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異世界ネットショッピング  作者: たにやん
第2章 帝国の闇編

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第116話 罠の中で

「なぜ来た……。ここは、罠だ」


独房の奥から響いた猫科の獣人女性のか細い声が、俺たちの動きを凍りつかせた。


直後、通路の向こうから複数の軍靴の音が迫ってきた。


ダンダンダンッ!


壁に反響するその音が、俺たちの侵入が完全に察知されたことを告げていた。


「くそっ! やられたか!」


ヒルダが短剣を構え、忌々しげに吐き捨てる。


「ナオキ!」


ライアンが俺の名を叫んだ。その声には、普段の冷静さからは考えられないほどの焦りが滲んでいた。


'罠だと分かっていて、なぜ俺たちを招き入れた…? いや、今はそれどころじゃない!'


俺は一瞬で思考を切り替え、張り裂けんばかりの声で叫んだ。


「セーラ! 彼女に応急処置を! 最低限動けるようにしろ!」


「ま、任せて!」


セーラはハッとして駆け寄り、猫科の獣人女性の肩に手をかざす。柔らかな光が彼女を包み込むが、衰弱は想像以上にひどい。まるで乾いた大地に水を注ぐように、回復魔法の光が吸い込まれていくだけで、彼女の土気色の肌に血の気は戻らない。


「ヒルダは扉の外、ライアンは通路の角を警戒! 敵の正確な数と位置を把握しろ!」


「おうよ!」

「了解!」


二人が即座に配置につく。ヒルダは扉の陰に身を潜め、ライアンは物音を立てずに通路の角へ滑り込んだ。

軍靴の音は、もうすぐそこまで迫っている。


「バルクは俺のそばに! 鎖を断つ準備をしろ!」


「……わかった」


バルクが力強く頷き、女性を繋ぐ錆びついた太い鎖を睨みつける。その目は、いつでもそれを引きちぎれると語っていた。


「……無駄だ。その鎖は、魔力を帯びている。ただの力では……」


猫科の獣人女性が、苦しげに息を吐きながら呟いた。


「黙ってろ! あんたを助けると決めたんだ、ごちゃごちゃ言うな!」


ヒルダが、通路の向こうを睨みつけながら怒鳴る。その声には、彼女自身の焦りを振り払うような響きがあった。


「しっかりしてください! 今、助けますから!」


セーラが涙目で彼女を励ましながら、必死に回復魔法を集中させる。女性の美しい琥珀色の瞳が、信じられないものを見るように俺たち一人一人を映していた。


軍靴の音が、すぐそこの角でぴたりと止まる。ライアンが指で「十以上」と示した。

音が止んだことで、逆に自分たちの心臓の鼓動が耳元でうるさく鳴り響く。張り詰めた静寂が、俺たちの喉を締め付けた。


* * *


「どうする、ナオキ! このままじゃ袋の鼠だぞ!」


ヒルダが声を潜めて叫ぶ。


「魔力帯びの鎖……か」


俺は舌打ちし、即座にマリエクを起動した。半透明のウィンドウが目の前に浮かび上がる。


'物理的に断ち切るしかない!時間もかけられない。シンプルで、強力で、バルクの怪力と組み合わせれば、どんなものでも破壊できるような……!'


[検索:鎖、切断、強力]


いくつもの工具が表示される。その中で、俺は一つの道具に目をつけた。


[検索結果:高強度ボルトクリッパー 900mm 6,000円]

[送料:2,000円]

[合計:8,000円]


'これならいける!'

転移前の世界、学生の頃に自動販売機泥棒が多発した時に犯行で、よく使われていたやつだ。


俺は迷わず購入ボタンを押した。

【現在の残高:27,654,000円】


ポン、という間の抜けた音と共に、俺の手に黒光りする巨大な鉄の塊が現れる。全長一メートル近い、無骨なボルトクリッパー。ずしりとした重みが腕に伝わる。文明の利器というより、ただ巨大なハサミだ。だが、それが今は何よりも頼もしかった。


「ナオキ、それは……!?」


「説明は後だ! バルク、これを使え!」


俺はボルトクリッパーをバルクに投げ渡す。バルクはそれを軽々と受け取ると、一瞬その奇妙な道具を訝しげに見たが、すぐにその構造を理解したのか、力強く頷いた。


「……行くぞ」


バルクが鎖と壁を繋ぐ連結金具に刃を当て、巨大なハンドルに力を込める。両腕に筋が浮き上がり、ミシミシと金属が軋む音が響く。


バキンッ!!


