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異世界ネットショッピング  作者: たにやん
第2章 帝国の闇編

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113/134

第113話 獣の嗅覚

翌朝。


俺たちは冒険者ギルドで薬草採集依頼の完了を報告し、報酬の銀貨五枚を受け取った。


【薬草採集依頼報酬:5,000円】

【現在の残高:27,700,000円】


ギルドを出た俺たちは、黒服の荷馬車を目撃した裏道へ向かった。


あれから一晩。多くの人や馬車が通った石畳に、どれほど匂いが残っているかは分からない。


ヒルダは路面へ視線を落とし、ゆっくりと鼻を鳴らした。


「簡単じゃねえな。人も馬車も通ってる。けど、完全には消えてねえ」


「頼めるか?」


「誰に言ってんだ。任せな」


ヒルダの口元に、好戦的な笑みが浮かんだ。


「よし。なら、役割を決める」


俺は全員の顔を、もう一度見渡した。


「ヒルダは先頭。お前の嗅覚だけが頼りだ。ただし、絶対に一人で突っ込むな」


「分かってるっての」


「ライアンはヒルダの後ろで、周囲の警戒と地図の作成。追跡ルートを正確に記録しろ。後で必ず役に立つ」


「承知しました。」


ライアンが眼鏡の位置を直し、手帳とペンを取り出す。


「バルクは最後尾。俺たちの背後を常に警戒しろ。追跡に気づかれた場合、お前が生命線になる」


バルクは言葉なく、しかし力強くこくりと頷き、センチネル・ガーディアンを背負い直した。


「セーラは俺とライアンの間だ。左右の路地や建物の窓を警戒してくれ。誰かが負傷した時は頼む」


「わかったわ!」


セーラは緊張に顔を強張らせながらも、腰の短剣に手を添えた。


「俺はヒルダの少し後ろで、全体の指揮と前方警戒を担当する。いいか。今回の目的は追跡と拠点の特定のみだ。決して戦闘はするな。分かったな?」


俺が念を押すと、全員が固い表情で頷いた。


「よし。……行くぞ」


ヒルダはしゃがみ込み、石畳に残る匂いを確かめるように、ゆっくりと息を吸った。


ユニークスキル『獣の嗅覚』。あらゆる匂いを嗅ぎ分けるこの力が、今は唯一の手がかりだ。


しばらくして、ヒルダが顔を上げた。


「……こっちだ。まだ残ってる」


ヒルダが、荷馬車の消えた方角へ続く細い路地を指差す。俺たちは周囲を警戒しながら、その後を追った。


* * *


帝都の裏通りは、まるで迷路のようだった。


ヒルダは時折立ち止まり、地面や壁の匂いを嗅ぎながら、確かな足取りで俺たちを導いていく。


「すごい……本当に匂いで分かるんですね」


セーラが感心したように呟く。


「当たり前だろ。あたしの鼻をなめんなよ」


ヒルダは誇らしげに鼻を鳴らすが、その額には玉のような汗が浮かんでいた。帝都の喧騒は、ありとあらゆる匂いの洪水だ。食い物の匂い、人々の汗の匂い、香水の匂い、そして汚水の匂い。その中から特定の痕跡だけを追うのは、相当な集中力を要するのだろう。


「ライアン、状況は?」


「はい。現在、商業区を抜け、貴族街の外れに向かっているようです。地図は順調に作成しています」


ライアンは周囲を常に警戒しながらも、手元の羊皮紙に淀みなく地図を描き込んでいく。その精密さは、もはや職人芸の域だった。


「……ちっ!」


しばらく進んだところで、先頭を走っていたヒルダが突然立ち止まり、忌々しげに舌打ちした。


「どうした、ヒルダ?」


「大通りに出ちまった……! いろんな匂いが混ざりすぎて、分かんねえ!」


目の前には、帝都のメインストリートが広がっていた。行き交う人々の波、辻馬車の往来、そして様々な店から立ち上る匂いの渦。ヒルダの鼻が、ここで飽和してしまったのだ。


「くそっ、どっちに行ったんだ……!?」


ヒルダが焦燥に駆られ、右往左往する。このままでは、せっかく掴んだ尻尾を見失ってしまう。


「落ち着け、ヒルダ。焦るな」


俺はヒルダの肩に手を置く。


「でもよ!」


「こういう時のために、俺たちがいるんだろうが」


俺はライアンに目配せした。


「ライアン、何か気づいたことは?」


「はい。ナオキさん、地面を」


ライアンが指差した石畳には、無数の車輪の跡が刻まれていた。


「ほとんどは軽い辻馬車のものですが……いくつか、ひどく深く、特徴的な轍があります。おそらく、かなりの重量物を積んだ荷馬車のものです」


'これか!'


