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二話「その天使はふたつの笑みを秘める」

おぼろげな景色と褪せた色合いの儚い世界――夢。


 この夢の主は寝かされているのでしょう。

 視界に広がるのは、飾り気のない白熱蛍光灯と、無機質な白い天井。

 古い新聞紙のようなくすんだ世界に、夢の主はいます。

 その端には一人の女性の影。

 輪郭さえもわからないその姿、しかして『彼女だ』とわかります。


 何故でしょうか。

 彼女はポロポロと泣いているようです。

 姿もわからぬはずなのに、涙だけは認識出来る。

 きっとその矛盾は、胸の痛み。

 この張り裂けるような悲しみにより『視認』出来るのでしょう。


 夢の主は、この女性の笑顔が見たかったはずです。

 彼女が見せてくれる笑顔が大好きだったはずです。


 しかし――


 今、彼女は泣いています。


「……で……な……こと……くの……?

 は……は……ん……だ……ら……る……ら」


「天国なんて……必要……ない……でしょ……?」


 ここでまぶたの裏が赤くなり、夢の主は目を覚ましたようです。


 ――――


 ここは、雲の上の小さな楽園、またの名を『天界』


「何すんじゃいコラー!! ツルツルのまま合コン行ったら失敗しただろ!!」


 そう激怒するのはハゲ……いや、神様です。

 なにせハゲにとってカツラは戦闘服です。

 その戦闘服を接着剤で汚されたのです。それは怒るというものです。

 ハゲをもてあそんではいけません。

 ハゲを崇めよ、労れ、そして慈しめ。

 ハゲは神聖なり、ハゲは愛なり。ハーゲン。


 そうして、トリエルは『ハゲ冒涜罪』で、お空から落とされました。

 それはもう、体育座りで。


「カツラ程度で天使を堕とすなハゲ」


 そう仰る天使はウリエル様、赤い長髪をかきあげ、

 神様をひと睨み。

 これには神様、ドキドキです。


(このハゲ……キモいし、タバコ臭いんだよ!!)


「ハゲ、『適当堕天罪』の罰として、一週間タバコとビール禁止だ」

「そ……そんなあ……」

「あといい加減、禁煙外来へ行け。次サボったら……その髭燃やすぞ?」


 ウリエル様は、炎を立ち上がらせて神様を叱りますが、いつもの事なのでしょう。

 神様はちょっと、ときめいた表情です。


(このクソジジイ……)


 彼女の受難は続きますが、それはまた別のお話。

 そしてその頃、落とされた当の本人は――


「あれー? 人間界って楽しいね!」


 怖いと聞いていたのに、そこはテーマパーク。

 神様の計算は、盛大に狂いましたとさ。



 ――――


 さて、少し時を巻き戻し、下界に戻りましょう。


 あゆむは今、悪友と肝試しに来ています。

 選んだ場所は、怨霊が出るという廃ホテル。


 薄暗い廃ホテルを、懐中電灯片手に横一列で、


 ゆっくり――

 ゆっくりと歩いています。



 …………



「なんだよ……俊樹、何も無いじゃん」

「もう帰ろうよー……先輩、愛深怖いよ……」


(ビビるなよ……大したことはない)


 怖がりの愛深さんは、あゆむの深緑のミリタリーシャツにしがみつき、

 前かがみになりながら提案します。


「何言ってんの……ここからでしょうよー! 愛深ー」


 しかし――

 あゆむのもう一人の悪友の裕二君が、悪ノリで却下した……



 その時です。



「「「「わーーーーー!!!!」」」」



 あゆむは、心臓が喉から飛び出る――

 足が地面に縫い付けられる――

 身体は「逃げろ」と叫んでいるのに、脳が追いつかない。

 そんな恐怖に襲われます。


 ――その一瞬の硬直が、致命的でした。


 気付けば懐中電灯を落とし、

 それを皮切りに、おばけ達が一斉に飛び出します。



「「「「「「ケケケー!」」」」」」



 彼らは舌を出し、手を振り、ウィンクしてるものすらいます。

 こっちはお尻ペンペンしていますね。


「あはは! 楽しいね!」


 トリエルは目をキラキラさせていますが、

 あゆむ達にとっては空から突然来た恐怖の大王そのものです。


「まだまだー! えーーい!」


 空から来た彼女、トリエルが指をかざすと、

 周囲のおばけ達がまるで、

 シンクロナイズド・スイミングの様に綺麗に整列。


 彼女の指の動きに合わせ、

 宙に虹色の軌跡を描きながら、魚のように泳ぎ出します。


「ほらほら、綺麗でしょー!」


 トリエルは、にこりと笑い、さらにおばけ達に指示を出します。

 おばけ達はトリエルに敬礼すると、上空へ一斉に滑空します。


「おばけミサイルー」


 トリエルの号令で、おばけ達は突撃!