静寂を切り裂く、けたたましい金属音。火花が散り、鎖そのものではなく、壁に固定されていた連結金具が歪み、砕け飛んだ。

魔力を帯びた鎖はまだ彼女の手首に残っている。だが、壁からは外れた。走るには、それで十分だった。


「よし!」


俺が叫んだのと、通路の角から敵が姿を現したのは、ほぼ同時だった。


「侵入者だ! ここにいるぞ!」


黒服の男が叫び、帝国兵たちが一斉にこちらへなだれ込んでくる。


「バルク、道を切り開け! セーラは彼女を立たせろ! 俺が反対側を支える!」


「任せろ!」


バルクはボルトクリッパーを俺の足元へ放り、黒曜石のように輝く巨大な盾を構えて通路を塞ぐ。


「うおおおおおっ!」


雄叫びと共に、バルクが盾を構えて突進する。先頭の兵士が驚愕に目を見開く暇もなく、バルクの盾が津波のように彼らを飲み込んだ。帝国兵たちの槍が盾に突き刺さるが、甲高い音を立てて弾かれた。


「なっ!? びくともしないだと!?」


「怯むな! 囲んで叩け!」


敵が混乱している隙に、俺は足元のボルトクリッパーをアイテムボックスへ放り込み、セーラと共に猫科の獣人女性を支える。

俺たちはバルクが開けたわずかな突破口から走り出した。


「ライアン、逃走経路は!?」


「こっちです! 事前に確認した最短ルートを!」


ライアンが羊皮紙の地図を片手に叫び、俺たちを導く。背後からは、バルクの盾が敵の攻撃を防ぐ鈍い音と、兵士たちの怒号が追いかけてきた。


「ヒルダは先行! 曲がり角の警戒を怠るな!」


「分かってるっての!」


ヒルダが鼻を鋭く鳴らし、前方の闇を睨む。脱出劇の幕が、最悪の形で上がってしまった。


* * *


「こっちだ! 急げ!」


ライアンの叫び声に従い、俺たちは迷路のような薄暗い通路を駆け抜ける。息を切らし、壁に手をつきながら角を曲がる。背後からはバルクの咆哮と、金属がぶつかり合う不協和音が絶え間なく聞こえていた。


「バルク、引け!」


俺が叫ぶと、バルクは盾で最後の一撃を受け流し、通路を塞ぐように木箱を蹴り倒してからこちらへ走った。


「バルクは大丈夫なのかよ!?」


ヒルダが後ろを振り返りながら叫ぶ。


「あの盾がある限り、そう簡単にはやられん! バルクを信じよう!それより前へ進め!」


俺たちは、先ほど通ってきた鉄格子の檻が並ぶ空間に戻ってきた。


「ああ……!」


セーラが、猫科の獣人女性を支えながら、悲痛な声を上げる。

檻の中では、衰弱しきった獣人たちが、俺たちの逃走劇を虚ろな目で見つめていた。

その中には、助けを求めるように、か細い手を鉄格子の隙間から伸ばす者もいる。


「この人たちも……助けないと……!」


セーラが思わず足を止めようとする。


「セーラ、行け!」


俺は彼女の背中を強く押した。


「でも!」


'ここで立ち止まれば全滅だ。非情になれ。俺はリーダーだ。だが、あの目を見ろ。見捨てていけと、そう言うのか…!'


「駄目だ……」


その時、俺とセーラに支えられながら、猫科の獣人女性が苦しげに囁いた。


「その者たちは……薬で動けない。私のように、ただ鎖を断てば済む話ではない……」


「薬……?」


「ああ……。無理に動かせば、死ぬ。今は……私を外へ。私さえいれば、いずれ……」


彼女の言葉は途切れたが、その意味は痛いほど伝わってきた。彼女自身が、この状況を打開する『鍵』だということか。だとしたら、今は彼女一人を優先するしかない。


「ナオキ!」


ヒルダが俺の顔を見る。その目には、悔しさと怒りが渦巻いていた。


'……クソっ!'


