一話「小さな魔王と怨霊」
某所に構える7畳1kのアパート、
そこにあゆむは一人で暮らして……いました。
手取り17万のバイト生活。
悠々自適とはいかないけれど、月に2万円ほどを貯金できて、それなりに遊べて、
まあまあ満足している生活……でした。
何故過去形なのか?
それは今やあゆむの部屋が、天使やらおばけやら元悪魔やらがひしめき合う、
「おばけ動物園」だからです。
…………
夜22時。
……あゆむがベッドで寝ていると、モゾモゾと動く音。
背中が妙にチクチクし、何やらくすぐったい感触が。
そして足に絡まる何かと腹部に回される小さな何かと、感じる体温。
これは……
「すぴー……すぴー……」
あゆむを抱き枕にして寝ていたのはサタン。
かつてはルシファーとして、神に最も近い天使として、天界序列一位の大天使。
しかしある時神様に逆らっちゃって、壮絶な姉妹喧嘩の末に結果当時の魔界へぽーーーーい!
「パパに逆らう悪い子は、もうお家に入れてあげません! ぷんぷん!」
けど、サタンちゃんは負けません!
魔界で力をつけて、お家に帰る算段をつけていたのです。
しかし、それがちょっと悪い手段だったために、
あゆむ達にお仕置きされちゃって、結果そのまま居候!
今は一人だと怖いのか、あるいは寒いのか、あゆむを抱き枕代わりにしてしがみついています。
……この人(柱?)ストーリーのラスボスで合ってます?
「ヘックチ!」
ぎゅー……
(この魔王かぶれはわたくしのあゆむ様に取り入ろうと言うのですか……)
「呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う」
(大体あゆむ様も、わたくしという霊がありながら、魔王に浮気しようなどと)
「呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う」
あゆむはベッドの上に感じる視線、目を見開き、
赤い目で見つめる怨霊を見なかったことにします。
(ホラー映画より、『上』の方が余程怖いな)
サタンちゃんを起こすことに抵抗を感じ、そのまま抱き枕になってあげるのでした。
ぺチーン!!
たまに無意識に足に飛んでくる尻尾ビンタに耐えながら。
ぺチーン!!
「痛て!!」
…………
グイグイ、グイグイ。
あゆむの服を引っ張る感触であゆむは目を覚まします。
「……なんだよー……」
「に、人間、おきりょ」
隣を見ると、サタンちゃんが顔を赤くし、妙にモゾモゾとしています。
「起きたよー……」
あゆむはかったるそうに吐き捨てると、
サタンちゃんは消え入るような声で思いがけないセリフを口にします。
「……妾をトイレに連れていくのじゃ」
かつての魔王とは思えないそのセリフに、あゆむはぷっと笑います。
「まさか怖いのかぁ?」
ペチン――とあゆむの足に一瞬サタンちゃんの尻尾の尖端が当たり、
彼女は真っ赤な顔で反論します。
「ば、バカにしるでないわあ! 妾はサタンじゃぞ! ちよいんじゃ!」
「なら一人でいけよ……ちよいんだろー」
あゆむは皮肉たっぷりに、眠そうにそう言うと、サタンちゃんは強気な態度を一転。
ブルブルと震えだします。
「せ、せっしょうなことをいうでないじょ!」
サタンちゃんは「う、うう……」と悶え出し、次第に額に汗がにじみ出てきます。
あゆむはだんだん面白くなり、あえて放置すると、
焦ったのか、サタンちゃんはさらに言葉を続けます。
「ジョ、ジョンソンが……ジョンソンがきたたいやだじょ」
その噛みまくるセリフに、よっぽど昼間見たホラー映画の怪物が怖いんだなと、
あゆむはぷっと笑ってしまいます。
「はいはい、付き合ってやるよ」
とベッドからサタンちゃんを下ろしてトイレの前に。
「よいか! いいと言うまで戻ったら承知しぇんじょ!」
「はいはい……」
…………
しばらくしてじょーという水を流す音が聞こえて、
ブカブカの黒Tを着たサタンちゃんが、シャツで手を拭きながら出てきます。
あゆむはサタンちゃんをほっといてベッドに戻ると……
モゾモゾとまた戻ってくるのでした。
…………
翌朝、あゆむは体の異変に気付きます。
「うわ……足が尻尾の跡ついてるじゃん」
そうです。サタンちゃんが尻尾をあゆむに巻き付けて寝るので、跡がついてしまったのです。
「蛇の跡みたいで可愛いと思いますよ?」
ピピはそうチクリ。
サタンちゃんと一緒に寝たこと怒ってるみたいです。
そんな二人のやり取りを横目に、サササっとさりげなくあゆむの横に座るのが……
「何やってんだ、トリエル」
エミエルとしての名前を思い出したトリエルでした。
髪の色はまたピンクに戻ってしまいましたが、エミエルとしての記憶と、
