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五話「節分の再開」

2月3日、この日は「立春」とされ、暦の上ではこの日より「春である」ということになります。

しかし現実ではどうかというと、「春が立つ」どころか「春がまだ寝てる」状態であり、

寝春と言ってもあながちよいのではないでしょうか。


というかもう、完全にグースカ寝てますよね? 奴……いや、彼は。


事実、冬はまだまだ本番真っ盛り。

冬将軍様は退却なさるどころか大暴れ将軍と化しているでしょう。


ところで、この2月3日は何の日かご存知でしょうか?

誰かの誕生日? 確かに、そういう人もいるでしょうが。

もっと大きなイベントがあります。


答えは節分です。


ところで、最近は節分といえば豆を撒かず恵方巻きを食べますね?

豆を撒かなくなった背景としましては、やはり食品ロス、この影響が大きいとされております。


ちなみにですが、この恵方巻き。

なんで恵方巻きと呼ぶか、ご存知ですか?


…………


むかーしむかし、あるところに、「吉方」というお坊さんがおったそうじゃ……

この吉方、それは大層食いしん坊な坊主だったそうで、

いつも檀家を回ってはなにか食い物をねだっておったそうじゃ。


「腹が減っただよー。恵んでけろー」

「吉方さん、朝飯はさっき食っただろー」


「全然足りねーだよー。ワシは海苔巻きが食いてーだ」


このように吉方坊主は食い物の種類まで指定する坊主であった。

しかし吉方はなぜか村人からは好かれておったそうじゃ。


吉方に食い物を恵んだ家は、しばらく吉に恵まれたそうな。

そこで村人は考えたのじゃ。


「よーし! んだば、しょうがねえだ。

吉方さんのために大きな海苔巻き作ったらー」

こうして出来た大きな海苔巻きに吉方坊主は大喜び。


「かたじけねえだー」


なんとその年は村人全員が疫病から守られたそうな。

こうして吉方坊主の恵にあやかろうと、いつの日かそれは

「恵方巻き」と呼ばれることになったのじゃ……


めでたし、めでたし。


まあ、全部デタラメなんですが。

さて、今回は、その「節分」に関するお話です。


どうぞお楽しみください。

 雲の上の小さな楽園、天界。


 大理石の床を、音を立てながら歩く一柱の天使。


 長い銀髪を靡かせるは、

 三大天使の一角にして、風の大天使ガブリエル様です。

 天使の年齢を推察するのは不躾(ぶしつけ)でしょうが、見た目は20代半ば。


 黄緑色の衣を纏い、背中には二枚の大きな銀色の翼。

 その凛々しい姿は、例えるならば『銀の風』


 どうやら彼女は、奥に見える大きな扉を目指しておいでのご様子。


「どこへ行くつもりだ?  ガブリエル」


 突如、虚空よりその様な声が廊下内に響き渡ると、

 ガブリエル様の眼前に一つの大きな火柱が立ち上ります。


 それは、瞬く間に四翼の大天使ウリエル様へと形を変えます。

 ウリエル様は三大天使の同じく一角であり、炎を司る大天使。

 そして、神様と自由に謁見出来る序列二位の天使でもあります。


 ガシィィン――という音が響くと、

 ガブリエル様の胸元には赤い刃が向けられます。

 それは、ガブリエル様の行く手を阻むように、一文字に伸ばされます。


「その剣を収めてください。ウリエル。わたくしには納得ができないのです」

「納得?」


 ウリエル様は眉をひそめ――

「貴女が納得するかなど関係ない」とでも言いたそうな表情(かお)です。


「とぼけないでください。トリエルのことです! 

 堕天などと、いくらなんでもやりすぎです!」


 ウリエル様は首を横に振られますと、その剣からは炎が伝り、熱を帯びます。

 しかし、ガブリエル様も胸に手を当て、退かぬご様子。


「とぼけてなどいない。貴女には関係がないことなのだから」

「関係あります! トリエルの保護と教育を命じられたのはわたくしです!」


「その貴女の教育が甘かったから、堕天へと繋がったのでは?」

「わたくしを愚弄するのですか!?」

「そのように聞こえたのならば、心当たりがあると、そういうことだろう」


 二柱の天使様は互いに睨み合い、どちらも全く退かぬご様子。

 このままでは一触即発は必至でしょう。


 ⋯⋯


 ここで、ガブリエル様の衣の周囲に風が舞います。

 どうやら天使の権能を使用したご様子。

 目は殺気立ち、もはや戦闘が避けられぬと見えた――その時でした。


(これ以上は血が流れるか)


