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間章「ミカエルさん、教会へ行く」

ミカエルさんは並木道を歩き、ゆらりと気晴らしのお散歩をしておりました。

周囲は並木が両サイドに広がる以外、特にこれといったものはありません。


初夏に差し掛かる季節の並木からは、心地よい木の香りが風に乗って飛んできます。

花粉症の人にとってはたまったものではないでしょうが、

やはり木の香りというのは心を豊かにし、ストレスを発散させてくれます。


彼女もそうした目的でしょう。大きく息を吸っては吐く。

これを歩きながら繰り返します。


彼女の長い金髪と白いブラウスが風に揺れ、木漏れ日に照らされる度に輝く様は絵になります。


「悪魔とばかり一緒にいると魂が詰まりますね」


だそうです。


「息が詰まる」とは言いますが、「魂が詰まる」という表現をする人物は、

世界広しといえど、おそらくはミカエルさんただ一人……いえ、一柱だけでしょう。


そう言うと彼女は青いプリーツスカートを軽く払って、真っ直ぐと歩を進めます。


…………


「あそこが良さそうですね」


どれほど歩いたでしょうか。

並木道のはずれ、彼女の目に止まったのは一件の町の図書館です。

時刻は朝9時。


この時間ならば図書館は空いているので、のんびりできそうです。


…………


朝の図書館内では整然としており、しんと静まり帰っております。

人はまばらで、紙の優しい香りが感じられます。


紙の香りというのはリラックス効果があり、

どれほどデジタル化が進んでも、一定数紙媒体の本の需要が残る理由の一つとなっています。


パラリ――そんな音を立ててゆっくりページをめくります。

すると、ほのかにその香りを運んできます。

そうした時、心が落ち着き、よりその内容に集中できるのです。


さてさて、そんなもので、今彼女は窓際のソファに腰掛け、聖書をゆったりと読んでいます。


もう一度言います。読んでいるのは聖書です。

さすがというか、なんというかですよね。


神話に名を残す大天使その人(柱?)が聖書を読むというのは、

例えるならば、アマテラス様が古事記を読むようなものでしょうか。

あるいは明智光秀が、本能寺の変の謎に迫ったドキュメンタリーを読む――


そんなところでしょうか。


どんな気分なのでしょう? 当事者の視点というのは。

大人になってから、小学校時代の担任の先生が書いた日記を読む。


これが我々一般の人間に一番ピンと来やすい例えでしょう。


「……ここの訳は少し違いますね。わたしはそんなこと言ってないのですが」


そんなことを言われましても、この聖書を訳した人物も、

まさか、ミカエルさんご本人が読むなどとは夢にも思わないはずであり、

当事者である彼女に読ませるために、わざわざ書いてはいないのです。


そもそも大天使ミカエル自体が、結構後世ではあやふやな存在です。

大抵の絵画ではミカエルは男性的な天使として描かれていますが、

ものによっては女性的だったり、性別ひとつとっても正確ではありません。


階級にしたって最高位とするものもあれば、あくまでも上位天使程度とするものすらあります。


それで神やそれに属する者の言葉を、一字一句正確に残せというのは、

いささか無理難題が過ぎると言うものです。


しかし、どういうことでしょうか。

ここで奇跡が起こります。


ミカエルさん、彼女が聖書を読みふけりますと――


パアァァァ!


