第5話 死の森にて1
メリュジーヌは目を覚ますと見たこともない場所にいた。
「……ここは?」
見渡す限り木々ばかり。
すぐに森の中なのだと悟るには十分だった。
そして自分の周囲には壊れた馬車に、血痕などの戦闘の痕跡が残っている。
「!? アレ――」
屋敷でクリスに教わったことを思い出して、メリュジーヌは咄嗟に手で口を覆う。
(森で不用意に大声を出しちゃダメなんだっけ)
周囲に魔物が寄って来ていないことを確認すると、ひとまずは安心だとわかり、胸をなでおろした。
「よかった。魔物はいないみたい」
安全だとわかると、状況を理解するために付近の探索を始める。
近くにお気に入りの小さな王冠を着けたクマのぬいぐるみが落ちていたのに気が付き、メリュジーヌはそっと拾い上げて汚れをはたいて落とした。
「この血の量、たぶん魔物だよね? となると、この複数の足跡は一体?」
靴のサイズが統一されておらず、靴底の跡も違う。
素人でも明らかに誰かが居たと言うことは一目瞭然だ。
アレクの死体がないことを祈りながら、馬車に近づいていく。
「ほっ。よかった、アレクは何とか生き残れたみたい」
死体がないことに一先ず安心すると、使えそうなものがないか荷物を漁るが何も残っていなかった。
あったのは、数日持つかどうかの少ない量の食糧だけだ。
その時点ですぐに盗賊に襲われたのだと気が付く。
いつ襲われたのか記憶を手繰るが、急激な眠気を覚えて眠ってからの記憶がない。
寝ている間に襲われたのだと思うと身震いした。
運が悪ければ攫われていたのだから。
「ん? だとすると、なんでメリュは放置されたの? 奴隷商に売れば多少はお金になるのに」
その問いに答えを与えたのは近くにある大量の血痕だった。
「もしかして魔物に襲われて、盗賊が逃げた? それなら納得できる。アレクは……護衛じゃないから逃げるのは当たり前だよね。無事逃げきれていますように」
彼女にとっての心の拠り所だった彼が、自分のせいで死んでしまったらやるせない。
せめて無事に帰る事ができたのを祈るしか術がないことが歯がゆく感じた。
「それにしてもよく生きてたよね。普通なら食べられるところだけど……もしかして人数が多い方に……」
子供一人を餌にするよりも、大人数でしかも大人の方が食いではあるだろう。
そう考えると盗賊はご愁傷様と思ずにはいられなかった。
「あ、ピアノ線は残ってるじゃん。どれどれ他はどうだろう?」
自分の荷物を漁るが鞄の中にはほとんど残っていなかったが、何かに使えるかもと持ってきていたピアノ線は残っていて少しだけ安心した。
衣服用に使っていた鞄には、服が残されていたがこの状況では使えないと判断して、動きやすいものを替えの服として下着も含めて一着ずつ鞄に詰め込んだ。
「こんなものかな。暗くなるま――!?」
近くに何かが近づいて来るのに気が付くと、すぐに隠れようとするが周囲にちょうどいい場所がない。
やむを得ないとメリュジーヌは、壊れた馬車に潜り込んで息を殺した。
目の前に大きな獣の足が現れた。
そしてピクピクと動く鼻と唸り声が聞こえてくる。
メリュジーヌは恐怖で体が動かなかった。
これ以上見ていたら怖くて漏らしてしまうと思い、目をギュッと瞑って震える体を丸め、口を手で覆って声が出ないように耐える。
(お願い気が付かないで。お願いお願いお願い……)
恐る恐る目を開けると、いつの間にか魔物はどこかに行ってしまっていた。
何も起きなかったことに安堵の息を吐く。
そして警戒しながら外に出た。
周囲に魔物の気配はなく、とりあえずの安全に胸を撫でおろした。
「こ、怖かったー……半分くらい出ちゃったよ……。ホントに臭いでバレずによかった」
自分の失敗にため息を着くと、下着とスカートを着替えて森の中に進んでいった。
まずはどこの森かを把握するために、木々や植物を観察するがまったくわからない。