「……風を下げなさい、ガブリエル」


 ウリエル様がそう剣を下げますと、ガブリエル様も風を消します。

 その表情は穏やかなものへと戻りました。


「ルールはルール。貴女の神への謁見は認めらない」


 ウリエル様はあくまでも規則を重んじる性格のようです。

 どのような理由があれ、権利のないものが謁見することは許さない。

 それを覆す気はないようです。しかし――


「だが、その気持ちは代弁する。私の名に誓って。それで良いな?」


 ウリエル様がそう言うと、ガブリエル様もうなずき、風となって消えていきました。


 ――――


「もしもしー仏陀? ワシワシ、ワシだけど? 

 え? 違う! ワシワシ詐欺じゃない!!

 ワシだって!! 名前言えない神!!

 そう、ワシ。うん。どう、これから麻雀やらん? え? メンツ? 

 ゼウスとアマテラスちゃんでどうよ?

 来る? よーし、じゃあ三刻後にワシの所に集合って事で! あいよー」


 神様は毎度のことなのか、仕事をサボって麻雀の約束を取り付けます。

 ていうか、凄い豪華なメンツですよね……


「ウリエルです」

「入りなさい」


 虚空より声が響き、神様は髭を整え、声を低く作ります。

 ここで火柱が立ち上がり、ウリエル様が現れますが、その表情(かお)は険しいものです。


「また麻雀の話ですか? 仕事をサボって……」

「え? 違う違う!? その……仏陀と……会議を」


 神様は突然しどろもどろになり、ウリエル様は蔑むようなジト目で神様を睨みつけます。


「なるほど……」


 するとウリエル様はスマートフォンを取り出すと、ある所へ通話を掛けます。


 神様は「あ……」と手を伸ばしますが、時既に遅し。


「仏陀様、ウリエルです。先程の麻雀の話ですが……ええ。

 はい。その話はなかったことに。はい。それでは」


 ウリエル様は一歩二歩と神様に歩み寄ります。これには神様タジタジです。


「おかしいですね……会議ですか……麻雀と言った途端話が通じましたが……」

「あ……ウリエル……話せばね、話せばね、わかると……ワシはね、思うのね。うん」


「今更その様なキャラを作っても無駄だ……罰として……フン!!」


 ウリエル様はそう言うと、

 剣で神様の髭を1センチほどカットしてしまいました。

 これには神様唖然です。


「あー………」

「天使に嘘をついた罰だ。次はその汚ねー髭を燃やすぞコラ」

「は、はい……」


 ガチギレモードのウリエル様は完全に言葉遣いが変わり、

 これには神様もドキドキです。

 やばいっすね、このジジイ。


「ところで、トリエルの件は」

「うん。任せるよ」


「了解した。二時間ほどで戻る……分かってるな?」


「サボりません! 仕事します!」

「よろしい」


 そういうとウリエル様は炎となって消え、ホッとした神様から大量の汗が。


「ウリエルちゃん怖いんよー……でもいいもんね! 

 麻雀アプリでオンラインやっちゃうもんね!!」


 ――圏外です。通信できません――


「ルーター切るのは反則でしょー……」

 その後、神様はログインを試みた事がバレて髭を2cm燃やされたそうです。


「次はその顎をツルツルにするからな……」

「ウリエルちゃん怖いんよー……」


 ――――


「今日はトーストにスクランブルエッグと野菜スープです」


 時刻は朝7時30分。

 柔らかい朝日が照らす窓際のテーブルで、

 あゆむはトリエルと向かい合って座っています。


「今日は俺の分まで食べるなよー」

「分かってるってー」


 食いしん坊で爆速食いなトリエルは、よく食事中手持ち無沙汰になります。

 そうした時、彼女は人の分まで食べちゃいます。


「美味しかったー!」


 なんて事を言ってると、もう終わったようです。

 彼女、味わってるんですかね?

