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異世界ネットショッピング  作者: たにやん
第2章 帝国の闇編

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第120話 音に群がるもの

「……敵は、一体じゃなかった」


俺の呟きは、カビと薬品の悪臭が充満する横道に吸い込まれた。

直後、背後の入り口で、湿った何かが石床を引きずる音がした。


ギチ……ギチ……。


ワイヤーネットを引き裂いた強化検体七号が、狭い横道の入口に姿を現していた。絡みついたワイヤーの残骸を体にぶら下げたまま、濁った目でこちらを見ている。

いや、見ているのかどうかすら分からない。

だが、こちらへ来る。


「来やがった……!」


ヒルダが低く吐き捨てた。


「バルク! 後ろを頼む!」


「……ああ」


バルクは即座に振り返り、狭い通路を黒い大盾で塞いだ。

次の瞬間、七号の爪が大盾に叩きつけられる。


ゴオォンッ!


腹の底まで響く衝撃。バルクの足が床を削り、石片が跳ねた。


「ぐっ……! こいつ、まだ……!」


七号は止まらない。痛みを感じていないのか、壊れた体をさらに前へ押し込み、盾ごとバルクを押し潰そうとしてくる。

背後は、バルク一人でかろうじて塞いでいるだけだ。

そして、前方の闇の奥からは、壁や天井近くの隙間を伝って、別の爪音が響いていた。


一つではない。

二つ、三つ。

さらに奥にも、何かがいる。


「どうすんだよ、ナオキ! 袋の鼠じゃねえか!」


ヒルダが背後と前方の闇を交互に見ながら叫んだ。


「セーラ、リーネを頼む!」


「分かってる! リーネ、私から絶対に離れないで!」


セーラは震えるリーネを庇いながら短剣の柄に手をかけ、いつでも動けるように身構えた。


「ライアン! 何か道は!?」


「待ってください! 壁の造りが……妙です……! この横道、ただの物置ではありません。奥に別の区画へ繋がる扉があるはずです!」


ライアンが床の溝と壁の継ぎ目を食い入るように見比べて叫ぶ。だが、ヒルダの呻きがそれを遮った。


「臭いが多すぎる……! 奥から来る奴ら、正確な数が分からねえ。けど、一体や二体じゃねえぞ!」


前門の虎、後門の狼。いや、前後どちらも正体不明の化け物だ。バルクがいつまで持つか分からない。

俺は壁に打ち付けられた「廃棄」の札を睨みつけた。


'ここは奴らを捨てる場所。そして、俺たちを始末するための処刑場だ。'


レナードの歪んだ笑みが脳裏に浮かぶ。


その時だった。


ガシャン!


ヒルダが後ずさった拍子に、足元のガラス瓶を蹴り飛ばしてしまった。


瞬間、闇の奥から響いていた爪の音が、ぴたりと止む。


わずかな静寂の後。


コツ、コツ、コツコツコツコツ……!


速度を増した複数の足音が、ヒルダが音を立てた場所を目がけて殺到してくる。


* * *


「……今の、は……」


ヒルダが自分の失態に息を呑む。


「音だ……」


か細く呟いたのは、セーラに抱かれたリーネだった。


「檻の中にいた時……遠くで大きな音がすると……壁の向こうで、何かが暴れる音がした……。看守たちはそれを『餌の時間』って……」


餌の時間。


'こいつら、目に頼ってない。音に反応して集まってくる!'


鑑定で見た「自我崩壊」の文字が頭をよぎる。視覚や思考ではなく、聴覚と破壊衝動だけで動いているのなら……!