俺は奥歯を強く噛みしめた。檻の中の獣人たちと、背後のバルク、そして追ってくる敵。全てを天秤にかけ、最も生存確率の高い選択をしなければならない。


「……ライアン! 出口はまだか!」


俺は非情な決断を下し、叫んだ。


「はい! この先です! 古い地下の搬出口を見つけました! おそらく、今は使われていません!」


「よし、そこを破るぞ!」


俺の決断に、セーラは唇を強く噛みしめ、溢れそうな涙を必死にこらえて走り出す。ヒルダは一度だけ檻の方を忌々しげに振り返ると、無言で前を向いた。


俺たちは、檻の中の絶望的な視線を背中に受けながら、地下へ続く扉へ向かった。

背後から、追手の怒号と軍靴の音が迫ってくる。バルクが最後尾で盾を構えながら後退し、俺たちのところまで下がってきた。


「少しでも足を止める!」


バルクが通路を抜けたのを確認してから、俺は振り返り、床へ手を向けた。


'土魔法――アースウォール!'


石床が砕け、低い土壁のように盛り上がる。完全な壁には程遠い。だが、狭い通路で追手の足を止めるには、それで十分だった。


「今のうちだ!」


ライアンが指差した先には、埃をかぶった古い鉄の扉があった。


* * *


地下搬出口は、頑丈な南京錠で固く閉ざされていた。


「この錠前、かなり頑丈です……!」


「どけ!」


俺はライアンを押し退け、先ほど使ったボルトクリッパーを再び構えた。


'身体強化LV3!'


腕と背中に力が巡る。俺は全体重を乗せてハンドルを握りしめた。


バキン!


再びけたたましい音を立てて、南京錠が破壊される。俺たちは雪崩を打って、錆びた鉄の扉を開け放った。


カビ臭く、それでいてひやりと冷たい夜の空気が顔を撫でる。外の路地裏だ。一瞬の解放感。だが、それはすぐに背後から迫る足音によって打ち砕かれた。


「急げ! 追いつかれるぞ!」


俺たちは一人ずつ外へ飛び出す。最後に出た俺が扉を閉めようとした、その時。


ガァン!


内側から、扉に強い衝撃が加わった。敵がもう追いついたのだ。


「ナオキ、早く!」


俺は扉に背を預け、全体重をかけて押さえつける。だが、内側からの力は凄まじく、腕が痺れる。ミシミシと蝶番が悲鳴を上げ、扉が数ミリずつ押し開かれていく。隙間から覗く敵の憎悪に満ちた目が、俺を射抜いた。


「ぐっ……!」


その瞬間、背後から巨大な影が俺を覆った。まるで守護神の降臨だった。


「どけ」


バルクだった。彼は俺を片手で赤子のように引き剥がすと、盾を扉に叩きつけた。


ゴッ! という鈍い音と共に、扉が内側へ弾け飛ぶ。壁に叩きつけられる鈍い音と、短い悲鳴が闇に吸い込まれていった。


「行くぞ」


バルクはそれだけ言うと、俺たちを促した。


束の間の静寂が路地裏を包む。俺とセーラは猫科の獣人女性を壁際に座らせ、彼女は荒い息をついていた。


「あんた、一体……」


俺が彼女に問いかけようとした、その時だった。


ゴオオオォォォン……!


最初は一つ。遠くで鳴り響く、重々しい音。だが、それに呼応するように、次々と鐘の音が増えていく。東から、西から、帝都のあらゆる場所から。それは不協和音の洪水となり、逃げ場のない巨大な檻に閉じ込められたことを告げていた。


ゴオオオォォォン……!


帝都全域に設置された警戒鐘が、一斉に鳴らされている。倉庫という小さな罠から脱出した結果、俺たちは、帝都という巨大な罠に捕捉されたのだ。


ヒルダが天を仰ぎ、奥歯を噛みしめる。ライアンは冷静さを装いながらも、その目は次の一手を求めて激しく動いていた。セーラは女性をかばうように抱きしめ、小刻みに震えている。バルクだけが、変わらず盾を構え、闇の向こうを睨みつけていた。


鐘の音が鳴り響く中、猫科の獣人女性が、絶望に顔を歪ませ、力なく呟いた。


「……もう遅い。あなたたちは、帝国に見つかった」

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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― 新着の感想 ―
更新お疲れ様です。 謎を解く鍵になる人を助けた以上に、帝国にロックオンされてしまった…というマイナスがデカいですね。準備も万全じゃないし、この窮地をどう脱出するのか…? それでは今日はこの辺りで失…
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