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異世界ネットショッピング  作者: たにやん
第2章 帝国の闇編

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114/142

第114話 痕跡

俺は、レクトと名乗った男の虚ろな目から視線を外し、仲間たちに鋭く命じた。


「行くぞ! ここは危険だ!」


「ナオキ!?」


「こいつ、このままにしとくのかよ!」


ヒルダが叫ぶ。だが、俺は構わずレクトの腕を掴み、無理やり立たせた。彼の体は驚くほど軽く、力なく俺にもたれかかってくる。


「バルク、周囲を警戒! ライアンは最短で安全な場所へ誘導しろ! セーラはレクトの反対側を支えろ!」


俺の矢継ぎ早の指示に、仲間たちは一瞬戸惑いながらも即座に行動を開始した。


「おい、ナオキ! あの倉庫はどうすんだよ!」


移動しながらヒルダが食い下がる。


「後だ! 今はこいつの保護が最優先だ! あの状態を見ただろう!」


「……っ、ちくしょう!」


ヒルダは悔しそうに吐き捨てたが、それ以上は何も言わなかった。


衰弱しきったレクトを半ば引きずるようにして、俺たちは急いでその場を離れた。見張りに見つかる前に、この危険な地区を抜けなければならない。幸い、夜の闇が俺たちの姿を隠してくれていた。


* * *


数十分後、俺たちはようやく人通りのある地区まで戻り、薄暗い路地の奥で足を止めた。


「はぁ……はぁ……、ここまで来れば、大丈夫でしょう」


ライアンが息を切らしながら言う。俺はレクトを壁にそっともたれさせ、その顔色を窺った。唇は乾ききってひび割れ、顔は土気色だ。


'ひどい脱水症状と栄養失調……'


「セーラ、回復魔法を」


「任せて!」


セーラがレクトの胸に手をかざすと、柔らかな光が彼を包み込む。レクトの苦しげだった呼吸が、少しだけ穏やかになった。


「ナオキさん、肉体的な疲労は多少回復できますが……根本的な衰弱は……」


「分かってる。魔法でどうにかなるレベルじゃない」


俺はマリエクを起動した。


[検索:経口補水液、栄養補助食品、ブランケット]


すぐにいくつかの商品がヒットする。俺は安価で効果の高そうなものを選び、躊躇なく購入ボタンを押した。


【経口補水液ES-1 500ml:300円】

【栄養ゼリー:300円】

【アルミ製保温ブランケット:1,400円】

【送料:2,000円】

【合計:4,000円】


【現在の残高:27,674,000円】


ポン、という軽い音と共に、注文した品が俺の手に現れる。


レクトがぼんやりと目を見開いたが、説明している暇はない。


「飲め。ゆっくりだ」


俺は経口補水液のキャップを開け、彼の口元へ持っていく。レクトは最初こそ警戒していたが、やがて喉の渇きには勝てなかったのか、こくこくと夢中でそれを飲み始めた。


「ヒルダ、ブランケットをかけてやれ」


「お、おう」


ヒルダがアルミブランケットを広げ、レクトの冷え切った体に巻き付けた。栄養ゼリーを一口食べさせると、彼の虚ろな目に、ほんのわずかだが生気が戻ったように見えた。


* * *


「……どうだ、レクト。少しは落ち着いたか?」


しばらく休憩した後、俺は壁にもたれたままのレクトに声をかけた。セーラの回復魔法と俺の購入品のおかげで、彼の顔色は最悪の状態を脱していた。


「……ああ。助かった。あんたたちは……?」


「ただの冒険者だ。あんたが倒れているのを見つけた」


俺はそう誤魔化し、本題を切り出す。


「ギルドから連れ去られてから、どこで何をされていた? 何か思い出せないか?」


レクトは俺の言葉に、必死に記憶をたどろうとする。だが、その顔はすぐに苦痛に歪んだ。


「……だめだ。何も……。ギルドで、黒い服の奴らに囲まれて……そこからの記憶がない」


「何か断片的なことでもいい。匂いや音、感触、何でもいいんだ」


ライアンが冷静に問いかける。レクトは目を閉じ、懸命に何かを思い出そうとしていた。


「……冷たい……。ずっと、冷たい石の床の上にいた気がする……」


「他には?」


「匂い……鉄の錆びた匂いと……何か、ツンとする薬品の匂い……」


俺たちが追跡の際に頼りにした匂いだ。ヒルダがはっとしたように顔を上げる。


「それから……」


レクトはぶるりと体を震わせた。


「誰かの……泣き声が聞こえた。ずっと……誰かが泣いていた……」


その言葉に、セーラが息を呑む。


'泣き声……。獣人たちのものか……?'


「それだけか?」


「ああ……それだけだ。あとは、何も……。俺は、どうして……」


レクトは頭を抱え、混乱しきっていた。これ以上の聞き取りは無理だろう。セーラの回復魔法でも、この記憶の混濁は治っていない。これは、ただの記憶喪失ではない。


「……やはり、何かされたと考えるべきですね」


ライアンが深刻な顔で言う。


'鑑定スキルなら、何か分かるかもしれん'


俺はレクトに気づかれないよう、静かにスキルを発動した。


'鑑定'


半透明のウィンドウが、俺の視界にだけ表示される。


【名前】レクト・グラン

【種族】人間

【職業】冒険者(Dランク)

【状態】衰弱/記憶封鎖

【原因】外部からの精神干渉。特定期間の記憶が意図的に封じられている。

【解除条件】術者、または同等以上の精神干渉系スキルによる解除が必要。


'……記憶封鎖!'


