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七話「雪と天使」

雪。


雪という気象現象がこの地球上には存在します。


「雪」で検索致しますと……


雪とは、雲の中の水蒸気が冷えて凍り、成長した氷の結晶が地上に降ってくる白いもの、


またはそれが積もった状態を指し、気温や湿度によって結晶の形や状態が変わる自然現象です。

主に水からできており、降り積もって「積雪」となります。


およそこのような答えを得ることができるでしょう。

また日本という国においては「ゆき」という名前の女性も多く存在し、


その一例として、由紀、友紀などと記載いたしますが、そのルーツは紛れもなく「雪」であり、

「雪」は日本にとってある意味、切っても切り離せない、そんな存在であると言えるでしょう。


例えるならば、それはこたつの上のみかん、あるいはイチゴにとっての練乳であると言えるでしょう。

と、言うことで今回はそんな「雪」に関するお話です。


どうぞお楽しみください。


 霧に覆われた儚い彩りの記憶の世界、夢。


 白い(モヤ)と厚ガラスを通したような視界。

 周囲には種類までは特定出来ませんが、複数の遊具が確認でき、

 辛うじてここが公園であると判断出来ます。


「■■ちゃん⋯⋯来ないな」

(俺だ⋯⋯誰を待ってたんだっけ)


 夢の中のあゆむ少年は、ある人物を待っているようです。

 しかし、遊具は既に橙色に輝き、今の時刻が夕暮れであると判別出来ます。


(兄貴⋯⋯いや違う⋯⋯あの子か)


 あゆむ少年は『彼女』を待っていました。

 手にはラッピングがされたクッキーが握られ、

 彼女への贈り物のようです。


(何をあげようとしたんだっけ⋯⋯ホワイトデー?)


 しかし、彼女は来ることはなく、遊具が青く染まり、

 あゆむ少年は泣きべそをかき帰っていきます。


 ⋯⋯⋯⋯


 それ以来、あゆむ少年は彼女を見ることはなく、

 やがて彼女のことを忘れるようになります。


(なんで⋯⋯来てくれなかったんだよ)


 その答えを得られるはずもなく、世界は暗転します。

 ⋯⋯しかし夢はまだ終わりません。

 今度は別の誰かの夢が、静かに始まります。


 ⋯⋯⋯⋯


 無機質な蛍光灯と白い天井が広がり、『夢の主の誰か』の意識から、

 その輪郭は酷くぼやけ、色もありません。


(病院⋯⋯?)


 点滴のチューブのような管が、時折視界に入ります。

 景色の輪郭、その上部に黒い靄がかかり、

 それはまるで『夢の主』の当時の心境、あるいは病室という場所への拒否感。

 それらを反映しているかのようです。


 ガラン――そんな音が響き、景色の中央にだけ薄く色が着きます。

 そこに立っているのはセーターを着た『彼女』です。


(……笑わなきゃ……笑顔を作らなきゃ……)


 夢の中の誰かが、懸命に笑顔を作ろうとしています。

 なぜそうしているのか、理由はわかりません。

 ただ……笑わなければという想いだけが、伝わってきます。


 切り裂かれるような胸の痛みが伝わりますが、

 それは『誰が』感じているものなのか、それを判断することは出来ません。


 ただ一つ言えるのは、『両者』も『表面は』笑っている――

 これだけです。


「…………」


 彼女は『誰か』に何かを語っているようですが、

『誰か』は痛みに耐えるのに必死で、内容まではわかりません。


 彼女もそれがわかるのでしょう。

 次第にその表情が曇りますが、その度に『誰か』は『笑おう』とします。


(笑うの……笑顔を作るの……)


『あなたの笑みが、大好きよ』


『誰か』の心に、彼女の言葉が何度も木霊します。


(笑わ……ないと……)


 ここでまぶたが赤くなり、夢が終わります。



 ――――



 ピンポンパンポーン。



 《以下、ぶりっ子的な女の声で》


 突然ですが、お知らせがございます!


