八話「お盆の再開とベルゼブブの最後」
地中の奥深く、
更なる下層に広がる闇の世界「魔界」
…………
そこに空はなく、広がるは血の色のような淀んだ天井。
重く、そして暗い瘴気が足下を漂う死の大地。
針のような岩山の頂上に、
かつて気高き王と呼ばれた紳士「バアルゼブル」の成れの果て、
ハエの王ベルゼブブは人間態で立っておりました。
彼は目を閉じ、腕を組み、意識を足に集中させます。
そうすることで魔界の瘴気に負けないよう、
彼の武器である足を鍛えるのです。
ただ彼らとて、別に魔界が好きなわけでもなければ、
瘴気が心地よく感じるわけでもありません。
ベルゼブブをはじめ、悪魔とて美しいと感じるものは
ヒトや神と同じです。
白い空間や緑の台地を美しいと感じ、
澄んだ空気を美味いと感じる生き物です。
美しいと感じるもの、その心は一緒なのです。
ただ他に居場所がない。
神に反逆し破壊に生きた代償、それは決して軽いものではなく、
この暗黒の地、魔界への追放です。
ここは世界の暗部、神すら浄化を諦め見捨てた地です。
かつては青く美しい地下の楽園だったそうですが、
今や見る影もありません。
ここで生きるためには、重くて不快な瘴気を取り込み、
強靭な肉体を得るしかない。
だからこうしているだけ。
好きでやっているわけではないのです。
彼とて可能であれば、
綺麗な部屋でそれこそ紅茶でも嗜んでいたいところでしょう。
それが叶うなら。
しかし、そんな希望はもうとっくに失せてありません。
一瞬の誘惑に負けて、反逆した瞬間から。
…………
まだ彼は目を閉じています。
思い起こされるは先の敗走。
トリエルの真の権能「笑顔」
それになす術なく、魔界へと逃げ帰った辱め、
それが彼のプライドを傷付け、トリエルへの復讐心を煽ります。
瘴気というのは、こうした心の闇を増幅させるものなのです。
ああ憎い、憎たらしい。なぜ自分があんな小娘に……と、
今の彼の心はこのような闇に包まれています。
居場所がない彼は、ここ魔界にいる限り、
きっとこのような負の連鎖から抜け出すことは、永久に出来ないでしょう。
――奴のあの力はなんだ?
――どうすれば奴を攻略できる?
幾度となく思い起こした記憶を今一度辿り、
彼はそのヒントを探ります。
――そういえば、あの人間が言っていたな……まだ完全では無いと。
――あるいは、もしかすればまだ自由には扱えぬのやもしれぬ。
「だとすれば、時間をかければそれだけ不利か……」
ベルゼブブは目を見開き、
人間態のまま飛び立つと、地上へと向かいました。
その後ろ姿に、
かつての気高い王「バアルゼブル」はどこにもありません。
今の彼は紛れもなく、卑しいハエの王ベルゼブブです。
ただ飛んでいく彼。その背中は泣いていました。
あの頃に戻りたい……と。
――――
「――エル、お前の名は――エルだ」
トリエルは夢を見ていました。
そこは白く、何もない空間。
視界の上部に映るのは神様でしょうか?