「恵美」の意識は共有しているようで、
あの日の「ある出来事」以来、トリエルはあゆむに、隙あらば引っ付くようになりました。
昨日もソファでホラー映画を見ていると、いつの間にか隣に座ってきました。
その際はチラチラとあゆむの顔を見ては、視線を向けるとすぐにそっぽを向きます。
そして今は……
「コーラ飲む?」
トリエルは飲みかけのコーラをズイっと、顔を赤らめて差し出します。
上目遣いで差し出すそれは、おそらくそれが指す意味を知っていて、わざとやっているのでしょう。
多分、コーラをあゆむが取るまで、彼女は見つめてくるでしょう。
しかし――
「よこしぇ!」とトンビ、もといサタンちゃんに強奪されます。
そして慣れない炭酸で……
「ぶへぇ!」
炭酸にびっくりしたのか、サタンちゃんはそれを吐き出します。
「うわもう、きったねえなあ」
言いつつ拭いてあげるあゆむは、なんだかんだで面倒見がいいお兄さんみたいです。
トリエルは「コーラ」と呟きながら、ちょっと寂しげにあゆむを見つめていました。
…………
「朝食が出来ましたよー」
ピピのその声に、みんなが部屋の中央、四角いテーブルへ集まってきます。
「今日は昨日のあまりの肉じゃがを、
ちょっと濃いめに味付けし直して、肉じゃが丼にしてみました」
ピピは自慢げにそれを披露します。
今やピピはあゆむには欠かせない存在です。
こうして毎日料理を作ってくれるだけでもありがたい存在です。
さて、いつもならここで開口一番トリエルが――
「いただきまーす!」とバンザイして、
むしゃごく! と爆速食いをするのですが……
今日のトリエルは……
「食べる?」と箸をあゆむに向けてきます。
しかし……
「よこしぇ! うまー!」とサタンちゃんに横取り。
「サタンちゃん、行儀が悪いですよ」
「うるしゃいじょ! 魔王に口だちしるなあ!」
ピピが普段出さない低い声で注意しますが、サタンちゃんは聞く耳を持ちません。
(本気で呪いましょうか、この魔王)
ピピは相当、サタンちゃんを煙たがっているようです。
一方、横取りされた方のトリエルは、一瞬ムッとしますが、
笑顔の天使であるゆえか、
すぐに笑顔を見せお行儀よくそれを食べます。
このトリエルの変わりよう、あゆむはある既視感を覚えます。
「……お前……エミだろ」
「ち、違うよ! わたしはトリエルの方だよ!」とトリエルは言いますが、その目は泳いでいます。
「トリエルは自分をトリエルっていうんだ。あとトリエルは超早食いだ」
そう、今トリエルの身体を使っているのは恵美でした。
どうやらある程度身体の使用権の貸し借り(?)ができるようになったらしく、
今はあゆむに近づきたいのか、ベッタリくっついて顔を赤くしながら食べています。
おそらく恵美自身、『あの出来事』だいぶ意識しているのだと思いますが、
しかし妙にギクシャクしております。
元々惹かれあっていた幼なじみ同士、やっと普通に会えるようになったのです。
普通ならば、ピピにライバル宣言の一つでもしていいでしょう。
しかし彼女はそれをあえてしません。
恵美はある意味ピピと同じ存在です。
言わば、『ボーナスタイム』によってこの世に留まっている霊です。
あゆむを思うが故に独占したいピピと、幸せを優先する恵美。
両者は対極であり、どちらもあゆむの守護者です。
だからこそ、恵美はあゆむの危機に関しては、非常に強い力を発揮します。
昨日も身体の使用権があるせいか、
アンポンタンがあゆむにイタズラしようとした際、
そのイタズラを笑顔の権能で無害化しました。
そのうえで「この人いじめたらメッ!」と優しく叱っていました。
そんなトリエルの変化を、親バカ天使ことガブリエルママも気付いているようで、
「あっちのトリエルはママにくっ付いてくれないから寂しいです」とぼやき、
今はあゆむを鬼の形相で睨みつけています。
よほどあゆむがこ憎たらしいんですね。
そんな様子をバアルゼブルは後方で「ククク」と見守る、いつもの光景が広まっておりました。
――――
ここはどこぞの異世界「ドコカーノ」
転生ボーナスで『君』と指名され――
理不尽に、強制的に、有無を言わさずに異世界に来てしまった、序列一位の大天使ミカエル様。
今、彼女は六枚の翼を広げて魔物の大軍に突っ込んでいます。
「……の、クソバカチビーーーーーーーー!!!!」
どうやらミカエル様を指定した人間の悪口をいいながら、
魔物達をバッタバッタとなぎ倒しているようです。
その様子はまさに鬼神の如く勢い。
まるでボーリングのピンのように、一方的に蹂躙されていきます。
(わたしがこうなったのも……全部……全部あなたのせいよ!! ルシファー!!)
