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異世界ネットショッピング  作者: たにやん
第2章 帝国の闇編

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第123話 決断の先

「……たすけて……」


鉄扉の向こうから聞こえたか細い声が、俺の足を縫い付けた。


左は「搬出口」。

右は「被検体収容区画」。


二つのプレートが、俺に冷酷な選択を突きつける。

頭の中では、答えはとっくに出ていた。左だ。生き残るためには、左の扉へ進むしかない。それが合理的で、今この場の正解だ。


ガンッ! ギャリリッ!


背後でバルクが押さえる扉を、七号がこじ開けようと暴れている。金属が削れる不快な音と衝撃が、俺の決断を執拗に急かしてくる。


「ナオキ、どうするんだ! もう時間がない!」


ヒルダが叫ぶ。彼女の視線は、明らかに左の「搬出口」を向いていた。


「ナオキさん! 生存者の救出は重要です。ですが、我々が全滅しては意味がない! 今は撤退を!」


ライアンの声も、冷静だが焦りを隠しきれていない。彼の言う通りだ。ここで全滅すれば、この地下で行われている非道も、レナードの悪意も、何もかもが闇に葬られる。

分かっている。頭では、痛いほど分かっているんだ。


俺は右の扉に視線を向けた。

扉の向こうには、まだ声の主がいる。俺たちと同じように、この地獄から出たいと願っている誰かが。


セーラに支えられたリーネも、同じように右の扉を見ていた。イヤーマフのせいで、俺たちの会話はほとんど届いていないはずだ。それでも、彼女は扉の向こうにいる誰かの気配だけは感じ取っているのか、震えながらも目を逸らさなかった。


'ここで見捨てたら……'


かつて、俺は見捨てられる側だった。

誰も手を伸ばしてくれなかった時の冷たさを、まだ覚えている。


だが、今は違う。

俺の背後には、俺を信じてここまでついてきてくれた仲間がいる。そして、目の前には、助けを求める声がある。

この声を聞かなかったことにして、俺は本当に、この先胸を張って生きていけるのか?


「……ここで見捨てたら、俺は一生自分を許せないだろうな」


ぽつりと、自分でも驚くほど静かな声が漏れた。


「……は? ナオキ、お前まさか……」


ヒルダが、信じられないといった目で俺を見る。

俺は仲間たちを振り返った。


「悪い。俺のわがままだ」


俺はそう言うと、右の扉――「被検体収容区画」へと、一歩を踏み出した。


「正気かよ、あんた!」


「合理的判断ではありません! 罠の可能性も……!」


ヒルダとライアンが同時に声を上げる。だが、俺は止まらなかった。


「罠だろうが何だろうが、関係ねえ。聞こえちまったんだ。

聞こえちまった以上、見捨てるなんて選択肢は、もう俺の中にはねえんだよ」


俺は振り返らずに言った。


「ここを切り抜けたら、文句でも何でも聞いてやる。だから今は、俺のわがままに付き合ってくれ」


数秒の沈黙。

やがて、セーラがリーネを支えながら、俺の隣に並んだ。


「……分かった。私も、右に行きたい。リーネも、きっと同じ気持ちだから」


「セーラ……」


「ったく、しょうがねえな! 生きて戻ったら、真っ先に説教してやるからな!」


ヒルダも悪態をつきながら、短剣を握り直す。その目には、呆れと、ほんの少しの覚悟が宿っていた。


「……まったく。ですが、決断された以上、最善を尽くすまでです」


ライアンも深いため息と共に、扉の構造を見上げた。


「バルク! こっちの扉を開ける! それまで後ろを頼む!」


「承知した!」


盾の向こうから、バルクの力強い声が返ってきた。

俺は右の扉の前に立ち、アイテムボックスから再びタキタのディスクグラインダーを取り出す。


「さあ、第二ラウンドだ」


* * *


「分厚いな、この扉も……!」


俺は扉のロック部分にグラインダーの刃を押し当てた。

ギャリリリリリリッ!