髭の長い男性が「――エル」と呼んだそれを抱えています。
それはまだ物心ついて間もない頃、
トリエルはまだトリエルではない、
本当の天使名で呼ばれておりました。
今となっては――エルとしか思い出せないその名前。
いつの頃からか、イタズラ天使を意味するあだ名
「トリエル」が定着し、彼女自身も自分の名が
トリエルだと自覚するようになってしまってから、
かつては赤と茶色のオッドアイだった目も、
いつの間にか赤だけになり、
彼女の天使の権能は、彼女の本当の意思に反して
暴走することが増え、本当の名も思い出せなくなりました。
――焦らなくてもいいよ。わたしは、あなたのそばにいるから。
そんな声が聞こえた気がして、トリエルは目を覚まします。
…………
時刻は朝7時20分。トリエルは最後に目を覚まします。
「ねー、ガブリエルママー」
トリエルがガブリエルママを呼ぶと、彼女はトリエルを抱っこして応じます。
「はーい、なんですか? トリエル」
「トリエルっていつからトリエルって呼ばれてたのー?」
「ずっと昔からですよ?」
トリエルはそっかーと言って窓を眺めます。
きっとガブリエルママに聞いても答えは得られないと思ったのでしょう。
あるいは神様でさえ覚えてないやもしれません。
「それがどうかしたのですか?」
ガブリエルママはトリエルを抱き抱えたまま、
不安げに尋ねますが、トリエルは首を横に振ります。
「なんでもなーい」
「そうですか……」
…………
数秒の沈黙が流れ、トリエルが視線を泳がせた一瞬後、
ピピの声が背後から聞こえます。
「今日はおはぎを作りました」
ピピは皿に乗せたおはぎをテーブルに置くと、
あなたとトリエルは早速それを手に取り、ピピを見つめます。
「なんで今日はおはぎなんだ?」
あなたのその問いに、ピピはカレンダーを指さして答えます。
「今日はお盆ですよ」
「ああ……」
忘れていた、そんな声があなたから漏れます。
「そういえばばあちゃんの墓参り行ってないな……」
ここであなたはピピを見つめ、彼女の表情を伺います。
彼女は今自分の目の前にいるけれど、それは生前の彼女の霊なわけです。
しかしてもし、彼女にお墓があるのならば、そこには誰がいるのだろうと。
あなたのそんな思いをくみ取ってか、ピピはその首を横に振ります。
「わたくしのことならば心配はいりません。
元よりわたくしは墓には入れぬ身ですし」
ピピはそれに……といった上であなたの肩を抱き、こう続けます。
「ピピは……(ヒミは)あなたのあなただけの
守護霊ですから……ピピの居場所は、墓などではありません」
「ピピ……」
「あなた……」
「ぶちゅーん」
「ケラケラケラ」
とまあ、いつものように茶化すのは
アンポンタントリオこと、アッチ、ポンポ、タンタの三匹です。
顔だけ変えるという無駄な変身技能を駆使して、
あなたとピピの顔で「ぶちゅー」しております。
「おのれらはああああ!!!」
あなたはおはぎ片手に彼らを蹴り飛ばしますが、
そんなものでやられるアンポンタンではなく……
ぐにーーーーんと壁で柔らかく伸びてービュン!! とゴムの反動のように急加速!!
そして……
スコーーーン!!!!
あなたのアゴに見事クリーンヒット!
あなたは後ろから倒れると、そのままピピ……の顔をしたポンポに
「あなたああん、おはぎよぉぉぉぉ!」と無理やりおはぎを詰め込まれました。
「おばべらああ……じぇったびに、じまづぞでぐれりるう……」
「飽きないわね」
「そーだねー」
横から見ているトリエルと
ガブリエルママのバカ親子は今日も薄情でした。
「大丈夫ですか?」
あなたは唯一の味方であるピピに介抱されながら、
ふと墓参りにでも行こうかと思います。
ピピは特殊な霊であるため、今こうして見えるわけですが、
通常の霊はあなたには見えないわけです。
もしかして、先祖の霊達も叶うことであれば、
きっとピピのように現れたいのではないか?
そうピピを見て思ったのです。
「……ばあちゃんの墓参りにでも行くか」
あなたは起き上がるとトリエルに目線を送ります。
すると彼女はバンザイをして
「トリエルも行くー!」と着いてくる気満々なので、
「ではわたくしも」ともれなくバカ天使こと、
ガブリエルママも着いてくることに。
「結局全員だな」
あなたは軽く笑うと、みんなでお墓参りをすることにしました。
――――
場所は近所の集団墓地、歩いて30分もかからない距離、
近いかといえば若干の疑問符が付きますが、
けれど遠いかと聞かれても困る距離です。
墓地に差し掛かるとお線香の香りがそこかしこで漂い、
お線香の香りを食べるおばけ達は、拾い食いならぬ、
