第12話 性能の証明と、新たな市場
男は言葉を失い、手の中の斧を信じられないといった様子で見つめていた。その尋常ならざる切れ味と、体の一部のような軽さ。
「……行ってくる」
やがて、男はそれだけ呟くと、決意を固めた目で俺たちを一瞥し、森へと駆け出した。その背中には、昨日までの絶望の色はなかった。
「おいおい、すげえ気合だな」バルガスが感心したように呟く。
「性能が本物なら、結果は出る」
俺の言葉に、集まっていた町民たちが固唾を飲む。彼らの期待と疑念が入り混じった視線が、男の消えた森の入り口に注がれていた。
* * *
数時間後。昼下がりの気だるい空気の中、森の方から重い車輪が地面を軋ませる音が聞こえてきた。
「なんだ?」
一人が声を上げると、皆が一斉にそちらを向く。やがて現れた光景に、誰もが目を疑った。
「うそだろ……」
木こりの男だった。彼は一人で荷車を引いている。荷台には、昨日までの一週間分でも及びもつかないほどの木材が、山と積まれていた。
「おい、あれ……あいつ一人でやったのか!?」
「半日も経ってねえぞ!?」
どよめきが波のように広がる。
男は汗だくになりながらも、その顔は満足感と誇りに満ちていた。彼は広場の中心で荷車を止め、高らかに叫ぶ。
「見たか! この斧さえあれば、これくらい朝飯前だ!」
その言葉が、引き金だった。
斧の性能は疑いようもなく証明され、それまで半信半疑だった他の職人たちが、我先にと俺のもとへ殺到する。
「ナオキさん! 俺にもその道具を!」
「頼む! 稼ぎの二割でも三割でも払う!」
もはや、俺の契約を「奴隷契約」と罵る者はどこにもいない。
木こりの男は英雄のように町民に囲まれ、意気揚々と木材市場へ向かう。あれだけの量だ、銀貨数枚にはなるだろう。誰もがそう信じていたようだった。
だが、市場で男を待っていたのは、冷え切った現実だった。
「木材? ああ、もう間に合ってるよ」
最初の商人に、そう鼻であしらわれる。次の商人は、山積みの木材を見て顔をしかめた。
「こんなに大量に持ち込まれてもな。うちの倉庫も満杯だ。悪いが、引き取れん」
何人にも断られ、男の顔から笑顔が消えていく。
この小さな町で消費できる木材の量には限りがある。そこに、突如として規格外の量が供給されたのだ。需要と供給のバランスが、完全に崩壊した。
「……おい、そこの兄ちゃん。そんなに売りたいなら、全部まとめて鉄貨十枚でどうだ?」
一人の商人が、足元を見るように値を付けてくる。
「じゅ、鉄貨十枚!? ふざけるな! これだけの量だぞ!」
「嫌なら他を当たればいい。もっとも、どこも買い取ってくれんだろうがな」
価格が暴落した。いや、価値そのものが失われたのだ。
結局、山のような木材は投げ売り同然の値段でしか売れなかった。手にしたわずかな鉄貨では、俺に支払う二割を差し引くと、ほとんど何も残らない。
圧倒的な生産性の向上が、新たな絶望を生んだ。男は、空になった荷車の前で呆然と立ち尽くしていた。
* * *
『木陰亭』の食堂は、昼間の熱狂が嘘のように静まり返っていた。
バルガスはカウンターに突っ伏し、巨大な頭を抱えている。
「……どうなってやがる。斧の性能は本物だった。あいつは誰よりも働いた。なのに、なんで……」
「……、需要が少ない廃村のような村では、やっぱりこうなるか。」
「.......この町の外に、俺たちの『商品』を欲しがる市場があるはずだ」
俺の静かな言葉に、バルガスがハッとして顔を上げた。
「町の外……」
「ああ。木材だけじゃない。魚も、これから作るであろう他の産物も、すべてこの町の需要を超えれば価値を失う。どこか、もっと大きな町へ持って行って売らなければ意味がない」
「大きな町……。フェルムのことか?」
バルガスがぽつりと呟く。俺が知らなかった地名だ。
「そこが一番近いのか?」
「ああ。馬車でも数日はかかる。だが……」バルガスはそこで言葉を区切り、深刻な顔になった。「道中、山賊が出るって噂もある。安全な道のりじゃねえぞ」
「それでも、行かなければ始まらない。市場と販路を探る必要があるんだ」
「........それに世界を色々と見てみたいからな」
俺の言葉に、バルガスは息を呑んだ。その目は驚愕に見開かれている。
「お前……こうなることまで、分かってたのか?」
「確信はなかった。だが、可能性としては考えていた。だからこそ、ここからが本当の投資の始まりだ。さらに軍資金が必要になる」
俺の言葉を聞き、バルガスは息を呑んだ。そして何かを決意したように顔を上げる。
「….ナオキよぉ。商人になろうってのか?」
「商人、か」
'それだけじゃない。物流、マーケティング、金融……これはもう、ただの商売じゃない。死にかけた町を再生させる、会社経営そのものだ'
「やるべきことは、もっと多い」
俺がそう言うと、バルガスはふっと息を吐いた。
「はっ……。とんでもねえな、お前は。本当にこの町ごとひっくり返す気か」
彼は呆れたように笑い、そして真剣な目つきになる。
「で、どうするんだ? まさか……あんた一人で行くつもりじゃねえだろうな!?」
バルガスの声が鋭くなる。
「言ったろ!山賊が出るって噂もあるんだぞ!あんたは戦えるのか?」
「だが、誰かが行かなければ始まらない」
「だからって、犬死にしに行く奴があるか!」
バルガスは俺の肩を掴み、その巨体で睨みつけてくる。「護衛はどうするんだ!まさか何も考えてないわけじゃねえだろ!」
「護衛……。冒険者ギルドのようなものは、この町にないのか?」
俺の問いに、バルガスは自嘲気味に鼻を鳴らした。
「あったらとっくに俺が世話になってるさ!こんな寂れた町に、腕利きの冒険者がいるわけねえだろ。もう何年も見たことねえよ」
「……そうか。なら、この町で腕が立つ人間は?元兵士とか、猟師とか」
俺の言葉に、バルガスは腕を組んで唸り始めた。
「うーん……いねえわけじゃねえが……。ちょっと訳ありの連中なら、心当たりがある」
「頼めるか?」
「おう。俺が話をつけてきてやる。だが、そいつらを動かすにしてもタダじゃ済まねえぞ。軍資金はもっと必要になるかもしれねえ」
新たな課題に、俺は静かに頷く。
「……わかった。また、お前のその目に賭けてやるよ」バルガスは俺の目を見て、ニヤリと笑った。「だから、護衛が見つかるまで絶対一人で動くんじゃねえぞ!いいな、相棒!」
俺は彼の信頼を背中で感じながら、自分の部屋へ向かった。
部屋に戻ると、俺はすぐに『マリエク』を起動する。手元の資金は、ほぼゼロ。
'フェルムまでの道のりは危険だ。護衛も見つけなければならない。その費用も、すべてこれから稼ぐ必要がある……'
俺は検索窓に思考を巡らせた。
'保存食、水筒、そして……護衛代を差し引いても購入できる、最低限の護身用の何か'
ウィンドウに表示される無数のアイテムリストを眺めながら、俺はこの異世界で最初の「事業計画」を練り始めるのだった。
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