二話「天使は一度守護する(取り憑く)と離れられないそうです」
――前回までのあらすじ――
(以下男の裏声で)
いっけなーい! 天使天使!
廃墟に仲間と肝試しに行ったあなたは、
その途中、天使っぽい女の子と複数のおばけに出会っちゃう!
恐れをなして無我夢中で逃げ帰るけど、帰宅したその先に――
廃墟で出会った女の子が、ソファに座ってポテチを食べてるの!
えー!? それおやつー!
これから俺の生活、どうなっちゃうのー!?
――――
「ねね! おかわりちょーだい!」
トリエルはあなたの服を「グイグイ」と引っ張り催促をしています。
相当ポテチが気に入ったみたいで、ジャーキーを前にした子犬のようなつぶらな瞳で催促します。
「引っ張るなよ……」
あなたは突き放しますが、目を合わせると吸い込まれそうなほどに、
その表情には魔力があり、まるでメデューサのようです。
違いをあげるならば、石にはならない代わりに、彼女に意志に逆らえなくなるといったところでしょう。
その一方であなたの周りにはおばけが飛び交います。
さながらそれは妖怪アニメ……いえ、おばけ動物園です。
7畳という空間に彼らはひしめき合い、2……4……6……12匹ほど存在します。
眠そうにあくびをしているもの。鼻ちょうちんを作り爆睡してるもの。
他のおばけと追いかけっこをしてるもの等様々で、
「おばけである」ということに目を瞑るならば、彼らは実に愉快で見ていて飽きません。
さらに、どう持ち出したのか、あなたの部屋にあったトランプで大富豪をしている個体すらいます。
あーこらこら、ジョーカーで上がるのは反則ですよ?
これが恐怖の対象であるおばけなのか……と本気で疑いたくなるコミカルっぷりです。
あ、ベッドでトランポリンしてるおばけもいますね。
もっとも、その見た目もトリエルの天使の権能により、ゆるく可愛く変えられているので、
おばけと言うよりは完全に新種の何か……といったところでしょう。
そんな彼らの様子にあなたも慣れたのか、あるいは、もうどうにでもなれと諦めたのか、
乾いた冷笑を浮かべています。
「ハハ……トゥーンアニメかよ……」
まさしくそれは外国産の児童向けアニメのような世界です。
しかし、これは現実であり、アニメではありません。
「トリエルさんがおかわりを所望しておりますよ」
ここで白いワンピースのシーツおばけ、ピピがあなたのズボンを引っ張ります。
ピピだけは他のオタマジャクシおばけとは違う風貌で、
シーツの状態でも青い髪の毛があったり、女の子っぽい見た目をしていますね。
「いやおかわりねーから」
そう軽く、冷たい死体のようにあしらいます。
……が、周りのおばけが食器棚の近くへスルスルと飛んで行きますね。
「ここにありますー」
おや、手でちょんちょんして教えます。
賢いですねえ……
「いや勝手に教えんな!? 塩蒔くぞ!?」
しかし、おばけはあかんべーをすると、ケケケとナメきった笑います。
まるで、「やれるもんならやってみろ」と挑発しているかのよう。
その一方で、ポテチの在処を知ったトリエルは、何故かソファにちょこんと腰掛け、
「ピピー、取ってきてー!」とシーツの彼女を軽く投げます。
ぽーい。
「あーれー」
シーツのピピはピューッとノリノリで飛んでいきますが、
死者は大事にしないといけませんよー。
「これですね」
そう言うとピピは棚を抜け、中のお菓子の袋をトリエルのもとへ運びます。
その姿は恐ろしいおばけとは正反対です。
「うん、これは夢じゃないな。ありえなさ過ぎて逆にキモイわ」
あなたはなんとか落ち着こうとしますが、やはりこの状況、
未知との遭遇というのは恐れを感じるのでしょう。
「大丈夫だよー、みんな大人しいから。ほらー!
怖くないから笑おうよ!」
トリエルのその一言で、おばけ達は整列し、彼女に敬礼します。
そしてトリエルは――
「ドンドコドン! ドンドコドン!」
そうポテチの袋を太鼓に見立てて叩き出しました。
するとどうでしょう!
おばけ達は銃を縦に構えるようなポーズをとって大行進!
