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異世界ネットショッピング  作者: たにやん
第2章 帝国の闇編

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第112話 目撃

老人が闇に消えた後も、俺たちはしばらくその場から動けなかった。カビ臭い路地裏には、老人が残した不気味な謎だけが満ちている。


「……宿に、戻りましょう」


セーラの震える声で、俺たちは我に返った。

無言で頷き合い、薄暗い路地を抜けて大通りへと戻る。偽りの活気が、再び俺たちを包み込んだ。


「あのジジイ、一体何者なんだよ……」


宿への道を歩きながら、ヒルダが忌々しげに吐き捨てた。


「敵じゃないと言っていたが、信用できるのか?」


「さあな。だが、奴が言っていたことは無視できない」


俺は腕を組み、頭の中で情報を整理する。

黒服に連れ去られ、記憶を失って戻ってくる人間。そして、煙のように消える獣人の奴隷たち。


「連れ去られた人たちの記憶と、獣人の神隠し……。この二つは、本当に関係しているのでしょうか」


ライアンが、眼鏡の奥で鋭い光を宿して言った。


「関連してるに決まってんだろ! きっとあの黒服の奴らが、人も獣人も攫ってんだよ!」


「だが、老人の話では獣人の失踪に黒服の目撃情報がない。そこが奇妙だ」


俺の指摘に、ヒルダはぐっと言葉を詰まらせる。


「それに……もし連行された人間が記憶を失うのが本当なら、それは単なる脅しや暴力とは次元が違う。魔法か、あるいは……」


'……薬物か'


俺はそこまで口にするのをやめた。セーラをこれ以上不安にさせる必要はない。


「ナオキさん……あの、獣人さんたちは、どうなってしまうんでしょうか……」


セーラが、今にも泣き出しそうな顔で俺の服の袖を掴む。


「……分からない。だが、いいようにはなっていないだろう」


俺は率直に答えた。


「だったら、さっさと動こうぜ! ぼーっとしてる場合じゃないだろ!」


ヒルダが拳を握りしめて息巻く。


「待て。それは早計だ」


俺はヒルダを制した。


「なんでだよ! 黙って見てろってのか!?」


「そうは言っていない。だが、証拠もない。敵の規模も、目的も、どこに拠点があるかも何も分からない。今動けば俺たちも消される側になるだけだ」


俺の言葉に、ヒルダが押し黙る。ライアンも静かに頷いた。


「ナオキさんの言う通りです。今の我々には、情報があまりにも不足しています。敵の正体も、目的も、規模も分からないまま動くのは危険すぎます」


「じゃあ、どうすんだよ……」


ヒルダが悔しそうに俯く。

俺は一度立ち止まり、仲間たち一人一人の顔を見回した。


「まずは、足元を固める。俺たちは冒険者でもある。表向きは、その立場を利用する」


「冒険者を……?」


「ああ。簡単な依頼を受けながら、この街を知る。地理、人の流れ、黒服の動き……どんな些細なことでもいい。情報は武器だ」


俺は、かつて自分が生きていた世界を思い出す。情報戦。それは、剣や魔法がなくとも人を殺せる戦いだ。


「感情で動くな。冷静になれ。まずは情報を集める。敵の正体も分からないまま動くほど、俺たちは強くない」


俺の静かな決意に、仲間たちは息を呑んで頷いた。バルクもまた、傍らで力強くこくりと頷く。


「……分かった。あんたがそう言うなら、従う」


ヒルダが、ようやく納得したように言った。

俺たちは再び歩き出す。宿の灯りが、すぐそこに見えていた。


* * *


翌朝、俺たちは再び冒険者ギルドの重い扉を開けた。

昨日とは違い、ギルド内の喧騒は俺たちの耳にただの情報として入ってくる。荒くれ者たちの怒声、依頼を自慢する声、酒の注文。その全てから、この街の空気と流れを読み取ろうと神経を集中させる。


