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傀儡魔法は不吉だと忌避されるので極めようと思います。  作者: 暁ユウ


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第8話 過去との決別2

 死を覚悟し、受け入れたとき一瞬だがとても長い走馬灯を見ることになった。


(ああ、メリュは死んじゃったのか。もっと早くこの知識を思い出したかったな)


 今まで学んで来て、そして今日という大事な日に思い出せなかった知識に後悔の念が湧く。

 もし思い出せていれば、このサバイバル生活も楽になったのに。

 そんな悔しさにも似たことを感じていると、メリュジーヌは長くそして一瞬だった日々を思い出す。

 それは幸せだった頃。

 それは辛くなり始めた頃。

 それは地獄だった頃。

 全てを思い出す。

 それが延々とループする。

 まるでお前にここから先はないと言わんばかりに。

 メリュジーヌの心は、徐々に壊れていった。


 迫る死を前にしてメリュジーヌはあることを二つ思い出した。

 

 ――傀儡魔法は()を操る魔法である。

 ――筋肉は筋繊維で構築されいて……。


 部屋に引きこもっていた時、暇つぶしで読んだ医学書と魔法について書かれた本の内容が思い浮かんだ。

 その瞬間、メリュジーヌは一か八かこの魔法に賭けることにした。


「――オーダー・マリオネット」


 それは物や生き物を傀儡にして操作する魔法だ。

 自身に魔法を使用して、そして足りない力は操糸術で繊維を無理矢理強化して操作する。

 本来ではありえない動きで、迫る死を回避した。

 しかし、当然代償も伴うことになる。

 オーダー・マリオネットで強制的に今の自分ではできない動きに加え、生物学上でも不可能な関節の動かし方をしたのだ。

 神経や筋肉はこの時点で悲鳴を上げ、関節は外れている。


「ああああああああ! 痛い痛い痛いぃ!!!」


 経験したことのない激痛に耐えかねて、メリュジーヌは絶叫した。

 その痛みだけでも、精神を削られる。

 もはや人でいる意味などないのではないかと思い始めるほどに。

 なぜこんなに酷い目に合うのかと考えていると一つの考えが頭に浮かんだ。


「メリュは……ううん、わたしは人形なんだ。出来損ないの人形。だからきっと愛されなかったんだ!」


 そう言って思い込むことでしか、自分を保てない。

 この痛みに耐えられない。

 人形ならば、痛みは体の破損を教える警告でしかないのだから。

 

「そう……わたしは人形。感情なき、ただの人形」


 メリュジーヌは、涙と血涙を流して不敵にそして無邪気に笑うと、次の瞬間、その瞳から感情がなくなり、顔からは表情が消えた。

 それは無邪気な自分との決別だった。


(わたしは人形わたしは人形わたしは人形……)


 少しでも早く思い込まないと死んでしまう。

 何度も何度も自分に言い聞かせるように言い続ける。

 感情を殺し、痛みを感じても動じないように。

 そうしていると頭の中で何かが壊れたような音が鳴った気がした。

 自分の世界から色が消えたような錯覚を覚える。

 体中が痛いのにただそれだけ、何も感じない。


 今の自分ではできない理想的な動きで、カマキリに攻撃を仕掛ける。

 それは達人の域に近い無駄のない短剣での連撃。

 動くたびに体が悲鳴を上げ、あちこちから鳴ってはいけない音が鳴る。

 絶叫しそうな痛みが常に襲ってくるが、自分は人形だと言い聞かせ続けて必死に耐える。

 心が壊れことで、次第に痛みは体に蓄積したダメージを教える信号のように感じ始めた。


 カマキリの鎌による一振りは、速すぎて目で捉えることはできなかった。

 運よく回避できたが、右腕を掠っただけで大量の鮮血が散るほどの怪我を負う。


(あの攻撃はまずい。安全なのは――)


 妙に頭の中が冴えわたっていて、恐ろしい程に冷静だった。

 痛みも感じない。

 恐怖も、怒りも感情の一切を感じない。

 それがどころか、心地よく感じる自分がいた。

 何も感じない人形だからこそ、気兼ねなく自分を壊せる。

 遠慮する必要なんてない。

 この身は人形なのだから。


「人形に心はいらない」

 

