一話「歩のカオスな誕生日」
どこかの異空間、「イ・クウカーン」
暗く何もない虚無の空間。
そこには無数の赤い目がいくつも不気味に光り、そして黒い触手が虚空より伸びています。
「あの力は……なんだ……」
あの力、それはすなわちエミエルの権能を指しています。
このものはミカエル様に取り付いていた邪神。
虚無の異空間より来る這いよるもの。
全てを嘲笑し、混沌へ導く悪。それが形をとったものです。
このものはミカエル様に取り憑き、エミエルと戦いましたが、
エミエルの権能を前に敗れ去りました。
「調べる価値があるな……」
かの邪神は嗤い、その触手を伸ばします。
触手の先が、空間の薄い膜をそっと押します。
破るのではなく――ただ、形を確認するように。
笑顔――人間の笑顔。
その権能が持つ力の構造を、邪神は静かに、丁寧に、分解し始めます。
「笑顔は……楽しい」
――――
雲の上の小さな楽園「天界」
雲の上の楽園では、人々の祈りから出来る光の粒を集め、イルミネーションを作っているようです。
赤や青に煌めき、とても美しいですね。
「なんの騒ぎだ……」
普段見かけないそれに、ウリエル様は不審に思っていますね。
また何か企んでるなと言わんばかりです。
「神よ、入りますよ」
するとそこにいたのは赤い三角帽子を被った神様です。
手にはクラッカーもありますね。
「何してるんですか?」
いつものジト目で睨むウリエル様の前に、神様はクラッカーを鳴らします。
その目は期待半分、恐怖半分です。
怖いならやんなきゃいいのに。
「今日はワシちゃんの誕生日なのじゃよ」
「だから?」
「だ、だから!?」
「だから?」
なんか神様しょぼくれてますね。
「祝って……欲しいなあ」
「なにか祝われることしてます? 仕事とか」
「してませーん!!」
「威張るなあぁ!!」
ウリエル様の蹴りが炸裂し、神様は椅子ごと後ろへスッテンコロリン!
「片付けとけ」
「は、はい……ウリエル様……」
もうウリエル様は完全に実質的支配者です。
――――
ここは日本の神界、高天原。
黄金の雲が広がる煌めきの大地、その中央にはアマテラス様の大社。
その裏にそびえ立ちますは「ホストクラブ高天原」の本社ビル、20階建てでございます。
なおホスト達の寮付き(オートロック)でございます。
――ホスト運営本部――
運営本部では白い壁が広がる、よくあるオフィス風景となっています。
パソコンにデスク、気休め程度の観葉植物。
後は加湿器もありますね。
職員達は赤い着物を着てせっせとパソコンに向かっています。
「部長、ここ最近の下界の死亡者と亡者の数が合っていません」
そう報告するのは一般社員の女性です。どういうことでしょう?
「どういうこと?」
「例えば先週は死亡者160人なんですけど、
高天原がキャッチ出来たのは144人なんですよ。16人も間引かれてます」
「集計ミスじゃないのー? 後は外国人とか。
ほらー、敬虔な信者とかだと高天原すっ飛ばすことあるじゃん?」
「はい、そう思ってイスラム天界やインド天界もあたりましたが、いずれも記録無しです」
「神隠しってことー?」
「どうしますー? 転生者減ると、うちの経営にも関わりますよー。
アマテラス様に報告しますー?」
「んー……データが一週間だけじゃなあ。様子見でいいべー」
「はーい」
――――
さて……場面は地上へと変わり、
ここ、7畳の部屋は今日も今日とてカオスなのですが……
「おいミカエリュ!! 妾のジューチュ飲んじゃじゃろ!!」
「ああ、もういらないのかと」
ミカエルさんはそのサラサラの金髪を優雅にかきあげ、
青いプリーツスカートを揺らします。
どうやらサタンちゃんお気に入りのオレンジジュースを、
彼女のだと知ってて飲んだみたいです。
いい性格してますね。
「ちがうじょ!! 楽しみに取っておいたんじゃ!!」
「でしたら名前ぐらい書いてください。バカ悪魔って」
「なんじゃとぉ!! この腹ぐりょてんちが!!」
「ぷ……舌足らずで全然聞こえませんね……」
「馬鹿にちるでないわぁ!!」
そうです。新たな住人、ミカエルさんが加わったことで、
狭い部屋がさらに狭くなったのです。
サタンちゃんは尻尾で床を叩いて怒っていますが、
舌足らずなせいで威厳ゼロ。
ただの可愛いおチビちゃんでしゅ。
「うるさいなー、静かにしろよー」
あゆむはと言うと、慣れたのか毒されたのか、
ベッドに寝転びタブレットで小説読んでますね。
「人間! 妾の味方せんかい!」
「もちろんわたしですよね? 別に嬉しくはありませんが」
めんどくさい姉妹だ……今のあゆむの考えはこうです。
「お前らって天使時代からそうだったのー?」