焼けた鉄の臭いが立ち込める中、甲高い金属音と共に、オレンジ色の火花が暗い通路に激しく飛び散る。


「バルク、あとどれくらい持つ!?」


「時間の問題だ! 扉が歪んで、もう長くは……ぐっ!」


ガンッ! と、扉が大きく歪む音が響き、通路全体が震えた。

バルクの大盾はびくともしない。だが、その衝撃を受け止めたバルクの足元が、床を削るようにわずかに後ろへ滑った。


'急げ!'


俺は焦りをねじ伏せ、グラインダーに全体重をかける。火花が腕に飛んで熱い。だが、止めるわけにはいかない。

ロック機構が頑丈に作られている。蝶番を狙うか? いや、それも分厚い。


「ナオキさん、鍵穴の真上! そこが構造上の弱点のはずです!」


ライアンの的確な指示が飛ぶ。

俺は狙いを定め、再び刃を押し当てた。


ギャリィィィン!


これまでとは違う、鈍い手応え。ロックの内部機構が砕けた感触があった。

俺はグラインダーをアイテムボックスに戻し、扉の取っ手を掴む。


「開けええええっ!」


ライアンも加勢し、二人で扉をこじ開けた。

ギギギ、と嫌な音を立てて、重厚な鉄扉が内側へと開く。


その向こうには、薄暗い空間が広がっていた。

薬品と、埃と、獣人の毛が混じったような重い臭いが、俺たちの鼻を突き刺す。


「バルク、こっちへ!」


「承知!」


バルクは最後に大盾で扉を強く押し返すと、処置室側の通路に倒れていた金属製の器具棚を蹴り込んだ。

器具棚が扉の隙間に噛み込み、嫌な音を立ててひしゃげる。


長くは持たない。

だが、数十秒でも稼げれば十分だ。


バルクは大盾を構えたまま、収容区画の入口へ下がった。

リーネはまだ顔色こそ悪かったが、処置室から離れたことで、あの震えは少しずつ収まっていた。彼女はイヤーマフを外し、小さく息を吐く。


壁際には、狭い鉄格子のはめられた檻が並んでいる。

そのほとんどは空だった。

だが、奥の三つの檻だけに、人影があった。


一人は、狐の耳を持つ少年。

一人は、兎の耳を伏せた少女。

もう一人は、犬種らしい若い女だった。片脚を庇うように座り込み、それでも子供たちを隠すように腕を広げている。


俺たちの出現に気づいても、すぐには反応しない。

希望を持つことすら、とうの昔に諦めてしまったかのように。


空の檻の壁には、無数の爪痕が残っていた。

床には黒く変色した薬液の跡と、錆びた番号札が転がっている。

ここが、ただの収容区画ではない。実験体をストックし、使い潰してきた場所なのだと、嫌でも分かった。


「ひどすぎる……」


ヒルダの呟きに、怒りが滲む。


俺たちは、この帝国の最も暗い腹の底に、足を踏み入れてしまったのだ。


* * *


「ナオキさん、待ってください!」


俺が一番手前の檻に近づこうとした時、ライアンが制止した。


「この檻、おそらく無理に壊せば警報が鳴ります。床を見てください。檻の前に、うっすらと魔力の紋様が……」


ライアンが指し示した床には、ほとんど消えかかった魔法陣の跡があった。


「処置室と同じか。警報か、拘束陣か……いずれにせよ、迂闊には触れない」


'どうする。一つ一つ解除している時間はない。'


