四話「山だ! 川だ! トリエルだ!」
雲の上の小さな楽園、天界。
どこまでも白い空間に黄金色の椅子が一つ置かれる神聖な「謁見の間」
そこに威厳のある女性の声が響きます。
「入るぞ」
バーン! という音を立て、扉が蹴りで開けられました。
「ウ、ウリエルちゃんさぁ……も、もうちょっとおしとやかに……」
最近はすっかり立場が逆転してしまって、
神様はウリエル様にタジタジです。
「今何を隠した」
「ワ、ワシちゃんは何も知らんよ! 知らんもん!」
ジト目で睨みつけ、背中の赤い翼を燃やすウリエル様を前に、神様は脂汗がダラダラ出ます。
「もう一度言うぞ……何を隠した」
「すみませんでしたー!!」
出したのは飴玉でした。コーヒーの。
「神よ。貴方は糖尿予備軍では?」
「い、いやこれシュガーレスよ? キシリトールよ!?」
ウリエル様はそれを奪い取るとバリボリ噛み始めます。
噛む派なんですね。
「と、ところでワシに何か用かな?」
「最近、あの世から亡者が失踪している。もう知っているはずだ」
「うーん……どうもおかしいのよー」
「おかしい?」
神様は長い髭を手で整えながら説明します。
ウリエル様は真っ直ぐ神様を見つめ、真剣な表情です。
「亡者の失踪は色んなあの世で起きてるんだけどね、
前後で変な目玉が目撃されてるのよ」
「魔物の手によるものだと? いや……この場合……」
いや、違うな。とウリエル様は言ってから、自分自身でこの発言を否定します。
魔物の類は暴れるだけで、この様な大掛かりなことは出来ない。
それは共通していることです。
「うん。どう考えても神だよね。
でも、どこのあの世にも、そんなことができる神がいないのよー」
「……そういえば、ミカエル様が邪神に取り憑かれた際、
最後モヤのようなものが消えていったな……」
「確かミカエルちゃんは異世界に行ってたよねー?」
「つまり、神よ、貴方はこの件には異世界の邪神が関わっていると?」
「そうとしか思えないのよー。
起こりだしたのがミカエルちゃんの帰還からよ」
「確かに……迷惑な置き土産だ」
だとしたら厄介だな。と、ウリエル様は心の中で呟きます。
何せ情報がないわけです。
未知との相手には何よりも情報が物を言います。
情報があれば対策もとれますし、相手の弱点なども探れるわけです。
しかし、異世界の神となると、当然何の情報もない。
「とはいえ、ミカエル様を責めるのはお門違いか……」
ミカエルさんは異世界に無理やり飛ばされた被害者です。
そこで邪神に取り憑かれ、エミエルの力で浄化はされたものの、
邪神の力が強すぎて天使の輪、つまりその根源を失ったわけです。
ウリエル様は背後にうごめくものの強大さ、その片鱗を見ています。
かの邪神の力は、最強の天使であるミカエルさんすら抗えませんでした。
「またエミエルの力を借りることになりそうだな……」
ウリエル様はそう言って下界、その方向を謁見の間の床の上から眺めるのでした。
謁見の間からは冷たくて重い空気が流れ、
未知の邪神、その恐怖を掻き立てるものとなりました。
…………
――――
あゆむの部屋は今日も今日とておばけ動物園です。
7畳間に7人とおばけ6匹というぎゅうぎゅう詰め。
ともなれば……
ぷーーーー!
朝からこんなこともあるわけです。
「……この!」
ガブリエルママはゴミを見る目で風を起こし、あゆむを飛ばします。
そこをバアルゼブルが「お返しします」と蹴り飛ばし――
「へげぇ!!」
「C'mon Baby!!」
アッチがバットでスカーン!!
あゆむは床にどてーんと熱い抱擁!
そこをタンタが尻尾でターン――とビンタ!
ポンポがお尻でポンポンと歌舞伎風に煽ります。
「いよ……いよ……いよ……いよーーーー!!」
ターン!
「……プスッ!!」
ガス切れのようです。
「……チッ」
「チッじゃねーわ!! やっぱりお前じゃないかい!!
