第1話 平穏な日常
レイムンド王国のライノール男爵の元に人形令嬢のあだ名を持つ可愛らしい少女がいた。
少女の名は、メリュジーヌ・リール・ライノールと言いライノール家の三女だ。
あだ名の通り、少女はぬいぐるみや人形が大好き少女である。
年相応だといえばそれまでだが、少しだけ人よりも人形のことが好きな程度だ。
お気に入りのぬいぐるみを抱えながら、今日も天真爛漫に屋敷を駆け回り、自分だけが知っていると思い込んでいる隠し通路を使って街に遊びに来ていた。
護衛も連れないその姿は、一見無防備であるが街の人たちがいつも守ってくれている。
「メリュジーヌ様! 今日も味見していくかい?」
「うん! するする! 今日は何の味なの?」
屋台通りと呼ばれる場所を走っていると貫禄のあるおばさんがメリュジーヌに声をかけた。
「今日はいつものタレを改良してみたよ。味は食べてからのお楽しみだ」
慣れた手つきで串焼を焼いて、自慢のタレに豪快に漬けるとおばさんがメリュジーヌに串焼を渡す。
「ほら出来立てだよ。ぬいぐるみを汚さないように気をつけなね」
「ありがとう!」
メリュジーヌが嬉しそうに笑いながら、串焼を頬張った。
口の中に広がる甘いタレの旨味と遅れてやってくる柑橘系果物の風味。
噛むほどに味が濃くなり、肉汁と合わさることで頬が落ちそうなほどの旨味となった。
「美味しい!!」
メリュジーヌは無自覚に目を丸めて驚いていた。
その様子を見ていたおばさんが嬉しそうに笑う。
料理人として、そしてメリュジーヌに喜んでもらえたことに。
「これ、絶対に売れるよ! メリュが保証する!!」
「本当かい? そりゃ嬉しいね!」
屋敷で出る料理はどれも美味い。
だが、メリュジーヌはそれだけでは物足りなかった。
完成した美味しさよりもどこか素朴で、それでいて豪快な味。
庶民が好む料理の方が大好きだった。
「このあとは騎士団の詰め所かい?」
「そのつもりだけど、冒険者ギルドによってくつもりだよ。領地の状態を知るならやっぱり各地を旅する人に聞かないと!」
「そうだね。メリュジーヌ様の言うとおりだよ。頑張ってきな」
「うん! バイバイ!!」
メリュジーヌが手を振って屋台を後にした。
「まったく。あの子が領主になって欲しいもんだね」
「誰が聞いてるかもわからないとこで言わない方が――」
「あんたは、ほんとに男かい? 男ならもっと堂々としな。それにあんたもそう思ってるんだろ?」
「まあな。今の領主も悪くないが、戦に力を入れすぎている。俺らのことなんて考えてない。それなのにあの子はああやって俺たちと同じ視点に立ってくれる。上に立つならそういう人の方がいい」
「あんたの言うとおりだよ」
それからも色々な人に声を掛けられ、全員と楽しそうに話しながら目的地を目指すのだった。
メリュジーヌがギルドの前に到着した。
「今日はどんなお話が聞けるかな?」
『そりゃあ楽しくことと、離れた地で困ってる人のことだろう。メリュ子もわかってるだろ』
「もうわかってるよ。それ以外にも冒険のお話とか聞きたいの」
『それはやることを終えてからだ。じゃないと、メリュ子は悪い子だぞ』
「はーい。もうカイザーはいつもそう言うよね」
『お目付け役だからな。ほら準備はいいか? 行くぞ』
「うん」
メリュジーヌが王冠を付けたクマのぬいぐるみを動かして一人で話していた。
そしてぬいぐるみを強く抱きしめると、意を決したように扉を開く。
冒険者たちの視線が一斉にメリュジーヌに向いた。
彼女を知らないものの視線は冷ややかで、メリュジーヌは何かで自分を刺されている様な感覚を覚える。
いつも来ているが、この感覚には慣れることはない。
震える自分を鼓舞して、平静を保って受付に歩いていく。
「あらメリュジーヌ様じゃない。今日はどうしたの? 護衛の人は?」
「ふふん! バレずに抜け出してきた。今日も冒険者の方から各地の情報を聞きに来たの」
「お仕事の邪魔にならないようにね」
「はーい」