 淡々とメリュジーヌが呟いた。

 そこには感情の一切がこもっていなかった。


 カマキリの次の攻撃を受けないように、一気に懐に飛び込んだ。

 短剣で攻撃をするが、外殻が硬すぎて弾かれてしまう。

 さらなる攻撃を試みようとすると、カマキリが片脚を上げてメリュジーヌを踏みつけようと勢いよく攻撃してくる。

 各指の付け根に巻いていたピアノ線を操糸術で操作しながら伸ばして、他の脚に巻き付けると同時に巻き取るようにして自分を引っ張り上げた。

 宙を舞って移動している最中に、再び短剣で手の届く場所を斬りつけるが衝撃だけが腕を伝い、カマキリには傷一つ付いていない。


「関節ならどう?」


 短剣では関節の隙間に入らないと目視で判断すると、ピアノ線を操糸術で超振動させる。

 振動は指にも伝わって皮膚を切り裂き、操糸術で強化した筋繊維すら難なく切り裂いていった。

 だが、そんなものはお構いなしに糸を振う。

 細かい位置調整は操糸術で行い、カマキリの関節に侵入させると、思った通り、糸は外殻の内側の肉を容易く切り裂いた。

 関節半ばまで切断されると、カマキリが脚を動かして関節の隙間でピアノ線を切断し、即座に別の脚で反撃を行う。

 メリュジーヌは寸での所で立体機動で回避するが、風圧で吹き飛ばされて木に激突して血を吐き出した。


「ケホッ……ケホケホ……。強すぎる。どこかに弱点は?」


 霞む視界の中でカマキリの弱点を探す。

 だが、それらしいものは見つからない。

 人のような部分さえ、おそらく頑丈な外殻で守られている。

 もっと強力な武器があればと考えてしまう。

 周りに使えるものがないか必死に思考を回転させるが、何も思いつくことはない。

 だが、一つだけ目に止まる物があった。

 それはカマキリの鎌だ。

 もしあれを切断できれば、強力な武器になるのではないか。

 