時折、パン! パン! という音を立て、虹色の花火があなたの部屋を彩ります。
「ね? 楽しいでしょう? えへへっ!」
その愛らしい対応に、あなたもようやく警戒心を解いたのでしょう。
おばけの行進を見つつ、表情を和らげます。
「で、お前は一体何モンなんだよー」
「トリエルはトリエルだよー」
「私はピピと申します」
「はいはい、いいお名前ですね」
自己紹介が終わり、ここでトリエルの興味がまたアニメに戻りました。
おばけの行進も終わってしまい、彼らはまた宙をぷかぷか。
あなたは少し残念そうに視線をトリエルへ向けると、
彼女はテレビ配信で12年前流行った魔法少女アニメを見ています。
愛らしい茶色い目をキラキラと輝かせて、モニターに夢中です。
「ハートフル・キュアプリか……そんな古いアニメ、よく知ってるな」
「え? これ最新のシリーズでしょ?」
この時、彼女は当然のように言います。
けれど、自分でも何を言ったのか、それがよく分かっていない様子です。
「ぽかーん」と振り返ったまま前を見つめ、放心状態です。
「……??」
…………
数秒の沈黙後、彼女の目、茶色のそれがうっすらと光り、生気を宿します。
今頃になって、なぜかキョロキョロと周囲を見渡し始め、どこか異質の雰囲気です。
「キュアプリ……いつも一緒に見ようって……
ねえ、ここどこ? ……お兄さん、誰? ……わたしのお家は?」
彼女の態度……いいえ、性格が急に変わります。
まるでつい先ほどまで自分の家にいたかのよう。
声のトーンも一気に大人び、10代後半の少女のようです。
「帰らないと、心配しちゃう……」
立ち上がろうとしますが、その目は座っていて、足元はおぼつきません。
結局立ち上がれずに、膝をついてしまいます。
あまりの急変にあなたは異様なものを感じ、駆け寄って支えます。
「おい! 大丈夫か!? ゆっくりしてろ!」
「帰らないと……さんが……さんが」
ここで彼女の茶色い目の輝きが消え、
ブレーカーが落ちるように、あなたの胸に倒れ込みます。
「おい!? 大丈夫か!?」
「トリエルさーん!」
おばけ達も心配そうにトリエルへ寄ってきて、彼女を見つめます。
ピピも「大丈夫でしょうか……」と不安げです。
「おい! 知り合いなんだろ!? わからないのか!」
あなたの問いにピピは身体を横に振ります。
「わたくしも今日知り合いましたので」
「なんだよそれ……」
あなたは胸に倒れ込んだトリエルを抱き寄せますが、
その意識は戻りません。
「救急車を呼ぶべきだな……」
あなたがスマートフォンを取り出した時です。
「んー?」
いきなり、むくりと起き上がり、その赤い目を輝かせます。
「あれー? トリエルなんで寝てたのー?」
同じようにキョロキョロと周囲を見渡しますが、
その表情は先程とはまるで対照的です。
口調も急に幼いものに戻り、何かが切り替わったかのようです。
「……なんでって……大丈夫か!?」
「なにがー?」
「え……本当に大丈夫か?」
「んー? トリエルはなんともないよー?」
彼女はそう言うと、背中の翼をピクピクと動かしたり、腕をクルクルと回します。
あまりにも平然とするその様子に、あなたはゾクッとしましたが、
彼女がキッパリとそういうのと、確かに平気そうなので深い追求を避けました。
彼女が何者なのかは未だ分かりませんが、
きっと平気なのだろうと、今は無理やり自身を納得させます。
(コイツが一体何者なのか、ちょっと聞いてみるか)
そんなことを考え、床にあぐらをかき、一呼吸。
「……大丈夫ならいいや。
なあ、俺お前のことよく知らないんだけど、聞いてもいいか?」
「いいよー」
(軽い返事だな。本当になんともないのか?)