どれもこれも同じに見えてしまう。
「こうなるなら植生学も勉強しとくんだった」
昔の自分に少し怒りと後悔を覚えるも、次の瞬間にはすっかりとそのことを忘れてしまう。
「さっきの橙色の毛皮に少し黄色が混じってた。全部が見えたわけじゃないけど、恐らくランバラルウルフ。えーとたしか生息域は広いけど森にしかいないんだっけか?」
うろ覚えの記憶を頑張って読み解いていく。
怠惰を満喫していたせいで、知識の一部が消えかかっていたことに少し満足感を覚えてしまう程度には変人だった。
「メリュが最後に寝てからどれくらい時間が経ったんだろう? おねしょしてないから12時間は経ってないはず。メリュがしないのは最大でもだいたい6時間くらいまで……そう考えるとあの場所から6時間近くで行ける場所は……死の森!?」
思わず大きな声を出してしまい、慌てて口を手で押さえて急いで場所を移動する。
そして時間の図り方がそれしかなかったことに、メリュジーヌは恥ずかしくて顔を赤くした。
「うそうそうそ。ちょっと待ってよ。どうやって生き延びればいいの!?」
現在地の推測ができてしまい、メリュジーヌは動揺を隠せなかった。
こんなことなら現在地の特定なんてしなければよかったと後悔してしまう。
「とんでもなく強い魔物がたくさんいるんだよ! 今のメリュに何ができるの。なんで! なんでメリュばかりこんな目に合わないといけないの!! メリュは何も悪いことしてないのに!」
今にも泣き崩れそうだった。
折れそうな心を必死で取り繕って、ギリギリのところで何とか踏みとどまっていた。
屋敷にいた頃に、メリュジーヌの心は壊れる寸前まで追い詰められていたのだ。
「ダメダメ。暗いこと考えてたら、もっと暗くなっちゃう! 今は生き残る手段を見つけないと」
溢れだしそうな気持ちを唇を噛んで抑え込んだ。
「もし本当にここが死の森なら魔物と遭遇した時点でアウト。このピアノ線じゃあ武器になりえないだろうし。それこそ剣みたいに切れ味がない限りは……」
罠には使えるかもと考えながら、道なき道を歩いているとふとアレクの事が頭に浮かんだ。
「もしかしてメリュが寝てるときに襲われなかったのは、アレクが引き付けてくれたから……盗賊じゃなくてアレクの方にもし魔物が行っていたのなら……」
嫌な想像をしてしまいメリュジーヌは頭を振った。
「もしもそうならどうか無事でいて」
アレクの無事を祈っていると、後方で動く気配を感じて慌てて移動するが一定の距離を保ってついてきているのに気が付いた。
まずいと思って走り出そうとした時だった。
魔物が一気に距離を詰めてきた。
小型の狼の魔物だ。
一匹だけなら何とかなるかもしれないと思ったが、武器がないことを思い出す。
互いに睨みあい、下手に背を向ければ背中から襲われる。
最初に動いたのは狼の魔物だ。
「はや!?」
咄嗟に避けることには成功したが、バランスを崩して尻もちをついた。
飛び掛かってくる狼の魔物に咄嗟にぬいぐるみで防ごうと前に出した。
無駄なのはわかっていた。
だが、本能が理性を振り切って体を動かす。
そして次の瞬間、本来ありえない感覚がメリュジーヌを襲った。
それはぬいぐるみが狼の噛みつきを防いだのだ。
まるで何かを咥えているように見える。
狼がぬいぐるみを嚙み千切ると、中から家宝の短剣が現れた。
そしてまるで手紙のようなものも出てきたが、狼の攻撃で半分に破れてしまう。
そんなものを拾っている暇などはない。
即座にメリュジーヌは短剣に手を伸ばして剣を鞘から抜くと、狼の眼球に躊躇なく突き刺した。
そして狼が怯んだ隙に剣を引き抜いて、全速力で逃げ出した。
幸い追ってきている様子はない。
この調子でとにかく距離をとるのだった。
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