拾い線香を満喫しはじめます。美味しいんでしょうか? ニコニコですね。
「卑しいマネすんな!!」
思わずあなたはツッコミを入れますが、
そこ声にはどこか優しさがあります。
墓地の奥、その隅にあなたが目指すお墓はありました。
「誰かいるな」
見るとあなたが目指す墓地の隣、
「桜井家之墓」と書かれているそこに、
見覚えのある女性が座っておりました。
手には小さな木箱を持ち、顔は今にも消え入りそうに寂しげです。
「…………」
その時、まるで吸い込まれるように
トリエルがその女性に近づくと、
彼女の頭をよしよしと撫でます。
瞬間、女性は遊園地の時と同様に、
まるで幽霊でも見たかのような表情でトリエルを見つめます。
「……み」
名前でしょうか。何かを言った気がしましたが、
あなたにはよく聞き取れませんでした。
あなたが近づくとその女性は頭を下げて挨拶をします。
「桜井美恵と言います」
あなたは自己紹介をすると「コイツがすみません……」
そうトリエルの頭をぐいっと下げ、謝罪しますが、
美恵と名乗った女性は無理に作ったと、
そうわかる笑顔で「大丈夫ですから」と気遣います。
…………
数秒の沈黙の後、あなたはふと感じた疑問を投げかけます。
「お子さんですか?」
失礼だったかもしれない。
言ったあとそう思いましたが、
今更だなと思い直し、美恵という女性を見つめます。
彼女は作り笑顔をやめて静かにうなずいて、
そっと木箱を見せます。
それを開けると中には紙で作ったのでしょう、
バネのように畳まれた紙がセロテープで丁寧に補修されて、
箱の上下に張り付いています。
どうやら手作りのびっくり箱のようで、
紙を広げるとおばけの絵と文字が見える仕掛けのようです。
そこには「大好きなお母さんへ。いつも笑顔でいてね……えみ」と、
そう書かれていました。
ここであなたは先程、美恵という女性が言った言葉を理解しました。
彼女はトリエルを見て驚き、「えみ」と言っていたのだと。
「えみ」この言葉に、あなたは聞き覚えがありました。
初めて聞いたのは花見での時、トリエルの真の権能が初めて発動した際、
彼女は「……みと、わたしと一緒に遊ぼう」と、そう言っていました。
よく聞き取れませんでしたが、
今になって思えば、彼女は確かに「えみ」と名乗っていました。
あなたはそれを理解した時、ある可能性を感じましたが、
ガブリエルママの寂しげな顔を見てそれを口にするのをやめました。
きっと彼女も同じ可能性を感じたはずです。
この時、あなたは気が付きませんでしたが、
トリエルの両目が茶色く光ったのを、
ガブリエルママが見ておりました。
ガブリエルママは何かを核心したのか、
そっとトリエルの肩を抱き、彼女を見ます。
トリエルの目線は美恵という女性に向けられたまま、
トリエルは茶色の目で彼女を見つめていました。
……と、その時です。
ブゥゥゥン…っと一匹のハエが高速で近寄った、
その刹那――
グゥゥ!
それは人間態となると、
トリエルの首を持ち、上空へ飛びます。
「トリエル!!!」あなたとガブリエルママが同時に叫びます。
そう、現れたのは……
「ベルゼブブ! 貴様!」ガブリエルママは黒メガネを天へ投げ、
大天使ガブリエルの姿をとります。
「下手な真似はするなよ! ガブリエル! コイツの命はないぞ!!」
ベルゼブブは右手でトリエルの首を絞め上げ、
瘴気をまとった左手を、トリエルの喉に突きつけます。
切られればどうなるか、そんな事は火を見るより明らかです。
「グッ……!?」
「さあ! 下がれ!!」
ベルゼブブが瘴気の手を払うと、
あなた達はそれに従う他なく、ベルゼブブを睨みつけます。
「あ……あ」
しかし、そうはいかない女性がいました。
美恵と名乗った彼女です。
彼女はこうした異形のものとは縁のない存在。
急に下がれと言われても身体が動きません。
「チッ! クズが!」
ベルゼブブが軽く足を振ると瘴気の刃が彼女を襲い、
美恵と名乗った女性は娘の墓に叩きつけられ、意識を失います。
「やめてーーー!!」
トリエルは血まみれになった女性を見て、
叫び声をあげますが、どうにもなりません。
ベルゼブブは首を持つ右手の力を強めると、トリエルは苦しみだします。
「ウッ……ウウ……!!」
「や、やめなさい!」
ガブリエル様はベルゼブブを睨みますが、
その目に覇気はなく、絶望が浮かんでいます。
「ふはははは! 私は考えたのだ!
こいつの攻略法を! 簡単だった!
こいつはどうやら身内が死の危機に瀕ねば、
その力を発せぬらしい!
初めからこうすれば……よかったのだ!!!」
ベルゼブブはなおもその力を強め、
トリエルの首を絞めます。
「ふはははは!! いいぞ!! その顔だ!!