 覚悟を決めるしかない。

 もはや恐怖もなにも感じない。

 自分の声ですら、他人の声のように聞こえてしまうほどだ。

 私は人形になった。

 ならば、壊れるまで生体人形として足掻こう。


 カマキリを拘束するために、ありったけのピアノ線を体のあちこちに巻き付けた。

 しかし膂力で圧倒的に負けているメリュジーヌは、カマキリが動くだけで指が曲がってはいけない方へ骨が折れるような音を鳴らして曲がる。

 その指を操糸術で筋繊維と指に巻き付けている糸を操って強引に元の位置に戻す。

 そして踏ん張りが効かずに負けそうになり、咄嗟に自身の体を糸で後方の木と繋いでなんとか持ちこたえるが腕が千切れそうだった。


「このままじゃ、ジリ貧」


 拘束に使っていない糸でカマキリの鎌を削ぎ落そうと関節の隙間を攻撃する。

 超振動する糸が少しずつ関節の奥へと肉を裂きながら進んでいく。

 だが、ここで予想外のことが起きた。


「骨? 虫に……?」


 糸が何かに苦戦している感覚を覚える。

 どれだけ振動を強めても、切り裂かれるのは自身の指だけ。

 カマキリの骨の強度に糸が負けていたのだ。


「虫に骨があるのは初耳。さすがにこれは予想外」


 どうしようかと考えていると、カマキリが腹を曲げる。

 その先端が向いている先にはメリュジーヌがいた。

 何か遠距離攻撃が来ると察するには十分だった。

 即座に対応しようするが、糸で固定していたのが仇となり、行動が全て半テンポ遅れた。

 固定を解除すると、体を捻って少しでも被害を抑えようとしたのと同時に、カマキリが糸を放ってきた。


「!?」


 右腕が糸の質量攻撃に巻き込まれる。

 体感で二秒も経たない内に肩から先の感覚が無くなり、腕が千切れたのではないかと思ったが、操糸術でまだ腕を操作する感覚はある。


「クッ。まさか蜘蛛じゃないのに糸の攻撃があるなんて……糸?」


 絶望的な状況でメリュジーヌは活路を見出した。


「もしも……もしもこの糸が操糸術で操られてないのなら、私の糸にできるはず」


 それはかなり低い可能性。

 だが、もしも仮説が合っていれば倒せるかもしれない。

 ピアノ線よりも頑強な糸。

 これならばカマキリの強固な外殻と骨を切断できるかもしれない。

 一か八か、メリュジーヌはこの瞬間に全てを賭ける。

 身体強化以外の全ての操糸術を解除し、能力の全てをカマキリの糸に集中させる。

 能力の伝達が遅い。

 魔力も拒まれるような感覚がある。

 それでも自分の手足となるように、必死で能力を使った。

 操る量を減らすために編む様に束ねられた無数の糸を解き、現在の自分が扱える量へと選定する。

 そして糸の中でも柔軟で強靭な物を勘だけで選び抜くと、まだカマキリの腹部と繋がっている糸を操作して腹を内側から引き裂いた。

 そのまま糸を回収し、自身の周りに纏わせるように集めると、まるで生きた糸がメリュジーヌを守っているかの様だった。

 

 互いに次の攻防が最後だと悟る。

 メリュジーヌは自分が思い描いた理想の動きをオーダー・マリオネットによって無理やり再現した結果、体組織がぐちゃぐちゃになっていた。

 すぐにでも体の内外の止血を行わなくては死んでしまう。

 そしてカマキリも腹を裂かれたことで、早く治癒に集中しなくてはならない。


 再び無駄のない洗礼された動きでメリュジーヌは一気に距離を詰めた。

 体が悲鳴を上げるがお構いなしだ。

 カマキリの鎌による攻撃を予測してあらかじめ糸を編んで、攻撃を受け止めた。

 その衝撃に抗うことなく自身をまるで振り子の重りのようにして使い、糸をカマキリの首筋に引っ掛けて超振動させた。

 ピアノ線と違い、カマキリの糸の切れ味は凄まじい。

 何の抵抗もなく首を刎ねてしまったのだから。

 そしてメリュジーヌは勢いを殺しきれずに、木に叩きつけられて地面に転がった。

 重い体を持ち上げるように立ち上がると、そこには頭部を失ってもなお暴れまわるカマキリの姿があった。

 ここで逃げれば勝手に餓死するだろうと、メリュジーヌは考えていた。

 しかし、その考えは浅はかだった。

 まるで見えているかのようにメリュジーヌの方に近づいてくる。

 まさに最後のあがきと言わんばかりに。

 メリュジーヌはすぐさま戦闘態勢に入ると、短剣を構えなおした。

 

「たしかこの短剣は魔法の力があったはず……」


 効果はぶっつけ本番で調べるしかない。

 試しに魔力を流すが短剣は全く反応しなかった。

 仕方なく糸で攻撃をして右脚を一本切り飛ばしたが、懐にいるせいで地団駄の風圧で吹き飛ばされてしまう。

 空中で即座に体勢を立て直すと、短剣にダメ元で火属性の魔法を付与した。

 すると剣を包むほどの慎ましい炎が、業火となり剣の形状へと変化していく。

 それと同時に魔力をごっそり持っていかれる感覚を覚えた。


「まずい……」


 今、魔力がなくなればオーダー・マリオネットが解除され、動けなくなってしまう。

 消費魔力の誤算を修正すべく、メリュジーヌがカマキリの鎌の振りに合わせて糸を引っ掛けると、その勢いを利用してカマキリの切断された首元へ立体機動で移動した。


「今度こそ、これで終わり。ありがとう、私を壊してくれて。これでようやく何も感じなくなった」


 感情という苦痛からの解放。

 痛みすらただの危険信号と感じるようになり、自分が大好きだったぬいぐるみや人形と同じになれた。

 人のしがらみから解放された感謝を込めて、メリュジーヌは業火の剣を傷口に突き刺す。

 そして魔力をありったけ込めると業火が溢れ出し、カマキリを内側から焼いていく。

 いくら体節ごとに生きていられると言っても、内側から焼かれれば為す術などなかった。


 完全に沈黙するのと同時に、メリュジーヌもオーダーマリオネットが解除されて糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

 一部の関節は砕け、手足の一部が曲がっては行けない方向へ曲がっていた。

 操糸術による筋繊維の操作で無理やり元に戻して神経を強引につなげて応急処置をする。

 さらに切り傷を筋繊維で無理やりに繋ぎ合わせて止血し、持っていた裁縫用の針に糸を通して外傷を縫っていくのだった。

いつも読んで下さり有難うございます。

『面白い』や『よかった』と思っていただけたら評価やブックマーク、感想等をしていただけると嬉しいです。


これからもよろしくお願いします。


更新は来週の予定です。

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