 なんて言うか、噛んでないんです。

 むしゃって噛んでごくって丸呑み。『むしゃごく』それがトリエル食いです。


 トリエルのじー……という無垢な視線が痛く、仕方が無いので、

 あゆむは二枚あったうちのトーストを一枚トリエルの皿に置きます。


「えへへっ! キミって優しいね!」

「少しは噛め」


 言ってるそばから、それをむしゃごく! で食べてしまいますが、

 彼女の陽だまりのような笑顔を見ていると、何故かほっこりします。


 一方ピピはというと、そっと後ろであゆむの髪に手を伸ばし、指で軽く触れます。

 あゆむが振り向くと、彼女はぷいっと横を向き、

 恥ずかしいのか頬を赤く染めて、バレバレの知らんぷりをします。


 そんなひと時がなぜだか「悪くない」

 そう思えるのです。


(ピピ……可愛いな)

(髪を抜いてコレクションしたい……)


 世の中には知らない方がいいことが沢山あります。

 そして、幸せ(?)な時間は長くは続かないというのも、世の常です。


「うおー! アッチー!」「アッチなだけにってかー!」「線香一本よーん!」


 そうです。アンポンタン(彼ら)の存在です。


 あゆむをおちょくることにステータスを全振りしたような、

 対あゆむの決戦兵器たる存在。


 あゆむの宿敵であり、あゆむが除霊(しまつ)すると心に誓う相手。

 アンポンタントリオこと…アッチ、ポンポ、タンタの三匹です。


「この……!」


 あゆむがその内の一匹を睨みます。


 するとそれは「アッカンベー!」とあゆむをおちょくると、

「ポンポーン」ともう一匹がお尻ペンペン。

「女王様とお呼びー」と、

 最後の一匹がおネエ口調で尻尾(?)でターン! と床を叩きさらに煽ります。


 最初は見分けが付かなかったあゆむですが、

 どうやら三匹毎癖があることがわかり――


 アッカンベーがトレードマークのリーダーがアッチ。

 お腹やお尻を『ポン!』と叩くお調子者がポンポ。

 おネエ口調で尻尾でタン! と床を叩く変わり者がタンタ。

 このように見分けがつくようになりました。


 さて、いつもならここで、

 アンポンタンの挑発に乗るあゆむですが、今日はぐっと堪えます。


 何故ならば、あゆむには秘策があるからです。

 そう、あゆむが言うところの、彼らアンポンタンを処刑(ゴートゥーヘル)する……

 そんな秘策が。


「フン……そうしていられるのも今のうちだ……」


「戦いでゲスか!? やり合うでゲスか!?」「バトルザマスよー!」

「てやんでい、てやんでい」


 戦いの匂いを嗅ぎつけたのか、賑やかし担当のゲザイトリオも参上し、

 7畳の部屋のボルテージは急上昇です。


(ふふふ、狙い通りだ。逃がさんぞ! アンポンタン)


 どうやらあゆむはゲザイトリオを巧みに誘導し、

 アンポンタンに逃げられない雰囲気を作ったようです。

 ニヤリと不敵に微笑み自信を伺わせます。


「トリエル、節分って知ってるか?」

「節分?」


 ここでピピが「みんなで豆撒きをする日ですよ」と軽く説明し、

 あゆむはその説明を待っていたかのように、ニヤリ……

 さらに口角が上がります。


「そうだ、豆撒きだ。面白そうじゃないか? みんなでやろう」


 とまあ、普段ならば、絶対にしない誘いをします。

 何故ならば、トリエルあるところトラブルあり、だからです。


 これにはトリエル「なにそれ? 怖い?」と警戒……などするはずもなく……

「なにそれー? 面白いー?」と興味を示します。


(勝ったな……)


 この時あゆむは勝利を確信しました。

 そうです。あゆむの秘策、それは……


「名付けて、塩豆でアンポンタンを消滅(さよならバイバイ)させよう大作戦だ……」


(ブァカめ! 事前に塩豆を用意してあるのだ! これで貴様らとはお別れよ!)


 あゆむは「ククク……」と笑い、アンポンタンを指さします。


「さあ、勝負だ!」

「地獄へ送ってやるぜ! ベイビー!」「かかってこいやぁ!」「遊んであげるわーん!」


 こうして、戦いの火蓋は切って落とされました。

 まずは、おばけ達があゆむに向けて「お前は外ー」と豆を撒きます。


「痛てて……だが!」


(この恨み、晴らさでおくべきか!)