こうなれば権能の発動など、しようがあるまい!!」
トリエルは両手で首を押さえ苦しそうにしています。
ベルゼブブの言う通り、
前回のように仮に自分が突っ込んで死の危機に瀕したとしても、
トリエルの力は発動しないでしょう。
少なくとも、この状態では。
「何か……何か手はないのか……」
あなたは思考を巡らせますが、
人間に出来ることなど、たかが知れています。
それこそ、天に祈ることぐらい。
そう思った時、あなたの脳裏に電撃が走ります。
「あった……一つだけ……」
そう、それは大天使ウリエル様への承認済み陳情書。
通常、天への陳情は願いとして平等に処理され、
その願いに応じて天使が処理しますが、
あなたは既に「ウリエル承認」と印を押された紙を持っています。
つまり、そこに願いを書いて天へ送れば、
それは直ちに実行されるのです。
「けど……なんて書けば」
あなたは後ろのポケットに手を突っ込むと、
それを握りしめ、考えます。
――ウリエル様に助けを求めるか?
「ダメだ……結局手は出せない」
――ならばトリエルの真の権能の発動を願うか?
「そんな事が出来るなら、
天界は苦労していない。きっと無理なんだ」
万事休すか……そう思われた時、
またしてもあなたの中で複数のピースが
パズルのようにはまっていきます。
・トリエルは人間の少女の転生天使である。
・その少女は日本人だった。
・今その少女と関わりがあると思われる女性が目の前にいる。
・今はお盆である。
「この願いならいける……」
あなたはそう確信し、
目線をそのままにガブリエル様に小声で話します。
「ガブリエルさん、一撃ぐらいは
奴の攻撃からこっちを守れますか? トリエルのためです」
これに対し、ガブリエル様も小声で応じます。
「様で呼びなさい。わたくしを誰だと思っているのです」
「ではお願いします」
次にあなたはアンポンタンにも小声で話します。
「お前ら、トリエルのために協力しろ。
後で線香でもなんでもやるから」
アンポンタンはニヤリと笑い、
「千日香で手を打ってやる」
と高級線香を要求して承諾します。
「……わかったよ。
今から言うことをこの紙に書け。
一字一句、絶対に間違えるなよ?」
「俺の予感が正しければ……頼むから、
融通効かせてくれよ……ウリエルさん……」
あなたは後ろ手でアッチに願いを指示し、
アッチがペンに化けるとそれを書き、
タンタがぷーをして、ポンポがライターに化けて火を付けます。
ボゥ!! とガスにより一瞬でそれは燃え上がり、天へと昇ります。
「貴様ら!! 何をしている!!」
そうベルゼブブが叫び、足を構え瘴気の刃を飛ばしますが、予測済みです。
「ガブリエルさん!!」
「はぁ!!」
ガブリエル様は集約した風でそれを弾くと、
ベルゼブブは舌打ちをして瘴気の左手をトリエルに突きつけます。
「どうやらこの者の命が惜しくないようだな……!
では望み通りにしてやる!!」
――――
少し前、天界のウリエルの部屋。
水晶で様子を見ているウリエル様の前の赤い光が上がり、
あなたの願いが来たことを知らせます。
ウリエル様はすぐその願いを確認するとニヤリと笑います。
「考えたな……だが、
かの少女の魂の管理権はちょっと複雑だ……
日本の高天原の協力がいるな」
ウリエル様はスマートフォンを取り出すと、
あるところに通話を掛けます。
ディスプレイに映る文字は
「アマテラス様非常用」
非常通話ということもあり、
アマテラス様は1コールで出ます。
「要件を」
「では単刀直入に。
こちらが管理するある少女の魂を……欲しいのです。
無茶な要求なのは承知しておりますが、何卒」
するとアマテラス様は通話先でくすりと笑うとこう続けます。
「問題ありません。今はお盆ですから」
「本当ですか!?