 普段より、ナレーションを担当しているハゲですが、

 この度『バレンタインで負けた』ため、本回は病欠となりました。


 よって、本回のみではございますがーー、

 わたし、ナレ子が21歳が担当させていただきます。


(クソが!! なんでハゲのハゲ拭いなんだよ!!

 今日は推しのライブなんだよ!! あークソクソ!! クソ!!!!)





 時刻は深夜2時。


 俗に言う草木も眠る丑三つ時。

 壁に掛けられたオルゴール付きの時計の針。


 その針音が明確に聞こえるほど、

 あゆむの部屋はしんと静まり返り、夜の静寂に包まれております。


 普段は空飛ぶ暴走トラックことトリエルちゃん。

 彼女もソファで「スウ……スウ……」とアンポンタンを抱っこしながら寝ており、

 その様は昼間の騒がしさとは真逆です。


「わー! 面白そう!」 という時のトリエルの笑顔はさながら――

『殴りたい! この笑顔!』でしょうが、


 ぬいぐるみのようにコミカルなおばけをぎゅっと抱き、

 スヤスヤと笑うように寝ているこの寝顔は――


『守りたい、この笑顔』です。

 かわいー!


 きっとこの二つが同居する天真爛漫さこそが彼女の最大の魅力であり、


 これがあるからこそ、普段どれだけ暴れても、

 なんだかんだで許してしまうのでしょう。

 あるいはそこにはもう一人の『彼女』の存在もあるやもしれません。


「………」


 ピピはいつものように、あゆむの髪を優しく撫で、

 寄り添うようにギリギリまでその霊体を寄せています。


 そして時折そっと抜き、ビンに保管します。


(あゆむ様の髪と爪も、だいぶ集まりました……)


 あゆむが起きている時は、

 彼女はここまで近寄ってくることは決してありません。

 しかし、誰にも見られず、

 そして邪魔されないこの時だけは彼女は大胆になります。


 あのバレンタインデー以降、彼女はあゆむに対してさり気なく見せる好意、

 すなわちアプローチが増えました。


 あゆむが出掛ける際は必ず背中にそっと触れるようになり――


(マーキング終わりました……生身は呪う。生身は呪う。生身は呪う)


 ……朝食はあゆむだけ「少し」豪華になりました。


 例えば今朝、トリエルはトーストにハムエッグでしたが、

 あゆむには追加のベーコンがこっそり裏に付くようになりました。


(スパイスはわたくしの霊気です……)


 …………そして今は、あゆむの手に人差し指でそっと触れ、

 その頬は一足早い桜色に染まり、

 顔をあゆむの寝顔に近づけると、

 彼女の頬は春から秋に一気に飛び、今は紅葉のように真っ赤です。


「あゆむ様の匂い……」


 ピピは寝ているあゆむに寄り添うように浮かぶと、

 そっと手のひらであゆむの顔を撫でます。


 その顔は首筋にあり、見る見るうちに彼女の顔が、

 まるで生きている人間かのように赤く鮮やかになっていきます。


「あゆむ様の匂いだけで、溶けてしまいそうです……」


(ふふふ……誰にも邪魔なんてさせない……)


 そうして彼女は、あゆむ君の首筋に手を⋯⋯

 やるの……!? やっちゃうの!?


「あゆむ様……添い遂げ(一緒に逝き)ましょう⋯⋯」


 ⋯⋯彼女がそう呟いて、首に手をかけた時でした……


 スカーン!


「えへへ……おばけみさいるー」


 どうやらトリエルが夢の中で遊んでいるらしく、アンポンタンを壁にシュート!

