間章「母の日の笑顔」
時はさかのぼり5月。
母の日を直前に控えたある日のことです。
あゆむの部屋では珍しくあゆむとガブリエルママという組み合わせです。
今日はみんな思い思いの場所に出かけているようです。
ならばガブリエルママはトリエルと一緒なのでは?
そう思うでしょうか。
本日、トリエルはエミエルとして生家にいます。
ガブリエルママは行きたくても行けないのです。
そんな彼女は今、つまらなさそうにテレビを見ています。
特に何を見るというわけでもなく、ただ流すだけ。
「母の日はカーナを送ろう!」
ふとそんなテレビCMが流れたとき、ガブリエルママの目線が動きます。
それは「母の日」というワードに反応したようです。
母の日……母の日……このようにガブリエルママの脳内では、
母の日という甘美なワードがリピートされます。
「貴方、母の日とはなんですか?」
珍しくあゆむに話しかけるガブリエルママに、あゆむはどう返すか考えます。
「そうだなあ……母親に日頃の感謝を込めて、贈り物をするんだ」
「贈り物……?」
「普通は赤いカーネーションだけど、最近は赤い何かを送るってのもあるな」
先ほど流れていたテレビCMは赤いラッピングのチョコレートのものです。
ガブリエルママはなるほど、という目でテレビを見つめます。
――――
ここはガブリエルママの脳内劇場です。
広い舞台が広がり、客席はガブリエルママA to Zで超満員。
舞台上には女優ママとトリエルママが立っています。
「ガブリエルママー! あのね……」
「どうしたんですか? トリエル」
トリエルのコスプレをしたママはモジモジし、
客席のママ達はキャーキャー言ってます。
舞台の照明は落とされ、トリエルママにスポットライトが当たります。
「ママ……だーい好き!」
ここでトリエルママが真っ赤なカーネーションを渡すと、客席からは黄色い悲鳴が。
「キャーーーーーー!!」
「ママ……感激ーー!!」
女優ママの歓喜の叫びが劇場に響き渡り、静かに幕が下ろされます。
客席ではその余韻で涙を流すママすらいます。
――――
「……素晴らしいですね」
「んー……こりゃマズイかもな」
勝った気でいるガブリエルママをよそに、あゆむは不安気です。
エミエルが生前の母の美恵に何かを渡すのは見えています。
しかし、トリエルが何かをするビジョンが見えませんでした。
「今ガブリエルさんの期待は最高潮だ……これで何もなかったら……」
最悪絶望して世界を破壊しかねない。
あゆむはそう考えていました。
確かにガブリエルママならやりかねません。
彼女はやることが極端なのです。
「何か手を打たねばならんな……」
あゆむは目を閉じ思考を巡らせます。
しかし、いい案が浮かびません。
あのトリエルをどう動かすか、それが思い浮かびません。
「いっそ普通に話すか……?」
母の日は笑顔を送る日だ。そう言えばトリエルはやる気を出すでしょう。
けどあゆむは首を横に振ります。
「それじゃあ、ただの地獄絵図じゃい」
トリエルの力が暴走し母娘一緒に大暴走。それは火を見るよりファイヤーです。
あゆむはソファに寄り掛かり、天井を眺めます。
白い天井が目に入るだけで、いい案は思い浮かびません。
「ピピに聞くか」
あゆむはキッチンにいるピピに何か策を練ってもらうようにしました。
…………
「母の日、ですか?」
「何かいい案をくれないか? もうピピだけが頼りなんだ」
ピピだけが頼り。あゆむにそう言われて彼女は満足気です。
くすりと笑い、人差し指をピンと立てます。何か思いついたようです。
「では、こうするのはどうでしょう?」
…………
――――
一方、桜井邸では……
エミエルは「トリエル」として生家のリビングにいます。
目の前には笑顔の母、美恵が紅茶のカップを持って長テーブルに座っています。
エミエルはおもむろにリビングのカレンダーを見ます。
(母の日)
一瞬そう考えますが、紅茶のカップを持つ手が止まります。
エミエルと美恵はあくまでも「優しい嘘」の関係を続けています。
互いに正体を知りながら、転生後の関係性で接する奇妙な母娘。
お互いに知らないフリをする。
自然とそう決まった形ですが、母の日という障害が現れます。
正体を明かせばなんということはありません。
しかし、そうしないと決めたのです。
美恵はそんなエミエルのジレンマを察したのでしょうか。
彼女の手をそっと握ります。
「トリエルちゃんは、トリエルちゃんのお母さんに送ってあげてね」
美恵はそっと微笑み、エミエルの目を見つめます。
それは「母の日の贈り物ならもう貰ってる」そう言っているように見えました。
「貴女と会えたことが最高の贈り物だから」
美恵が何を言いたいのかわかったのでしょう。