人に濡れ衣を着せおってからにー!!」
「アッカンベー!」
彼らアンポンタンはそう言って散々煽った挙げ句、
おばけの特権を使い姿を消し、周りの他のおばけもケラケラケラ。
こうなったらもう見分けが付きません。
「ガブリエルママー、またやってるー」
「本当に飽きませんね」
「好きで絡まれておるわけじゃないわ!」
キッチンからピピが朝食を運んでくると、トリエルと共に苦笑いです。
あゆむも否定のツッコミを入れますが、毎度のことなのでもはや諦め気味です。
「必要ならわたしが祓ってあげてもいいですよ……?」
「やめて差し上げてください」
おそらく好意でミカエルさんが除霊を名乗り出ますが、
絶対にシャレにならないので丁重にお断りをします。
「全く、朝からえらい目だな」
あゆむはそんなことをボヤきながら窓辺へ行くと、そこに手を付き外を眺めます。
視線の先は遠くの山、そこはあゆむにとっては今や思い出深い場所です。
そこへピピが近づくと、あゆむの視線を追います。
「何を見ていたのですか?」
「向こうの山だよ。もう1年以上経つんだなと思ってね」
1年……この言葉にピピも分かったようで、そっとあゆむの手を握ります。
「わたくし達が出会った場所ですね」
そう、あゆむの視線の先はかの廃墟ホテルがあった山です。
そこから今のカオスな日常が始まり、1年以上が経ちました。
そしてそこはピピにとっても忘れられない場所です。
生前の彼女、「氷室 美華」はそこで自殺した怨霊でした。
その後トリエルに浄化され、ピピとなったのです。
彼女自身「氷室 美華」の名はもう覚えてはいません。
しかし、自身が恨みと絶望の果てで首を吊った場所と言うのは、
中々どうして慣れるものではありません。
生前死んだ場所……そんなピピの思いをくみ取ってか、
あゆむがピピの肩を抱くと、ピピはあゆむの腰に腕をやり、
窓から見える梅の花を見つめます。
「綺麗ですね」
「……そう言えば、結局花見は中止になったんだよな」
去年の4月、桜の花を近所の中央公園で見に行った際、
そこで当時のサタンの瘴気により、会場は混乱。
その時、トリエルの真の権能「笑顔」が初めて発動しました。
――二度と体験できなさそうな濃い1年だったな。
そんな思いが、ふと胸の中に浮かんできます。
「花見に行くか」
そうぽつりと出た言葉にピピが反応します。
「お花見ですか?」
「もちろん、まだ桜は見れないから、梅だな」
そう言ってあの山を見ます。
遠くに鮮やかな梅の花がぼんやりと見え、
ピピもそれを見つめます。
「行きたいです」
そう言って、あゆむの手を握るピピの反応に、あゆむは背中を押されます。
ピピにとってあの山は辛い場所ではもうない。
そんなことを言われた気がしました。
「トリエルも行くー!」
花見というキーワードに反応した破壊神がバンザイ姿勢でカルガモダッシュ。
トココココと、音が聞こえてきそうなニコニコ顔で迫ってきます。
彼女のことを知らない人が見れば「何この天使、尊い」でしょうが、
あゆむは彼女のことを知っています。
なのでおそらく、「何この天使、尊い」となるでしょう。
「えへへー! 一緒に行くー!」
ですが、いくら破壊神とはいえ、彼女の笑顔は間違いなくエンジェルスマイルです。
抗うには悪魔の心が必要でしょう。
「わーってるよ」
このようにあゆむは諦めとも、妹も見る兄とも取れる目でトリエルの頭を撫で、
部屋を見渡します。
「トリエルが行くならば、ママのわたくしも当然同行しますよ」
「では執事の私も」
ガブリエルママがメガネを押さえ、バアルゼブルが敬礼で答えると、
ペチン!
