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異世界ネットショッピング  作者: たにやん
第2章 帝国の闇編

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第117話 帝都の檻

「……もう遅い。あなたたちは、帝国に見つかった」


猫科の獣人女性の絶望的な呟きが、鳴り響く警戒鐘の音にかき消される。ゴオオオォン、という腹の底に響く重く不吉な音が、帝都の石畳を震わせ、俺たちの逃げ場がどこにもないことを告げていた。その音は物理的な振動となり、足元から這い上がってきて心臓を直接掴むようだ。


「くそっ! どうすんだよ、ナオキ!」


ヒルダが鐘の鳴る空を忌々しげに睨みつけ、焦燥に駆られた声で叫んだ。壁一枚隔てた路地の向こうから、複数の重い軍靴の音が急速にこちらへ向かってくるのが聞こえる。一つや二つではない。統率された、狩る側の足音だ。


「落ち着け!」


俺は一喝し、強引に思考を切り替える。

'パニックは死を招くだけだ。この絶望的な状況で、俺が冷静さを失えば全滅は免れない。'


「ライアン、最短でここから離れられるルートは!」


「は、はい! 地図では……こっちです!」


ライアンは強張った表情で羊皮紙の地図を広げ、一つの細い道を指差す。

焦りはある。だが、その目はまだ逃走経路を探していた。


「この鐘が鳴ったら、門は閉じる……。正面からは、もう出られない」


壁際で荒い息をつきながら、猫科の獣人女性がかすれた声で告げた。


「分かってる。だが、ここで止まれば終わりだ」


俺が彼女の腕を肩に回そうとした、その時だった。


「……リーネ」


「え?」


「私の名だ。助けるなら、そう呼べ」


その言葉に、俺は一瞬だけ目を見開き、すぐに頷いた。


「分かった。行くぞ、リーネ。セーラ、反対側を支えろ!」


俺はリーネの腕を自分の肩に回し、支えるようにして立たせた。驚くほど軽い体だった。

セーラも慌てて反対側から彼女の体を支える。


「倉庫に残してきた人たちは……」


セーラが涙声で呟いた。檻の中で助けを求めていた、あの虚ろな目。光を失い、ただ絶望だけを映していた瞳が脳裏に焼き付いて離れない。罪悪感が鉛のように胸に沈み、足が動かなくなる。


'……今は、無理だ。ここで俺たちが捕まれば、それこそ誰も救えなくなる。'


俺は一度だけ、来た道――倉庫の方角を振り返り、すぐに前を向いた。


「ヒルダ、先行! バルクは殿だ! 行くぞ!」


俺の叫びを合図に、俺たちは再び闇の中を走り出した。帝都という巨大な檻の中で、出口の見えない鬼ごっこが始まった。


* * *


「こっちだ! 兵士の気配がする! 回り込むぞ!」


先頭を走るヒルダが、獣じみた鋭さで鼻を鳴らして叫ぶ。

俺たちは彼女の指示に従い、ゴミの酸っぱい匂いが漂う、狭くカビ臭い路地へと駆け込んだ。


背後からはいくつもの足音と、鎧の擦れる金属音が執拗に追いかけてくる。バルクが時折振り返り、追手の進路に積んであった木箱や瓦礫を巨大な盾で薙ぎ払うように蹴り飛ばして、わずかな時間を稼いでいた。


「ライアン! 大通りはまだか!?」


「もうすぐです! この角を抜ければ……!」


ライアンの言葉通り、息も絶え絶えに角を抜けた先には、帝都の目抜き通りが見えた。

だが、その光景に俺たちは息を呑み、絶望に足を止める。


「……嘘だろ」


ヒルダが呆然と呟いた。


遥か先に見える帝都の正門が、幾重にも連なる松明の光で不気味なほど赤く染まっている。門の前には、槍を構えた帝国兵が分厚い壁のように整列し、人の出入りを完全に遮断していた。夜の闇を切り裂くその光景は、巨大な怪物が口を開けて獲物を待っているかのようだ。


「正門は完全に封鎖されています……! アリ一匹通さないでしょう!」


「なら、他の門は!?」


「この鐘の音は、帝都全域への非常招集を意味します。全ての門が、今頃は同じ状況だと考えるべきです!」


ライアンの冷静な分析が、最後の希望の糸を無慈悲に断ち切る。

追手の怒声が、すぐ背後まで迫っていた。


「袋の鼠じゃねえか……!」


俺は近くの建物の陰へ仲間たちを押し込んだ。


'どうする。このままでは捕まる。リーネを隠さないと、獣人だと一目でバレる……!'


俺は咄嗟にマリエクを起動した。

'思考する時間はない。本能的な判断に賭けるしかない。'


[検索:隠れる、布、大きい、フード]


いくつもの候補の中から、最も状況に適したものを瞬時に探し出す。


[検索結果:厚手フード付きポンチョ(ダークグレー)6枚セット 9,000円]

[送料:2,000円]

[合計:11,000円]


【現在の残高:27,643,000円】


ポン、という軽い音と共に、俺の腕の中に畳まれた布の塊が現れた。新品のビニールのような匂いが微かに鼻をつく。


「これを着ろ! 急げ!」


俺は仲間たちにポンチョを投げ渡す。


「なんだこりゃ?」


「いいから着るんだ! リーネ、フードを深く被れ! 耳と尻尾を隠すんだ!」


俺たちは手早く灰色のポンチョを羽織り、フードを深く被った。リーネもセーラに手伝われながらポンチョを着込み、特徴的な猫耳と長い尻尾を巧みに内側へ隠す。幸い、ポンチョは足元まで覆うほど大きく、衰弱した彼女の姿を隠すには十分だった。これで遠目には、ただの灰色の布を被った集団にしか見えないはずだ。


