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八話「雛人形は宙に舞う」

3月3日。

3月3日という日はそれだけで3が並ぶちょっとおめでたい日です。


またこの日はそれ以外にも特別な意味を持ちます。


それは、雛祭りと言います。

男性、とりわけ一人っ子の、もしくは男兄弟のみの読者の方には馴染みがない日かもしれません。


女の子の健やかな成長と健康を願うお祭りのことを言います。

「雛」という字には「紙などで作った小さな人形に着物を着せたもの」という意味も持ち、


その由来は、古代中国の「上巳の節句」に人の形をした「人形」を川に流して厄を払う風習と、


平安時代の「ひいな遊び」というおままごとが融合したものです。


江戸時代には厄を払う「人形」が、家に飾る工芸品としての雛人形へと変化しました。


つまるところ、雛祭りとは人形に厄を吸ってもらい、女の子の健やかな成長と健康を願う、

そんな素敵なお祭りであるのです。


さて、今回はそんな「雛祭り」に関するお話です。


どうぞお楽しみください。


 はーい……先日は失礼しました。

 フサフサのスーパーイケメンナレーターでございます。

 いやー、バレンタインで勝ちすぎちゃって、

 ちょっとお腹を壊しちゃいましてね!!


(マイクを切る音)



《おい! 誰がハゲだ! ナレ子!! てめ、前回の放送で好き勝手言いやがって!!

 だいたいテメーだって21じゃなくて、

 3――うわ、何しやがる!! やめろーーーー!!!!》





 ─────しばらくお待ちください─────




 …………



「コーヒーが入りました」


 心地よい風鈴のような声と共に、挽き立ての香り漂うコーヒーが、

 あゆむが座るテーブル席へと、そっと届けられます。


「ありがとう、ピピ」


 あゆむがそうお礼を言うと、

 彼女は頬を桜色に染めて、スカートを広げてお辞儀をします。


 ピピの長く透き通った水色の髪がふわり……と浮かび、

 金木犀に似た森の香りが、コーヒーと一緒にあゆむの鼻腔を刺激します。


 見慣れた室内なのに、まるでウッドデッキにいる気分。

 ピピの目線はあゆむに固定され、

 あゆむが彼女を見ると、その透明感のある美しい顔で、優しく微笑んでくれます。


 平日の夜19時。

 夕食も終わり、その日の余暇を楽しむ。

 あゆむにとって、今はとても贅沢なひと時なのです。


 室内では、おばけ達はトリエルに寄り添い、ぷかぷかと浮かび、

 当の本人はソファで気持ちよさそうにうたた寝をしています。


「……さん」


 たまに呟く寝言の内容は聞き取れませんが、

 おばけをぬいぐるみ代わりにぎゅっとだく様子は、見ていて微笑ましさを覚えます。


 …………


 コーヒーも残り半分程度となった頃、

 あゆむはコーヒーを置き、ふとした疑問を呈します。


「なあピピ」

「はい、なんでしょうか」


「ピピは昔の自分って覚えてるのか?」


 それは素朴な疑問でした。

 あゆむが知ってるピピの情報は、彼女は霊である。

 実のところ、これぐらいなのです。


(聞けるなら聞いておきたいよな)


 あゆむのそれは、なんら不思議なことではないでしょう。

 けれども、ピピは表情を曇らせ、言い難そうにワンピースを握りしめます。


「それは……」


(不味かったか)