「妾もちゅれてけー!」
「どうしてもと言うなら……ついて行ってあげますよ?」
サタンちゃんと、めんどくさいツンデレも手を挙げます。
「んじゃ、みんなで行くか」
なにか忘れている気もしましたが、どうせ着いてくるだろうと、
あゆむはあえてソレを無視して支度をします。
「ではお弁当を作りますね」
ピピは花見が決まったことで嬉しそうにキッチンへ向かい、お弁当の準備を始めるのでした。
…………
目的地である山にはバスで向かうことになります。
それ自体に問題はないのですが、問題があるとすれば、
それはあゆむ達の絵面、そこであると言えるでしょう。
「なにあのタキシードの人イケメン!」
「ゴスロリの女の子までいるー」
「え? 何かの撮影? コスプレ大会?」
などとイヤでも注目されるわけです。
しかもそこに
「やはりわたくしの可愛い可愛いトリエルは、人間達を魅了するのですね!」
などと気を良くするバカ親が混ざれば、そこはちょっとした撮影会場に早変わりです。
バアルゼブルが面白がってポーズを決めるとシャッターの嵐。
トリエルや金髪美少女ミカエルさん、
尻尾フリフリのサタンちゃんにまでポーズのリクエストが飛んできます。
バスの車内で。
これにはあゆむも苦笑するしかなく、運転手さんも咳払いです。
…………
「ふう……麓まで来たな」
以前肝試しで来た時は友人の車で来ましたが、バスで来るとまた雰囲気が違って見えます。
ふと背後からふわりと森の香りが広がり、振り向くとピピがあゆむの手を握っていました。
左手につけたイミテーションの指輪が麓の木漏れ日で輝き、ピピがニコリと微笑みます。
「おーー!! 向こうに川があるじょーー!!」
どうやらサタンちゃんは川を見つけたようです。
尻尾をフリフリしてピョコピョコダッシュで一直線です。ピョココココ!
「今の季節は冷たいぞー」
「行っちゃいましたね」
「しょうがない。追いかけるか」
…………
「うわっ! ちめた!」
「だから言ってんだろー」
あゆむが追いつくとサタンちゃんは既に川遊びを満喫中です。
水をバシャバシャ飛ばしています。
「なんだかふざけた桃でも流れてきそうですね……」
「流れてきてたまるか!」
ガブリエルママの言葉に先日の夢が思い出され、思わずツッコミが出ます。
……が、その時です。
どんぶらこー!
どんぶらこー!
と大きな桃が上流から3つも流れてくるではありませんか。
「なんでやねん!」
「わー! 桃だー!」
あゆむのツッコミも虚しく、トリエルはパタパタと飛んでその桃をキャッチ。
それを土手まで運ぶとまじまじと眺めると
「ガブリエルママ切ってー!」と呼びます。
これにはバカママさん「はーーい!! トリエルちゃんのためなら何でもしまーーす!!」と大喜び。
桃をズバァ! と切ると――
「|Hiya, Georgie!《ハーイ、調子いい?》」
中からは桃太郎ならぬ、アンポン太郎がポポポポーン! と大ジャンプ!
そのままあゆむに頭突きでドカーン!
「ぐぇ!?」
あゆむは後ろからバターン!
「|Aren't you gonna《置いてこうたって》 |say, hello?《無駄だからな?》」
「| I'm not supposed to take stuff 《おのれ》 |from strangers.《もう》 |My dad said so.《騙されんぞ》」
「|You float too!《鬼退治だぜ!》」
するとアッチが小さな桃をあゆむの口へ入れると、
ポンポが「よ!」とお尻をポポン!
その音に合わせてタンタが尻尾で頭をターン! であゆむは桃をゴックン!
「よっよっよっよっよっよ……」
次々と歌舞伎風のお尻鼓の音に合わせて桃が口の中へ!
「もがへへへへりゃ!!」
「いよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉお……!!」
ポポン!
ターーーーン!!!!
チーン……
ここであゆむはブラックアウト。
遠のく意識の中、バカママの笑い声やドS執事のクククという声が聞こえ、
あゆむは「シンデレラもこんな感じだったのかな」などと思いを馳せて気を失いました。
…………
「気が付きましたか?」
あゆむがピピの膝枕で目を覚ますとそこは梅の木の下でした。
風が吹き、梅の花がさ……と揺れると、
あゆむの鼻には花の香りと共に、
ピピの髪から森の香りも届きます。
既に周りにはお弁当が広げられ、
トリエルがむしゃごく! と爆速食いをしております。
「おいちー!」
「まけんじょー」
サタンちゃんも負けじと爆速食いに挑みますが、しかし――むしゃしゃ、ごく!
まだ本家には勝てなさそうです。
「どういう争いしとんじゃい」
「トリエルちゃんお上手ー!」
「低レベルの争いですね……」
既に会場は出来上がっているようで、
ミカエルさんは早食い勝負に呆れ顔ですが、
サタンちゃんは腰に手を当てドヤ顔です。
「うあー!? さては妾に負けるのが怖いのだなー!? うあー!?」
カッチーン! と判りやすい顔芸をしますが、
お行儀の良いミカエルさんでは早食いで絶対にサタンちゃんには勝てません。
ふん……とミカエルさんそっぽを向き、
サタンちゃんが福引き対決で負けた雪辱を果たしたと確信し、
「だーっはっはっは」
――という高笑いが響いた時です。
「あーーーー!」
ミカエルさんが山の方を指さし、
一瞬の隙を突いてトリエルのシルクハットをぽーい!