ミカエル様の怒りに呼応するように、彼女を取り巻く光のオーラは強まり、
魔物達は、もはやボーリングのピンから紙の上に立つコインです。
「きゃーーーー!! ミカエル様ーーーー!!」
で、その人間はというと、なんか後ろでボンボン振って応援してますね。
ミカエル様は青い剣を天にかざすとハローが輝き、長い金髪が揺れて、
ここが天界の権能が利かない異世界にも関わらず、
気合とセンスだけで「天使の奇跡」を異世界でも無理やり発動させて、
今彼女の剣はそれから降ってきた光に包まれおります。
(あなたが……帰ってこないから。だから全部……こうなったのよ!!)
「イクス……キャリバーーーーーー!!」
ミカエル様は、そう叫ぶと巨大化した光の剣――
イクスキャリバーを振り下ろし、残った魔物の群れを瞬殺。
大地は大きく抉れ、温泉が湧き出しています。
後方で兵士が「ブラボーーーー! ミカエル様ー!」と気持ちの悪い声援を送り、
ハッピとハチマキでキメた応援部隊が踊りまくってます。
これはストレスを魔物で発散させたい気持ちも分かりますねえ……
「はあ……はあ……戻ったら絶対、高天原のホストクラブ行って……
シャンパン飲んで、異世界転生サイコーとか言ってる奴、
⬛︎⬛︎しにしてやりますから」
何やら物騒なことをいいながら、ミカエル様は異世界でチートライフを堪能しているようです。
――――
ここは雲の上の小さな楽園「天界」
カツカツカツと四翼の大天使ウリエル様がある場所を目指し、迷うことなく進んでおります。
しばらく歩き、目的の部署に着いたのでしょう。
そこには男性ばかりがズラーーーーーーーーっと列を作り、
何やら独り言を言っている人が多いですね……
なになに……
「最強最強最強……」
「美少女ヒロイン、美少女ヒロイン」
「ハーレム、ハーレム」
ウリエル様が横切るとおーっという野太い声が聞こえ「俺あの人ボーナスにするわ」という声も。
そんな列を睨みつけると「ぶ、ぶひぃ」という声も聞こえますね。
その扉でウリエル様はため息を吐くと、思い切り蹴破ります。
ドゴーン! という音で周囲はビックリ!
中は暗い部屋で複数のパソコンがあり、日本人でしょうか?
男性がくじをゴソゴソと引いているのですが……
ウリエル様はここで大剣を出現させると、奥のパソコンを……
ズシャン!! と一刀両断!
「うわ!?」と唖然とする転生希望者に一言。
「転生はなしだ。消えて失せろ」
ウリエル様は直ぐスマートフォンを取り出すとある番号へ、
そこにある文字は「クソ年増女神」
「アマテラスです」
「天界の転生課は本日をもって廃止となった。トレードはなしだ」
ガチャン!!
ツー……ツー……ツー
「………」
「あ、あのー……」とあと一歩遅く転生出来なかった希望者が棒立ちし、
引いたカードだけが虚しく光ります。
ボーナスの内容は「モテモテチートでステータス最強」
うわ……かわいそー……
「……ミカエル様が帰ってきたら、話を聞いてもらおう」
――――
日本の神界「高天原」
今高天原は騒然としております。
何せ転生商法は今や高天原の財政を支える一大ビジネス、
最高神のアマテラス様を中心にそれにあやかる神様は多く、
天界とはズブズブの関係でした。
天界は甘ーーーーい転生ボーナスを用意し、
転生希望者を受け入れる代わりに多額の(神様のギャンブル費)を高天原に請求し、
高天原はトレードとしてイケメンの魂をゲットして、高天原で高級ホストを運営する……
そういう関係でした。
ただ、それにわりを食う天使もいるわけで、ウリエル様はこれまで合コンで連戦連敗、
来る男性がことごとくパッとしない男性ばかり……
それにとうとうウリエル様ブチ切れて、一方的に打ち切ったようです。
…………
「あんの行き遅れ小娘天使がぁぁぁぁ!!! オメーの非モテなんぞ知るかよ!!!
