第13話 訳ありの護衛と、値踏みの目
部屋で事業計画を練っていると、階下からバルガスの野太い声が響いた。
「ナオキ! おい、ナオキ! ちょっと下りてこい!」
その声には、いつもと違う焦りが混じっている。俺は書きかけの羊皮紙を机に置き、階段を下りた。
食堂にはバルガスの他に、見慣れない男女の二人組が腕を組んで立っていた。
一人は、痩せた若い男。二十代前半だろうか。着古した革鎧をまとい、常に床に視線を落としている姿からは、自信のなさが滲み出ている。
もう一人は対照的な女だ。三十路手前といったところか。腰に短い弓を下げたしなやかな体躯。赤みがかった髪を無造作に結い、俺を値踏みするような鋭い目で射抜いてくる。微かに酒の匂いがした。
「……連れてきたぜ、相棒」
バルガスが、気まずそうに小声で言う。
「こっちの男が、ライアン。元は町の自警団にいた。で、こっちの女が、猟師のセーラだ」
「……どうも」
俺が短く応じると、ライアンはびくりと肩を震わせ、さらに深く俯いた。一方、セーラは鼻を鳴らし、あからさまに不審な視線を向けてくる。
「で、こいつが噂のナオキかい。ずいぶんとひょろいじゃないか。こんなのが本当に、あの『奇跡の粉』とやらを作ったのかね」
「セーラ、!!」
バルガスが窘めるが、セーラは肩をすくめるだけだ。
バルガスは俺の腕を掴むと、カウンターの隅へ引き寄せた。
「ナオキ、言ったろ。訳ありだって」
彼は声を潜めて、耳打ちする。
「ライアンは、昔、山賊に襲われた商隊の護衛で……仲間を見捨てて一人で逃げ帰ってきた。それ以来、臆病風に吹かれちまって、まともに剣も握れねえ。町じゃ『裏切り者のライアン』って呼ばれてる」
'なるほど。トラウマ持ちか'
「セーラの方は、腕は確かだ。この町一番の猟師さ。だが、見ての通りだ。数年前に一緒に組んでた猟師仲間を、森でオークに殺されてな。自分のせいだと責めて、それからずっとああだ。稼いだ金は全部酒に消える。酔って、何かを忘れようとしてるみてえに……」
「……」
「まともな奴は、こんな寂れた町には残っちゃいねえ。こいつらが、俺が見つけられた中じゃ一番マシな連中なんだ。……すまねえな、相棒」
「いや、構わん」
俺はバルガスから離れ、二人に向き直った。
ライアンは相変わらず床を見つめ、セーラは腕を組んだまま、挑戦的な視線を崩さない。
'確かに、一筋縄ではいかなさそうだ'
だが、俺が求めているのは、従順な兵士ではない。
* * *
俺は食堂のテーブルにどかりと腰を下ろし、二人を座るよう促した。ライアンはおずおずと、セーラは面倒くさそうに椅子に腰かける。
「さて、話を聞こうか」
俺が切り出すと、セーラの口角が皮肉っぽく吊り上がった。
「話ぃ? こっちが聞きたいくらいだよ。で、いくら出すんだ? あんたをフェルムとかいう町まで護衛すりゃいいんだろ? はっきり言っとくが、安い金じゃ命は張れねえよ」
「そうだな。日当で銀貨一枚は欲しいところだ」
ライアンがか細い声で、しかし金のこととなるとはっきりと口にした。
「銀貨一枚か。悪くない」
俺はあっさりと頷く。その反応が意外だったのか、二人がわずかに目を見開いた。
「だが、その前に聞きたいことがある」
「……なんだよ」
「お前たちの腕前や経験には興味がない」
俺の言葉に、二人は怪訝な顔をした。
「聞きたいのは一つだけだ。お前たちは、その金で何を手に入れたい?」
「……は?」
セーラが、間の抜けた声を出す。
「だから、金だ。その金が手に入ったら、何に使うんだと聞いている」
俺はセーラの目をまっすぐに見つめた。彼女は一瞬言葉に詰まり、やがて吐き捨てるように言った。
「決まってんだろ。酒だよ。もっと上等な酒を、腹一杯飲むのさ」
「そうか。それで?」
「それでって……それだけだ。他に何がある」
「本当に?」