ミカエルさんは出てきたハローを自分の頭上に置いちゃいます!
「ほえー?」
驚くトリエルをよそに、ミカエルさんはニヤリ……
「アハハハハ!! 昔の姿に戻して差し上げますよ!! お姉様!!」
「Hello」
なんと今回はミカエルさんの頭上でトリエルのハローが輝きました。
さあ……反撃開始だ……
ゴゴゴゴゴゴ……
「お前! ずるいじょー!」
「お姉様は昔のお姿がお似合いですよー!」
「わー! すごーい!」
「お前は感心してんなー!!」
激おこモードのミカエルさんが、トリエルの表の権能を無理やり使い、
サタンちゃんを対象にします。
するとサタンちゃんは巨大化し、魔王サタンちゃんに!
「ギャオーーーー!」
7つの幼女ヘッドを持つサタンちゃんがブレスをギャオー!
「なにしとんじゃおのれー!!」
あゆむのツッコミも虚しく魔王サタンちゃんは大暴れ!
「ギャオーーーー!!」
「やめやめやめいーー!!」
ポミーーーー……ドゥゥゥゥゥゥゥン!!
サタンちゃんのブレスが山をドカーーーーン!
廃墟ごとボーーーーン!!
「フハハハハハ!! 山がゴミのようじゃ!!」
「どこの大佐じゃーーーー!!」
ポミーーーー!!
今度は遠くの町もボーーーーン!!
「フハハハハ!! バロスじゃバロスじゃ!!」
「ワロスみたいに言ってんじゃねえーーーー!!」
さらに壊れた廃墟からは黒いモヤに包まれた大きなタコまで出現!
「プシュシュルルルルー」
水族館にも現れた巨大タコは触手に生えた無数の目であゆむ達をギロリ。
すると地上に空間の裂け目のような穴が開きます。
「オォォォォ……」
「eがoは、たノsiいな」
空間の裂け目からは影のような人型が、赤い目を輝かせ不気味な叫び声をあげて、
もう辺りは地獄絵図です!
「ミカエルーーーー!! 責任とらんかー!!」
「いいでしょう……神よぉぉぉぉぉ!!」
ミカエルさんがトリエルのハローをぽーい!
するとミカエルさんの頭上に砕けたハローの残滓が集合!
権能が限定的に戻ると宙に浮きます。
「悪魔は滅ぶべきなのです!!」
ミカエルさんはそう叫び、羽ばたくと光の羽が槍となって地上に振り注ぎます!
チュドドドドドドドーーーーン!!
それが一つ落ちれば家屋を破壊。
二つ落ちれば町を破壊。
三つ落ちればもうそこは焼け野原の地獄です。
「インドラの矢ですか……懐かしいですねえ。
最後に使ったのはいつでしたか……」
「ほう……あれが」
ガブリエルママとバアルゼブルは呑気に解説する中、
ミカエルさんの天使奥義で地上がメッチャクチャ!!
「悪魔なんてぇぇぇ!! どぅわいっ嫌いよぉぉぉぉ!!」
ぜーーーーんぶドカーーーーン!!
周りは見渡す限りの平原と化し、
山も町も謎のタコもぜーんぶ綺麗さっぱりです。
「ふう……悪魔は滅びました」
「悪魔はおのれじゃー!!」
神話の大天使と悪魔の姉妹喧嘩に巻き込まれ、あゆむのお花見はまたしても中断となり、
新たな破壊神に頭を抱えるのでした。
「ミカエルとサタンは分けねばならんな……」
果たしてそんなことは出来るのでしょうか……
「無理だと思うじょー」
「やかましい!!」
…………
――――
どこかの異空間、イ・クウカーン。
暗く何もない虚無の空間に、それはいました。
周囲には無数の顔のない人型のような何かが漂い、
その中央には腕……いえ、指が触手の黒い人型の影がいます。
それは男性のような影で、真っ黒いでどこまでも先が見えない。
そんな影です。
「……笑顔は、楽しいな」
その影は、そう言いました。
「……もうすぐ、キミ達に笑顔が届けられそうだよ」
その影に顔はありません。
しかし、その影は、確かにその瞬間『嗤い』ました。
――――
次回 落ちてきた天使と同居することになった件。
「笑顔のホワイトデー」にご期待ください。