男が欲しけりゃホストにでも行ってろよ!!! クソが!!!」
以降、ウリエル様とアマテラス様は仲が大変悪くなったそうです。
くわばら、くわばら。
――――
一方あゆむの部屋では……
「ふー……いい湯だった」
そう呑気に部屋に戻るあゆむをアンポンタンが足掛け!
その先にはトリエル(エミエル)が――
「あ……」「え……」
どてーん――あゆむはエミエルを押し倒す形ですってんころりん!
ほくそ笑むアンポンタン。
どうやら、アンポンタンに図られたようです!
「あ……う……!!!」
「ああ……いや……ごめん」
エミエルの顔がどんどん赤くなっていき、足をモジモジ、ハローがどんどん赤くなって……
「ポミーーーーーー!!」と奇声をあげて煙ブシュー!
するとエミエルからびっくり箱がポポポポーン!!!
「好き好き好きーー!!」
びっくり箱は愛の告白を連呼!! これにはエミエルは耳まで真っ赤!!
ますます権能が暴走してびっくり箱は周囲の女性陣を見渡すと……
「ターゲット確認……ターゲット確認」と赤くキラーンと光り……
パクゥ! と食べるとペッと吐き出します。
吐き出された女性陣、ピピ、ガブリエルママはクマのぬいぐるみに。
「な、なんですかこれはーーー!!」
ママのぬいぐるみはメガネをかけていて「ママ」という名札、
ピピはワンピースを着ていて「ライバル」という名札が付けられています。
「……ちょっと可愛いかも……」
サタンちゃんは小さいからかターゲットにはならず、
恋敵(?)を無害なクマのぬいぐるに大変身!
さらにびっくり箱の暴走は止まらず「これでエミちゃんの恋は大勝利ー!」と勝利宣言!
「いやーーーーー!!!」
このエミちゃんの叫びでびっくり箱はさらに暴走して……
ビービビビビビ……ドドドドドーンと大ばくはーーーつ!!
「結局エミでもこうなるんかい!!」
ダメージはないものの、部屋は煙で散らかって掃除が大変だったそうです。
――――
騒ぎのあとの静けさというのは、何故こんなに深いのでしょう。
深夜2時、皆が寝静まる、草木も眠る丑三つ時。
唯一眠らないピピは、
またしてもあゆむのベッドに勝手に潜り込むサタンちゃんを睨むと、
実力行使に出ようと、ベッドから垂れ下がる尻尾を掴んだ時です。
「……ミカエリュ……神しゃま……」
寝言でしょうか、サタンちゃんの切なそうな声に、その手がピタリと止まります。
ピピがおもむろにサタンちゃんの顔を覗き込むと、
彼女の目には光るものがあり、親指が口元に触れています。
(サタンは……反逆者)
神話に疎いピピですが、それぐらいの知識はあります。
サタンことルシファーは神に逆らい、堕天し、地獄の王となった最悪の悪魔。
それが、一般的な知識です。
けれど、エミエルの権能により幼女となった彼女は、
その『サタン像』とはあまりにかけ離れています。
『ルシファー様とて、この世界を愛していたのです』
ピピはかつてのバアルゼブルの言葉を思い返します。
だとしたら、今の彼女は、自責の念で悪夢に苛まれているのかもしれません。
「……貴女も、居場所が欲しいのですか……? サタン……ちゃん」
居場所がない。
その辛さを、元怨霊であるピピは誰よりも理解しています。
皆から怖がられ、敵視され、そして――追われる。
身を守るためには戦うしかなく、その度にまた敵を作る負のループ。
好きで魔王になどなったわけではない。
ピピには、まるでサタンちゃんが、そのように言っているように感じました。
「……風邪を引きますよ」
ピピは、サタンちゃんの尻尾を布団の中に入れてあげると、
その頭を優しく、そっと撫でてあげます。
「ミカエリュ……ごめんなしゃい……ごめんなしゃい……」
「いいんですよ……もういいんです……貴女はいていいんですよ」
ピピはサタンちゃんが泣き止むまで、彼女の頭を撫で続けました。
そのせいでしょうか、翌朝からサタンちゃんの態度が少しだけ丸くなり、
ピピがサタンちゃんに世話を焼くようになりました。
「おまえ、名前はなんて言うじょ?」
「ピピですよ。サタンちゃん」
「ピピ、おまえを妾のお世話役にしてやるでじょ」
「光栄です。魔王様」
ピピはワンピースの裾を広げると、小さな魔王――
秘密の寂しがり屋に会釈をしました。
柔らかい朝日が、新たな絆をそっと見守り包み込んでいました。
――――