メリュジーヌが受付嬢から許可をもらうと、暇そうな冒険者を見つけては話を聞きに行った。
顔馴染みの人から他の場所からやってきた人まで、偏りがでないように幅広く聞き込みを行った。
当然、心躍るような冒険の話も。
「――てな感じだな」
「クミン村周辺はそんなに酷い状態なんだ……」
「干ばつが酷くてな。あの辺一帯の土地自体が水不足になってるみたいだ」
「今年は備蓄で何とかなるみたいだが、来年も続けば間違いなく餓死者が出る」
「そうなんだ。それなら税の引き下げを提案して、今から来年に向けての備蓄の積み立ても始めた方がいいかな。水不足の原因究明のために調査団の要請も父上に頼んだ方がいいかな」
メリュジーヌはブツブツと言いながら考えを整理していた。
それを見た冒険者一行は、驚いたように目を丸くしていた。
彼らが今まで見た貴族は、どこも庶民など関係ないと言った感じで、冒険者を見下している人が多かった。
しかしメリュジーヌは、お小遣いから一人につきお酒一杯分ほどの少ない報酬を情報料として提供している。
子供ながらにその誠実さを持つ彼女の下になら付いてもいいと思う冒険者もいた。
「情報提供ありがとうございます!」
メリュジーヌはお礼を言うと、必要な情報を集め終えたと判断して冒険者ギルドを後にした。
そして騎士団の詰め所に行くと事件や事故などの確認を行い、その後更衣室で動きやすい格好に着替えると、騎士たちに交じって剣の稽古や体作りに参加した。
ほぼ毎日のように通う彼女をいつしか娘や妹のように思う者もいた。
そして日が暮れ始めるとメリュジーヌは屋敷戻っていったのだった。
「――って感じかな。だからクミン村と周辺地域の村の税を軽くして欲しいの。でも、情報の信憑性を確かめるためにも調査を行って、それに並行して計画すればいいと思う」
冒険者からの情報を全て伝えて、今後のことについて相談していた。
「よもや子供にそこまで言われるとは……」
「ふふん! メリュも勉強しているのです!」
メリュジーヌが胸を張って、褒めて欲しそうな目を父である”クリス・リール・ライノール”に向けた。
「ほう、なら習い事をすっぽかす為に屋敷を抜け、さらに剣術の稽古もサボっていたなー」
「予習してるから大丈夫!」
「なら復習はしているのか?」
「う……それは……」
クリスが少し悪そうな笑みを浮かべてメリュジーヌの反応を楽しんでいた。
そしてメリュジーヌは必死で言い訳を考えるが思いつくことはなく、形勢不利を悟ると一目散に逃げだした。
「じゃあ父上そういうことで!」
「あ、待てっ! コラ! こーのバカ娘がー!」
静止の声も聞かず、メリュジーヌは扉を勢いよく開けて廊下に逃げて行く。
それを見てクリスがやれやれと頭を抱えた。
「まったく、あのお転婆娘は誰に似たんだか」
「それは昔の私かしら。ふふ」
執務室の外で一部始終を聞いて楽しんでいた”エレナ・リール・ライノール”が、昔の自分を思い出して小さく笑いながら入ってきた。
「いいじゃない。元気がありあまってる証だわ」
「その元気をもう少しは別の方に割いて欲しいものだな」
「ところで、あの子の勉強の成果は出ているのかしら?」
「むしろ出すぎだ。見てみろ、あきらかに子供が出していい報告書じゃないぞ」
メリュジーヌが街で得た情報をまとめ上げ、自分なりの改善案や計画提案が書かれた紙が執務机に置かれていた。
エレナがそれらに目を通していく。
「頑張っているみたいね」
「影での努力って奴だろうな」
「あら、そこはあなたに似てしまったのね」
「残念そうな声で言うな。悲しくなるぞ」
執務室には仲睦まじく笑いあう二人の姿があった。
その後は兄三人が入っている風呂に乱入しては体や髪を洗ってもらい、次女の”エレイン”に髪を梳かしてもらった。
そして夜中に長女の”アリサ”のベッドに潜り込んで気持ちよさそうに眠るのだった。
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