六話「バレンタインチョコは何味がお好き?」
2月14日という日が存在します。
この2月14日という日だけ見れば、それはただの2月14日であり、なんら特別な意味を持ちません。
2月の中に存在するただの14日なのです。
そういう意味では、この2月14日という日は、
4年に一度しかないうるう年に比べれば、大した価値はないでしょう。
所詮はただの14日です。
29日様の足元にも及ばぬ存在です。
しかし、ここにイベントという価値が付与されるとどうでしょうか。
それも「告白」というイベントです。
そう、2月14日の真の姿、それはバレンタインデーです。
そのルーツは、聖人バレンタインが殉教した日であるとされ、
後にチョコレート会社が仕掛けた広告や百貨店のセールがきっかけで、
「女性から男性にチョコレートを贈る」という独自の告白文化が広まりました。
そう考えると、人が死んだ日によくもまあ愛の告白ができるものだと、そう思えなくもないですが、
その理屈ですと、他のイベントでも大抵どなたかが亡くなっているわけで、
ことさらバレンタインデーだけを責めるのは、いささかアンフェアであると言えるでしょう。
…………
などと擁護はしません。
彼女、バレンタインさんはみんなの人気者です。
しかし、彼女は超面食いです。
彼女が開催するイベントは、一部の「イケメン」と呼ばれる人しか参加を許されません。
しかもそんな彼女を真似て、ホワイトデーなる陰キャ君まで出現する始末。
けれども最近のバレンタインさんは承認欲求に疲れたのか、
「バレンタイン疲れ」なる言葉も生み出しました。
やめませんか? バレンタイン。
というわけでございまして、今回はそんなバレンタインデーでのお話です。
どうぞ、お楽しみください。
――――
シィィィ………
…………
シィィィ………
その音は例えるならば、コンクリートの上を滑る靴の様な、あるいは雪の上を滑るスキーの様な、
そんな聞きなれない何かを擦るような音です。
低い音であまり心地よくない音。
「……ん……」
その音であなたは目を覚ましました。
ふと枕元のスマートフォンを探します。
――深夜4時。
周囲はまだ暗く、その音はなおも続きます。
「なんだ……」
あなたは音の出る方向を寝転がったまま探ります。
シィィィィ…………
どうやらその音は部屋の外から聞こえるようです。
ベッドから降りるとその音のする方へと向かいます。
ギ……ギ……という床の音がしんと静まり返った部屋の中、
まるでその得体の知れぬ音への不安や恐怖を煽るように、あなたの耳へとその音を運びます。
……ゴクリ。
あなたは息を呑むと部屋とキッチンを仕切るカーテンに手をかけ、それを開けます。
そこに居たのは青白く光る女。
目を赤く光らせ、包丁を研いでいます。
そして………
「ああ……いらしたのですね……」
その女は腰を逆L字に直角に曲げ、首をギギギ……と、あなたの方へと向けます。
生気のない、その顔を。
「いや怖えーよ! ピピ!」
「す、すみません……怨霊時代の癖が出てしまったようです」
「どんな癖じゃい!!」
「ええと……霊なので、夜はあなたの寝顔を見ることぐらいしか、やることがなくて……あ」
ピピの突然の告白にあなたはドキリとします。
霊である彼女は睡眠を必要としない。
したがって眠らない。夜は基本やることがない。
その理屈は理解できました。
けど、ここであなたは一つの違和感を抱きます。
「え……でも他のおばけは寝てるよね?」
そう、トリエルによって生み出されたオタマジャクシおばけ達、彼らは今グースカと寝ています。
それはあなたの宿敵であるアンポンタンとて変わりません。
「彼らはトリエル様の権能が生み出したもので、トリエル様に近い存在なのです」
その説明にあなたはなるほどとうなずきますが、ここでも違和感が。
「じゃあピピは?」
「わたくしは……浄化された怨霊なので、作り替えられた彼らとは異なりますね」
ピピは少し言いにくそうにそう言うと、包丁をキッチンの棚にしまいます。
ここであなたは先程の話を思い出します。
少し言いにくそうに、部屋を見渡しながら、けれども興味を隠しきれない……そんな様子で。
「それで……俺の寝顔を……?」
ふとピピの顔を見ると、青く光る彼女の頬は赤く染っています。
ピピはスカートの裾をギュ……と掴み、微かに一言
「はい……」とその風鈴の様な済んだ声で答えます。
…………
キッチンにはピピの霊体が発する森の香りが広がり、二人を包みます。
あなたはそっとピピのもとへ歩み寄り、彼女へ手を伸ばした時です。
むにゅ……そんな柔らかい感触。そして眼前には顔を真っ赤にしたピピの顔…………をしたアンポンタンが。
「いやーん!」
「えっちーん!」
「あなたーん!」
「おのれらー!」
あなたはキッチンへ手を伸ばすと塩を掴み取ります。
「喰らえー!」そう叫び、塩を投げつけようとしますが……
「うるうる……」
「やめて……あなた」
「ピピは……あなたを」
それがアンポンタンだとわかっていても顔はピピ。
あなたはどうしても攻撃ができず……
スコーン!!
