第17話 冒険者登録試験2
ヴァレリアは、自分が使える唯一強力な魔法を使う。
「――オーダーマリオネット」
傀儡の魔法を使った瞬間、ヴァレリアの動きが変わった。
本来なら避けることができない一撃を容易に躱す。
そして拘束や攻撃に使っていた糸を体に巻き付けていき、外付けの筋力として足りない力を補う。
だが、長くは持たない。
無理やりの強化を重ねたことで体の限界を超え、掛かる負荷もそれ相応だ。
何より、糸が体に食い込んで無理な動きをすれば、皮膚や肉が糸で切断されてしまう。
その分、この状態のヴァレリアは途轍もなく強い。
「動きが変わった!?」
ヴァレリアの変化にレイジが目に見えて動揺している。
先ほどまでの駆け出しの剣士の様な動きが、洗練された剣士の動きへと変わったからだ。
そして本来ありえない角度からの攻撃。
それはヴァレリアの体から鳴ってはいけない音と共に放たれた。
「強いな。だけど、その状態は長くは持たないんじゃないか?」
「どうかな? 少なくとも体が壊れた程度じゃ、止まらない」
剣技まで昇華されていない剣戟の応酬。
それは確かにAランク冒険者に届きうる物だった。
しかし、それを捌き切るからこそのAランクとも言える。
レイジはダメージを最低限にしながら、一気にヴァレリアの懐に潜り込んだ。
そしてフェイントにまんまとヴァレリアは引っかかってしまう。
「!?」
表情こそ変わらないが、確実にヴァレリアの気配が揺らいだ。
レイジは決まったと確信した。
だが、それで終わるヴァレリアではない。
首を一八○度回すと同時にレイジの攻撃を、曲がってはいけない方向に関節を曲げて剣で受け止めた。
それと同時にヴァレリアの体から再び鳴ってはいけない音が鳴る。
「嘘だろ!?」
「人形ならこれくらいできる」
「人間がそれをやるか!? 普通!?」
迎撃できない体勢だが、空いているもう片方の手で攻撃を仕掛けると、レイジは素直に後ろへ退いた。
それと同時にヴァレリアもレイジの方へ体を向けながら、首などが元の位置に戻っていく。
その光景に受付嬢は息を呑み、そしてメイは顔を青ざめさせて口に手を当てていた。
「これで決める。さすがに模擬戦でこれ以上の自壊は許容範囲外」
「むしろ模擬戦で命を賭ける阿呆がいるとはな」
レイジのその言葉には敬意が含まれていた。
何故ならここまで打ち合ったレイジには、わかっていたからだ。
ヴァレリアはこうでもしないと、生き残れない環境にいたことを。
互いに最後の攻防を繰り広げようとした時、受付嬢が試験を強制終了させた。
「そこまで!! 両者、剣を納めてください」
レイジは少し物足りなさそうな顔をしながらも、「仕方ないか」と呟きながら剣を納めて受付嬢の元に歩いていく。
そしてヴァレリアは、オーダーマリオネットの解除と共に崩れ落ちるようにして倒れた。
首の神経を痛め、体を動かすのが困難になっていたからだ。
それだけではない。
関節の可動域を超えた動きをした影響で、脱臼や骨折、さらには無理な強化による反動が上乗せされて動けなくなっていた。
「お姉ちゃん!!」
メイが慌ててヴァレリアの元に駆け寄った。
「いと尊き地母神よ。我が前に倒れし者に豊穣の恵を与えたまえ。――ヒール」
ヴァレリアに回復魔法を使った。
その力は並の聖職者よりも高く、ヴァレリアの負傷を急速に回復させていく。
「聞いたことない詠唱」
「メイのオリジナルの詠唱です。その時、思ったことを祈りにしています。そうしないとメイはまだ上手く魔法が使えません」
「その技術はとても難しいものだったはず。それができるなんてすごいよ」
「もーそう言ってもメイは誤魔化されませんよ。あんなに無茶をしなくても、試験に合格できるのはわかっています」