 当たった瞬間、胸に負荷が掛かったような感覚が走りますが、

 何故か、一瞬心が温かくなります。


 ――が、それも束の間。 すぐに不安に変わります。


 おばけミサイルによって抜けたおばけ達、

 彼らはあゆむ達の私物……ライター、ガム等を持っています。


 今その内の一匹がライターに火を付けてそれを食べて遊んでいます。

 ボウッと火を吹き、これには他のおばけもケラケラと笑い、拍手です。


 さらにそれに続けと、

 他のおばけが奪ったガムを食べてぷくーっと風船を膨らませ、

 自分も一緒に膨らんでいきます……そして――


 パアン!


 破裂したと思ったら、

 ジェット風船の様にピューっと音を立てて飛んでいき、

 さらに小さなおばけが分裂して登場!


 もうハチャメチャです!


「最後はスーパーおばけ――」とトリエルが目をキラキラさせた瞬間、

 あゆむの脳内に走ったのは最悪の予感だけでした。


「絶対ヤバい!!」


 悪友達は、あゆむを置いて一目散に逃走してしまいます。


「え!? ちょっと!?」

(足が動かねえ……!)

「ええい! クソ!」


 あゆむはヤケで木の破片を投げつけますが、

 おばけはそれをパク! と食べてしまいます。もぐもぐ。


 そうして「おかわりー」と舌を出しあゆむに迫ってきますね。

 さすがのこれにはあゆむも戦意喪失、メンバーの後を追いかけるのでした。


 …………


 どれぐらい走ったでしょうか。

 あゆむは肩で息をしながらも、周囲をキョロキョロと確認します。

 周囲に不穏な気配は無し……どうやら巻いたようです。


「肝試しなんてするんじゃなかった……」


 あゆむはガクガクと震える足を黙らせようと、ガシリと押さえつけます。

 その額は汗でびっしょりです。

 周囲を見ると、誰も彼も同じようです。

 みな息を切らし、膝を支えて立っているのがやっとなご様子。


「誰さ……肝試しなんてしようって言ったの」


 そうあゆむが周囲のお友達を見渡した時でした。


 裕二君、

 愛深さん、

 俊樹君、

 ワンピースの女の子、

 それぞれのお友達は責任を押し付け合うように、首をクルクルと回します。




 …………




 ここであゆむ達は違和感に気付きます。

 今ここにいるのは、

 あゆむ、

 裕二君、

 愛深さん、

 俊樹君――



 そして……





 ――白いワンピースの女の子――





 …………




(なんか憑いて来てるんだけどー……)


 一気に鳥肌が立ち、血の気が引くのが分かります。

 全身のうぶ毛が逆立ちするようなゾワワという悪寒が走り、

 怖くて視線が動かせません。


(なんでだよー……俺が何をした……)


 肝試しを安易にしたからじゃないですかねえ……


 悪友達も気付いたのか、視線をあゆむに泳がし、

 愛深さんが、あゆむの背中に顔を埋めます。


「せせせ、先輩……聞いて……」


(なんで俺なんだよー……)


 しかし、このままではらちが開きません。

 あゆむは意を決し……


「……誰、君……」


 聞きました。


「はじめまして、ピピと申します」


 女の子はスカートを軽く広げ、礼儀良く挨拶をします。

 ……その目は一瞬、赤く見開くと、

 あゆむをまるで標的を見つけた狼のように捉えます。

 そして――あっという間に彼女はシーツのおばけに変身します。


「ばあー!」


 ピピと名乗ったおばけが可愛く舌を出すと、どこからともなく――

 みぃーつけたぁ……という声までが聞こえてきます。

 やばい状況であるとはわかっているのに、硬直してしまい、誰も動けません。


「ダイジョウブ、サイショダケダヨ……」

「ひ、ひえーーーー!!」


 命の危険を感じたあゆむは猛ダッシュ!

