八話「あゆむよ、鯉を掴め」
月は5月、日も5日。
5が並んだ日の朝でした。
7畳の部屋には普段とは違う朝食――
柏餅とちまきの香りで包まれます。
そしてこの匂いに真っ先に反応したのが……
「いい匂ーい!」
「お餅の匂いでしゅー!」
この7畳の部屋の二大怪獣でした。
そう、即ち、トリエルとサタンちゃん。
トラブル天使と甘えん坊魔王、この二人が絡むと、必ずなにかが起こります。
(まずい……出遅れた)
そんなことを考えながら、のそりとベッドから降りたのはあゆむ。
しかして心配の矛先は、ちまきでも柏餅でもありません。
(カレンダーを見られたら終わりじゃあ)
『出かけたら必ず何かが起こる』
今年のゴールデンウィークは部屋に閉じこもったあゆむ。
しかし、それはなにもあゆむだけではなく、彼女らとて同じなのです。
つまり――
(今奴らの遊びへのフラストレーションは溜まっておる)
ということです。
今あゆむが願うことはただ一つ……
いえ、正確にはただ二つ。
一つ目は、
「今年ことは平穏に過ごしたい……」ということ。
そして、もう一つは……
「頼むから余計な入れ知恵はするなよ……ピピ」
あゆむは、カーテン越しにキッチンから顔を覗かせるピピに、必死に目配せをします。
「チラッ……チラッ……(ピピ……ピピ)」
(あゆむ様が、わたくしを呼んでいます)
さすがはピピ、あゆむの目線にすぐさま反応し、その意図をくみ取ります。
ここまではいいのですが……
「チララッ……チララッ……(余計なことは、なにも……言うな)」
「コクリ……(サタンちゃんを……楽しませろ)」
うん。ダメだこりゃ。
ピピはニコリと微笑むと、大きくうなずきます。
(さすがはあゆむ様。サタンちゃんのことも考えてくださっているのですね)
(頼むからなにも、特にサタンにはなにも言うな……!)
あゆむは必死にサタンの方へ視線を流し、目配せをしますが、
その度にピピは都合のいいように解釈して、かえって逆効果に。
「コクコク……(いいか……サタンちゃんは……大事な家族だぞ)」
ここでピピは親指をピーンと立てます。
「コクリ……(お任せ下さい)」
「ホッ……(良かった……通じたようだな)」
通じてないんだなあ……これが。
さて、あゆむの必死の目配せを華麗に誤読したピピは、
ニコリと微笑んで柏餅を盆に乗せたまま颯爽とキッチンを出ます。
それはもう優雅に、空色の髪をサラリと靡かせながら。
「皆さん、今日は端午の節句ですよ」
サラリと。
何でもないことのように。
まるで天気予報でも読み上げるように。
なにせ、彼女の『中では』あゆむのGOサインが出ているのです。
(あゆむ様も、サタンちゃんへの父性に目覚めてくれたのですね……)
「あ゛え゛……」
あゆむの時が止まります。
ピタリと。
一時停止が押されたように。
まるで、目の前で気になるあの子のスカートがめくれたかのように。
「端午の節句ー!!」
「たんごのしぇっくでしゅ!!」
二大怪獣は即座に反応。
トリエルはちまきを口の中に収納したまま、
サタンちゃんは柏餅をまだ食べてもいないのに、皿を床に置いて立ち上がります。
(やってくれたな……ピピ……!)
あゆむは心の中で呟きますが、まだ早まってはいけません。
ここで挙動不審になれば、それがまた新たなフラグを呼ぶ。
(落ち着け……落ち着くんだ……俺……!)
ゆっくりと呼吸を整え、そっと柏餅に手を伸ばします。
しかし、何故でしょうか。
餅がやけに反抗し、噛めません。
「おのれい! 餅が人間様に逆らうか!」
なんか既視感ありますね、この流れ。
「オレは餅じゃねえ!」
「それはオイラの柏餅さんだ」
「いやんばかーん」
そう、アンポンタンです。例によって、彼らが化けてました。
「クソナスビがー!! 久々のギャグ回だからって、古いネタを!!」
あゆむはナスビを懲らしめるべく、先頭のナスビの尻尾を掴み、
砲丸投げのようにブンブン回して残り二匹を巻き込み放り投げます!