背後では、七号が障害物を叩き壊そうとしている音が迫っている。

バルクは収容区画の入口で盾を構えたまま、俺たちの背後を守っていた。


「ナオキさん、こっちです!」


ライアンが壁際を走り、檻の固定具を指差した。


「錠ではなく、固定具です!そこだけを断てば、床の陣を起動させずに檻を開けられるはずです!警報の魔力線は、錠の方に通っています!」

「……分かった。やってやる!」


俺は再びグラインダーを構え、ライアンが示した固定具へと近づいた。

その間に、セーラとリーネは檻の中の獣人たちに近づいていた。


「大丈夫! 今、助けるから!」


セーラの必死の声に、獣人たちはぴくりとも動かない。

その時、リーネが檻に一歩近づいた。

まだ顔色は悪い。だが、彼女は逃げなかった。


「あたしも、檻にいた」


リーネのかすれた声に、うずくまっていた狐耳の少年が、ゆっくりと顔を上げた。


「あたしも、あんたたちと同じだった。でも、諦めなかった。だから、今ここにいる。だから……あんたたちも、諦めないで」


リーネの瞳には、涙が浮かんでいた。だが、その声は震えながらも前を向いていた。

彼女の言葉に呼応するように、檻の中の獣人たちの目に、ほんのわずかだが光が戻る。


'……リーネ'


彼女はもう、ただ守られるだけの存在じゃない。

俺は胸にこみ上げる熱いものを感じながら、グラインダーのスイッチを入れた。


「いくぞ!」


ギャリッ!


小さな火花と共に、固定具が断ち切れる。

ライアンの読み通り、警報は鳴らなかった。


「よし! 次だ!」


俺は次々と檻の固定具を破壊していく。

セーラたちが檻を開け、衰弱した獣人たちを助け出した。全部で三人。皆、立つこともままならないほど弱っている。


「ナオキ、ひとりは歩けない!」


犬種の若い女が、片脚を引きずりながら子供たちを庇おうとしている。

狐耳の少年は震えながらも立とうとしていたが、兎耳の少女は恐怖で声も出せないようだった。


「体温が低い……このままじゃ危険だ」


俺は即座にマリエクを起動した。


[検索:非常用、保温、シート、軽量]

[検索結果:非常用アルミブランケット 10枚セット 3,000円]

[送料:2,000円]

[合計:5,000円]


【現在の残高:27,538,000円】


アイテムボックスから銀色の薄い包みを取り出し、仲間たちへ渡す。


「これで体を包んでやれ! 少しでも体力を温存させるんだ!」


セーラが兎耳の少女を包み、リーネが狐耳の少年にブランケットをかける。

犬種の若い女には、ヒルダが無言で肩に掛けてやった。


「バルク、その人を頼む!」


「ああ」


バルクが犬種の女を片腕で支え、大盾を構え直す。

救い出せた。

だが、安心する暇などなかった。


その、まさに直後だった。


* * *


『ご苦労様です。ですが、そこまでですよ』


金属管を通して、レナードの冷たい声が響き渡った。


「しまっ……!」


ガシャン!


背後の分岐で、左に残してきた「搬出口」の扉が、重い音を立てて外からロックされた。

同時に、俺たちが入ってきた被検体収容区画の扉も、ガコン、と音を立てて閉ざされる。


「退路が……断たれた……!?」


ライアンが愕然と呟く。

背後の扉の向こうでは、七号が障害物を叩き壊す音が、もうすぐそこまで迫っていた。


「くそっ、袋の鼠かよ!」


ヒルダが吐き捨てる。

その時、ライアンが壁の一点を食い入るように見つめた。


「待ってください……この壁……構造が他と違う! 奥に何かある!」


「ライアン、下がれ」


バルクが短く告げ、大盾を構えた。

犬種の女をヒルダに預けると、そのまま壁へ向けて大盾を叩きつける。


ゴッ! と鈍い音を立てて壁が崩れ、その向こうに、さらに奥へと続く未知の搬送路が姿を現した。


「道があったぞ!」


希望が見えた、と思ったのも束の間だった。


コツ……。


コツ……。


コツ……。


その通路の奥、ヘッドライトの光が届かない漆黒の闇の中から、音が聞こえてきた。

七号のような、不規則で狂った足音ではない。

硬い床を、一定の間隔で踏みしめる足音。

獣の荒々しさも、人の迷いも感じさせない、冷たい靴音だった。


俺たち全員が、その不気味な音に息を呑んだ。

その時、俺の隣で、リーネが「ひっ」と小さく喘いだ。彼女の顔から血の気が引き、全身が恐怖で硬直している。


「……この音……」


リーネの唇が、震えた。


「……知ってる……」

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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