「よし! これで少しは時間が稼げる!」


俺たちは再び人混みに紛れるように、大通りから一本外れた薄暗い道へと走り出した。追手の兵士たちが、俺たちを見失って「どこへ消えた!」「散らばって探せ!」と怒鳴り合っている声が遠くに聞こえた。


* * *


「このままじゃ、じり貧だ……」


建物の陰で息を殺しながら、ヒルダが悔しそうに吐き捨てた。ポンチョのおかげで追手の直接の視線からは逃れられたが、帝都全体が巨大な捜索網と化している。市民たちも、俺たちを遠巻きに見て、兵士が近づけば指を差しかねない。

'いずれは見つかるだろう。'


「何か、何か方法はないのか……」


俺が壁に背を預け、必死に思考を巡らせていると、ライアンが息を切らしながら古い地図を食い入るように見つめていた。


「……ありました」


「何がだ!?」


「古い、今は使われていないはずの排水路です。貴族街の地下を通り、城壁の外へと繋がっています」


ライアンが地図の一点を指差した。そこには、インクが掠れた細い線が、忘れられたように描かれている。


「本当か!?」


「ええ。ですが、これは数十年前の地図です。今も通れる保証は……そもそも、存在しているかどうかも……」


「それでも、可能性はそれしかない!」


俺が叫んだ、その時だった。


「……待て」


俺とセーラに支えられながら、リーネが力なく首を振った。


「その道を知っているのか?」


「知らない……。でも、嫌な臭いがする」


リーネは、かすかに震える指で排水路の方角を示した。


「水の臭いだけじゃない。薬の臭いがする。あの倉庫と、同じ臭いだ……」


「……あたしも感じる」


ヒルダが、排水路のある方角に鼻を向け、眉をひそめた。


「兵士の臭いは薄い。でも、油と革と……さっきの黒服に似た臭いが混じってる」


ライアンが見つけた一縷の望み。だが、二人の反応を見る限り、そこが安全な道とは思えなかった。


'どうする……。このまま街を彷徨って捕まるか、罠かもしれない道に賭けるか……'


選択肢は、どちらも絶望的だった。それでも、決めるのは俺だ。


「……行くぞ」


俺は短く告げた。


「その排水路に向かう」


「ナオキ!?」


「他に道はない。罠なら、こじ開けてでも進むだけだ。ここで待っていても、結果は同じだ」


俺の決意に、仲間たちは息を呑んだ。俺たちは顔を見合わせ、無言で頷き合う。

残された道に全てを賭け、俺たちはヒルダが顔をしかめた方角へ走り出した。


* * *


ライアンの地図を頼りに、俺たちは貴族街の外れにある寂れた広場にたどり着いた。その片隅に、目的の排水路の入口はあった。苔むした石造りのアーチが、闇の中に不気味な口を開けている。


中からは、淀んだ水の匂いとカビの臭いが混じり合って漂ってくる。ヒルダが言っていた「嫌な臭い」も、ここへ来てさらに強くなっていた。まるで、死体が腐敗するような甘い悪臭が混じっている。


「……本当に、ここに入るのか?」


セーラが不安そうに俺を見上げる。


「ああ。他に選択肢は……」


俺が言いかけた、その時。排水路の暗闇の奥から、コツリ、と一つの硬質な靴音が響いた。

俺たちは咄嗟に武器を構える。バルクが俺たちの前に立ち、黒光りした盾を地面に突き立て、揺るぎない壁となった。


やがて、闇の中から一人の男がゆっくりと姿を現す。


黒い外套をまとった男だった。だが、これまで見てきた黒服たちとは明らかに違う。俺たちがここへ来ることを、最初から知っていたような落ち着きがあった。


男は俺たちを見ると、まるで感動的な芝居の終幕にでも立ち会ったかのように、ゆっくりと拍手をした。


「……見事だ。ここまで辿り着くとは」


乾いた拍手の音が、静かな広場に不気味に響く。


「なぜ、ここにいる」


俺は武器を構えたまま、男を睨む。

男は答えず、ゆっくりとフードを下ろした。


整った顔立ち。

薄く笑う口元。

こちらを値踏みするような冷たい瞳。


俺は、その顔を忘れていなかった。


王国で追っていたはずの男。

侯爵家の裏に見え隠れしていた、あの男。


「お久しぶりです、ナオキさん」


その声で、疑いは確信に変わった。


「……レナード」


その本人が、帝都の排水路の前で俺たちを待っていた。


偶然であるはずがない。

俺たちの動きは、最初から読まれていた。


レナードが軽く片手を上げた。


ザッ、ザッ、ザッ……!


俺たちが逃げてきた道から、十数人の帝国兵が次々と姿を現し、退路を塞いだ。槍の穂先が、松明の光を反射して鈍く光る。

そして、排水路の暗闇の奥からも、いくつもの重い足音が近づいてくる。


「……終わりだ」


俺とセーラに支えられたまま、リーネが絶望に満ちた声で呟いた。

帝都中に鳴り響いていた警戒鐘の音が、一つ、また一つと止んでいく。

封鎖が、完了したのだ。


訪れた静寂の中で、俺は奥歯を噛みしめた。


前にはレナード。

背後には帝国兵。

そして、排水路の奥から近づく足音。


帝都の罠は、まだ終わっていなかった。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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