「まさか……相手にしてませんでしたね」
「うしょちゅけー! いつもピッタリくっちゅいとっちゃくしぇにー!」
「はあ!? 違いますー! 違いますー!」
こういう仲だったみたいです。
「皆さん朝食ですよー」
そこにキッチンからピピの柔らかく、澄んだ声が部屋に届きます。
「ごっはん! ごっはん!」
「トリエルー、ママと食べましょうねー?」
ここでトリエルとガブリエルママのバカ親コンビも揃い、
四角いテーブルの周りはひしめき合っております。
ふよふよ浮かぶ六匹のおばけ達も含めると、もうしっちゃかめっちゃかです。
「ん……!? なんでこやちゅのパンケーキだけ一枚多いんじゃ!!」
「あ……それは」
どうやらサタンちゃんはあゆむの分だけ、ピピがこっそり多くしたのに気付いたようです。
というよりは、他の住人は気付いていながら、あえて口にはしなかったが正解でしょう。
ピピは真っ赤な顔で手を伸ばしますが、時既に遅しです。
「じゅるいじょ!!」
「欲しけりゃやるよー」
あゆむがサタンの皿へ移そうとした時です。
「誕生日」とポツリと呟く声が聞こえます。
「ん?? 妾の誕生日ではないじょ」
「貴女なわけないでしょう。バカ姉」
「ああ……今日か」
ここであゆむが気付いたようです。
「なんじゃ、なら早く言わんかい」
サタンちゃんは皿を下げますが、あゆむはポイっとサタンちゃんの皿にパンケーキを乗せます。
「後で返せと言っても腹ん中じゃぞ!」
「言わんわい!」
あゆむの心意気にサタンちゃんは「ふん!」と強がりますが、
嬉しいのか、尻尾は上向きにブンブン揺れてます。
体は正直です。
「れ、礼だけは言ってやるわ!」
「おやおや、お誕生日でしたか?
プレゼントはかかと落としでよろしかったでしょうか?」
「ダメですよ、バアル。せめて回し蹴りにして差し上げなさい」
バアルゼブルとガブリエルママは相変わらずのSっぷりです。
「いらんわ!! 似たようなもんじゃい!!」
おやおや? 誕生日と聞いて、アンポンタン達が箱を持ってやって来ましたね。
「やるよー」
「……いらん」
「やるって」
「いらん! どうせ開けたら爆発とか、そんなオチじゃろ!!」
どうやら、あゆむは相当警戒しているようです。
アンポンタン達はお互い見つめ合うと、あゆむの前でその箱を開けます。
その中身はキャラメル。
彼らなりの気配りなんでしょうか?
「せっかく……せっかく」
おっと、アッチがしょんぼりしはじめましたね。
「あーあ! なーかした!」これにポンポが続くと……
「いーけないんだ! いけないんだー!」タンタも続き、
「なんと冷たい」バアルゼブルも追撃します。
「まあまあ……なんて酷い」ガブリエルママもついでにグサりちやられ、
「しとの好意をむだにしるなあ!」
「見下げ果てた人ですね」堕天姉妹にも白い目で見られ……
「さすがにちょっと可哀想ですよ」
最後はピピにまで言われる始末。
「ええい!! 俺が悪かったわい! よこせ!」
ヤケになったあゆむは、キャラメルを奪うとそれを口へ放り込みますが……
「げっふぇ!! んじゃこりゃー!?」
あゆむが口にしたそれは、どうやら激辛唐辛子キャラメルだったようです。
アンポンタンがクスクスケラケラ、ぷーしながら笑ってます。
「エヒャヒャ! プッ! エヒャヒャ! プッ!」
「やめい!!」
「ククク……単純ですねえ」
「上手く行きましたね、バアル」
よほど面白かったのか、バアルゼブルとガブリエルママは笑いが止まらないようです。
「こんな簡単な手に引っかかるとは……」
「愚かな人間ですね」
もう口で手を押さえて、くぷぷと笑っています。
「おのれらぁぁ!! グルだったなあ!!」
どうやらみんなしてグルになって、誕生日ドッキリを仕掛けたようです。
「ご、ごめんなさい」
そうです。お菓子な時点でピピの協力も必要なのです。
しかし、唐辛子とは、キツそうですねえ。
「ピピまで……クソ」
「お詫びといってはなんですけど、
今度はホントに、18時にレストランで予約取ってありますから」
「トリエル、みんなと食べたーい!!」
(はあ……なんて誕生日だ)
あゆむは心の中で愚痴りますが、しかしどうしてでしょう。
悪い気持ちがしないのか、顔が少し綻んでいますね。
(誕生日に誰かがいるってのは……久しぶりだ)
両親を幼くして亡くし、兄に育てられたあゆむ。
賑やかな誕生日というのは、あるいは初めてかもしれません。
「それまではゲーステでもやってるか? もう中には入らんぞ?」
「トリエルも金鉄やるー!!」
「ふん! 望むところじゃい!」
「妾もやるぞ!」
「いい歳してゲームですか……」
「うりゅさいじょ!! ミカエリュ!!