 それがボヨンボヨンと跳弾となって彼女の後頭部に直撃したようです。


「……おのれー」


 一瞬彼女から怨霊時代を思わせる黒いオーラが出ましたが、

 ピピはアンポンタンに軽くチョップをキメると、

 それをトリエルに戻し、その桜色の髪をそっと撫でました。


「雪……」


 ふと窓を見ると外は雪化粧を始めていました。


「素敵です……」


 ピピはスウッと窓際まで移動すると静かに雪を見つめました。


「今朝はおしるこが良さそうですね」


 そう言うと彼女は気恥ずかしくなったのか、

 黙ってあゆむの顔をそばでそっと見守ることにしました。


「どうしてこうも、胸が熱くなるのでしょうか……」


 あゆむを見つめる、ピピのそんな声だけが部屋には響きます。


 ――――


「今日はおしるこを作ってみました」


 ゆっくりと、ピピがテーブルにおしるこを並べます。

 時刻は7時を過ぎ、外では完全に雪が積もっています。


 あゆむはトリエルと向かい合うように小さなテーブルへ腰掛け、

 部屋の奥、隅っこでは線香が焚かれおばけ達が集まっています。


 これが普段のあゆむの家の食事風景です。


「いただきまーす!」


 天界にはない食べ物だったのでしょう。

 トリエルはむしゃごく! むしゃごく! 

 といういつもの爆速でおしるこを食べ進めます。


「美味しいー!」


 しかし、そんなペースで食べると……


「おいおい、喉につかえるぞ?」

「ふへへ、らいじょうー……ぶぅ!!」

「ほら、言わんこっちゃない……」


 見事なタイミングでおもちがつかえたようですね。

 すかさずピピが背中をポンと叩くと、

 トリエルはそれを何とか呑みこみます。


「ゲッホゲッホ」

「慌てるからですよ……食べ物は逃げませんから」


 ピピがそういった時です。

 トリエルが咳をした際、天使の吐息があゆむのお餅にかかると、いやーな予感。

 彼女の権能が発動しちゃったようで、赤い目が不気味に輝きます。


「hello」


 しばらくし、おもちが喋りだしました。何故か英語で。

 外国産のもち米使ってるんですかねー?


「黙らっしゃい。食うからな」


 ガブ――しかし餅は抵抗を見せます。


「Nooooooooooooo……」


 びよーーーーーん! とのびちゃいまーーーーす!


「あはは! 面白そう! びよーーん!」


(あ……これはマズイやつだ)


 あゆむの直感は当たりました。

 トリエルはお持ちの袋に指でピン! と力を送ると……

 ムクムクムクッ! とおもち達は大きくなりだし、意識を持ちます。


「てやんでえ! そんなんで餅って言えるかい! 

 餅ならもっと伸びて、餅道を貫いてみせろい!!」


 何故か江戸っ子口調の餅親分? が声をかけると、

 あゆむが食べてる餅はハッパをかけられたのか、


「here we go」と叫び、尻尾(?)であゆむの顎をパチーン!


「そうだ! それが餅道でい!」


 これには餅親分もさらにハッパをかけます。


「hey go home」


「やかましい! ここが俺の家じゃい! 

 餅の分際で! 人間様をなめるなよ!」


 あゆむが箸で餅を掴むと餅は箸にグルグルと巻き付き……

「yeah」とその箸を持ち上げグサリ!


「ふが!」


 あゆむはバランスを崩し、そのまま後ろから床にすってんころりん。


「よくやった! それでこそ俺の弟子でい!」


 さらに餅親分が、あゆむにヒップ(?)アタック!