「思い知ったか! 俺は成長するんじゃい!」
「お返しします」
それをバアルゼブルが蹴り飛ばして、ナスビが顔面にクリーンヒットしました。
「バアル、少し衰えましたか? 威力が1%ほど下がっていますよ」
「申し訳ありません。ガブリエル様。鍛錬不足ですね」
その違いがよくわかりますね……
さて、ナスビが直撃したあゆむは天井を向き……
「アッカンベー」
「お尻ペンペーン」
「女王様とお呼びー!」
「いつものノリでゲスー!」「いいザマスよー!」「てやんでーい!」
などと、ゲザイトリオが太鼓を叩く横で、アンポンタンに顔太鼓にされながら、
あゆむは今年の方針を決めました。
「今年の俺は……平静じゃ」
(be cool…… be cool……)
騒げば騒ぐほどフラグを立てる。
あゆむはそう判断し、黙ると決めました。
「いい加減離れんか!」
ピュー。
おばけは去っていきました。
……
「ねーねー、ピピ。端午の節句ってなにー?」
ほら来た。今度はトリエルの質問攻撃です。
しかし今年のあゆむは動じません。
平静に柏餅を一つ取り、葉をゆっくり剥がして口に運びます。
「こどもの日とも言って、
鯉のぼりをあげたり、鎧兜を飾ったりして、男の子の成長を願う行事ですよ」
(以前も聞いたぞ、その説明)
「だがまだ平気じゃ……今年はなにも言わんぞ」
「へー!」
「でしゅー! ちゅまり……」
……
「妾の日でしゅね!」
「そうですよ!」
「なんでやねん!」
(しまった……! 反射的にツッコミを)
フラグを避けようとすればするほどやってしまう。
あゆむはギャグ漫画の主人公のように頭を抱えると、
隅っこで柏餅を食べてやり過ごそうとします。
(なにか食っとれば誤爆はせんじゃろ)
今あゆむにとって、最も避けねばならないのは誤爆、それ一択でした。
『彼の中』では。
「でしゅー! 魔王の日でしゅー! 世界征服でしゅー!」
「そうですよー。サタンの日です!」
「でしゅー!」
サタンちゃんはもう尻尾ブンブン!! あゆむは冷や汗ダラダラです。
ここであゆむ、さすがにおかしいと思ったのか、ピピに再度目配せをします。
「チラッ! チララッ! チラッ! (おい! 打ち合わせと、違うぞ!)」
(あゆむ様からの合図です……)
「コクコク……(もっと、サタンちゃんを、喜ばせろ)」
(さすがあゆむ様ですー!!)
「コクコクコク!!(任せてください!!)」
そうしてピピはまた華麗に誤読。
しかしこれも仕方がないことです。
今、ピピにとって一番大切なのは、サタンちゃんの成長と幸せです。
都合よく解釈するのは自然の成り行きと言えるでしょう。
ていうか、もう口で言った方が良くないかなー。
「ピピー、魔王の日って何やるのー?」
「よく聞いてくれました。トリエルさん」
「お待ちなさい。魔王の日とは聞き捨てなりません。可愛いトリエルの日としましょう」
「魔王の日でしゅ!」
「トリエルの日です!」
「ピピママが魔王の日だって言ったでしゅ!