「さて、どうする? 手始めにゴブリンでも狩りに行くか?」


ヒルダが依頼ボードを眺めながら、腕を鳴らした。


「いえ、討伐依頼は目立ちすぎます。我々の目的は情報収集。戦闘は極力避けるべきです」


ライアンが冷静に彼女を諌める。


「ちぇっ。分かってるっての」


俺は依頼書がびっしりと貼られたボードの中から、いくつかの依頼に目星をつけた。


「これだ」


俺が指差したのは、『帝都近郊の丘陵地帯における、ヒーリングハーブの採集』だった。


「薬草採集?」


「ああ。採集依頼なら帝都周辺の地形も見て回れる。まずは土地勘を掴むことを優先する」


「なるほど……。確かに、それなら目立たずに情報を集められますね」


セーラが納得したように頷いた。


「よし。じゃあ、まずはこの薬草採集からだ。半日もあれば終わるだろう」


俺は採集依頼の依頼書を剥がし、受付カウンターへ向かった。

受付には昨日と違う気だるそうな男がいた。


「……ああ? ヒーリングハーブの採集? お前らみたいなのがやる依頼じゃねえぞ」


男は俺たちの装備、特にバルクの巨大な盾を見て、訝しげに言った。


「たまにはのんびりしたいんでな。それに、帝都に来たばかりで土地勘もない」


「……ふん、まあいい。依頼主はそこの薬屋だ。詳しい話は直接聞け」


男はそう言うと、依頼書に判を押し、無造作にこちらへ返した。

俺たちは薬屋で簡単な説明を受け、すぐに帝都の門を抜けた。

情報収集という、静かな戦いが始まる。


* * *


依頼は、拍子抜けするほど簡単だった。

目的の薬草は丘陵地帯に群生しており、一時間もかからずに必要な量を集めることができた。


「楽な仕事だったな! こんだけで銀貨五枚なら、悪くねえ!」


ヒルダが満足そうに背伸びをする。


「帰りましょうか。少し、日が傾き始めていますし」


セーラの言葉に、俺たちは帝都への帰路についた。

大通りは相変わらず人でごった返している。俺は無意識に、人混みを避けて一本裏の道を選んだ。昨日、老人と話したような暗い路地裏ではない。商人たちが荷運びなどに使う、少し広めの裏道だ。


その時だった。


前方の角から、複数の足音と、重い車輪が石畳を軋ませる音が聞こえてくる。

俺は咄嗟に仲間たちを手で制し、近くの建物の陰に身を隠した。


「……どうした、ナオキ?」


「静かに」


やがて、角からその一団が姿を現す。

俺は息を呑んだ。


黒服だ。

昨日ギルドで見たのと同じ、黒一色の外套に身を包んだ男たちが六人。

そして、その中央には……。


'……荷馬車?'


馬一頭が引く、大型の荷馬車。荷台は分厚く黒い防水布で完全に覆われ、中身を窺い知ることはできない。だが、その異様さは一目で分かった。ただの荷物を運んでいる雰囲気ではない。厳重な警戒。そして、荷馬車から漂う、微かな淀んだ空気。


俺たちが息を殺して見守っていると、荷馬車の車輪が石畳の大きなへこみにはまった。

ガタンッ!

荷馬車が大きく揺れる。

その瞬間。


ガシャァン!


荷台の奥から、複数の重い鉄鎖がぶつかり合う、鈍い音が響いた。


「「「……っ!」」」


仲間たちの喉が、ひきつるのが分かった。


「ちっ、ちゃんと運べ!」


黒服の一人が苛立ったように舌打ちし、中の様子を確かめるためか、防水布の端を乱暴にめくり上げた。


ほんの一瞬。

布の隙間から、俺たちの目に信じられない光景が飛び込んできた。


長く、先のとがった耳。

汚れた毛に覆われた、痩せた腕。

そして、その手首にはめられた、錆びついた鉄の枷。


'……獣人だ'


中にいるのは、間違いなく獣人だった。一人や二人ではない。荷台の薄暗い奥に、何人もの影が折り重なるようにうずくまっているのが見えた。


黒服の男はすぐに布を元に戻すと、何事もなかったかのように再び歩き始めた。

重々しい車輪の音と足音が遠ざかっていく。

一団が完全に角を曲がって見えなくなるまで、俺たちは金縛りにあったように身動き一つできなかった。


「……今の……」


セーラが、か細い声で呟く。


「ああ……見た」


老人の話が脳裏をよぎる。

あれが、本当に人知れず消えていく獣人たちなのだろうか。


* * *


黒服の一団が消えても、俺たちは動けなかった。荷馬車が残した鉄の匂いと、絶望の気配だけが生々しい。


「……おい、ナオキ! 追うぞ!」


最初に沈黙を破ったのはヒルダだった。建物の陰から飛び出し、血走った目で叫ぶ。


「このまま行かせていいのかよ! 中には獣人の人たちが……!」


「待て!」


俺はヒルダの腕を強く掴んで引き留めた。


「離せ! あいつらを逃す気か!?」


「今、追ってどうなる!?」


俺は低い声で問いかける。


「奴らはプロだ。あれだけの人数で、重要な『荷物』を運んでいる。俺たちが後をつけたと分かれば、警告もなく俺たちを消しに来るぞ」


「……っ、けどよ!」


「お前の気持ちは分かる。俺だって今すぐあの荷馬車を叩き斬ってやりたい。だが、それで俺たちが死んだら、誰が奴らの悪事を暴く? 誰が他の奴隷を救うんだ?」


俺の言葉に、ヒルダは唇を噛みしめ、悔しさに顔を歪めた。掴んだ腕が、怒りで震えている。


「……ナオキさんの言う通りです、ヒルダ。今は、我慢するしか……」


ライアンが静かに言った。

俺は掴んでいた腕を離すと、荷馬車が消えていった方角――帝都の中心部へと続く道を睨み据えた。


'……追わない。だが、忘れはしない'


黒服の人数、六人。大型の荷馬車。そして、それが向かった方角。

俺は、見たもの全てを脳に焼き付けた。


「……宿に戻るぞ」


俺は、仲間たちに背を向けた。


「作戦を立て直す」


自分でも驚くほど、冷たい声が出た。

帝都の闇は、想像以上に組織的で悪質だ。

だが、尻尾は掴んだ。

この巨大な悪意にどうやって最初の一撃を叩き込むか。俺は静かに次の一手を思考し始めた。

ここまで読んでいただきありがとうございます!


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