表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
44/57

間章「あすか先生の受難」

「はーい、注目でしゅよー」


エプロン姿のアスタロト……もとい、あすか先生が、

手を叩いて小さな黒板を指差します。


幼稚園の教室ではおもちゃや絵本が散らばり、

つい今しがたまで怪獣のように遊んでいた園児達は、

あすか先生に注目し、絵本やおもちゃを持ったまま、その動きを止めます。


「はーい、今日はみんなにお知らせがあるよー」

「彼氏出来たー?」


(クソが! 抉るんじゃねえよ!)


「違うよー、遠足だよー」

「彼氏は出来ないのー?」


(ぶっ飛ばすぞコラ)


「たけしくん、ちょっと静かにしようねー?」

「あすか先生が怒ったー!」

「子供に怒っちゃいけないんだー!」


複数の子供がキャッキャと騒ぎ、あすか先生は口角を必死に上げますが、

頬がピクピクしています。


(アスタロトに戻ったろか……)

そんな文字通りの悪魔の誘惑が囁きますが、あすか先生はなんとか耐えます。


しかし、ここで、たけしくんがトドメの一言を放ちます。


「そんなだから彼氏出来ないんだよー。俺がなってやるよ」


(やかましいわい!!)


『や』まで出た言葉を、あすか先生はなんとか呑み込み、悪魔の笑みを浮かべます。


(落ち着け……落ち着け……相手はガキだ。

 お前は誰だ? アスタロトだろ)


笑顔の筋肉が限界突破しつつ、深呼吸をし、なんとか声を絞り出します。

周りの園児達は、そんな先生の微妙な表情(かお)に気付かず、

さらにキャッキャと手を叩き始めます。


「えへへ、たけしくんありがとうねー。

 でも先生はね、お仕事が大好きだから、

 今はみんなが彼氏みたいな存在なんだよー?」


(クソガキが!! 彼氏なんて都市伝説なんだよ!! いたらこんな仕事しねーわ!!

 男ウケがいいからやってるだけだわ!!)


たけしくん、目をキラキラさせてさらに畳み掛けます。


「じゃあ俺が一番の彼氏だな! 毎日お弁当分けてやるよ!」


他の園児達もこれにキャッキャと便乗祭りです。


「えーずるいー!」「俺もー!」

「先生はみんなの彼氏だもんねー!」


「あすか先生、今日のおやつは俺が守ってあげる!」

「あたしは先生の髪の毛、匂い嗅いであげるー!」


教室が一瞬にして、ラブコメ会場と化します。

あすか先生は完全に思考停止。

頬は引きつり、目は虚ろです。


(……遠足の話どこ行ったんだよ……

 というか私、今、幼稚園児軍団からモテ期到来してる?

 これ、呪い? 罰ゲーム? 天使以外で誰か助けて……)


そして結局、

「はーいみんなー! 黒板見ようねー。お知らせは、遠足だよー」


「おー! デートじゃん! やったぜ!」


たけしくん、大喜びでガッツポーズです。


 (……もう何も考えたくない……)


あすか先生は、黒板の前で半泣きの笑顔を作りながら、

心の中で盛大に「クソがぁぁぁ!!」と叫ぶのでした。



――――



「遠足ですか?」

「でしゅー!」


7畳の部屋では、サタンちゃんが尻尾をブンブンと振り、

先っぽに巻かれた赤いリボンがゆらゆらと可愛く揺れます。

ピピはそれを見ながら目を細め、サタンちゃんのツインテールを、優しく手ぐしで梳かしてあげます。

サタンちゃんは気持ちよさそうに顎を上げ、続きを催促しているかのようです。


ピピは手ぐしを終えると、名残惜しそうにするサタンちゃんに目線を合わせ、

柔らかい声で語りかけます。


「お弁当は何が欲しいですか?」

「ハンバーグがいいでしゅ! あとタコさんも欲しいでしゅー!」


サタンちゃんはそう即答すると、ぴょんぴょんと跳ねてリクエストします。

ツインテールが尻尾と一緒にフリフリ揺れて、おばけ達がじゃれつきます。


「ふふ、それじゃあ、サタンちゃんの好きなもの、沢山入れてあげますね」

「わーい! ピピママ大好きでしゅー!」


サタンちゃんがピピに抱きつくと、尻尾がより興奮状態でブンブンで、

部屋にちょっとした風が巻き起こっています。


おばけ達は、その風で宇宙人ごっこをしてますね。


「ワレワレハー」「ウチュウジンダー」「ボヨヨヨーン」

「宇宙人でしゅー!」


部屋では自然と笑顔が溢れ、サタンちゃんは注目の的です。

あゆむはサタンちゃんのやりとりをそっと見守り、

ピピは早くも冷蔵庫を確認し、お弁当作りの準備を始めます。


なんだかんだで一番楽しみにしてるのは、ピピなのかもしれません。


「遠足が楽しみでしゅー!」

「ふふ、今からそんなにはしゃぐと、夜眠れなくなりますよ」

「大丈夫でしゅ。妾は悪魔だからすぐ眠れるんでしゅ」

「それを言うなら良い子じゃろう……」


「ところで、引率は誰なんだ?」


(まさか奴ではないよな……)