 あゆむはそう思い、謝ろうとしますが、ピピはそれを察したように、

 あゆむの肩に両手を添え、あゆむの謝罪を遮ります。


 あゆむの肩からは冷んやりとした感触が伝わりますが、

 それは『彼女が霊である』こと以外にも理由が……悲しみがあるように、

 あゆむは考えました。


「言えないならいいんだ」

「ヒミ……」


「え?」


 あゆむは一瞬、聞き違いかと思いましたが、

 彼女は確かに『ヒミ』と言いました。

 あゆむにとって、その言葉の意味を探すのに、時間はかかりません。


「それが生前の名前?」

「わかりません。本名かもしれませんし、呼び名の一部かも」


 ピピは視線を落とします。しかし、それは嘘を付いている後ろめたさではなく、

 言いたくても思い出せない辛さだと、あゆむにはそう見えました。


「わかっているのは、ヒミという名と、

 わたくしはあのホテルで『死んだ』ということだけです」


 ピピはそこまで声を絞り出すように伝えると、

 あゆむはピピの肩を抱き、そっと目尻を拭います。


 かの廃ホテルで『死んだ』

 その意味が、その重さが伝わったあゆむは、それ以上は何も言わず、

 ただ黙ってピピの肩を抱きました。


 その日はこのまま静かに更け、次の日を迎えます。



 …………



 翌朝、ピピは普段通りあゆむを起こすと、

 そっと寄り添い、けれど手をぎゅっと握りしめます。


「ヒミ、それはわたくし達しか知らない『ヒミツ』の名ですよ……」


 静かに、あゆむにだけ聞こえるようにそう囁きかけて。


 ……と、そんな時あゆむのスマートフォンが鳴ります。

 ディスプレイには「三浦愛深」と出ています。

 彼女は、肝試しに一緒に行った、あゆむの後輩です。


「あ……」


 あゆむは一瞬ピピを見ると、彼女の目は赤く見開かれています。

 殺気すら感じる開きようです。


「生身の女……呪えばいいですか? 排水溝に髪を詰めましょうか?」

「それはやめて差し上げてください」


 ピピから溢れ出る黒いオーラを見なかったことにして、あゆむは通話をはじめます。


「なに?」


「歩せんぱーい! 『なに?』じゃないですって!

 ひな祭り一緒にって、愛深、言ったじゃないですか! 来てくれるんですよね!?」


「あ……いや……」


 あゆむはスピーカーモードにしてピピの顔を見ます。

 無表情で怖いです。


「名前で呼び合っているんですね……雛人形に取り付きましょうか……あはは」

「だからやめて差し上げろ」

「ふふふ……もちろん、みんなで行きますよね?」

「話聞け」


 呪う気満々にしか見えませんが……まあ、許可はしてくれたみたいです。


「……わかった。今から行くよ」

「待ってまーす」


 ここで通話は終わりますが……


「ピピ、頼むから呪いは……」


 あゆむは恐る恐るそうお願いするのですが――


「わたくしはあゆむ様と添い遂げる……添い遂げる……添い遂げる」


 まったく聞いちゃいません。


「……ヒミ、落ち着け」


 あゆむは仕方なく、そうぽつりと言うと、

 ピピの表情はパアッと一気に明るくなります。

 まるで憑き物が取れたみたいです。

 まああゆむが取り憑かれているんですが


「はい。いつものピピですよ」


(めんどくせー……)


 そんなことを一瞬、あゆむは思いましたが、

 二瞬後にはそんな思考はどこかに吹っ飛ぶぐらい、ピピの笑顔は輝いていました。


 …………


「なんの話してたのー?」


 と、ここでトリエルも目を覚ましたようです。

 するとピピは笑顔で……


「これからひな祭りに行くのです。トリエルさんも来ますよね?」

「いくいくー! お祭りー!」


 ピピは腹いせか、わざとトリエルを誘い、あゆむは深くため息を吐きます。


(……ホワイトデー……ちゃんとしないと殺されそう)