「boss」

「弟子ー!!」


 彼らは抱き合い、

 その上からアンポンタンがケラケラと尻尾でペチペチとあゆむを叩くのでした。


「………うぬら、まとめて胃袋(地獄の釜)行きにしてくれる……」


「かっこ悪いでゲスねー」「それではモテないザマスよー」「てやんでい、てやんでい」


「やかましいわい……!」



 …………



 あゆむと餅の壮絶な(?)戦いは辛うじて、

 トリエルの力が切れたことで、あゆむの勝利で終わります。


 あゆむがその余韻に浸っているとき、トリエルが外を見ます。


「ねえ、外スゴいよ! まるで一面お餅みたい!」



 あゆむは一抹の……いえ、百抹の不安を覚えますが、

「ふふっ。トリエルさんらしいですね」

 このピピの可憐な笑顔を見てしまい……ぐらりと揺らいじゃいました。


「外に出てみるか?」と、そう自ら地獄に片足を突っ込みます。

「いくいくー!!」


 これにはトリエルは大喜びで、

 おばけ達を連れて外の広場を飛び回ります。

 この時のトリエルの笑顔は眩しすぎて、

 あゆむはただ目を細めるしかありませんでした。


 小さな翼を持った無垢な天使が桜色の笑みで広場を駆け回る。

 その様子はまるで地上の楽園です。

 この笑顔だけであれば、どれほど癒されるでしょう。


「みんなー! トリエルと雪だるま作ろー!」


 トリエルがそう「にぱあっ」と笑うと、

 おばけ達は飛び跳ねて「はーい」とやる気満々です。


「グルグルグルー」とトリエルは飛びながら雪玉をグルグル……おばけ達も続きます。


「あははっ!!  雪って楽しいね!!」


「トリエルさん、もっと大きくしましょう」とおばけが言えば。

「やろやろー」とトリエルも乗り気です。



 一方、あゆむは……

 そんなトリエルの『眩しい笑顔』を見守りつつ、

 雪をじっと見つめているピピに視線を流します。


 あゆむはピピを呼んで、「かまくらでも作らないか?」と誘います。



 彼女は、白い雪のような頬を赤く染め上げて、黙ってうなずきます。

 その後でピピが髪の毛をそっとかきあげますと――

 ふわり……

 森の香りがあゆむの鼻腔まで届き、

 ヒンヤリとした外の空気とは対照的に、その胸が熱くなるのを感じます。


 …………


「ふう………出来たな」

「……はい」


 そういうとあゆむ達はどちらからともなく

 出来上がったかまくらの中に入ると、

 互いに見つめ合います。


 狭い空間内では森の香りが広がり、

 まるで雪山で遭難中、かまくらの中で救助を待つ二人のようです。


 外からは遮断され、あゆむ達はそっと手を伸ばす……のですが――


 ズドーン!


「てやんでい、てやんでい……」


 どうやら、アンポンタンがゲザイトリオと遊ぶなか、

 石頭のてやんでいを飛ばしたようです。


 その衝撃でかまくらは木っ端微塵。

 外ではアンポンタンがしてやったり。


(わざとだな……)

(ナスビが……呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う)


 ピピから黒いオーラが溢れ、怨霊モードを発動しようとした、その時でした。

 それが魔法のように一瞬で消え、ピピがキョトンと青い目を輝かせます。


(わたくし……何を)


「大丈夫?」


 その声と共に桜の香りが漂い、眼前に現れたのは『彼女』でした。


(もう一人の……)


 刹那、あゆむの胸が沸騰するように脈打ち、視線が彼女に固定されます。

 彼女はピピを一瞬見つめると、あゆむにニコリと『桜色の微笑み』を向けます。


「一緒に笑お?」


 ――その笑みだけで十分でした。


「……雪合戦でもするか」

「うん……!」

「負けませんよ!」


 あゆむ達はその後、部屋のみんなで雪合戦を楽しみ、

 冬の思い出を『笑顔』で作るのでした。


 ――――


「楽しかったね⋯⋯あゆむ君」


 その夜、トリエルはあゆむの枕元に、雪だるまをそっと置きました。

 彼女の目は窓から漏れる月明かりで、茶色く神秘的に輝いていました。


「……今度は、今度こそは……天国になんて……」


 ⋯⋯


「天国なんて……必要ないよ」



 …………



 ――――


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