第103話 魔法の実験と新たな兆し
昨夜の祝宴は、予想以上に凄まじいものだった。
カイトの「いくらでも飲め!食え!」という言葉を真に受けたヒルダたちが、酒場の酒と肉を食い尽くさんばかりの勢いで飲み食いしたのだ。最初はぎこちなかった二つのパーティも、酒が進むにつれて打ち解け、最後には肩を組んで歌うほどになっていた。
* * *
一夜明け、宿にて。
「うぅ……あたま、いてぇ……」
テーブルに突っ伏したヒルダが、死人のような声で呻く。見事な二日酔いだ。
「だから飲みすぎるなと言ったでしょう。自業自得よ」
セーラが呆れつつ、水の入ったグラスをヒルダの前に置く。彼女はあまり飲まなかったおかげか、すっきりした顔だ。
「うるせぇ……カイトの奴が、あんなに煽るから……」
「それを言うなら、ヒルダもカイトさんを散々煽っていたじゃない」
「……ぐうの音も出ねえ」
ヒルダは唸りながら水を一気に飲み干した。その横で、バルクはいつも通り静かにパンを咀嚼している。昨夜の酒量などものともしないらしい。
「さて、と」
俺は全員の顔を見回して切り出した。
「今日は少し、俺の新しい力を試したい。街の外まで付き合ってくれないか」
俺は基本四属性に加え、雷・氷・光・闇の魔法適性を取得した。だが、どんな魔法が使えるのかは全く未知数だった。
今後も今回のような時に使いこなせた方が何かと便利だろう。
「ナオキさんの魔法……ですか。いいですね」
ライアンが眼鏡の位置を直しながら、興味深そうに頷く。
「ナオキさんの能力の把握は、今後の戦略上、極めて重要です。ぜひ拝見させてください」
「あたしはパス……。頭に響く……」
「馬鹿言わないの。ナオキの力が上がるのは、私たち全員にとっていいことでしょう?」
セーラがヒルダの背中を軽く叩く。
「……わーったよ。行けばいいんだろ」
ヒルダはしぶしぶ顔を上げた。
こうして俺たちは、まだ朝の喧騒が残るアルテナの街を抜け、城壁の外にある開けた場所へ向かった。
街を歩いていると、すれ違う人々から視線を感じる。
「おい、見ろよ。あのパーティ……」
「ああ、『女王殺し』だ」
囁き声に、セーラが恥ずかしそうに俺の後ろへ隠れる。
「どうした、セーラ」
「だ、だって……みんなが見てるから……」
「胸を張れ。お前が勝ち取った評価だろ」
俺がぶっきらぼうに言うと、セーラは少し驚いたように顔を上げ、はにかむように小さく微笑んだ。
「……うん」
彼女の頬は少し赤いが、その瞳にはもう怯えではなく、確かな自信の光が宿っていた。
* * *
街の外、適度に開けた平原で、さっそく魔法の実験を始めた。
「まずは生活魔法から」
俺は泥で汚れたズボンに手をかざし、意識を集中させる。
'クリーン'
淡い光がズボンを包み、次の瞬間、泥汚れが綺麗さっぱり消え失せていた。
「おおっ! すげえ! 洗濯いらずじゃないか!」
ヒルダが感嘆の声を上げる。
「便利ですね。長旅では重宝します」
ライアンが冷静に分析する。
次に、空のカップに『ウォーター』と念じると、透き通った水が満たされた。
続けて『ライト』を唱えると、手のひらほどの光球がふわりと浮かび、周囲を明るく照らす。
「夜道や洞窟じゃ便利そうだな」
「夜間の移動や洞窟探索では重宝しそうですね」
ライアンが感心したように頷く。
生活魔法だけでも、この世界の常識からすればかなり規格外のようだ。
「よし、次は攻撃魔法だ。少し離れててくれ」
俺は仲間たちを下がらせ、手頃な岩を標的に定めた。まずは基本の火属性からだ。
'ファイアボール'
手のひらの前にバスケットボール大の火球が形成される。熱気が顔を炙った。
俺が腕を振るうと、火球は唸りを上げて飛び、標的の岩に命中した。
ドゴンッ!
小さな爆発音と共に、岩が黒く焼け焦げる。
「うおっ、結構な威力だな!」
続けて水、風、土魔法も試してみた。それぞれ性質は違うものの、どれも十分実戦で通用する威力だった。
「ナオキさん、魔力量も相当なものですね」
ライアンが驚いたように言う。
「さて、次だ。問題はこっちだな」
俺はゴクリと喉を鳴らす。希少属性、光と闇。そして、雷と氷だ。
まずは光属性。'ヒール'と唱え、腕の擦り傷にかざす。温かい光が傷を包み、痛みが引いていく。治癒が促進されているのは明らかだった。
次に闇属性。'シャドウバインド'と唱え、近くの木の影を指さすと、影が生き物のように蠢き、木の幹にまとわりついた。
「影を操る魔法……。初めて見ました」
ライアンが興奮気味にメモを取っている。
「さて……どれくらいの威力なんだろうな」
俺は天に向かって手を突き出し、意識を集中させた。
'ライトニングボルト!'
詠唱と同時に、俺の手の先から雷の槍が迸り、空気を切り裂いて遠くの地面に着弾した。
バチィィィンッ!
鼓膜を破るような轟音と共に地面が爆ぜ、土煙が舞い上がる。後には、直径1メートルほどのクレーターが黒く焦げ付いて残っていた。
「「「…………」」」
仲間たちが、唖然として言葉を失っている。
「……おいおい、マジかよ……」
ヒルダが呆然と呟いた。
「綺麗……だけど、すごい威力……」
セーラも目を丸くしている。
「最後だ」
俺は息を整え、今度は氷の魔法に意識を向ける。
'アイスランス!'