俺が静かに問い返すと、セーラの目の奥が、ほんの少し揺らぐ。俺は視線をライアンに移した。
「お前はどうだ?」
「俺は……」
ライアンは俯いたまま、絞り出すように言った。
「この町を出ていく。誰も俺を知らない場所へ行って、静かに暮らすんだ。そのためには、まとまった金がいる」
'過去の汚名から逃げたい、か。わかりやすい動機だ。'
俺はテーブルに両肘をつき、身を乗り出した。
「なるほどな。上等な酒と、新しい人生か。いいだろう。だが、俺が提示する条件は、お前たちの想像とは少し違う」
バルガスが固唾を飲んで見守っているのが、視界の端に映る。
「前金はない」
「……なんだと?」
セーラの声が低くなる。
「日当も、固定給もない」
「おい……」
「成功報酬だ」
俺はきっぱりと言い放った。
「この商売で得た報酬の、一定の割合をお前たちに渡す」
食堂に、重い沈黙が落ちた。
ライアンは顔を上げ、セーラは信じられないものを見る目で俺を凝視している。バルガスも「おいおい、マジかよ」と顔に書いてあった。
「俺は護衛を雇うんじゃない。この事業の成功に賭けてくれる、パートナーを探しているんだ」
* * *
「ふざけるなッ!!」
沈黙を破ったのは、セーラの怒声だった。彼女は椅子を蹴立てて立ち上がる。
「あんた、あたしたちを馬鹿にしてんのか!?」
その目は怒りに燃え、酒の匂いが一層濃くなった気がした。
「タダ働きで、命懸けの旅に付き合えってか!? しかも、報酬が出るかどうかも分からねえ博打だろうが!」
「その通り。博打だ」
俺が平然と認めると、セーラはさらに激昂した。
「このイカレ野郎……!」
「ライアン、お前もそう思うか?」
俺が水を向けると、ライアンは青ざめた顔でかぶりを振った。
「む、無理だ……。そんな、保証もない話……。俺は、確実な金が欲しいんだ。それで、すぐにでもこの町を……」
「おい、ナオキ! いくらなんでもそりゃ……」
バルガスが慌てて割って入ろうとするのを、俺は手で制した。
「セーラ」
俺は立ち上がった彼女を、冷静に見据える。
「お前ほどの腕を持つ猟師が、日当銀貨一枚のはした金で満足なのか? その腕で稼いだ金を、ただ酒に変えるだけか? その酒は……本当に美味いのか?」
「なっ……!」
セーラの言葉が詰まる。俺は続けた。
「お前は、本当に『上等な酒』が飲みたいだけか? 違うだろ。お前が本当に欲しいのは、酔って忘れちまいたいほどの『過去』から解放されることだ。違うか?」
俺の言葉は、彼女の鎧を一枚一枚剥がしていく。
「ライアン。お前もだ。町を出て、新しい人生を始める? 金さえあれば、それができると思ってるのか? 逃げた先で、お前は胸を張って生きられるのか?」
「そ、それは……」
俺は二人を交互に見つめ、最後の一撃を放つ。
「俺が提供するのは、ただの金じゃない。成功を掴み取り、過去を乗り越えるための『機会』だ。日当銀貨一枚で買えるような、安っぽい感傷に浸るための金とは訳が違う」
俺の言葉は、氷の刃のように二人の心に突き刺さった。
セーラは怒りの形相のまま固まり、ライアンは震える唇を噛み締めている。
「意固地になってここで朽ち果てるか、自分の「未来」を変える為に俺と一緒にいくか。……お前たちの人生だ。だが、一つだけ言っておく」
俺は一呼吸置き、二人の魂に直接語りかけるように続けた。
「俺の言う『成功』は、不確かな博打じゃない。俺にとっては、もはや『確定した未来』だ。その未来にお前たちが乗るか、ここで降りるか。今、選べ」
食堂の空気は張り詰め、三人の視線が交錯する。誰も、一言も発することができない。ただ、彼らの決断を待つ、息詰まるような時間だけが流れていった。
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