 堰を切ったように、他も続き、仲間の車で逃走しました。


(B級ホラーみたく、ハンドルに髪が絡まるとかないよな……)


 さすがにそれはなかったようです。


 ―――――


「やれやれ、なんて日だ……!!」


 命からがらの思いで、7畳1kのアパートに帰宅したあゆむは、

 そんな愚痴を吐きつつ、キッチンの塩を手に取ります。


(念の為、撒くか……)


「よし……」

(これでいいはず)


 塩を撒き、あゆむはコーラを飲もうと、冷蔵庫を開け目を動かします。


(あれ……二本買ったよな……一本??)


「気の……せいだよな」


 若干、背筋に嫌なものを感じつつも、

 キッチンと部屋を仕切るカーテンを開けます。

 なんですが――


「あー………大変だったー……」

「そーなんだー? 大変だったねー」


(もー! 他人事だと思って……)

「……ん? え? 一人暮らし………なんだけど……」


 …………


 目の前のソファに座り、アニメを見ていたのは、

 廃墟で出会った女の子と白いナスみたいなオタマジャクシおばけ六匹。

 その隣には、あのシーツおばけも一緒にいますね。


「お久しぶりです」


 シーツを広げて上品にお辞儀をする姿は気品すら伺えます。

 もっとも、

 この状況で『お久しぶりです』は煽りにしか聞こえないでしょうが。


「いや待て……」

「トリエル、憑いて来ちゃった!」


(は? なに? なんでいるの? え?)


「おかわりー」


(何言ってんのコイツ……オカワリってなんすか? うまい?)



「ねえ、おかわりー」



 あゆむの頭脳はフル回転で思考を走らせます。

 目の前では、ふざけたゴスロリが

 ポテチの空袋を出して『オカワリ』とかいう戯言を言っております。



「いや塩撒いとけよ!? 変なの来たらどうすんだ!?」



 そして、やっと出た言葉が変なツッコミでしたとさ。

 今まさにその変なのが来ているのですが……



「トリエルさんがポテチのおかわりを所望だぞ!」

「つーか、なんだよこの白ナス共は! 塩撒くぞ!」


(なんで我が物顔なんだよ、(ひと)の家だぞ)



 あゆむの苛立ち、

 あるいは未知への恐れを察したのか、

 トリエルと名乗った天使の少女は翼を広げ、そっと微笑みます。



「大丈夫だよー、みんな大人しいから。怖くないから笑おうよ!」


 トリエルは、ポテチの空袋を取り出し膝に置くと、

 人差し指をそれぞれ二本、上へ突き立てます。


「そーれ、ドンドコドン! ドンドコドン!」


(あれ……? なんで俺が笑ってんだ……)


 トリエルは笑みを浮かべながら、

 ポテチの袋を太鼓に見立てて、軽快に叩き出しました。



 するとどうでしょう。


 おばけ達は銃を縦に構えるようなポーズをとって大行進!


 時折――パン! パン! という音を立て、

 虹色の花火があゆむの部屋を彩ります。


「ね? 楽しいでしょう? えへへっ!」


(急に……体に力が。それに、嫌な感じも……むしろ、楽しい?)


 その愛らしい対応に、あゆむもおばけの行進を楽しみ、表情を和らげます。


「……で、お前ら一体何モンなの?」

「失礼ですが、先に名乗られるのが礼儀かと」


(このシーツ、意外と細けえな……)

「あゆむ。筒見歩だよ。名乗ったぞ」


『あゆむ』


 その名を聞いた瞬間、ほんの一瞬ですが、トリエルの瞳、

 赤色のそれが、トパーズのように茶色に煌めきましたが、

 あゆむはその変化を見落としました。


「トリエルはトリエルだよー」


(ゴスロリはトリエルね。で? 隣のシーツは?)


「繰り返しですが、わたくしはピピです」

「はいはい、トリエルにピピね。いい名前じゃん」


 あゆむは軽口であしらったつもりでしたが、

 口の端が少し緩んでるのを、自分でも気付いてしまいます。


 トリエルはその瞬間を見逃さなかったようで、

 茶色い瞳がまたキラりと光って、前方のアニメの方に視線を戻します。

 画面に合わせて小さく「わぁ……!」と声が漏れます。


 その声に釣られたみたいに、周りのおばけ達もふわふわと動きを止めて、

 最後尾の子まで、順番にぷかぷか浮かんだまま固まります。

 行進終了です。


「……あーあ、終わっちゃったか」

(……ところで、なに見てんだコイツ。アニメ?)