世界征服の準備でしゅー!!」
サタンちゃん、尻尾をブンブン振り回しながら、柏餅を両手に持って飛び跳ねます。
一方、トリエルはちまきを頰張ったまま、目をキラキラさせてピピに詰め寄ります。
「ガブリエルママのトリエルの日の方がいいよー! ポテチいっぱい食べて空飛ぶ日ー!」
「そうですー! 可愛いトリエルの日ですー!」
「魔王の日! 征服! でしゅ!!」
三人が交互に叫びながら、7畳の部屋をぐるぐる回り始めます。
すると、ガブリエルママの風の力なのか、
一箇所に集めていた柏餅の葉っぱが舞い上がって、ミニ竜巻が巻き起こります。
(……落ち着け俺。平静。be cool……)
あゆむは隅っこで柏餅を必死に頰張りながら、心の中で自分に言い聞かせます。
もう諦めた方がいいと思うなー。
「バアルは可愛いトリエルの日だと、思いますよね?」
「はい。御母堂様の仰せの通りです。ククク」
(お前は楽しめりゃなんでもいいんじゃろがい!!)
するとここでピピも反撃に出ます。
「ミカエルさんは魔王の日に賛成しますよね!?」
「落ちぶれてすみません……大天使なので、なんとも」
「はっきりしてください!」
「もう! 天使でも魔王でもどっちでもいいです!
いっそ勝負で決めればいいではないですか!」
さあ、こうなったらもう止められません。
「いいでしょう! ピピさん、貴女とは一度きっっっっちり! けりをつけたいと思っていました!」
と、ガブリエルママが言えば……
「望むところです。我が子のためなら、母は強いというところを見せましょう!」
と、もう完全にサタンちゃんのママとなったピピが、売り言葉に買い言葉。
そうして、今ここに5月5日をトリエルの日とするか、
あるいは魔王の日とするかという、世界一どうでもいい親バカ対決が始まりました。
まず口火を切ったのはガブリエルママです。
「よろしいですか、ピピさん。可愛いトリエルはこの7畳の部屋の太陽です。
太陽が輝く日を、魔王の日などと呼ぶのは宇宙の摂理に反します」
(くっっっっっそどうでもいい……)
「いいえ、太陽はサタンちゃんです!」
「妾は明けの明星だじょー」
するとガブリエルママ、高笑いです。
「ほうら、見なさい! 明けの明星、つまりは星!」
「いいえ! 明けの明星は金星です。この部屋で、最も美しい星です!
それ即ち太陽です!」
(どういう理論じゃい)
「お黙りなさい! トリエルが笑えば、月も星もポテチも従うのです!」
「サタンちゃんは万物の王者です! 太陽も地球もコロッケも従うのです!」
(……なんだこの言い争い)
あゆむは二人の議論を、ぽかんとした顔で聞いております。
なお、ミカエルさんはすでに議論に飽きたのか、窓の外を見ています。
バアルゼブルは紅茶を飲みながら、楽しそうに観戦中です。
「ご安心ください。前列で見られますよ」
あゆむに椅子を一つ差し出し、それはもう優雅に腰掛けます。
このポジションだけは天下一品ですよね、この人。
あ、おばけ達もポップコーン売ってますよ。
1つくださーい。
「端午の節句というのは本来、男の子のための節句ですから、
サタンちゃんもトリエルさんも関係ない気がしますが」
ミカエルさんが窓の外を見ながら、ぼそりと言います。
「あら、よく口が回りますね。翼のない落ちぶれ堕天使様は」
「大天使……です」
ガブリエルママの嫌味に、ミカエルさんはこめかみに青筋を立てますが、
ここはグッと堪えます。
「そもそも菖蒲湯はどうなったんですか、ピピ」
「それどころではありません!!」
ピピは目をキラキラさせたまま、すっかり親バカモードです。
もうあゆむのことは目に入っていません。
(ピピが一番暴走しとるんじゃが……)
あゆむは柏餅を抱えながら、隅っこに移動します。
さて、親バカ対決は佳境を迎えます。
「ではお訊きしますよ、ピピさん! サタンちゃんの好きな食べ物は何ですか!」
「コロッケです!」
「大好きでしゅー!」
「では、可愛いトリエルの好きな食べ物は?」
「ポテチです」
「ポテチー!」
「そう、どちらも芋好きです! しかし、芋の王様はポテチ。
つまり、トリエルの日なのです!」
「くっ……しかし、コロッケは家庭料理の王道!
