四話「魔王のひな祭り」
黄金色に輝く雲の上、八百万の神々が住まう世界――高天原。
ここはいつもの会議室ではなく、アマテラス様のホストクラブ。そのVIPルームです。
アマテラス様はいつものように、ウィスキーグラスを片手に頬杖を突き、
タブレットで取り留めのないアニマル動画を見ております。
「呑気なものだな……」
「飲みますか?」
「今さら敬語はよせ、気持ちが悪い」
アマテラス様は鼻で笑うと、頬杖を突いたままウィスキーを一口。
タブレットの画面を指で動かし、動画を変えます。
今見ているのはコント動画のようです。
所々でクスクスと笑っています。
「何を企んでいる」
ウリエル様は単刀直入に問いかけました。
アマテラス様は食えない女神です。
こうやって笑っている時の彼女は、必ず何かを企んでいます。
「別に何も」
「お前な!」
ウリエル様がそういった時です。
アマテラス様が指でシーっと声を出さずに制すると、扇子に魔力を込めて壁時計に投げつけます。
「!?」
それは壁時計に直撃し、扇子が深く突き刺さりますが、
そこから黒いモヤ――瘴気が溢れると、壁時計は消滅します。
「これは……」
「こんなふざけた真似ができる奴は、一人しか心当たりはないでしょう?」
「ニャルラトホテプ……か」
ウリエル様はニャルラトホテプの力にゾッとしましたが、
それ以上に、それを看破したアマテラス様に、改めて「食えない女神だ」とその印象を強めます。
アマテラス様は、そんなウリエル様をよそにくすりと笑うと、
タブレットの画面を見せます。
タブレットに映っていたのは、文字ではありません。
図です。
中心に一つの円。
その周囲に、いくつもの円が連なっています。
そして、その円の中には、一柱の鬼のような姿の悪神が描かれています。
「……なんだこれは」
「なんだと思う?」
「こっちが訊いている」
「悪神マーラ」
「なんだそいつは」
「さあ……」
アマテラス様はそう言ってとぼけつつ、含み笑いをし、ウィスキーをまた一口。
(この悪神がなんだと言うのだ? ニャルラトホテプと類似点でも……?)
アマテラス様はそれ以上は何も答えず、タブレットでアニマル動画を見ていました。
ウリエル様が部屋を出ようとした時、背後から――
「ウリエル」
「……なんだ」
「下界の子らによろしく」
ウリエル様は振り返りますが、アマテラス様はもうタブレットしか見ていません。
その表情は、笑っているのか、あるいは——憂いているのか。
判別できませんでした。
ウリエル様は、アマテラス様がなにかの確信を得たと判断し、
軽く笑うとホストクラブを後にします。
――――
7畳の部屋、あゆむの家。
季節は3月3日、桃の節句です。
「来てしまったか……この日が」
あゆむは壁のカレンダーを見ると、大きなため息を一つ吐きます。
思い起こされるのは一昨年のひな祭り。
後輩の家でトリエルが大暴れし、ひな人形が町中にビームやあられミサイルを撃ちまくったカオスな祭り。
それは現代の地獄絵図。
(とりあえず、ひな祭りの話題は振るべきではないな)
なんとか平穏に過ごそうと、あゆむは話題のスルーを決め込みますが、
それは意外な人物の手により、早くも粉々に打ち砕かれるのです。
「サタンちゃん! 今日はなんの日かわかりますか?」
「でしゅー? ピピママのお祝いの日でしゅか?」
(なにしてくれとんじゃい、ピピ)
そう。その人物とはピピです。
あゆむが折角スルーを決め込もうとしたのに、
それをマッハでぶち壊してきました。
サタンちゃんは子犬のような表情でピピを見つめ、
尻尾をゆっくりと左右に揺らしております。
「ピピの誕生日かなー?」「黙っててください」
即答で睨まれました。
あゆむはどっちの味方じゃい――そんな表情でピピを睨み返しますが、
そっぽを向かれました。
どうやら今やピピの最優先はサタンちゃんのようです。
「おい見ろよ! 倦怠期だぜ!」「喧嘩さ喧嘩だ!」「離婚よー!」
「やかましいぞ! アンポンタン!」
あゆむは小生意気な白ナスビを捕まえようと、腕を伸ばすのですが、
先頭のナス――アッチをポンポが引っ張り、それは空振りに。
そして……
手放しでごつーんと頭突き!
「ほげぇ!」とあゆむが後ろに吹っ飛ぶと、そこにはタンタが待ち受け……
「雑魚は出荷よー」
タンタが一回転して尻尾ビンタ! ホームラン!
そのまま床に情熱のキッス。
「大丈夫ー?」とトリエルは心配してくれましたが、
あゆむの味方は極少数……
「およしなさい、トリエル。バカが移りますよ」
「左様ですね。出荷されてしまいますよ。ククク」
ガブリエルママとバアルゼブルが、倒れるあゆむを見下ろし、
二人仲良く悪魔の笑みで、それはもう楽しそうです。
人の不幸って最高のエンタメですよねー!