魔界には何ひとつとしてなかったんじゃ!!」
それはそうです。
「ま、まあ……付き合ってあげなくもないです」
「結局お前もやるんか!」
「うるさいですよ、ロリお姉様」
レストランまでの時間、あゆむ今日はゲームで暇を潰し、
パーティーゲームをぐるぐる回して遊び倒しました。
いつからでしょうか、気付けばこのように、
みんな一緒で何かをやるというのが、当たり前になっていきました。
狭い部屋だからこそ、笑い声や笑顔がすぐ近くに感じられ、
独り暮らしでは得られなかったものが、すぐそこにはありました。
それがあるからこそ、あゆむはどれだけ部屋がカオスになっても、
なんだかんだでそれを受け入れ、
サタンちゃんのような元魔王でさえ、その心を通わせたのでしょう。
…………
「そろそろ時間だな、行くか」
気付けば、夜17時30分。
あゆむはピピが予約を取ったファミリーレストランへ向います。
そこは近所のファミレスの「レッツ! ロブスター」
ロブスター料理が食べられる有名チェーンですね。
中では複数の家族連れが既に何組かいて、店の繁盛を伺えます。
店に入るとピピは早速「予約したものです」と、店員さんに予約の確認をとります。
「お待ちしておりました。どうぞ」
すんなりと確認も終わったようで、あゆむ達は長い席に案内されます。
「なんだか広いと落ち着きませんね」
「部屋が狭すぎるだけじゃい」
ピピの言葉にあゆむは苦笑いですが、部屋では一人一人が腰掛けるということはないので、
確かに広く感じます。
ちなみにおばけ達はテーブルの下でふよふよと隠れております。
まあ食べるのは匂いだし、いいんですかね。
と、ここで……
「ピピー、テーブルが高いじょー!」
「はーい、膝の上に乗りましょうね」
「ピピの膝、冷たくて気持ちいいでじょー!」
「ふふっ、サタンちゃんにそう言ってもらえて嬉しいです」
「でしゅー」
(なんかすっかり仲良くなったのう……)
(なんですか……甘えちゃって……ここに妹がいるのに)
ピピに触発されたのか、ガブリエルママもトリエルを膝に乗せてニコニコです。
「トリエルはママと食べましょうねー? あんな男じゃなくて」
「うんー!」
「ご注文の料理をお持ちしましたにゃーん」
「にゃーん?」
そんな時です。トリエルが自動配膳ロボットを見かけたようです。
「わー! 面白そー!」
「あ……やべ」
あゆむはそう直感しますが、時すでに遅し。
「みんなー出番だよー!」
トリエルのその声に応じて、おばけ達がそう出動!!
その数、六匹が店内を飛び回ります!
「見てママー! 面白ーい!」
「ほ、本物じゃ……ないわよね?」
おばけ達は勝手に配膳して、勝手に香りを食べて、もうやりたい放題です!
「これ注文してなーい」
「それはあっちー」
「オイラはアッチー」
「ポンポでーす!」
「三波春――」
「古いわ!!」
アッチがタンタをペチンして漫才もはじめました。
ついでにゲザイトリオも加わりました。
「楽しいでゲスねー」「お料理を運ぶザマスよー!」「てやんでーい!」
あゆむは必死に他人のフリを決め込みますが……
「あゆむーん! スープよーん!」
例によってアンポンタンが、スープバーからスープを持ってきて、無理やり口にどばばー!!
「あチャチャチャ!!」
コラコラ、食べ物で遊んじゃダメですよー。
「あ、あのお客様……これは」
これには店員さんもギロリです。
「しゅみましぇん……」
そして最後はやっぱり……
「今日はお誕生日だからトリエルが歌って上げるー!!」
そういってシルクハットをぽーい!
ハローがピカー!
「Hello」
さあ……ハピバデだ……
ゴゴゴゴゴゴ…………
「ハッピバーバーバーバー!! ハッピバーバーバーバー!!」
何故かその歌はハッピバーバーバーバーしかなく、
権能と合わさったそれは「天使の歌声」となり、ネットを通じて世界中に拡散!!
世界中の人の脳を侵食し、言語野を破壊!!
あらゆる言葉を強制的に「ハピバ語」にしてしまいます!!
「ハピバ!! ハピバババーバ!! ハピーバ!!」
「ハピババ!! ハピバッバー!! ハピババーバハピバー!!」
なお、一部の紛争地域では言葉の隔たりがなくなった事で、和平が進んだそうですが、
今度はそれはそれで、言語がややこしくなった事で新たな火種が出来たとか。
「|ハピバババーバーーーー《ふざけんなーーーー》!!!!」
「ハピバ、|ハピバババッバー《世界中から祝ってもらえるよー》!!」
…………
「ハピバ、ハピバババハピーバ。
ハピバババーバ……ハピバババッバー!!!!」
このハピバ語は3日続いたそうですハピバ。
――――
次回 落ちてきた天使と同居することになった件。
「母娘のバレンタイン」にご期待ください。