「喰らえー!」


 ズバァ――とあゆむが投げた豆はアンポンタンに見事ヒット!

 塩の力でアンポンタンにダメージが入ります。

 その横ではトリエルが目を輝かせて「おー」と、飛び交う豆を追っています。


「やったぞ! 積年の恨みを晴らす時がついに来た! ふはははは!」


 とあゆむは勝利宣言。

 しかし、その快進撃もここまででした。


「やったなー!」とここでアンポンタンがピピに変身します(顔だけ)

「あははっ変なのー!」


 これにはトリエル大爆笑で、あゆむも苦笑い。

 顔だけと分かってはいても、そこにあるのは美少女のピピの顔……

 あゆむは明らかに豆を投げるのをためらいます。


「ひ、卑怯だぞ! 正々堂々と戦え!」

「お前が言うなー!」


 アンポンタンはピピの顔を借りて反撃!

 豆を投げつけます。


「痛てて!」

「面白いねー! トリエルも豆まきするー!」


(掃除が……)


 ここで火がついたトリエル(破壊神)も本格参戦。

 もう無敵の笑顔でニッコニコです。

 ピピは部屋の心配をしますが、50手ぐらい前からもう手遅れです。


「みんなで笑おーねー!」


 破壊神(トリエル)は目を赤く輝かせ、シルクハットをぽーい!

 天使の輪(ハロー)が――


Hello(ハロー)


 ……そう、これは天使の権能発動(地獄絵図)の合図です。



 ゴゴゴゴゴゴ…………



 トリエルの天使の権能により、その豆は光を放ち、

 トリエルの『指先ひとつでダウン』――とさせるほどの威力を持つ豆に進化します。


「あたぁ!」


 アベーシ――という音を立て、およそ豆とは思えない破壊力で部屋の壁に直撃!

 ミシリ……というヒビが入り、壁紙やら防腐剤やらが落ちてきています。


「ヒデブゥ!? やめーい!!」


 壁にめり込んだ豆――それは、さらに発芽します!


 ニョキニョキニョキ……発芽した豆は一気に成長!

 やがてポップコーンとなって、バターの香りが立ち込めます。

 大豆なのに、ポップコーンとはこれいかにですが、そういうものなのでしょう。


「鬼は外ー!」

「鬼はおのれじゃー! 掃除大変だろー!」


「ほぉあたたたたたぁ!」


 トリエルのその叫びに呼応し、豆達はビュビュビュビュビュン! と大暴れ!

 部屋中にオールレンジ攻撃を仕掛けます!


 そして……


「ポポポポーン!」


 部屋はポップコーンまみれになって、どうすんだこれ状態になってしまいましたとさ。


「お豆はもう跳ねている……」

「やかましいわ!」


 ユーアー! ッシォーック!