このように聖書から光が発せられ、当時、神の子や彼女が人間達に残した言葉が、

正確なものとなって浮き上がってくるではありませんか。


ただヘブライ語なので、その内容は全くもって不明です。


これを見ていた図書館の他の人はポカーンです。

ミカエルさんが聖書を棚に戻した後、興味本位でそれを開きますが、

当然そんな奇跡は起こりません。


「何も起こらないよね……」

そりゃそうです。


するとミカエルさん、今度は古事記を読み始めます。


古事記とは日本創世の物語が書かれた書物で、日本最古の歴史書でもあります。

聖書とはまた違いますが、日本神道にとってはありがたい書物です。


そんな書物を読み出すと、また奇跡が起こります。


ポエーーーーぺーーーーぺーーーー。


シャン……シャン……


ポン……ポン……よっ……よっ……


このような音や声が聞こえだし、本からはまた光が発せられ、

今度はアニメのような黄色い雲が古事記の周りを取り囲み、

そこから当時のアマテラス様や、歴史上の人物達までもが登場し始めました。


「あの……図書館ではお静かに」

「はい……? あ……これは失礼を」

どうやら遊んでいると思われたのか、係の人に注意されました。


ミカエルさんが古事記を閉じると奇跡は収まり、

彼女はペコリと軽く頭を下げると図書館を後にしました。


その後、係の人が古事記を調べますが、映像投影機もなければ、

当然スピーカーも付いていません。


「何も起こらないよね……」


はい。そりゃそうです。


…………


「ゆっくり読書も出来そうにありませんね」


こればかりはミカエルさんに同情を禁じ得ません。

何せ彼女は純粋に本を読んでいただけなのです。

ただ読むジャンルが悪かっただけで。


ハローが壊れ、強制的な堕天を受けたとはいえ、彼女は序列一位の最強の大天使。

大幅に弱体化しても、神の言葉や物語に触れるだけで、

それが例え異教のものであろうとも、こうして奇跡が起きてしまうのです。


これがマンガ本であればこうはならなかったでしょうが、

そもそも彼女はマンガを読まないので、ある種仕方のないことでしょう。


好きな本を静かに読んでいただけなのに、図書館を追い出されてしまうのは可哀想ではありますが。


…………


「どこへ向かいましょうか……」


図書館という憩いの場を失い、

ミカエルさんは再び周囲をキョロキョロとしながら歩いています。


並木道を抜け、やがて住宅街に差し掛かります。

すると一軒の神聖そうな建物が目に入ります。


「教会……?」


外側の飾りは決して豪華ではありません。

むしろ質素でしょう。

三角屋根の建物に十字架が付いただけの教会です。


「入ってみましょうか」


言うが早いか歩みが早いか、ミカエルさんは吸い込まれるように入っていきます。


「このような作りなのですね」


入口には小さなカウンターがあり、今は人はいません。

おそらく教会イベントの際に誰かが立つのでしょう。


カウンターの左奥にはガラス扉があり、開くと中央に青絨毯が広がります。

その左右には三人がけの小さな長方形の椅子が片側2つずつ置かれ、

奥の台には聖母の像。


そのさらに奥には神の子の絵と小さなステンドグラスがあります。


今は信者の人でしょうか。中年の女性が二人います。

ミカエルさんは軽く一礼すると、聖母の像の前に膝まずき、手を組んで祈り出します。


するとどうでしょう。


ステンドグラスが光りだし、神の子の絵や聖母の象がまるで後光が差すように輝きだします。

外では教会の屋根に光の柱が降り注ぎ、天使が舞い降りています。


一方の室内では「ハァァァァァァ……」という歌声が聞こえだし、

これには信者の女性も両目をパチパチでビッくらポンです。


満足したのでしょうか。

ミカエルさんが立ち去ると女性のスマートフォンから通知が連続で来ます。


「……うそ!? 宝くじ当たった!? 高額!?」

「復縁!? ホントに!?」

「お父さんが回復した!? ガンが全部消えた!?」


ミカエルさんはただ祈っただけですが、どうやらそれだけで神の祝福を起こしたようです。


後日、その教会は「マジモンの奇跡が起きる教会」としてネットで大バズり。

人気のパワースポットになりましたが、

人が多くなったことでミカエルさんは二度と来ることはなかったようで、

逆にそれがネット上で都市伝説を呼び、

尾ひれがつきまくって、彼女の噂を広める結果になったとか……


…………


そんなこんなで彼女の気晴らしのお散歩は終わりました。


めでたし、めでたし。



――――



後日――

「願いを叶える金髪の聖女……? またくだらない噂が、誰ですか」


どうやらネット記事を見て、バカバカしいと息を吐いているようです。


ですがそれは、ミカエルさん。貴女です。

まあ本人がそれを知る日は来ないでしょうが……


――――

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