王の道、つまりは、魔王の日です!!」
(アホくさーーーー)
白熱する二人のバカの前で、
トリエルとサタンちゃんはとっくに柏餅の残りを競って食べ終わり、
ちまきの山に手を伸ばしています。
「ちまきー!」
「ちまきでしゅー!」
あゆむは二人の仲良しっぷりを遠目に眺めながら、
お茶を啜ります。
(あー……はよ終われ)
「はあ……このままではらちが開きませんね。
トリエル、アレをやりますよー!」
「はーい!」
すると、ここでトリエルはシルクハットをぽーい!
ガブリエルママもメガネをぽーい!
「おいこらやめろー!」
あゆむは叫びますが、時すでに遅し。
「こしゃくな! サタンちゃん、ミカエルさん!」
「じょー!!」
「なんでわたしが……」
ここで負けじと、サタンちゃんが反逆の権能を発動!
二人の天使の力に逆らい、さらにミカエルさんの祈りも加わり、
部屋は権能同士がぶつかり合う、パワースポットに!
「トリエル、ポテチパワー全開ですよ!」
「ポテチー!」
ガブリエルママのその一言で、トリエルは翼を広げて出力を上げます。
……そんな設定あったんすね。
「Hello」
すると、トリエルの権能が競り勝ち、ハローが輝きました!
さあ……久々のカオス回だ……
ゴゴゴゴゴゴ……
「終わった……」
さあやってまいりました!
「みんな集まれー!」
トリエルのその一言で、周囲の家から柏餅の葉っぱが集結します!
そして……
「ガブリエルママー!」
「はーい!」
そこにガブリエルママの繁栄も加わり、葉っぱがポテチに大変身!
「なんでやねん!!」
「負けませんよ! サタンちゃん!」
「でしゅー!!」
すると、ピピの一声でサタンちゃんの反逆の出力も上昇!
ポテチがコロッケに変わります!
「きーーーー!!」
「コロッケも好きー!」
悔しがるガブリエルママをよそに、
トリエルとサタンちゃんは競うようにコロッケを食べまくり!
「今日は可愛いトリエルの日なのーーーー!!」
「サタンちゃんの魔王の日ですーーーー!!」
「もうなんでもいいです……神よーーーー!!」
ジジジジジ……
「ん……!!??」
大天使と怨霊の怨念、そして魔王の力が一箇所に集まったせいか、
ここで部屋が遂にオーバーヒート!
ミカエルさんの祈りも背中を押して、部屋はポテチとコロッケの大洪水!!
家具は芋でベッチャベチャです!!
「今日はトリエルの日ーーーー!!!!」
「魔王の日ですーーーー!!!!」
「どうでもいいでーーーーす!!!!」
(お前らいい加減にしろーーーー!!!!)
「ぼげげげげげ!!」
そしてあゆむはコロッケの洪水に呑まれ、窓ガラスを突き破り、
もう止まらないコロッケ洪水の勢いのままに空にぽーい!
「死ぬーーーー!!」
すると、そこに屋根の上の鯉のぼりが!!
さあ、あゆむよ! 鯉を掴め!!
「ここでタイトル回収かーーーーい!!!!」
あゆむは必死に鯉のぼりにしがみつき、町は芋だらけ!
掃除には一週間かかり、コロッケ恐怖症となった町人まで現れたとか。
「ああ……コロッケが怖い、コロッケが怖い……次はソースが怖い
by 町人Aさん」
「落語のオチかーい!!」
「まあ……悪くはなかったです。落ちぶれてすみません」
「次こそはトリエルの日よー!」
「コロッケ美味しかったでしゅー!」
「サタンちゃんが嬉しいなら何よりですー!」
「ククク……これだから、やめられない」
「楽しかったーー!! またやろうねーー!!」
「二度とやるかーーーー!!!!」
――――
次回 落ちてきた天使と同居することになった件。
「桜の下の嘲笑」にご期待ください。
次回、新たな化身が迫ります。