「我が節分に百遍の悔いだらけ……」


 何上手いこと言った気でいるんですかね。



 …………



 ――――



「……当分オヤツはポップコーンだな」


 食品ロスはいけません。いただきマウスで食べましょう。

 そんなワケでとりあえず最低限の掃除だけして、ポップコーンは袋詰め。


 あゆむはむしゃむしゃとそれを食べて消費するのでした。


「……美味しいね」


 その言葉で横を振り向くと、桜色の髪を優しく揺らし、

 茶色い瞳を煌めかせる少女がいました。


 彼女はポップコーンを摘むと、穏やかな笑みを浮かべつつ、

 あゆむの顔を見ながら次々と口に運んでいきます。

 ゆっくりと味わうその仕草は、まるで別人のようです。


「誰かさんのおかげでいっぱい出来たから、食べてもらわないとな」


 あゆむは軽くからかうつもりでそう言いますが、

 言われた彼女は口を少し尖らせて、黙々とそれを食べます。


 その表情は大人びていて、そして、どこか懐かしい嬉しさがにじんでいます。

 あまりにも普段とは違うその立ち振る舞いに、あゆむは強い既視感を覚えます。


「……お前、トリエルか?」

「……そうだよ」

「会うのは……二回目か?」


 この既視感は、初めてトリエルと会った日、

 テレビアニメのキュアプリを見た際に現れた『彼女』のそれだ。

 あゆむはすぐにそう気付きました。


 同じ存在のはずなのに、声は柔らかくて、少し高い。

 目付きも優しい表情になり、大人びている。

 スイッチが切り替わるように現れては消えた、もう一人のトリエルです。


 しかし、今のあゆむには、それ以上の確信がありました。

 言葉ではないなにか、遠い記憶の奥底にある桜の木――

 セピア色の記憶の欠片、普段のトリエルでは感じない、『懐かしさ』


 それが訴えかけている気がしたからです。


「なんでそう思うの?」

「トリエルはな、爆速食いなんだ」


 すると彼女は、ポップコーンを次々と口に運びますが、そしゃくが追いつかず、

 頰がハムスターのようにぷくりと膨らみます。

 あゆむはその姿がおかしくて、思わず笑い、彼女の頰をつつきます。


「んー!」


 彼女は頰を赤らめて拒否しますが、口元は緩んでいます。

 ゆっくりとそしゃくし、ようやく口の中を空にする。


 そんな愛らしい仕草に、あゆむの心臓が静かに、しかし確かに脈を打ちます。

 在りし日の『誰か』――名前も思い出せないその面影が、そこに重なります。


「はははっ」

「あははっ」


 あゆむが笑うと、それに釣られるように彼女も笑います。

 彼女の肩越しに、白い翼が広がり、木漏れ日のように静かに輝きます。


 その姿はトリエルのはずなのに、大人びていて、どこか儚げ。

 桜の天使のような輝きを放つ彼女の笑顔に、あゆむの幼い日の薄ぼけた写真のような記憶、

 それが叫びにも似た声無き声をあげます。


 ――もっとこの笑顔が見たい。

 あゆむが彼女をじっと見つめると、彼女は目を伏せ、言いづらそうに口を開きます。


「……気にならないの?」


 自分のような得体の知れない存在が、気にならないのか。

 ストレートに問う彼女の瞳には、不安が浮かんでいます。


 あゆむは一瞬、彼女の言葉の意味を考えます。

 潤んだ瞳が、答えを急かすように揺れていました。

 けれども、あゆむの答えは彼女の予想を裏切りました。


「別にお前が何もんでも、無理には聞かないさ」


 彼女は目を見開き、あゆむをまっすぐ見つめ返します。

 トパーズ色の瞳が、懐かしい光を宿します。

 あゆむは一瞬見とれますが、息を整えて、静かにうなずきます。


「きっと今は言えないんだろ」


 彼女は少しだけ間を作ると、こくりとうなずきます。

 純白の羽が、舞い散る桜の花びらのように、彼女の背後に揺らめく気がしました。

 すると、ここで彼女の瞳の輝きが弱くなります。


(予兆だ)


 そう直感し、彼女を支えます。

 今度もそうなるかと思ったからです。

 あの日のように、彼女は消えていく――と。


「大丈夫か?」

「まだ……寝たくないのに……」


「……また来いよ。待っててやる」


  「写真」


 その声は消え入るように小さなものでした。 まだ眠りたくない、

 消えたくないと、額に汗を浮かばせながら必死に絞り出した言葉。


 それが――


「写真?」

「あなたと⋯⋯『あゆむ君』と、撮りたいな」


 それは『証』を残したい。

 そんな叫びのように聞こえました。

 次に目を覚ます日はわからない。

 だから今、確かにここにいたと――残したい。


「……いいぞ。もう少しだけ頑張れ」


 パシャリ――それは肩にもたれ掛かる『彼女』とのツーショット写真。

 精一杯の笑顔を作る彼女の姿に、あゆむの胸は自然と熱くなります。

 記憶の奥底の笑顔が、確かに、そこにありました。


「……いっしょ……だね」


 そう言って彼女は、あゆむの胸で静かに眠りました。

 あゆむは彼女を抱き寄せると、そっと背中をさすり……


「またな」


「あゆむ⋯⋯君⋯⋯」


 再会できることを信じ、優しくその寝顔を見守るのでした。

 あゆむの胸は彼女への想いか、あるいはその体温か。

 どちらなのか、あゆむ自身にも、まだわかりません。


「そこにいるはずなのに。不思議だよな」


 その問いに、彼女が答えることはありませんでした。

 ただ静かに眠るトリエルの姿があるのみです。



 ――――

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