「突破口は、それしかない!」


俺は即座にマリエクを起動した。


[検索:防犯ブザー、大音量、まとめ買い]

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ポン、という音と共に、手のひらサイズのブザーが十個、アイテムボックスに現れた。


「ナオキ、それは!?」


「説明は後だ! 音で誘導する!」


俺はブザーを一つ取り出し、仲間たちに見せる。


「こいつは、奴らが聞いたこともない凄まじい音を出す。これで注意を引きつけ、その隙に右手の扉まで走る!」


「しかしナオキさん、敵は前後両方です! どちらに使うんですか!」


「両方だ」


俺は仲間たちにブザーを手渡した。


「背後の通路に二つ。俺たちが進む方向の左右にも投げ込む。音を散らせば、奴らの動きも散る。その隙に中央を抜ける!」


仲間たちがゴクリと唾を呑む。博打に近い。だが、他に道はなかった。


「ライアン、扉までの距離は!」


「この先、二十メートルほどです! 右手の壁に、鉄製の扉があるはずです!」


「二十メートル……稼げる時間は、十数秒だ!」


俺は盾で必死に攻撃を防いでいるバルクに叫んだ。


「バルク! 合図で後退しろ! 一瞬でいい!」


「……分かった!」


盾の向こうから、くぐもった返事が返ってきた。

俺はブザーのピンに指をかけ、深く息を吸う。心臓の音を、無理やりねじ伏せた。


「投げたらすぐ耳を塞げ!」


「リーネ、耳ふさいで!」

「ナオキ、これで耳が壊れたら承知しないからね!」


「生きて出られたらな!」


セーラの叫びに返しながら、俺はブザーのピンを抜き、通路の奥、闇の深い方へと全力で投げつけた。


* * *


ジリリリリリリリリリリリッ!


耳を劈く甲高い電子音が、通路に響き渡った。この世界に存在するはずのない、無機質で不快な警告音だ。

セーラとリーネが思わず耳を強く塞ぐ。

直後、ヒルダとライアンもピンを抜き、通路の奥、左右の壁際へとそれぞれ投げ込んだ。


ジリリリリッ! ジリリリリッ!


三つのブザーがけたたましい音を立てる。


ギシャアア!?


闇の奥の足音が、明らかに乱れた。


「今だ! 行けえええっ!」


俺は絶叫した。


「バルク!」


ゴッ! という轟音と共に、バルクが入り口から飛び退く。俺は即座に二つのブザーを起動させ、強化検体七号がいた通路の左右へと滑り込ませた。


ジリリリリッ!


背後でも音が鳴り響き、七号が「キシャ!?」と混乱した声を上げる。


「走れえええっ!」


ライアンを先頭に、俺たちは一斉に走り出した。セーラがリーネを支え、ヒルダがその横について補助する。

左右の壁の向こうから、ブザーに引かれた失敗作どものおぞましい爪音が響き、天井近くの隙間からも何かが這い回るような音がした。


「あった! あれです!」


ライアンが叫び、ヘッドライトが右手の壁にある鉄の扉を照らす。


「開けるぞ!」


俺が錆びたハンドルに手をかけた、その時。


「キシャアアアアアアアッ!」


背後から、凄まじい怒りを含んだ雄叫びが響いた。陽動を振り切った強化検体七号が、一直線にこちらへ向かってくる。


「ナオキ、早く!」


「くそっ、固い!」


ハンドルがびくともしない。


「どけえええええっ!」


俺の背後からバルクが突進し、肩で俺をどかして前に出た。彼は大盾を構え、迫る七号へと正面からぶつかった。


ゴオオオオオンッ!


