、視線がリーネへ移る。


その瞬間、広場の空気が変わった。


それまで敵を見る目だった獣人たちの視線が、リーネに集まる。驚き、疑い、戸惑い。いくつもの感情が、声にならないまま広場に広がった。


リーネはフィルの手を握り、俯いている。


「そこの女」


ギルザの長が言った。


「名は」


リーネはすぐには答えなかった。


フィルが不安そうに彼女を見上げる。


セーラが一歩動きかけたが、俺は小さく手で止めた。庇いたい。だが、ここで俺たちが前に出すぎれば、獣人たちの警戒はさらに強くなる。


長い沈黙の後、リーネが小さく口を開いた。


「……リーネ」


その名が落ちた瞬間、広場の空気が変わった。


広場の端にいた年配の獣人が、わずかに息を呑む。


若い獣人の一人が、思わず口を開きかけた。


「長、彼女は――」


「黙れ」


ギルザの長の声が、低く広場を押さえた。

若い獣人は、はっとしたように口を閉ざす。

リーネはフィルの手を握ったまま、俯いていた。


ギルザの長は、しばらくリーネを見ていた。


だが、それ以上は何も聞かなかった。


その沈黙の方が、問い詰められるよりも重かった。


俺はそこでようやく、リーネには何かあるのだと理解した。獣人たちは何かを知っている。だが、ここでは口に出さなかった。


ギルザの長は、リーネから視線を外し、再び俺を見た。


「人間。お前たちは、何を望む。何をしに来た」


問いは短かった。


けれど、その場にいる全員の視線が俺へ向いた。


何を望む。


助けてほしい。

匿ってほしい。

帝国から守ってほしい。


そう言うのは簡単だ。だが、それは獣人たちの土地へ、こちらの都合を押しつける言葉でもある。


俺は一度、担架の上のノーラを見た。セーラの背で眠たげに目をこするミナ。リーネの袖を握ったまま、不安そうに俺を見ているフィル。


それから、ギルザの長へ向き直った。


「ここにいる獣人たちを、安全な場所まで送り届けたい」


広場に、わずかなざわめきが広がる。


俺は続けた。


「この子たちが安心していられる場所だ。俺たちがそこに入ることを許されないなら、それでもいい。入口まででも構わない」


ギルザの長は、しばらく黙っていた。


その視線が、ノーラへ、ミナへ、フィルへ移る。最後に、リーネで止まった。


リーネは俯いたまま、何も言わない。


「……ふむ」


長が言った。


周囲の獣人たちの目が、さらに鋭くなる。


「人間は、口では何とでも言う」


低い声だった。


「助ける。守る。送り届ける。そう言われてついていった者が、どこへ消えたか知っているか」


言い返す言葉はなかった。


俺たちは帝国の人間ではない。

王国から来た。


そう言うことはできる。


だが、獣人から見れば、俺も人間だ。

助けるという言葉で近づき、その先で裏切ってきた人間を、彼らは何度も見てきたのだろう。


「信じなくていい」


俺は静かに答えた。


「けど、ここで手を離すつもりはない」


ギルザの長は、俺を見たまま動かなかった。


やがて、低く息を吐く。


「この谷では預かれない」


その言葉に、セーラの肩がわずかに強張った。


だが、長は続けた。


「怪我人と子供を休ませる場所を求めるなら、ここでは過酷だろう。ここはギルザ峡道を守る場所だ。」


「なら、どこへ行けばいい」


俺が問うと、ギルザの長は短く答えた。


「ガルムだ」


ガルム。


確か、アステル王国の第二王子エドワードに見せてもらった地図に載っていた。

位置は、獣人領のほぼ中央だったはずだ。


だが、ただの集落や村ではないことだけは分かる。


ノーラが担架の上で目を伏せる。


リーネは、眠たげなフィルの手を壊れそうなほど強く握っていた。


「獣人にとって、ガルムは何なんだ」


俺が問うと、ギルザの長は少しだけ黙った。


「獣人国の中心だ」


「首都、みたいなものか」


「人間の言い方なら、そうなる」


長は短く続けた。


「大族長がいる」


それだけだった。


ギルザの長は背後にいた若い獣人へ視線を向ける。


「案内を出す。余計なことはさせるな」


若い獣人が短く頷いた。


ギルザの長は、俺たちを見下ろしたまま続ける。


「勘違いするな。客として招くわけではない。お前たちは、ギルザの預かりとして進む」


「それでいい」


俺は頷いた。


歓迎ではない。


保護とも呼べない。


それでも、子供たちとノーラを帝国領の闇から遠ざける道が、ようやく一つだけ見えた。


ガルム。


その名が何を意味するのか、俺はまだ知らない。


だが、リーネが何も言わずに俯いたままでいる理由だけは、少しずつ重さを増していた。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 一歩どころか半歩前進したかも怪しいですが、それでも帝国脱出前の状況に比べたらだいぶマシですね。果たして帝国から追っ手はくるんだろうか…不安ですな。 それでは今日はこの辺りで失礼…
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