バットに変化したアッチがタンタを打ちホームラン!
あなたの顔面へ気持ちのいいほどにクリーンヒット!
「大丈夫ですか!?」
仰向けに倒れ込むあなたへ近寄り、膝枕をするピピに優しく介抱されながら、あなたは……
「アイツら絶対除霊する……」と、そう改めて心に固く誓うのでした。
――3時間後――
「行ってらっしゃいませ」
そう言って、ピピはあなたにお弁当を持たせると、いつものようにスカートを広げ軽くお辞儀をします。
「遊びに行くのー?」
トリエルは呑気にコーラ片手に近寄ってきます。
着いてくるき満々です。
「仕事じゃい! 着いてくるなよ、さすがに」
「なーんだ」
少し寂しそうにするトリエルに少し心が痛みますが、
仕事なので仕方がありません。
何せ消費が増えたのです。
今やあなたの家は7畳という空間に設けられたおばけ動物園。
維持費は馬鹿にならず、空飛ぶトラブルメーカーことトリエルは大食いです。
他には|アンポンタン《アッチ、ポンポ、タンタ》を始めとするおばけ達のお線香代、とりわけピピは実はかなりグルメで、
お線香の中でも特別高価な千日香を好物としております。
他にも果物(の香り)や甘いもの(の香り)を食べるのですが、霊体歴の長さか、年々お線香が美味しく感じるのだとか。
およそ生者にはピンと来ないでしょうが、歳をとるとアンコが美味しく感じるとか、
年々さっぱりしたものが美味しく感じると言えば、伝わる方も多いのではないでしょうか。
おそらく、そんな感覚です。
「じゃあ行ってくるよ」
「はい……お待ちしております」
「またねー」
ピピそう顔をほんのりと赤く染めて、あなたをそっと見送りました。
トリエルはちょっと寂しそうに手を振っていますが、すぐに笑顔に変わります。
まるで魔法が掛かったかのようです。
――――
自宅から自転車で15分ほど移動した先にある小さな本屋。
そこはあなたの職場です。
あなたはロッカーでエプロンを身に付け、ピピが作ってくれたお弁当をしまうと、
開店前の小休憩を女性の同僚と済ませます。
「そう言えば最近君、引っ越した?」
「え? なんで?」
あなたはなんでそんな話が? と思いましたが、その理由はすぐにわかりました。
「だって最近お線香の匂いが結構するし、おばあちゃんの家にでも引っ越したのかなって」
「ああ……色々あるんだ」
あなたがそう言って苦笑いすると、同僚は「そっか」とそれ以上は聞きませんでした。
――まさか、おばけ動物園で奴らの食事が線香だなんて言えないよなあ……
あなたはそんなことを考えながら、
密かにお弁当を楽しみにするのでした。
…………
お昼休み、あなたは「休憩お先です」と同僚の一人に声をかけると、スタスタとロッカーへ。
そこでピピが作ってくれたお弁当を取り出すと、内心ウキウキしながら休憩室に行きます。
と、そこには先に休憩を取っていた女性店員さんがいますね。
目が合うと彼女はあなたのお弁当に目がいきます。
「あれ? たしか昼は買っていたよね?」
「いや……それが」と、あなたは頬をポリポリ。
そこで女性店員さんはピキーンときます。
「ははーん……お母さんかー」
「そこは彼女だろ!!」とあなたはつい癖でツッコミ。しかし、それが策略でした。
「やっぱり彼女なんだー。普通に聞いても絶対はぐらかすもんねー」
――く……やられた。
あなたは拳を握り、はあ……とため息を吐きます。
「いや……そんなんじゃないよ」
「またそうやってー、で、ホントはどうなの?」
「まあ……仲はいいですよ……」と照れるあなたに女性店員さんはニッコリ。
「初々しいー、で、中身はなんなの?」
彼女は興味ありげにお弁当をのぞき込みます。
そこにはあなたの好物である唐揚げ、コロッケ、ミニハンバーグがズラリ。
ミニトマトやブロッコリーもありますね。
そして……
「ご飯にハートあるじゃん! かわいいー!」
ご飯には中央に「あなたへ」とピンクのハートマークのデコレーションが。
しかし、ここであなたの危機管理センサーが働きます。
――本当にピピがやったデコか?