では直ちにデータを送ります。大至急実行で!」
――――
ベルゼブブの瘴気の左手がトリエルの喉を捉えた時です。
「まだか!? ウリエルさん!!」
その時、天から声がしました。
「……全く、よく考えたな。
日本のお盆システムがなければ不可能だったぞ……
快く協力してくれたアマテラス様にも感謝しておくように」
その声が終わると、突如トリエルの身体が桜色に激しく発光し、
シルクハットが勝手に飛んでハローが輝きます。
「……やっぱり……そうだったんだな」
あなたの願いはこうでした。
――美恵という女性の娘さんの魂を呼んで欲しい。
「グァァッ!!??」
ハローの発光が終わるとベルゼブブの手が黒く光だし、
それが無数の小さなおばけ達に変わっていきます。
ベルゼブブは苦しさのあまり手を離すと、
彼の眼前にいたのは茶髪茶眼の天使でした。
「お、おのれ……」
ベルゼブブは――エルを蹴りますが、
それは当たる前に突如現れたマシュマロに無効化されて、
瘴気は綿あめに変わっていきます。
――エルは一瞬だけ悲しみの表情を浮かべましたが、
すぐに笑顔を見せてベルゼブブに語りかけます。
「大丈夫、大丈夫だから怖がらないで。
わたしはただ、皆が笑顔でいてくれればそれでいいの……
そこにはあなたも、ちゃんといるから」
「ほざけ!!」
ベルゼブブは殴り掛かります。
しかし――エルはそれを掴み取ると
無理やりベルゼブブと握手をします。
そこからはおびただしい瘴気が溢れ、
どんどん綿あめやおばけに変わっていきます。
きっとそれは、これまでベルゼブブが吸収していった瘴気や、
殺めた人の魂だったのでしょう。
――エルの力で、それがどんどん解き放たれて行きます。
ベルゼブブにもはや抵抗する力はなく、
彼は飛ぶ力すら無くし地上へ落ちます。
「もう寂しくないよ……
わたしと笑お?」
――エルはベルゼブブを抱きしめると、
最後の瘴気が一気に抜け、ベルゼブブの姿が変わります。
黒いタキシードはそのままに、髪は黒から青に。
それは、かつての彼、気高い王と呼ばれたバアルゼブルの姿でした。
――エルの力によって、
ベルゼブブはバアルゼブルに戻され、浄化されました。
バアルゼブルは静かに目を開けます。
「私は……生きているのか……
いや、そんなはずはないか……
こんなに心地よいのは……はじめてだ。
ここが地上であるならば、
これほど心地よいはずがない……
だとするなら、ここはどこだ?
天に帰れぬ私の魂は、今どこにいるのだ……」
「地上よ。貴方は生まれ変わったの」
――エルはニコリと優しく微笑みながら、
バアルゼブルを抱きしめ、そっとその頭を撫でます。
そんな彼は安心したのか、あるいは力尽きたのか、
そのまま眠りにつきました。
――エルはそのまま美恵という女性のもとへ行くと、
彼女をそっと抱きしめます。
彼女の傷は見る見るうちに消えて彼女は目を覚まします。
「……恵美。おかえりなさい……」
そういって、美恵は意識を失い、
――エルは涙を浮かべながらも必死で笑顔を作って、
母親を抱きしめました。
やがて時間が切れると、トリエルの姿に戻りますが、
その涙は止まりませんでした。
この日、笑顔の天使トリエルは、はじめて泣きました。
悲しくて、悲しくて、どうしようもなく泣きました……
「おかしいな……
トリエルは……
トリエルは笑顔の……笑顔の天使なのに……」
あなたはトリエルを抱き寄せようとしましたが、
ガブリエルママがそれを制し、
ただ静かに泣き続けるトリエルを見守りました。
…………
“彼女” の “母親” の美恵は救急搬送され、
病院内で看護師に「娘がお盆で帰ってきてくれた」と言って、
びっくり箱を大切そうに抱き抱えました。
…………
――――
…………
「で……なんでおのれがここにおる!!」
ここはあなたの家、
あなたの目の前の何故かいるのはかつての敵、
バアルゼブルです。
彼はクククと笑いこう言います。
「ククク……元より私は天へは戻れぬ身。
ならばこのトリエル様に忠誠を誓い尽くすのみ。
今度はトリエル様の執事となりましょう」
「ひつじー?」
「執事じゃい!! ベタなボケすんな!!」
「痴れ者が!! 主に無礼な口を!!」
バアルゼブルはあなたをスカーーーン!!と蹴り飛ばすと、
ガブリエルママも
「もっとやってあげなさい、バアル」と何故か仲良くなって、
バアルゼブルも「かしこまりました」
とガブリエルママに敬礼をします。
こうして、あなたの部屋はますます狭くなり、
あなたの肩身はどんどん狭くなるのでした。
「ふざけんなーーーー!!!! ここは俺の家じゃあああ!!!!」
次回!
「バアルゼブルと昔のお話」
次回も前半は真面目回です。