これまでで最も重い衝突音。バルクの巨体と化け物がぶつかり、通路全体が震動する。


「ぐ、おおおおおっ!」


バルクは盾で化け物を押しとどめながら、ミリ単位で後退していく。そのおかげで、数秒の時間が生まれた。


「ライアン、手伝え!」


「はい!」


俺とライアンは二人掛かりでハンドルに全体重をかける。ギギギ、と錆びついた金属が悲鳴を上げ、ついにゴトリと重い音を立ててロックが外れた。


「開いた!」


俺は力任せに扉を引く。


「セーラ、リーネ、ヒルダ! 先に入れ!」


三人が次々と扉の向こうへ滑り込む。


「バルク、今だ!」


俺が叫ぶと、バルクは最後の力を振り絞り、盾で七号を押し返した。化け物が体勢を崩した隙に、バルクはこちらへ反転し、扉の中へ飛び込む。


俺はライアンと共に、全体重をかけて鉄の扉を閉め、内側から閂をかけた。

直後、扉の向こうから、ドンッ! と凄まじい衝撃が伝わる。厚い鉄扉が嫌な音を立てて震えた。

七号は何度か扉を叩きつけた。だが、壊し切る前に、背後で鳴り続けるブザーの音へ意識を引き戻されたのか、やがて爪音はゆっくりと遠ざかっていった。


俺たちは、その場にへたり込んだ。荒い息だけが、静かな空間に響く。


「……助、かったのか……?」


ヒルダの呟きに、誰も答えられなかった。


* * *


ヘッドライトが照らし出したのは、ガラス張りの壁に囲まれた、奇妙な小部屋だった。


「……観察室」


ライアンが壁のプレートを読んで呟く。ここから、廃棄された失敗作を観察していたらしい。

机はひっくり返り、床にはインク瓶や羊皮紙が散乱している。慌ててここを去ったかのようだ。


俺は床に散らばった書類の一枚を拾い上げた。そこには、おぞましい実験記録が無機質な文字で記されていた。


「検体番号 三号。獣人、狼種。過剰強化により肉体崩壊。廃棄区画へ」

「検体番号 八号。獣人、鳥種。命令刻印に精神が耐えきれず発狂。廃棄」


「ひどい……」


セーラの顔から血の気が引いた。


俺は次々と書類をめくった。そのほとんどが失敗記録だ。だが、一枚だけ、他とは明らかに違う書類が目に留まった。

厳重に封をされていたらしい封筒から滑り落ちたもので、「極秘」の印が押されている。


俺はその書類に書かれた文字を読み、息を呑んだ。


「……完成検体、一号」


その言葉に、仲間たちの視線が一斉に俺の持つ書類へと集まる。


名称:完成検体 一号

識別名:猟犬

分類:狼種獣人ベース

状態:安定

命令遂行率:九十八・七パーセント

命令刻印:安定


書類の最後には、血が凍るような一文が記されていた。


「備考:アステル王国東部街道付近にて、外部実戦投入試験を実施。Aランク冒険者パーティ『銀狼の牙』を対象とし、目標の完全殲滅を確認。検体は無傷で帰投。極めて良好な結果を得る」


「……まさか」


ライアンの顔から血の気が引いていく。


「……あの事件だ」


ライアンの声が、かすかに震えた。


「俺が受けた依頼の、発端になった事件です。王国東部街道で、Aランクパーティが全滅した。魔物の群れに襲われたと処理されていましたが……生存者も、目撃者もいなかった」


ライアンは、書類の文字から目を離せないまま続けた。


「まさか……あれをやったのが、帝国の……コイツだったなんて……」


俺は、手の中の書類を強く握りしめた。


失敗作ですら、あの強さだ。

では、成功した『完成検体』は、一体どれほどの化け物なのか。


レナードの言葉が、頭の中で不気味に反響する。

俺たちが足を踏み入れたのは、失敗作の巣などではない。帝国の最も暗く、そして危険な秘密の核心そのものだった。


その時、壁際の金属管の奥から、かすかな音がした。


ぱち、ぱち、ぱち。


乾いた拍手の音。


そして、聞き間違えるはずのない声が、細い管を通って観察室に落ちてきた。


『素晴らしいですね、ナオキさん』


レナードの声だった。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 今までの『闇』が帝国の陰謀と繋がりましたか。とはいえこの絶体絶命がまだまだ続く状況を切り抜けないと、判明した闇すら暴けないからなぁ…。 それでは今日はこの辺りで失礼致します。
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