あなたはピピという霊がどういう霊か知っています。
彼女は愛情深いですが、基本的に恥ずかしがり屋で、
このような直接的なアプローチは「やらない」のです。
彼女がやるのは大抵「目立たない」アプローチ。
例えば昨日の夕食はハンバーグでしたが、あなたのものだけ中に密かにチーズが入っていました。
今日のお弁当にしてもそうです。
ミニトマトなどの最低限の「隙間埋め」野菜は入れますが、中は基本あなたの好物だけ。
そういうアプローチをする霊なのです。彼女は。
ハートで「あなたへ」の文字入りはいかにも「怪しい」
しかし、このお弁当はピピから直接受け取っています。
あなたは一抹の不安を抱えながらも、そのハートを口にします。
「ごっふぇ!!」
……辛い! この辛さは塩ではなく、唐辛子です。
ピピが間違えたという説はあなたの中で消えました。
――アンポンタンだ……
アンポンタンをはじめ、低級の霊は塩に触れません。
トリエルの権能により多少の耐性はあるものの、基本触ればダメージを受けるのです。
言い換えれば、塩でなければ細工が可能なのです。
「そんな慌てなくても、彼女気持ちは逃げないってー」
女性店員さんは優しく笑いますが、あなたからは乾いた笑いが出てきます。
「そ、そうだね……」
「……覚えてろ……帰ったら地獄送りだ」
あなたはそう誓うのでした。
なお唐辛子ハート以外はべらぼうに美味しかったそうです。
「なおさら許せん……!」
――――
アンポンタンへの怒りも冷めやらぬ帰り道、
時刻は夕方17時。バレンタインデーの冷たい風は身に染みる……わけではないようで……
「チョコかあ……」
どうやら、彼女からチョコが貰えるか否か、あなたの意識はそちらに向いているようです。
「イチゴ味かなあ……ホワイトもいいなあ……いやいや……でも、さすがに」
なんてことを考えていると自宅近くのスーパーが視界に入り……
「買い物でもするか」
そう言ってあなたは軽く買い物を済ませて帰宅します。
――――
「ただいまー」
あなたのその声に超特大台風がダッシュで……はなく、歩いて接近。
これにはあなたもちょっと拍子抜けです。
あなたは、微妙に照れくさそうに、
トリエル用に買ったアソートのチョコレートを渡します。
「ほら。食べるだろ? やるよ」
「いいの……?」
普段のトリエルなら「やったー!」とバンザイで大喜びですが、なぜか今日は控えめです。
「嬉しい……」
そう言うと、トリエルは大事そうに、そのチョコレートの袋を、茶色い目を輝かせて抱きしめます。
普段のトリエルはすごく幼い心象ですが、
今の彼女は見た目通りの16歳程度の少女に見え、あなたも少し、ドキリとします。
そんなトリエルは袋を開けると、チョコレートを一つ、あなたに差し出します。
「一緒に食べよう?」
「え??」
普段なら絶対しないその行動に、あなたは熱でもあるのかと、思わず彼女の額を触ります。
すると……
「なんか熱いな。大丈夫か?」
トリエルの頬は赤く、上目遣いであなたを見つめてきます。熱があるのでしょうか?