あゆむのその一言に、一瞬部屋の空気が重くなります。

なない先生こと、七井 瑠亜。

彼女が来るのなら、混乱は避けられません。


しかし、直ぐにそれは取り越し苦労で終わります。


「あちろとたでしゅー」

「それを言うなら飛鳥 露都じゃろう」


件の人物の影はなさそうで、あゆむはホッと胸を撫で下ろすのでした。



――――



一方そのころ……


「ヘックシ!」


(クソー……噂してんのはたけしか!? 遠足行きたくねー)


大悪魔が幼稚園児に振り回されておりましたとさ。



――――



遠足当日、朝8時。


園の前には黄色い貸切バスが停まり、

園児達がリュックを背負ってわいわい集まっています。


「サタンちゃん、遅れますー」

「眠いでしゅー……」


肝心のサタンちゃんはというと、楽しみにし過ぎて夜眠れず、

明け方爆睡で遅刻寸前。

ピピに抱えられながらなんとか間に合いました。


「魔王出勤とは良いご身分でしゅねー」

「それほどでもないじょー」

「褒めてねーよ」


元部下のあすか先生ことアスタロトは、幼女化した元上司のサタンちゃんをいびっておりました。


「はーい、みんな集まったかなー?」


目的地は近場の自然公園。

天気は快晴。最高の遠足日和……のはずが。

あすか先生、エプロン姿でバスの前に立って点呼中です。

すでにその額には汗が浮かんでいます。


「はーい、みんなー! 今日は遠足だよー! 

 ちゃんと先生の言うこと聞いてねー」


(絶対聞かねーよな、このメンツ)


案の定、バスに乗り込むなり、カオス開始。

たけしくん、真っ先に最後列の窓際を陣取ります。


「先生! 俺の隣座れよ! プレミアS席だぜ!」


(んな言葉、どっから覚えてくんだよ、このガキ)


それを皮切りに、他の男の子達も負けじと……


「俺も座りたーい!」「先生は俺の隣ー!」


すると、女の子達も混戦参戦開始です。


「先生の髪触っていい?」

「先生お弁当一緒に食べよー!」


バスの中が一瞬で、恋愛バスと化し、キャッキャウフフ状態!

あすか先生の席は取り合いです。


「あすか先生の隣に座るには、彼氏である俺にウィンナーを貢ぐんだ!」


「ずるーい」「そーだそーだ!」


(帰りてー……ビール飲みてー)


バスが出発して10分。

すでに歌の時間。


「むーすんーでーひーらいてー」


全員で歌うはずが、途中でたけしくんが……


「ここは人生いろいろだろー! 先生デュエットしよーぜ!」


そう言って勝手に仕切りだし、あすか先生とデュエット開始です!


「人生ーいろいーろー」


(いろいろ言えるほど生きてねーだろ、クソが!)


「わー上手! 先生も負けないよー!」


(しかもなんでうめーんだよ、殺意が湧くぜ。

 このガキ、将来歌手か何かになるんじゃねえの?)


実際、たけしくんは将来『剛田タケシー』の芸名で演歌歌手デビュー。

『俺のあすか』を始めとする数々のヒットを飛ばすのですが、

それはまた別のお話……


…………


さて、一行は公園に到着します。

まずは自由遊びタイムです。


虫取り網持って走り回る園児達は、小さな怪獣そのものです。


「怪獣なんて優しいもんかよ」


あの……ナレーターにツッコむの、やめてくれませんか?


ここでたけしくん、カブトムシの幼虫発見して大興奮。


「先生見て! これ俺のペットにするぜ!

 名前は……アスカタロウ!」

「……は?」

「前、先生の友達が、先生を指してそう言ってたの覚えてたんだ」

「き、聞き間違いじゃないかなー」


(それを言うならアスタロトだよ! てかぶっ飛ばすぞ!)


さて次はお弁当タイムで。

シート広げてみんなで輪になるはずが、

当然のように、あすか先生の周りに全員集合です。


早速、おかずの交換祭りが始まります。


「先生これ食べて!」「俺の卵焼きあげる!」

「先生の料理焦げてない?」「お嫁さんになれないよー?」

「大丈夫じゃん? たけしくんいるし」


(うるせーよバカ)


あすか先生、これを笑顔で受け取りながら、

(……これ全部食ったら太るわ)

と心の中で呟きつつ、胃袋が、すでに予感でざわついています。


その予感は見事に当たり、たけしくんが――


「先生、俺のも食えよ。俺、優しいだろ?」と顎に指を当て、カッコつけて誘います。

(ありがた迷惑だよ! クソガキ!)


なお、この後結局色々食べさせられる羽目になったとか……


(クソがぁぁ!!)


…………


楽しい時間も終わり、午後、帰りのバスでは……

疲れ果てた園児達が、少しずつ寝落ち開始。


あすか先生もシートに寄りかかり、目を閉じます。


(……終わった……もう二度と遠足とか引き受けねえ……)


でも隣で寝息を立てるたけしくんが、

寝言で――


「……あすか……好きだぜ……」


あすか先生、鼻で笑います。


(……もう呼び捨てかよ)


周りの園児たちも寝言連発、とても幸せそうです。

あすか先生は、静かに天井を見上げて、

(……私、何の罰ゲーム受けてんだ……?)


けれど、なんだかんだで――


「たまには、悪くないのかもな」


「あちろとた、荷物を持てでしゅー……」

「一回コイツ、シメるか」


あすか先生の受難はこれからも続きます。



――――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