「ハートフル・キュアプリか……そんな古いアニメ、よく知ってるな」

「え? これ最新のシリーズでしょ?」



 …………



 数秒の沈黙後、彼女の目、

 茶色のそれがうっすらと光り、生気を宿します。


 そして、今頃になって、なぜかキョロキョロと周囲を見渡し始め、

 どこか異質の雰囲気を纏います。



「キュアプリ……いつも一緒に見ようって……

 ねえ、ここどこ?

 ……お兄さん、誰?

 ……わたしのお家は?」



 彼女の態度……いいえ、性格が急に変わります。

 まるで、つい先ほどまで自分の家にいたかのよう。

 声のトーンも一気に大人び、10代後半の少女のようです。



「帰らないと、心配しちゃう……」



 立ち上がろうとしますが、その目は座っていて、足元はおぼつきません。

 結局立ち上がれずに、膝をついてしまいます。

 あまりの急変に、あゆむは異様なものを感じ、駆け寄って支えます。


「おい! 大丈夫か!? ゆっくりしてろ!」

「帰らないと……さんが……さんが——、あゆ、む……」


『彼女』の最後の一言――あゆむ。


 それはただの呼びかけ以上のなにか――

 暗闇の中で親を探す迷い子のような、

 そんな魂の呼びかけのように聞こえました。


 それは気のせいかもしれません。

 けれど、その声が、

『あゆむ』が、

 やけに鮮明に耳に残ります。


 そうして茶色い輝きが消え——

 ブレーカーが落ちるように、あゆむの胸に倒れ込みます。


「おい!? 大丈夫か!?」

「トリエルさーん!」


 おばけ達も心配そうにトリエルへ寄ってきて、彼女を見つめます。

 ピピも「大丈夫でしょうか……」と不安げです。


「おい! 知り合いなんだろ!? わからないのか!」

「……いいえ。わたくしも今日、知り合いましたので」

「なんだよそれ……」


(意識がない。身体を揺すったぐらいじゃ起きないか)

「救急車を呼ぶべきだな……」


 あゆむがスマートフォンを取り出した時です。


「んー?」

 いきなり、むくりと起き上がり、その赤い目を輝かせます。

「あれー? トリエルなんで寝てたのー?」


 同じようにキョロキョロと周囲を見渡しますが、

 その表情は先程とはまるで対照的です。

 口調も急に幼いものに戻り、何かが切り替わったかのようです。


「……なんでって……大丈夫か!?」

「なにがー?」


「え……本当に大丈夫か?」

「んー? トリエルはなんともないよー?」


 彼女はそう言うと、

 背中の翼をピクピクと動かしたり、腕をクルクルと回します。


 あまりにも平然とするその様子に、

 あゆむはゾクりと背筋に冷たいものが走ります。


(……さっきのアイツ、何だったんだ)


 …………


(起きたとはいえ、放っては置けないか……)

 数秒の沈黙が流れた後、あゆむは万一のことを考えて、

「念の為、救急車呼んで病院に行くか?」と提案します。



 ですが――



「どこも痛くないから、大丈夫だから、病院は嫌!」


『病院』この言葉が出た途端、

 一瞬彼女の目が茶色く点灯すると、すぐに赤く戻り、

 頭を振り乱して、泣き叫びます。


(記憶のフラッシュバックか!? ヤバいな……)

「わかった。病院はやめよう。アニメでも見るか?」


 あゆむは冷静に判断し、

 彼女がアニメに興味がありそうだったので、とっさにテレビをつけます。


 …………


 しばらくただアニメを垂れ流し、

 トリエルはそれをぼうっと眺めます。

 やがて落ち着きを取り戻したのか、徐々に無垢な表情に変わっていきます。


(ここらで、コイツが一体何者なのか、ちょっと聞いてみるか)


「……とりあえず話せそうなら、ワケを聞かせてくれないか」

「なんのー?」



(軽い……なんなんだ、コイツ)



「お前らがここにいるわけだよ。

 俺、何も知らないし、正直対応に困るからさ」


 トリエルはその言葉に納得したように、

「うん」と、元気よくうなずきます。


「ええっとね、それは……かくかくしかじかポテチはウマウマ」



 ⋯⋯⋯⋯



「つまり、イタズラし過ぎて堕天食らったってか?」


 よく通じましたね……今ので。


「って言うわけでよろしくねー!」

「なんで? 帰れよ」


 それはそうです。なんでそうなるの? なわけですが、

 ここでトリエルは不気味なことを口にします。


「無理だよー! だって取り憑いちゃったもん」

「は?」


「キミの守護霊? 弱かったから、

『トリエルが守護するねって』言ったら、バイバイしちゃった!」


「ふざけんなよコラ。取り消せ」

「無理だよー。天使の守護対象は神様しか離せないんだから」

「キャンセルします」

「無理なのー。今言ったでしょー!」

「じゃあ神様に頼め」

「神様、最近ずっと麻雀してて暇ないよ?」

「バカなの??」


 …………


(どうすんだこれ……)