「この人でなしのナレーターが……ガクッ」
痛くも痒くもありませーん!
「人でなしでゲスかー?」「人間じゃないって意味ザマスー」「てやんで、バーロ」
「それだと意味が変わりますよ。後、いつまで寝ているのですか。早く立ってください」
ゲザイトリオの素のボケに、ミカエルさんは冷静にツッコミつつ、
一方であゆむには冷たいです。デレ期ですかね?
「違います」
違うそうです。残念!
「どいつもこいつも……」
あゆむは、やっとこさ、のろのろと起き上がります。
まだ頭が痛み、後ろでアンポンタンがケラケラと笑っていますね。
「……俺の味方はトリエルだけか……」
「サタンちゃん! 今日はひな祭りですよ」
ピピはすでにサタンちゃんへの説明を再開しており、
あゆむのことなど眼中にありません。
「ひなまちゅりとはなんでしゅか?」
「女の子の成長を願う。女の子のお祭りです」
「ちゅまり、妾の世界征服を願うおまちゅりでしゅね!」
「そうですよ」
「違わい!」
ピピは、あゆむを華麗にスルーしつつ、穏やかに微笑みながら、スマートフォンを取り出します。
商店街のひな祭りイベントのページを開いて、サタンちゃんに見せます。
「今日、近くの商店街でひな祭りのイベントをやっているようですよ」
「じょ!?」
サタンちゃんの尻尾が跳ね上がります。
あゆむの心に危険信号が10ダースほど灯ります。
「行くー!!」
サタンちゃんより先に叫んだのは、トリエルでした。
目をきらきらさせて、翼もピクピクしてます。
「ま、不味い……」
あゆむの脳裏に、一昨年の光景がよぎります。
ビーム。あられミサイル。逃げ惑う人々。
そして……遠い目をしている自分。
(頼む……今年は平穏であってくれ)
「トリエル」
あゆむは、トリエルの両肩を静かに掴みます。
そして、子を叱る親のように目線を合わせます。
「一昨年、何をしたか覚えているか」
「覚えてるよー?」
「反省しているか」
「……してるよー?」
「本当か」
「……してるよー」
だんだん声が小さくなっていきます。
「今年は大人しくできるか」
「……できるよー」
オッドアイの瞳が、ゆっくりと横に泳ぎます。
「トリエル」
「……できるよー」
あゆむはため息をつきます。
この問答に意味があるかどうかは、正直なところわかりません。
多分ないでしょう。
「サタンちゃん、出かける準備をしましょう」
ピピが穏やかに割り込み、サタンちゃんの手を引きます。
その横顔は、母親そのものです。
「ミカエルさんはどうする」
「……わたしも、行きます」
ミカエルさんは短くそう言うと、ブラウスのシワを伸ばします。
スカートに指でのの字を描いていますね。
ホントに面倒臭いツンデレです。
「では出発でしゅ!」
サタンちゃんが先頭に立ちます。
尻尾がブンブンと揺れ、先っぽのリボンが新体操のようです。
(なんとか今年は……頼む……)
あゆむはもう一度だけ、心の中で祈ります。
その祈りが通じるのでしょうか……?
いやない。
「ネタバレすんな!!」
もうみんな察してるからへーきへーき!
――――
商店街のアーケードには、桃の造花とぼんぼりが連なっています。
甘酒の湯気、ひなあられの甘い匂い。
小さな女の子を連れた親子連れも目立ちますね。
「風情がありますね」
ピピが穏やかに微笑みます。
「わあー!」
「じょー!」
その一秒後には、二人は走り出していました。
(嫌な予感が……)
あゆむとピピとミカエルさんは、顔を見合わせます。
そして、無言で追いかけます。
…………
真っ先に辿り着いたのは、甘酒の屋台です。
トリエルがスタートダッシュを決めます。
「おじさん! これなにー!?」
「甘酒だよ、お嬢ちゃん」
「さけでしゅか!? 魔王として必要でしゅ!」
「不要でしゅー!」
振り向くと、オレンジ色のボブカットの女性――あすか先生でした。
どうやら幼稚園は非番で、暇つぶしで来ていたようです。
あゆむと目が合うと、彼女は一瞬微笑み、直後ニタァとほくそ笑みます。
「ひなまちゅりがお似合いでしゅねー!」
「褒めるでないじょー!」
「褒めてねーんだよ」
そんなやり取りをしているうちに、
それでも一口飲むと、尻尾がブンブン揺れ始めます。
「じょ!」
「おいしいー!」
トリエルはすでに二杯目です。
ミカエルさんが少し離れたところで甘酒を一口含み、
「……悪くありませんね」と静かに言います。
二口目も飲んでいます。
…………
少し進んだところで、ピピが立ち止まります。
商店街の特設コーナーに、七段飾りのひな人形が展示されていました。
金屏風、緋毛氈、小さな雪洞。
お内裏様とお雛様が、静かに並んでいます。
サタンちゃんがじっと見つめます。
しばらく、黙って。
「……ピピママとおまえみたいでしゅね」
場が、一瞬静まり返ります。
ピピの頬が桃の花と同じ色に染まります。
あゆむは短く答えます。
「……そうかもな」
「きれい……」
一瞬だけトリエルの目が両方とも茶色になりますが、
すぐに赤と茶色のオッドアイに戻ります。
(エミも見ているんだな……)
一行はそのまま立ち止まり、しばらく雛人形を眺めます。
次第に町の子供も集まり、周囲が賑やかになっていきます。
「このお雛様生きてるみたーい」
「ばーか、人形だよ」
「生きてるよー!」
「人形だよ!」
兄妹でしょうか。男の子と女の子が可愛らしい言い争いをしていると、
トリエルが二人に向けてニコリと『桜色の微笑み』を向けます。
瞬間、二人は言い争いをやめて、女の子がひな壇の前で口をパクパクとします。
「灯りを……なんだっけ?」
どうやら歌を歌いたいようです。
すると、サタンちゃんが前に出るのですが……
「妾が歌ってあげるじょ……うぃっ!」
甘酒で酔っ払ったのか、尻尾でトリエルのシルクハットをペチン!
