五話「笑顔のホワイトデー」
白く、色あせた世界、夢。
「……ハ……イイノ?」
白く何もない空間。ただ声だけが響きます。
自分の体はどうなんているのか、どこにいるのか、そうした情報は一切入っては来ません。
白い。それだけがわかる空間にいます。
「キミハ……ソレデ……イイノ?」
性別も分からないその声は、たった一言、それだけ言って沈黙します。
そうして世界は白く輝きます。
――――
日本の神界、高天原。
高天原大社の内部に存在する完全会員制ホストクラブ、
ホスト高天原ではホワイトデーの集いという、大摂取会が開かれておりました。
「さあウリエルさん、今日はひいきのホストさんから、ホワイトデーの贈り物がありますよ」
葉巻をふかしながらそう不敵に微笑むのはアマテラス様です。
反乱を起こした地獄を数分で鎮圧し、賠償金をせしめたことで、高天原の財政はさらに潤い、
黄金のライターと灰皿が彼女の隣で光り輝いております。
「ウリエル、綺麗だね」
「そ、そんなこと……」
「またこの間みたいに、君の部屋で過ごしたいな」
ホストはウリエル様の真っ赤に染まった耳元でささやきます。
ウリエル様は髪をハーフアップにし、赤いワンピース姿という本気モード。
メイクもバッチリです。
君の部屋で過ごしたいと言われ、もうクラクラのようです。
「シャンパン、飲みたいな」
「じゃ、じゃあ……頼んじゃおっかな! 高天原スペシャルで!」
「はーい! シャンパン入りまーーーーす!! 高天原スペシャルでーす!」
「ヒュゥゥゥゥゥゥ!!」
既に待っていたのか、奥からシャンパンタワーがカートと共にやって来て、
ホストが手拍子をします。
「ウーリエル、ウーリエル、ウーリエル」
「シャンパン……サイコー!」
「ヒュゥゥゥゥゥゥ!!」
…………
「アマテラスーこれー」
「なんですかこれ?」
ベロンベロンになったウリエル様が渡したのは、件の亡者失踪事件の資料でした。
「調べとけー!」
「……全く。まあ、それだけ酔ってればお持ち帰りは無理ですねえ……
フフフ、残念」
はなからさせる気がなかったアマテラス様は、泥酔したウリエル様を見下ろし、
満足気に笑います。
「これでもうこの小娘はわたくしの意のまま」
……
「これは……」
アマテラス様は扇子で顔を覆うと、その裏側では、笑顔が消えておりました。
――――
ぶーーーーーー!!!!
そんな強烈な音とかほりであゆむは眠りの世界より、強制的に引き戻されます。
「んぎゃあ!?」
あゆむはあまりの強烈なかほりに鼻を押さえます。
その臭い、例えるならば、卵を腐らせそこに腐った肉を加えたような、
そんな臭いです。
そして、そんな事をいきなりやってくる不届き者は限られるわけです。
「おのれぇでぇやああ」
よほど臭かったのか、もはや何を言っているのかわかりません。
「あゆむーん! ホワイトデーの贈りものよー!」
「いるかー!!」
「あゆむーん! イルカよーん!」
するとイルカに化けたポンポをアッチがシュート!
あゆむのアゴにスコーン!
ポンポは「クァクァクァクァ」と鳴きながらお尻をポポポポポン!
「そっちのいるかじゃねえ!!」
「お姉様とお呼び!」
「それはもう終わっとるわ!!」
毎度毎度絡んでくるアンポンタンに、あゆむはゼエゼエです。
バアルゼブルやガブリエルママも、基本あゆむの敵側ですが、
アンポンタンはその中でも群を抜いた宿敵です。
前世でなにか恨みでも買ったのかというレベルであゆむに絡んできます。
「はあ……」
そんなため息が漏れて、あゆむは窓辺で目が合った人物に声をかけます。
「見てたなら助けてくれよー、エミー」
「エミ」という言葉に反応したのでしょうか、
トリエルに見える彼女はビクッとして目を逸らします。
「よく分かったね」
「顔つきでわかるんだ」
わかると言われて嬉しいのか、エミエルはちょっとモジモジとしています。
体を揺らし、羽をいじる姿が、あゆむの目に愛らしく映ります。
そんなエミエルに、あゆむはあえて意地悪な質問をします。
「んで、お前は俺と奴ら、どっちの味方じゃい」
「……わたしは笑顔の味方だよ」
まあわかっていた答えです。
エミエルにとって、あゆむは大切な初恋の相手ですが、
アンポンタンは自分の力で生み出した家族なわけで、
どちらの肩入れもしづらいわけです。
どちらかを上げればもう片方が沈む。
彼女が言った笑顔の味方というのは、そういう意味です。
なので、どっちの味方だと言われ、申し訳なさそうにしています。
今は真っ直ぐあゆむを見つめ、頬を桜色に染めています。
――ちょっと意地悪過ぎたか。
今になって少しそんな気になり、奥に座るエミエルのもとまで歩いて行くと、
彼女の頭をくしゃくしゃと撫でます。
髪をくしゃくしゃされて「むー」という顔を浮かべますが、
どこか嬉しそうです。
「……おばさんのところに行ってくるね」
「あ……」
エミエルはそういうと真っ直ぐ玄関へ向かい、ガブリエルママは寂しそうに手を伸ばします。
「ミカエルー、サタンー、今日はホワイトデーだと知っていますかー」
何を思ったか、彼女はそんな事を突如口にします。
すると――
ペチン!