「大丈夫ー? ポテチ食べる?」


 彼女は無垢な赤い瞳をあゆむに向け、

 ほとんど残ってないポテチの袋を差し出します。


(残ってねえじゃん)


「トリエル」

「なにー?」

「そのポテチ、俺のだよな?」

「もうトリエルのだよ?」

「いつから?」

「美味しかったから!」


 …………


 そんなやり取りに、あゆむは大きなため息を一つ吐きます。


(もういいや……コイツ相手すんの疲れる……飽きれば帰るだろ)


「……はあ。まあいいや、食費だけは払えよ?」

 するとここで、何故かおばけ達が顔を赤くしてやってきます。

 なにかの魔法か、部屋の明かりもピンク色に。不穏なBGMまでなり始めました。


「ちょっとだけよ……?」「アンタも好きねえ?」

「誰が貴様らの体で払えと言った? この白ナスビ共が」


 どうやら、彼女らがあゆむに取り憑いたというのは本当らしく、

 しかも、実質誰も引き離せない。完全詰みなようです。


「……今日はもう風呂入って寝よ」

(もういい、何も考えたくない)


 よほど疲れたのでしょう。

 現実逃避をするように、風呂場の戸を開けますが……


「エッチー!」「スケッチー!」「ワンタッチーン!」


 そこに居たのは、既に入浴を決め込んでいるおばけ達でした。

 彼らは頭にタオルを乗せて気持ちよさそうにお湯に浮いております。


「だよなあ……」


 おばけ達は恥ずかしがる仕草を見せてあゆむをからかいます。

 ケラケラという笑い声が、お風呂場に響き渡ります。

 そこにいるのがまるで死者の魂であるとは思えないほど、

 彼らは無垢でひょうきんな存在のようです。


「いやお前らデフォで裸だろ。出ろ!」

「あゆむ様……」


 気付けばピピが、浴室の外でそっとタオルを差し出していました。


「タオルをどうぞ」

「……どうもご丁寧に」


 けど、そのタオルは無駄に終わります。

 なぜなら――


「あ、面白そー!」

「俺は風呂にも入れんのか」


 ここで背後からトリエル登場、即座に指パッチン!

 おばけ達が歌い出し、ダンス開始です!


「ババンババンバンバン♪」

「歯ー磨けよ?」「宿題やれよ?」

「命大事にしろよ?」「いやお前死んでるだろ」「お前もなー」


 これにはトリエル大爆笑。


「お風呂はまた後での方が良さそうですね」


 ピピはそう言うと、ひっそりとタオルをたたみ直し、

 あゆむの頭を優しく撫でます。


(ああ……生きてる少女だったらなあ……)


「お? 惚れたでゲスかー?」「色男ザマスねー」「てやんでい、てやんでい」


 ここでおばけ達の茶化し合が始まり、ピューという口笛がお風呂場に響きます。

 いいぞもっとやれ。


「も、もう! からかわないでください!」

 恥ずかしくなったのか、彼女はシーツおばけになると、部屋に逃げていきました。


(あの方と添い遂げる(一緒に逝く)前に、祟るぞナス共が……)


 うーん、ピピとあゆむは二人きりになったらまずい気がしますねえ……


(明日塩買って、神社でも御札もらって風呂場に貼りつけてやる)


 あゆむが拳を握りしめると、狙ったかのように――


「えへへっ、楽しかったね!」


 という、聞き慣れた幼い声が聞こえます。

 あゆむが「やれやれ」と疲れた表情で振り返ると、

 そこには桜の香りを漂わせる天使が、翼を広げて微笑みかけていました。


「……まあ、な」


 あゆむはそう返しながら、ふと考えます。

 あゆむの耳に、さっきの声がまだ残っています。


 ——あゆ、む。


 今、目の前で笑っているこいつは――本当に「同じやつ」なのか。

 ……けど、この笑顔を見てると、そんな疑問すらどうでもよくなるのです。


 これは幸なのか不幸なのか。


 あゆむのカオスな生活は、まだまだ続きそうです。



 ――――


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