 あゆむはそんなことを考えつつも、トリエルとピピの優しい笑顔を見て、

「……まあいっか」で済ませ、愛深さんの家に向かいます。



 ――――



 小さな一軒家、三浦邸。


 あゆむがインターホンを押すと、すぐに駆け足の音が聞こえ、

「はーい、歩センパ……」と扉は勢いよく開けられますが、

 その勢いとは真反対のように愛深の顔はこわばります。


 ピピは、愛深さんに見せつけるようにあゆむの前へ出ると、

 耳まで口角が上がる怨霊スマイルで挨拶をします。


「はじめまして。ピピと申します」

「トリエルはトリエルだよー!!」

「一人で来て欲しいとは仰っていなかったので……」


 ピピは笑顔ですが、絶対に心は笑っていません。

 愛深さんは引きつった笑顔で「どうぞ……」と案内します。


 …………


 愛深さんに案内された先には、8畳程の和室に立派な三段雛が飾られています。



「あ……お雛様……」



 トリエルの目が、うっすらと茶色く輝き、彼女はゆっくりと歩き出します。


「よくおひな様なんて言葉知ってるな」


 あゆむは率直に疑問を投げかけます。

 お雛様など、トリエルは知らないはずなのです。


「え?」


 その時、トリエルの中で何かがフラッシュバックしました。

 セーターを着ている女性、目の前には雛人形。



 ──────────



「きれい……」

「今日は、3月3日でお雛様の日よ」


 子供机に飾られた二体の雛人形――男雛と女雛。


「ほら、この男雛と女雛はね? ずっと一緒にいるのよ。⬛︎⬛︎と一緒で、いつも笑顔で」


 小さな手を伸ばし、人形の袖に触れようとする自分が見えます。

 指先が近づくと、紅色の布地がわずかに揺れ、まるで春が訪れたかのように、

 ポカポカとした温かさが胸に広がります。


 外では優しい風がカーテンを再び揺らし、

 おもちゃ箱から溢れるクマやウサギが、静かに見守る中、

 セーターの女性は、小さな皿に雛あられを盛り、自分に差し出します。


「一緒に食べようね。今日は⬛︎⬛︎の健康と幸せを願う、特別な日だから」



 ──────────



「なんで……こんな……記憶」


 ここで、『トリエル』の目が赤く光ります。

 まるで何かのスイッチが切れたかのようです。


「……なんだっけ? まあいいやー!」


「やっぱなんかあるな」


 やはりトリエルは『彼女』に繋がる何かを秘めている。

 あゆむはその疑惑を強め、お雛様の目を見つめます。

 人形は何も言いませんが、その目はまるで言葉を発したいかのように、あゆむには見えました。


「私飲み物取ってきますね」

 ここで愛深さんがそう言って和室から退室すると、

 シルクハットに隠れて入っていたおばけ達が出現し、お雛様で遊びだします。


「ピピー!」「あゆむ様ー!」

「ぶちゅー!」


「ラブラブでゲスねえ」「青春ザマスよー!」

「てやんでい、てやんでい!」


「ええいやめい! ピピだって……」


 あゆむはそう言ってピピを見ます……が、

 ピピは恥ずかしくなるどころか、笑顔です。


「そんな……照れます」

「あははっ!! 面白いね!! トリエルもおひな様ごっこするー!!」

「あ……いつもの来る」


 あゆむは直感しますが、どうにも出来ず……

 ピン――とトリエルが力を送ると雛人形は赤いオーラをまとって動き出し……


「歩センパーイ、甘酒とって……ぎょえええー!!??」

「どう言い訳しよう……」とあゆむが頭を抱えていると、雛人形は愛深さんに寄ってきます。


「アイミー……アイミー……」「おいでー……おいでー……」


「ぎゃあああああ!!!」


 ホラーが大嫌いな愛深さんは、ふよふよと浮かぶ雛人形を見てここでノックアウト!!

 しかし、トリエルは止まらず。


「ここじゃ狭いよねー? みんなー外に出よー!」とさらに嫌な予感が…

 甘酒や雛あられなども連れ、トリエルは外に出ると、シルクハットを投げ捨て…


「Hello」


 さあ……ショータイム(天使の権能発動)だと言わんばかりに力を使い、空へと飛びます。


「ホホホホホ……さあ……皆の者、今日は無礼講じゃ、遊んでたもれ?」


「よいよい……さあ歌え、踊れ」

 とお雛様とお内裏様が周囲の雛人形に指示すると…



 ゴゴゴゴゴゴ………



「みんなーーーー!! 遊んで笑おーーーー!!」



 トリエルの声に導かれるように、どこからともなく大きな音が鳴り響き、

 周辺の家の雛人形が大集結!! これは恐怖映像ですよー!!