「ごめんね。でも、わたしの限界を見極めたかった。こういう機会でもないと、すごい人と手合わせできないから」
「そう言うのは少しずるいと思います」
メイは不服そうに頬を膨らませた。
それはヴァレリアの言い分もわかるだ。
命を賭ける仕事をする上で自分の実力を把握しておくことは、生存率に直結する。
それは商人でも同じ。
自分の値踏みを間違えれば、他に喰われてやっていけなくなる。
それがわかってしまうが故に、メイは言い返せなかった。
それから少ししてヴァレリアが動けるようになると、頃合いを見計らって受付嬢とレイジがやってきた。
「動けそうか?」
「問題ない。メイのおかげ」
「そうか。ならよかった。まさか模擬戦であそこまでしてくるとは思ってなかったぜ」
レイジが笑いながら言った。
「それであれは傀儡の魔法か?」
「!?」
その言葉を聞いた瞬間、ヴァレリアは目に見えて動揺する。
ここ最近で感情らしい物が漏れ出た瞬間でもあった。
本人は平静を保ち、ポーカーフェイスをしているつもりだったが隠しきれてなどいない。
明らかに瞳孔が平時よりも目に見えるほど開いており、瞳が震えていた。
ヴァレリアは肯定すべきか否定すべきか悩んだ末に口を開く。
「……そうだよ。操る人形が自分しかないから自分に使った。人に使うつもりなんてないよ!」
誰の目から見てもヴァレリアの様子はおかしかった。
記憶の奥から溢れ出すトラウマが、感情の大半を失っているヴァレリアに、皮肉にも人間らしいものを出させてしまう。
「すまん。そんなつもりじゃなかったんだ。ただ、あんな使い方をする奴なんて初めて見たから、聞いてみただけだ」
「そ、そうなんだ……うん、そっか。わたし以外にも使い手を見たことがあるの?」
「ああ。使い方はあれだ。魔物に使って足止めとか、人形を動かして道具を持たせたりとかな。だいたいはそんな使い方だ。自分に使うなんて狂気じみたことをやってる奴はお前が初めてだ。……まあ、その、なんだ。その反応的にその魔法がどういった物で世間からどう扱われているか知ってるみたいだな」
「この魔法は――」
「――皆まで言うな。わかってる」
レイジがヴァレリアの言葉を遮った。
「少なくとも俺はこの魔法に世間通りの印象は持ってない。助けてもらったこともあるしな。ま、要するに使い手次第だと俺は思うぜ」
「ありがと。少し楽になった気がする」
そこにはいつものヴァレリアの姿があった。
動揺はしてもすぐにそれを押し殺す。
それは貴族として生きていく上で必要な技能だった。
今となっては無用の長物となってしまったが……。
二人の会話にメイはどう反応すればいいか困っていると、受付嬢がその空気を変えるために話に割って入った。
「試験の結果を伝えてもよろしいでしょうか?」
その言葉の圧だけで、ヴァレリアとレイジが頷いた。
それを見てメイが小さく笑ってしまった。
「もう言うまでもないかもしれませんが、試験は合格です。レイジさん、異議はありますか?」
「問題ねーが、ここまでの実力者をGランクにするのはもったいないな。権限があればFランクに推薦したいくらいだ」
「わかりました。試験官の同意を以て本試験は合格です。おめでとうございます、ヴァレリアちゃん。晴れて今日から冒険者です」
「ん、ありがと」
「それと私は傀儡の魔法については、悪い印象はありませんよ。職業柄、様々な人を見てきましたが、このスキルがあるから悪い人とは限りません。ですから、気にしすぎない方がいいですよ」
ヴァレリアの反応に受付嬢も優しい口調で励ますと、四人はギルドマスターが待つ応接室に向かうのだった。
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