やはり、ただの記憶喪失ではなかった。何者かが、意図的に彼の記憶を封じている。老人の話にあった「記憶が抜き取られたようになる」という表現は、決して大げさではなかった。


「……ナオキ、何か分かったのか?」


俺の険しい表情に、ヒルダが気づいて尋ねる。


「ああ。こいつの記憶は、外からの力で意図的に封じられている」


「「「……!?」」」


俺の言葉に、仲間たちが絶句した。


「そんなことが……可能なのか?」


「現に、目の前で起きている。これは、俺たちが考えている以上に厄介な事態だ」


俺は、レクトの背後にある帝都の巨大な闇を改めて感じ、奥歯を強く噛みしめた。


* * *


「それで、こいつをどうするんだ?」


ヒルダが、少し回復して落ち着きを取り戻したレクトを顎でしゃくりながら言った。


「このまま宿に連れて帰るわけにもいかないだろう」


「ギルドに報告するのが筋ですが……」とライアンが言う。


「だが、俺たちが奴らの拠点まで追跡していたことがバレる可能性がある。そうなれば、俺たちが次の標的になる」


俺の指摘に、全員が押し黙った。下手に動けば、俺たちもレクトと同じ運命を辿るかもしれない。


「じゃあ、どうすりゃいいんだよ……」


「……一つ、手がある」


俺は少し考えた後、口を開いた。


「俺たちが直接ギルドに突き出すんじゃない。あくまで、『偶然発見した』という形をとる」


「どういうことだ?」


「レクト、一人で歩けるか?」


「……ああ、なんとか」


「なら、ギルドの近くまで行く。そして、人通りのある場所で、お前は倒れているふりをしろ」


「え……?」


「俺たちは少し離れた場所から、通行人が騒ぎ出すのを確認する。誰かがギルドに駆け込めば、あとはギルドが対応するはずだ。そうすれば、俺たちは表に出ずに済む」


'我ながら冷たいやり方だとは思う。だが、これが現時点で最も安全な方法だった。'


「……分かった。あんたたちの正体がバレるのはまずいんだろう。それでいい」


レクトは力なく頷いた。


計画通り、俺たちはギルドから少し離れた大通りまで移動した。レクトは人々の視線が集まる場所で、壁にもたれかかるようにしてゆっくりと座り込む。


俺たちは物陰からその様子を窺っていた。やがて、彼の異様な様子に気づいた通行人の一人が、慌てて冒険者ギルドへと駆け込んでいった。


すぐに、ギルドの中から数人の職員が出てくる。


「……レクトじゃないか! 生きていたのか!」


職員の一人が、彼の顔を見て驚愕の声を上げた。その顔には、安堵よりも恐怖と困惑の色が濃く浮かんでいる。


「一体どこで……いや、とにかく中に運べ! 早くしろ!」


職員たちはレクトを担ぎ上げるようにして、慌ただしくギルドの中へと消えていった。その様子を見ていた他の冒険者たちも、何かを察したように気まずそうに目をそらしている。


'間違いない。ギルドはこの失踪事件を把握している。そして、それを公にできない何らかの理由がある'


俺たちは目的を達成したことを確認し、静かにその場を後にした。重い空気が、俺たちの肩にのしかかる。俺たちは言葉少なに、宿への道を歩いた。


* * *


宿の部屋に戻ると、俺たちはどっと疲れて椅子に座り込んだ。


「……結局、何も解決しちゃいねえな」


ヒルダが、テーブルに突っ伏して悪態をつく。


「いいえ。大きな前進です」


ライアンが、追跡中に作成した地図を広げた。


「敵の拠点の場所を特定できました。そして、彼らが記憶を封じる異常な手段を使うことも。これは大きな収穫です」


「だが、相手は帝国兵まで動かしている。どうやって中に入る?」


「……それは、これから考えましょう」


ライアンの言葉に、重い沈黙が落ちる。


その時、ふとヒルダが自分の服の袖の匂いを嗅ぎ、眉をひそめた。


「ん……? なんか、匂いが……」


「どうした?」


「レクトの奴を支えてた時に、匂いが移ったみてえだ。薬品の匂いは分かるんだが……」


ヒルダはさらに袖口に鼻を寄せ、次の瞬間、ハッと息を呑んだ。その目は、信じられないものを見つけたかのように大きく見開かれている。


「……なんだ、この匂い……。あたしたちが昨日見た荷馬車の獣人たちとは……違う……」


「何が違うんだ?」


俺が問い詰めると、ヒルダはごくりと喉を鳴らし、震える声で言った。


「これは……猫科の獣人の匂いだ」


猫科の獣人。その言葉に、俺たちは息を呑んだ。昨日、荷馬車から感じたのは、犬科や草食系の獣人たちの混じり合った匂いだったはずだ。


ヒルダの『獣の嗅覚』が、別の、新たな痕跡を捉えていた。


レクトがいたあの倉庫に、まだ別の、しかも猫科の獣人が囚われている。


その可能性が浮かんだ瞬間、俺たちはもう、見なかったことにはできなくなった。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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