「大丈夫だよ……風邪じゃないから」
そう言ってなおもチョコレートを差し出してきます。
仕方ないのであなたはそれを受け取ると、その場で口に入れると、彼女も続きます。
「えへへ……美味しいね」
この時の彼女の茶色い目の輝きはあなたの心を震わせました。
トリエルとのそんなやり取りに、あなたは一瞬揺らぎますが、
すぐにその奥、ピピの方へ視線を向けます。
……ピピは何かを感じたのでしょうか、あなたのもとへスゥゥゥッと移動すると……
「……女の匂いがします」
あなたは「へ?」と軽い声を出しますが、ピピの目は赤く、大きく見開かれています。
「若い女と会ってましたね……?」
とても普段のピピとは思えない冷たく低い声であなたに囁きます。
「あ……いや……同僚で」
あなたは素直に説明しますが、ピピの迫力に気圧されて、何故かしどろもどろに。
そして、それが余計にピピを刺激したようで……
「所詮あなたも生者なんですね……そうやって、生身に逃げるんですね……」
ピピの霊体からは黒いオーラが出て、あなたを包み込むように覆います。
その温度は極寒の冬に素肌で放り出されたかのように寒く、命の危険を感じるほどです。
「|ちがうちはうちがう!!《違う違う違う》 ……昼に《《弁当》》を見せたら興味を出して寄ってきたんだよ!」
…………
「そうだったんですね……みません。わたくしったら」
どうやら正解だったようです。
弁当を見せる=生身に《《自分》》をアピールする。
そう受け取ったようです。
「生きた心地がせんかった……」
「……わたしも構って欲しいな」
そんな台詞が後ろから聞こえた気がして、あなたは振り返りますが、
トリエルは赤い目でポケーっとしています。
「気のせいか」
「お? 浮気か!?」
「三角関係か!? 夫婦喧嘩か!?」
「よ! ヤンデレ!」
どこでそんな言葉を覚えたのか、アンポンタンがあなたを煽るように頭上をクルクルと回ります。
「おのれ!」とあなたは手を回しますが。それで捕まる彼らアンポンタンなはずもなく……
「浮気者ー!」とピピの顔になったアッチがポンポをあなたにぶん投げて……
スコーン!! ……とはヒットせず、あなたはあるものでそれを防ぎます。
「ふははは!! 何度も同じ手を食らう俺ではないわ!! 見よ!! 塩チョコじゃあ!!」
じゃじゃーん!!
そう、あなたはスーパーで色々買っておいたのです。
そこには対アンポンタン用の最終兵器も含まれます。
「卑怯者ー!」
「浮気者ー!」
「薄情者ー!」
と攻撃が珍しく失敗したアンポンタンはあなたを罵倒しますが、今のあなたにそれは潤滑油です。
「やかましい!! 積もり積もった恨み、今日こそ晴らしてくれるわぁ!!
喰らえぃ!! 俺からのバレンタインじゃあ!!」
ポーンと投げられたそのチョコはアンポンタンにヒット!
彼らはダメージを受けますが、時と場所が悪かったようで……
「チョコパやるのー!? トリエルも入れてー!!」
とここで赤い目を輝かせた特大台風参戦!
トリエルはチョコをポーンを投げるとシルクハットもぽーい!
「Hello」と、いつものように天使の輪が出現!
「あ……ヤバいやつだ」とあなたは身構えますが、それで防げる訳もなく……天使の権能発動!!
ピカーン! と輪っかが光り、チョコが小さなおばけに大変身!
ゴゴゴゴゴゴゴ……
「yeah!!!!」
「さあみんなー、トリエルからの笑顔のチョコプレゼントだよー!」とおばけをあなたに突撃させます。
ベチャベチャベチャ!!
「やめろー! 掃除が大変になるー!!」
しかしもう「そんなの関係ねえ!」のオッパッピー状態!
小さなチョコレートおばけ達はあっちこっちでイタズラし放題!
家具や床がドロッドロです!
「やめろっちゅうに!! ぐへあ!!」
とここでトリエルのチョコチョコミサイルがあなたに直撃!
思った以上に固くて威力のあるそれにあなたはどてーん!!
さらにアンポンタンがチョコパイを持ってあなたにぶん投げてべちゃー!!
顔やらお腹やら頭やらがチョコだらけ!!
「甘い愛を受け取ってーん!」
「いらんわー!!」
「あははっ! バレンタインって楽しいね!」
「もうチョコはこりごりじゃあー!!」
ゴーーーーン!!
最後は超特大のハートチョコレートがあなたの頭に直撃し、そこでノックダウン!
アンポンタンに顔ペチペチされるのでした。
「あははっ!! バレンタインってみんな笑顔で楽しいね!!」
「笑顔なのは……おのれだけじゃあ……がくっ」
「バーカバーカ」
「お尻ペンペンー」
「お前の父ちゃん足臭せー」
遠のく意識の中、あなたは彼らアンポンタンに、
「……貴様ら絶ッ対に屠る」と、
そう何度目かはもう分からない誓いを立てるのでした。
――――
その夜。
…………
「……」
ピピは寝息をたてるあなたに近づくとそうっと、髪を優しく撫でて……
スゥッと枕の下に綺麗にラッピングした星型の手作りチョコレートを入れるのでした。
「……ハートは恥ずかしすぎました……」
…………
翌朝、あなたが目を覚ますとピピのチョコレートの上に、
あなたがあげたアソートチョコレートがいくつか置かれていました。
「ありがとうな……」
二人からの贈り物が嬉しくてこそばゆく、あなたは頭をかいてごまかしました。
――――
次回!
「雪だ! トリエルだ! 大災害だ!」