「あ゛……」
あゆむは急いで戻そうとしますが、時既に遅し。
「Hello」
「トリエルが歌うー!」
「おいバカ……やめろ……」
さあ……100話記念の大暴れ、始まるよ。
ゴゴゴゴゴゴ……
ハローのダジャレと同時に、トリエルから桜色の光が放たれ、
やがて、雛人形の目が光り出します。
赤い色で、不気味に。
そして……
「久しぶりじゃのう、皆の衆」「ホホホ……懐かしいのう」
「よいよい、苦しゅうない」「今日は無礼講じゃ。遊んでたもれ」
「やりやがった……」
「面白いじょー!!」
「ほらー! やっぱり生きてるー!」「うそーん……」
これにはサタンちゃんも子供達も大喜び!
するとトリエルは翼を広げて飛び上がり、
「サタンちゃんも歌おー?」
そう言って手を伸ばします。
「でしゅ!」
二人は手を繋ぐと仲良く飛び上がり、あの歌を歌い始めるのです……
♪明かりを点けましょ雪洞にー
さあ始まりました! 地獄絵図開始です!
その歌声に合わせて雛人形達が一斉に目からビーーーーム!!
それは全てサタンちゃんに向かい、
サタンちゃんは強化された魔王ブレス噴射!
「ギャオー!」
魔王ブレスは雪洞に当たると、黒い炎を灯らせ、
地獄の亡者達……平安時代の落ち武者やら、姫の鬼女やらを召喚します。
「姫、ご覧下さい。祭りですぞ」「ホホホ……これはいと美しいのう」
「ホホホホホ、共に楽しもうぞー!」
雛人形達もボルテージが上がったのか、縦横無尽に飛び回ります!
「やめろ……やめろ」
♪お花をあげましょ桃の花ー
すると今度は、商店街の造花が急成長し、ぽぽぽぽーんとじゃがいもを実らせます!
じゃがいもはあっちこっちへ飛び回り大暴れ!
「なんでやねん!」
「トリエルー!! ポテチですよー!!」
するとガブリエルママが、風でポテチを切断!
辺り一面ポテチの海です。
「ポテチー!」
これにはトリエルも大喜びで、もう止まりません。
「ああ……神よ」
さらに追い打ちをかけるように、そんな地獄絵図に憂いたのか、
ミカエルさんがこともあろうに祈り出します。
すると、空からアーケードの屋根をぶち破って光が差し込み、
太鼓と笛を持った天使が舞い降ります。
♪五人囃子に笛太鼓ー
舞い降りてきた天使が笛と太鼓を叩き出すと、合戦と勘違いしたのか、
落ち武者と天使がケンカを始めます。
「おのれモノノ怪めが! 姫に近づくな!」「悪魔を滅ぼせー!」
「もうやめろー! 悪魔はおのれらじゃー!」
「妾も戦うじょー!」
「なんだこの絵面……」
絶叫するあゆむ、絶句するあすか先生、逃げ惑う人々。
飛び跳ねて喜ぶ子供、飛び交うシャッター音、実況を始めるインフルエンサー。
落ち武者に助太刀し、天使と戦うサタンちゃん。
紅茶を飲みほくそ笑むバアルゼブル。
♪今日は楽しいひな祭りー!
「どこがじゃーーーー!!」
結局、収拾がつかず、警察やら陰陽師やら神主やらが総出で一日がかりで収め、
このニュースは世界中で知れ渡り、商店街は一躍有名になり、
連日オカルト好きの聖地として賑わうことになったそうです。
めでたし、めでたし。
「どこがじゃー!!」
「楽しかったでしゅー!」
あゆむは、もうひな祭りは絶対にやらないと、そう固く心に誓うのでした。
――――
次回 落ちてきた天使と同居することになった件。
「新たな影」にご期待ください。