俺は膝をつき、その跡を指でなぞる。他の跡よりも明らかに深く、轍の幅も広い。昨日見た荷馬車と同程度の大きさなら、この跡である可能性は高い。


「この跡を辿れば……」


「ええ。しかし、大通りでは他の馬車の跡と混ざり、すぐに追えなくなるでしょう。何か、他に目印になるものは……」


ライアンが思案顔で呟いた、その時だった。


「……待て」


ヒルダが、一点を睨みつけたまま、ぴくりと鼻を動かした。


「どうした?」


「この匂い……さっきの荷馬車の匂いに、微かに混じってた匂いだ……」


ヒルダはそう言うと、ふらふらと匂いの源を探して歩き始めた。そして、ある薬問屋の軒先で足を止める。そこからは、独特の薬品の匂いが漂っていた。


「薬品……?」


「ああ。鉄臭さと、獣人たちの匂い、それから、この鼻につく薬品の匂い。あの荷馬車には、その三つが混じってた」


「何の薬かまでは分かるか?」


「そこまでは無理だ。けど、匂いを追う目印にはなる」


薬品の正体は分からない。今は、荷馬車へつながる痕跡であることだけで十分だ。


「ヒルダ、その匂いを追えるか?」


「ああ! この匂いなら、他の生活臭とは混ざりにくい! これならイケる!」


ヒルダの顔に、再び自信が戻る。


「ライアン、車輪の跡と薬品の匂い。二つの情報を合わせて、ルートを絞り込め」


「はい!」


鼻と目。それぞれの専門家の力が合わさり、追跡の精度が格段に上がった。俺たちは、今度こそ確かな手応えを感じながら再び走り出す。


* * *


追跡は、帝都の華やかな中心部から、徐々に寂れた外縁部へと俺たちを導いた。


きらびやかな建物は姿を消し、代わりに並ぶのは古びた倉庫や、打ち捨てられた家々だ。人通りもまばらになり、不気味なほどの静寂が辺りを支配している。


「……この辺りだ。匂いが、どんどん強くなってる」


ヒルダが声を潜め、前方の巨大な倉庫を指差した。


それは、この地区でも一際大きく、そして古びたレンガ造りの倉庫だった。窓は全て板で塞がれ、入り口の巨大な鉄の扉は固く閉ざされている。


「あそこか……」


俺たちは近くの建物の陰に身を隠し、倉庫の様子を窺う。


すると、倉庫の屋根や、周囲の建物の物陰に、複数の人影が潜んでいるのが見えた。


「……見張りか」


「かなりの数ですね。ざっと見ただけでも、十人は超えています」


ライアンが険しい顔で報告する。しかも、その装備はただの見張りではない。黒服の連中に加え、見慣れた意匠の鎧を着た者たちもいる。


「……あれは、帝国の正規兵だ」


バルクが、低い声で呟いた。


'黒服と、帝国兵が同じ場所を警備している……。少なくとも、両者が無関係とは思えない'


追跡を始めてから数時間。空はすでに茜色に染まり、古い倉庫の周囲には夜の闇が広がり始めていた。


肉眼では、建物の陰に潜む見張りの姿を捉えにくい。


俺はマリエクを起動した。


[検索結果:赤外線暗視単眼鏡 20,000円]

[送料:2,000円]


迷っている時間はない。俺は購入ボタンを押した。

【現在の残高:27,678,000円】


手の中に現れた黒い単眼鏡の電源を入れ、倉庫へ向ける。


暗闇の中に、建物の周囲を巡回する複数の人影が浮かび上がった。黒服だけではない。その中には、帝国兵と同じ鎧を身につけた者も混じっている。


警備の配置、兵士たちの装備、そして彼らの視線の動き。全てが、プロのそれだった。素人が手を出せるレベルではない。


「ヒルダ、匂いはどうだ?」


「間違いない。昨日の荷馬車と同じ匂いだ。この倉庫の中から、強く匂ってくる」


ヒルダの断言に、俺は頷いた。


目的地は、ここで確定だ。


「よし、今日のところは撤退す……」


俺がそう言いかけた、その時だった。


ギィィ……ッ!


重く錆びついた音を立てて、倉庫の鉄の扉がゆっくりと開き始めた。


* * *


俺たちは息を殺し、開いていく扉を凝視した。


中から現れたのは、二人の黒服の男。そして、彼らに両脇を抱えられ、引きずられるようにして出てきた一人の男だった。


「……!」


その男の顔を見て、俺たちは息を呑んだ。

見覚えがある。間違いない。先日、冒険者ギルドから理由もなく連行されていった、あの冒険者だ。


「……解放、されたのか?」


ヒルダが信じられないといった様子で呟く。

黒服たちは男を両側から支えたまま、倉庫を離れていく。


「どこへ連れていくつもりだ……?」


俺たちは見張りに気づかれないよう倉庫から離れ、黒服たちの後を追った。

数本先の人気のない路地で、黒服たちは男を壁際へ座らせると、振り返りもせず立ち去った。

完全に姿が見えなくなるまで待ち、俺たちは男へ駆け寄る。


「おい、大丈夫か?」


男はゆっくりと顔を上げた。

焦点の合わない目が、俺たちの顔を順番に見つめる。


「あんた、先日ギルドで黒服に連れて行かれた冒険者だろ?」


「……黒服?」


男が掠れた声で聞き返す。


「覚えていないのか?」


男は頭を押さえ、苦しそうに眉を寄せた。


「名前は分かるか?」


「……レクトだ。冒険者をしている」


自分が誰なのかは分かっている。


「ギルドで何があった?」


男は答えようとして口を開く。だが、どれだけ考えても言葉が出てこない。

やがて、怯えたように俺たちを見上げた。


「俺は……あれから今まで、どこにいたんだ?」


その問いに答えられる者は、ここにはいなかった。


俺は、倉庫のある方角を振り返った。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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