「お前ー! ホワイトデーとはなんじゃー!」
「おのれー……バカ親め、腹いせをしよったな」
どうやらトリエルことエミエルの心があゆむにあって面白くないようです。
問題を大きくするために、サタンちゃんとミカエルさんをけしかけます。
ペチン!
聞き慣れない言葉にサタンちゃんは興味津々で尻尾を振っています。
あゆむをビンタするレベルで。
ペチン!
「痛いんじゃい!」
「ホヤイトデーとはなんじゃー!」
「わたしも知りたいです」
そこに面倒臭い金髪ロングの美少女も参戦します。
彼女が関わると問題が大きくなります。
「ホワイトデーは男性が意中の女性に贈り物をする日ですよー」
「おのれバカ親……面白がってからに……」
「ほう! しょうにゃのかー! ほほー!」
「なるほど……ま、まあどうしてもというなら」
「人間! 妾にもちろんあるのじゃろー!」
「いやー……うん」
「はっきり言ってやってください。悪魔にはないって……フッ!!」
「なんじゃとー!?」
そんなやり取りを聞いて業を煮やしたのか、
奥から赤い目を見開かせた怨霊がゆっくり……ゆっくりと歩いてきます。
前かがみの姿勢で、口を大きく開け、髪を振り乱した怨霊が……!
「だから怖いんじゃい!」
「はっきり言ったらどうですか……? あゆむ様はピピだけのものだと」
「ピピには譲るが、この天使には譲らんじょ!」
「全く……醜いですね。ですが、勝者は決めねばならないでしょう」
カーン!
その時、突如ゴングが鳴り、問題をさらにややこしくする宿敵が現れます。
「さあやってまいりました! 修羅場です!
司会はオイラ、アンポンタンのアッチ、
解説はバアルゼブルの兄貴です」
「よろしくお願いします。ククク」
「酷いわー! お前だけとか言っておきながらー!」
「浮気者ー!」
テーブルに腰掛け、優雅にあゆむのお金で買った紅茶をすすりながら、
バアルゼブルは悪魔の微笑みで修羅場を愉しむと、
顔だけピピになったポンポとタンタも参戦、修羅場が加速します!
「おーっと、ここで黄金の林檎が投げ込まれたぞー!」
そう言うとアッチは金に塗りたくったリンゴをぽーい。
そこには「最も愛するものへ」と書かれております。
「ギリシャ神話かー!!」
「ほう……懐かしいですねえ……ククク」
「黙れい、生き証人!」
「中々良い余興になりそうですね。バアル」
「そうですね、ガブリエル殿」
「おのれらー……」
もはやガブリエルママは、天使の皮を被った悪魔なのではと、
そう思うあゆむでした。
一方、黄金のリンゴが投げ込まれたことで、会場はさらにヒートアップ!
サタンちゃん、ピピ、ミカエルさんがあゆむに詰め寄ります。
「人間! もちりょん妾じゃろ!?」
「あゆむはピピだけのものですよね……?」
「人間が天使を愛することは当然です。言ってあげなさい。ミカエルと」
問題を大きくされ、詰め寄られる修羅場に、
もはや誰を選んでも惨状は避けられそうになく、あゆむが選んだ一手は……
「逃げるが勝ちじゃあー!!」
「おーっと!! 玄関にダッシュして逃走!!
しかし、サタン選手が角電撃で攻撃だ!」
ビビビー!
……そんな技、あったんですね……
「逃がしゃんぞ!」
「いぎゃぎゃ!! いつ覚えた!? んな技ー!!」
あゆむは何とか玄関を開けますが、今度はピピが――
「逃がしませんよ……」
あゆむの後頭部にアイアンクローを決めて、そのまま外に放り投げます!
「ほげぇ!!?」
あゆむはアスファルトに打ち付けられてダウン!
しかし、何とか立ち上がりゼエゼエと走りますが、ここで新破壊神の登場です!
「神よぉぉぉぉぉ!!」
「ハァァァァァ……アアアアアア!!!!」
光の柱の祝福を受けたミカエルさんが一時的に天使に復活!
青い剣を上空に掲げます。
「おいバカやめろー!! 人間に使うなーーーー!!」
「この……無神論者ーーーー!!!!」
チュドドドドドドドーーーーン!!!!