エミエルは瞳を潤ませて美恵の手を握り返すと、桜色の笑みで優しく返します。
「トリエルちゃんの笑顔、大好きよ」
「わたしも……おばさんの笑顔、大好き」
贈り物は形だけじゃない。
二人はその気持ちを交換し合い、リビングには笑顔が広がりました。
――――
そうして数日が経ち、母の日がやって来ました。
「本当に上手くいくのか……? ピピ」
あゆむはピピの案に少々不安気ですが、ピピには自信があるようです。
「大丈夫です。任せてください」
ピピは優しい笑顔をあゆむに向けると、あゆむはスマートフォンを眺めます。
時刻は11時、今あゆむはピピとファミレスにいます。
なぜピピといるのかというと……
「トリエルさんの方は大丈夫ですか?」
「ああ、エミエル出来てくれとは伝えた」
「なら大丈夫です。上手く行きますよ」
そんなことを話し合っています。
どうやらこれはピピの作戦なようです。
しかし、ピピのそれは対象がガブリエルママだけではないようです……
「こんな所へ呼び出して、なんの用ですか……」
そこへガブリエルママが不満そうにやってきて、席に座ります。
それとほぼ同時でしょうか、エミエルと美恵もやって来ました。
エミエルの手には大きな紙袋があります。
美恵の方は、これから何が始まるのかわからず、キョトンとしています。
「ええと……ガブリエルママにこれを渡したくて」
そう言ってエミエルはトリエルとしてそれを渡します。
するとどうでしょうか。
ガブリエルママの表情が一気に明るくなります。
「これをママに!? 感激ですー!!」
ガブリエルママは待ちきれないという目でエミエルを眺めます。
エミエルはそっとうなずくと、ガブリエルママは袋の中を確認しますが、そこでピタリと動きが止まります。
どうやらピピとエミエルの考えを察したようです。
「開けてもいいですか?」
「うん」
ガブリエルママの手には小さな箱があります。
それはプリザーブドフラワーのカーネーションでした。
これを見たガブリエルママの目には涙が溜まります。
いきなり呼ばれた美恵は孤独、切なさ……そして――
少々の嫉妬――それらが合わさった表情でそれを見守りますが、
わざわざ見せつけるために、彼女を呼んだワケではありません。
袋の中にはもう一つ箱があるのです。
しかし、それをエミエルが直接渡せない。
だからガブリエルママが必要なのです。
ガブリエルママは一度息を深く吐くと、複雑な瞳でやり取りを見守る美恵に、
もう一つの箱を見せ、切り出します。
「実は天界より、一つ贈り物がありまして。貴女に渡して欲しいと、とある娘さんから」
ガブリエルママがここまで言うと、美恵の目が大きく見開かれ、
エミエルを見ますが、エミエルはあえて知らないフリをします。
これも嘘です。
本当はエミエルは、あゆむから事前に内容を聞かされていました。
その上で贈り物を二つ購入していたのです。
エミエルとして渡せなくても、恵美として渡せる方法があると。
美恵はトリエルを天使だと知っています。
ともなれば、ガブリエルママも天使だと知っているのです。
「恵美から……」
ガブリエルママから渡されたのは同じ箱。
箱には「大好きなお母さんへ。恵美」
このように書かれたメッセージカードが挟んでありました。
これこそがピピの案、
ガブリエルママとエミエルを通じ、二人のママに笑顔を送ろうという作戦だったのです。
思わぬ贈り物に美恵からは涙が溢れ、彼女は顔を手で多いテーブルに突っ伏してしまいます。
「恵美……」
「ピピ、俺らは席を外そう」
あゆむがそういうと、ピピは静かにうなずき、
テーブルには生前と転生後の母娘だけが残りました。
美恵の涙にガブリエルママも込み上げるものがあったのか、
目を指で拭うと、美恵に優しく語りかけます。
「貴女の娘さんの……恵美さんの生前の話を聞かせてください」
美恵はしばらくテーブルに突っ伏した後、同じように涙を拭い、
笑顔を作ってから返しました。
「いいですよ。その代わり、トリエルちゃんのことも聞かせてください」
「もちろんです! トリエルへの愛では負けません!」
ガブリエルママは天界時代のトリエルの話をし、
美恵は生前の恵美の話をしました。
両者はお互いに娘の知らない時代の話を交換し合い、
互いを母親として認め合いました。
それ以降、ガブリエルママは美恵とママ友となり、
たまにトリエルと一緒に桜井邸へ遊びに行くようになりました。
…………
――――
「今日は何をして遊ぼうか、トリエルちゃん」
「『ママ』とゲームがしたいな」
エミエルの笑顔に二人のママは笑顔でうなずき、ゲーム機の前で座ります。
「手加減はしませんよ。美恵さん」
「お手柔らかにね」
これからもこんな日が続いてほしい。
エミエルは桜色の微笑みでそう願うのでした。
――――