俺の目の前に、鋭く尖った氷の槍が五本、瞬時に形成される。冷気が周囲の温度を奪った。
「行け!」
号令と共に、五本の氷の槍が凄まじい速度で射出され、先ほどの岩に次々と突き刺さった。
ガガガガガッ!
硬い岩に氷がめり込む音が響き、岩は無数の亀裂に覆われ、そして――ガラガラと音を立てて崩れ落ちた。
「……もう、何でもありね」
セーラが、呆れを通り越して感心したように言った。
一通り魔法を試し終え、俺は軽く息をつく。
「大体わかった。最後は身体強化だ」
俺は身体強化のスキルを発動させた。
『身体強化 LV3!』
以前にも一度試したことはあるが、実戦を想定して使うのは今回が初めてだ。
慣れ始めたとはいえ、身体能力が一段階引き上げられる感覚は何度味わっても不思議だった。
「ライアン、ヒルダ。手合わせを頼む」
「いいでしょう。あなたの実戦能力、見極めさせてもらいます」
ライアンが剣を抜く。
「面白そうじゃねえか。二日酔いも覚めたぜ!」
ヒルダも短剣を構え、獣のような笑みを浮かべた。
まずはライアンと対峙する。俺が踏み込むと同時に、ライアンは霞のように消え、俺の側面に回り込んでいた。
「速い!」
強化された反射神経で辛うじて剣を躱す。だが、ライアンの剣閃は止まらず、的確に急所を狙ってくる。
「くそっ!」
俺は力任せに拳を振るうが、最小限の動きでいなされ、カウンターを合わされる。数合打ち合っただけで、息が上がってきた。魔力の消費が思った以上に激しい。
「……そこまで!」
俺が降参すると、ライアンはすっと剣を収めた。
「身体能力は驚異的です。ですが、動きに無駄が多すぎる。魔力の燃費も非常に悪い」
的確な指摘に、ぐうの音も出ない。
「次、あたしだ!」
今度はヒルダが相手だ。彼女は正面から猛然と突っ込んできた。
「うおっ!」
その動きは予測不能。まるで野生の獣だ。短剣を避けるので精一杯で、反撃の隙が見つけられない。
「ナオキ、てめえの動きは見え見えなんだよ!」
ヒルダの蹴りが脇腹にめり込む。強化しているはずなのに、強烈な衝撃が走った。
'身体能力を上げただけじゃダメか…! 使いこなさないと意味がない!'
魔力制御。それが、俺の最大の課題であることを痛感させられた。
* * *
「はぁ……はぁ……。完敗だ」
地面に大の字に寝転がり、俺は荒い息を整える。
「まあ、身体強化を実戦で使うには十分な収穫だったんじゃねえか」
ヒルダが俺の隣に座り込み、ニヤリと笑った。
「ナオキ、動きはど素人だが、身体能力だけならあたしやライアンとも渡り合える。だがな」
彼女は真剣な顔で続ける。
「武器がなきゃ話にならねえぞ。素手じゃリーチが短すぎるし、攻撃も単調になる」
その言葉を聞いて、俺はふと自分の両手を見下ろした。
「あ……そういえば俺、まともな武器持ってなかったな」
「今さらかよ!」
ヒルダが呆れたように笑う。
「言われてみれば、ナオキさんはこれまで道具や知恵で補ってきましたからね」
ライアンも苦笑しながら頷いた。
「どんな武器がいいんだろうな。剣か、槍か……」
俺は自分の戦い方を思い浮かべながら、小さく呟いた。
ひとまずの課題が見つかったところで、俺たちは街へと戻ることにした。
大通りに差しかかった時、商人らしき男たちの会話が耳に入ってきた。
「聞いたか? 帝都でまた有力貴族が粛清されたらしいぜ」
「またか。今の皇帝陛下になってから、物騒でかなわん。帝都との取引も命がけだよ」
「ああ。おかげで帝都向けの品物の相場もめちゃくちゃだ」
'帝都……'
この世界の中枢。その中心で、何やらきな臭いことが起きているらしい。
俺が眉をひそめていると、ライアンも同じことを考えていたようだ。
「帝国の内情、少し不安定なのかもしれませんね」
俺も、その話が妙に胸に引っ掛かった。
* * *
そんなことを考えながら宿へ向かっていると、道の向こうからギルドの制服を着た男が慌ててこちらへ走ってくるのが見えた。
「はあっ、はあっ……いた! ナオキさん!」
その職員は俺たちの前でようやく足を止め、肩で息をしながら叫んだ。
「ギルドマスターがお呼びです! 例の件、ようやく目途が立ちました!」
「例の件?」
俺が聞き返すと、職員は興奮を隠しきれない様子で言葉を続けた。
「センチネル・クロウラー・クイーンの素材の査定です! もう間もなく終わるとのことです!」
その言葉に、俺たちの間に緊張と期待が走った。
「おっ! やっとか!」
ヒルダが声を弾ませる。
「どんな装備になるのか、楽しみね」
セーラはバルクや俺を見ながら、嬉しそうに微笑んだ。
バルクも、静かではあるが、その目は明らかに期待に満ちている。
俺も、胸が高鳴るのを感じていた。
バルクの新しい盾。そして、俺自身の武器についても、いよいよ本格的に考える時が来た。
あの女王の素材から、一体どんなものが生まれるのか。
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