「妾も宴に入れてたもれー」

「ホッホッホ! 宴じゃ宴じゃあ!!」


 もう見分けがつかない状態に!!


「あははっ!! 面白いね!! じゃあみんなで歌おう!!」

「やめろ……やめろ」


 あゆむのその声が届くはずもなく、トリエルは大暴走!!


「明かりを点けましょ雪洞にー♪」

 その歌は「天使の歌声」となって、雛人形に天使の力を与えます。


 すると、歌声に合わせてお雛様の目がキラーンと光り、目からビーーーーーム!!!


 キュウゥゥゥン……ドドーン!!!


 遠くの山が赤く染まり、一瞬で山が巨大なじゃがいもになります。


「それは明かりじゃねえ! ボケがあ!」


「お花をあげましょ桃の花ー♪」


 さらに今度は、雛あられがミサイルとなって周囲に舞い、その軌道はまるで桃の花。

 それは着弾して大爆発! 

 周囲の家も巻き込んで砂糖でべちゃべちゃです!


「どこが桃の花じゃーーーー!! アホンダラーーーー!!」


「五人囃子に笛太鼓ー♪」


 ピュルルルルーッ! と今度はまるで、蛇使いの笛のようなメロディが鳴り響くと、

 その音に合わせて、蛇の姿になったおばけ達がダンスを踊ります。


 そこにおばけ達がお腹を叩くと、それが『ポポン』と、鼓のように鳴り響きます。


「今日は楽しいひな祭りーー♪」


 ここでお雛様が地上へ、ローリング目からビーーーーーーム!!


 地上がギュン…………ドゥゥゥゥゥゥゥゥン……!!(じゃがいも量産)


 雛あられミサイル一斉発射!! ドチュチュチュチューーーーン!!(砂糖まみれ)


 雛人形たちの絶叫……!


「ホーッホッホッホッホ」「ホーッホッホッホッホ」「ホーッホッホッホッホ」

「ホーッホッホッホッホ」「ホーッホッホッホッホ」「ホーッホッホッホッホ」


「ひな祭りって最高だね!」


 最後は満開の笑顔で『また来年もやろうね!』とトリエルにっこにこ!!


「どこがじゃあーー!!」


 最後は集合したお雛様達が

「さあ皆の者!! 派手に参ろうぞ!!」


 そう呼びかけて、『ジジジジジ』……とスパーク入り――


「おいバカやめろーー!!」


 ちゅどどどどどどーーーん!!


 周囲の家々を煙……いえ、綿あめまみれにし、もうそこは甘い地獄絵図です!


「来年もやりたいねー!」

「二度とやるかーーーー!!!!」



 ――――



 白い壁の小さな戸建ての一室。

 暗い部屋に、雨音だけが響いています。



 子供机には、小さな雛人形のお内裏様とお雛様だけが飾ってあり、

 暗くカーテンが閉められているその部屋と合わさって、不気味さすら覚えます。


 ホコリひとつなく整えられているのに、ここにいるべき誰かがいない。

 幸せの笑い声が響いていたはずの空間に、永遠の空白が広がる。



『笑み』で満ちていたはずのこの部屋には、今は『物だけ』があるのみです。


「……⬛︎⬛︎」


 母親と思しき、白いセーターを着た女性。

 彼女は、手に持った小さな木箱を開け、ポロポロと大粒の涙を流します。


 中に何があるのかまでは伺い知れません。

 しかし、『かけがえのない何か』が大事に収められている。それだけはわかります。


 やがて耐えられなくなったのか、その場でしゃがみこみ、

  木箱を大事そうに胸に抱きながら、うずくまってしまいます。


 抱きしめるその腕に、取り戻せない温もりを求めているかのようです。

 暗い部屋の中で、彼女の嗚咽だけがこだまし、 悲しみが広がります。



 …………



 ――――



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