「ぎょぇぇぇぇぇぇ!!」
ミカエルさんの|大天使奥義・イクスキャリバー《約束された破壊の魔剣》であゆむは町ごと吹っ飛ばされるのでした。
後に残ったのは黄金のリンゴと、軌道上に転がる無数の瓦礫、
泣き叫ぶ声の地獄絵図でした。
「なんて天使じゃああああああ」
あゆむはピューーーーっと飛ばされて、その尻拭いはウリエル様がしたそうです。
――――
白い壁の小さな家、桜井邸。
桜井恵美ことエミエルは、生前の母、美恵と一緒にリビングでお茶を楽しんでいました。
「あゆむ君、来るといいね」
「うん……」
バレンタインデーでチョコを渡し、初恋に夢中な生まれ変わった娘を、
美恵は嬉しそうに眺めます。
今目の前にいるのは厳密には桜井恵美ではありません。
生物学上、二人はあくまでも他人です。
しかし、エミエルの中にいる存在は紛れもなく桜井恵美であり、
こうして再び母娘で同じ時間が過ごせるのは、
幼くして亡くなった、恵美の人生のボーナスタイムと言ってもよいでしょう。
やりたくても出来なかったこと、病気にさえならなければ出来ていたことが、
今こうして「恵美」として出来ているのです。
…………
ピンポーン。
そうこう話しているうちに、インターホンが鳴らされ、
エミエルは美恵に背中を押され、真っ赤な顔で玄関へ向います。
「おばさん応援してる」
…………
「よう」
「あゆむ君、来てくれたんだ」
あゆむがちょっと照れくさそうにしていると、
美恵がニヤニヤしながら手招きします。
「じゃあ、お邪魔します」
「あー……おばさん買い物に行かないとー!
ちょっとお留守番頼めるかしらー!
ありがとー!」
あゆむが室内に入るのを確認すると、美恵はわざとらしく手を叩き、本当に買い物へ向かいます。
仕方ないので、残されたエミエルは恵美の部屋に案内します。
「座って……」
「ああ」
あゆむはエミエルに促されるまま、ベッドに腰掛け、
それを見届けるとエミエルも少しだけ離れた位置で座ります。
しばらく二人は何も話さず、壁時計の音だけが部屋に響きます。
エミエルは髪をいじりながら、桜色の顔で期待を含んだ恥ずかしげな表情で、
あゆむをチラチラと見つめます。
その視線に耐えかねたのか、あゆむが後ろに持っていた包みを渡します。
「ほら、お礼……」
「開けていい?」
渡されたのは直径30cm程の箱で、青いラッピングがされています。
エミエルはそれを時間をかけ、ゆっくり丁寧に開けると中から出てきたのは――
「腕時計?」
それは桜色の小さな腕時計でした。
ペアウォッチかと思い、箱を調べましたが、どうやらそうではないようです。
「天使の時間って俺はよくわからないんだ。
でも、これがあれば同じ時間が過ごせるだろ」
それは、一度時間の輪から落ちてしまった恵美への気配りでした。
それがあれば美恵とも、そして自分とも同じ時間が歩める。
そんな意味なのだとエミエルは理解し、胸に手を当てます。
「……嬉しい」
エミエルは桜色の微笑みの天使ですが、その目からは涙が零れます。
あゆむはそんな彼女の顔を真っ直ぐに見つめると、
彼女の顔があゆむに近づき――
「!?」
あゆむとエミエルは三度目の口付けを交わしました。
その唇はすぐ離されましたが、彼女の髪から香る花の香りが、
その余韻を高めます。
「……大好き……おかしくなっちゃうぐらいに」
絞り出すように、エミエルは高揚しきった表情でうつむくように言いました。
あゆむも、自分に対して想いを寄せてくれている。
それは彼女も理解しました。
腕時計を選んだのは、まだ本気にはなれないけれど、
それでも想っている。
そんな気持ちを込めた最大の贈り物だったのだと、
エミエルはそのようにあゆむの気持ちを解釈し、
それにそっと答えました。
「エミ。俺も――」
「ダメだよ……ピピが泣いちゃう」
「お前だけ告白しておいてズルいぞ」
エミエルは何も言い返せませんでした。
自分自身で、今のはズルいと思ったからです。
「エミ。聞きたくないなら、それでいい。これが答えだから」
あゆむはそう言って、エミエルの口を塞ぎ、
甘酸っぱいホワイトデーはエミエルの名が示す通り、桜色の笑みで幕を閉じました。
――――
なお、あゆむはこの後の夕食を桜井邸で過ごし、
夕暮れ、玄関で仁王立ちするピピ、ミカエルさん、サタンちゃんに土下座して、
なんとか許してもらったそうです。
「あゆむ様はピピのものですから……」
冷たい身体で抱きつく彼女はちょっとだけ怖かったようです。
――――
次回 落ちてきた天使と同居することになった件。
「ゴールデンウィークは地獄旅行」にご期待ください。