などと思いながらも、あなたは彼女の話に耳を傾けます。
どう見ても人間ではない以上、厄介事は避けたい。
そのためには事情を聞く必要がある。
そう考えたのです。
…………
彼女は、自分は天使であること、
神様に怒られて帰れないこと、
それらを包み隠さず言いました。
「わかった?」
「つまり、堕天使ってこと?」
「違うよー! 天使だから!」
どうやらプライドがあるようで、首を左右に振って可愛く抗議します。
しかし、あなたにとってはそんなものは知ったことではありません。
天使だろうが、堕天使だろうが、悪魔だろうがあなたの生活を脅かす存在です。
帰ってもらわねば困るわけなのですが――
「なんでもいいよ。休んだら帰れよ? 謝れば大丈夫だろ」
「ムリだよー! だってもう守護しちゃったもん」
彼女は守護なる嫌な言葉を用いて拒否をします。
「は!? どういう事? 帰れないってこと?」
「そうだよー! もうトリエルはキミの守護天使だから帰れないよー?」
「はー!? 嘘だろ!? てか今の説明だと、お前堕天使じゃん!」
「お言葉ですが、天使も堕天使も本質は一緒かと。それにもう守護されております」
「いやいやいや! 勝手に決めるな! それなら守護やめろ!」
「無理だってー! 一度守護した対象からは神様しか離せないんだよー」
「なんだよそれ!? 食費だって……いろいろかかるんだぞ!?」
あなたの必死の抗議にトリエルはふぐのように頬を膨らませます。
どうやら彼女なりの理由があるようです。
「むう! 本当は守護したのだって、
キミに守護霊がいなくて大変な状態だったから!」
「え? 俺守護霊いないの?」
あなたは自分に指を指すとトリエルに確認します。
彼女はぷいっとそっぽを向きぷんすか状態です。
「いない! そうでなきゃ喧嘩になって守護出来なかったもん」
「トリエルさんの言ったことは本当ですよ」
「で……それってどういう状況なの……? ヤバいの?」
「キミさ、昔から霊感強いでしょ? 霊感って守護霊の強さに反比例するんだ」
「……どういうこと?」
「つまりね、守護霊が強い人って、そもそも霊の方から来ないし、
守護霊が近づいたら逃げるのが大半なんだよ。だから霊を感じない」
つまり怖い人が電車で偉そうに座ってたら、
みんなそこから離れるみたいなもんか……とあなたは合点がいきます。
「つまり、弱い人間は霊がビビらないから寄ってくる?」
「そういうことー」
「それで俺の身体に黒い? 変なのがいっぱいあったってこと? さっきの話」
「そうだよ? トリエルの天使の権能のおかげ!
本当はお礼を言って欲しいぐらいなんだから!」
いまいち危機感がないあなたに業を煮やすように、
ピピはこれから決闘でもするような真剣な表情で補足します。
彼女はシーツおばけですが、その声は低く、緊張感があります。
「守護霊というのは “試される” 事を酷く嫌います。
あなた様は、これまでに危険な肝試しを続けていませんでしたか?
それで愛想を尽かされ、いなくなってしまったのです。
その影響で非常に危険な状態でした。
もし、あのままトリエルさんがいない状態であそこに行ったら、
あなた様は間違いなく取り殺されていたでしょう」
取り殺される……というピピの言葉にあなたはゾッとしますが、
まだ現実味がないのか、信じたくないという意識が働いたようで、首を左右に振ります。
「そんなまさか……小説じゃあるまいし」
しかし、ここでピピがため息をつくと、ワンピース少女の姿となり、
鬼気迫る表情であなたの身体の中に入り込みます。
刹那、急激に重力がかかる感覚に襲われます。
身体は動かず、息もできません。
身体中にまるでインフルエンザの時のような酷い寒気が走り、
震えが止まりません。
――死ぬ。とあなたは思いました。
「どれだけ危険な状態だったか、分かりましたか?
イタズラ半分遊び半分で行ってはならぬ場所だったのです……わたくしも……いえ」
ピピは何かを言いかけましたが、怯えるあなたの顔を見て、
そっと冷たい手であなたの頬を撫でます。
確かに、あなたはこれまでに悪友たちに誘われるまま、
危険な肝試しをスリル目的で楽しんでいました。
退屈な日常に飽き、非現実が欲しかった。
あなたも最初はそんな軽い気持ちでした。
しかしいつからでしょうか。
最初は特に何も感じなかったそれも、いつしか気配を感じるまでになり、
「霊感ついたかも!」などと、あなたも楽しむようになりました。
守護霊からすれば、警告しても守っても向こうから危険に突っ込む。
そうして愛想を尽かして出ていったのを喜ばれたらたまったものではありません。
そういう状態だったのです。
「ごめんなさい……大丈夫……ですか…?」
「ああ……その……信じるよ。ありがとうな」
「自暴自棄になっちゃダメだよ。
生きてる限り、笑っていれば人には明るい未来がきっと来るから」
トリエルは茶色い目を輝かせて微笑みます。
その目はトパーズのように輝き、彼女の《《笑み》》にはまるで魔力があるようです。
「お前……」
「ふぇー? なあにー?」
「いや、なんでもない……」
かくして天使のトリエルは、あなたの家になし崩し的に《《居憑く》》事になりました。
「はあ……食費……いらないゲーム売るか? いや、仕事増やすか!?」
あなたの悩みは増えそうですが、ここで残念なお知らせです。
「ところでお腹空いたんだけどー?」
「はあ!? さんざんポテチ食べただろー!?」
「天使の権能使うとお腹減るんだよー! 何かちょーだい!」
「実はわたくしも……」
トリエルの一言を皮切りにピピも空腹を訴えだします。
「いやお前おばけだろ!? 腹減らないだろ!?」
「いえ、こうして姿を出すためにはエネルギーを必要としますので」
「……え、じゃあ姿消せ――」
と言いかけたところで別のおばけがあなたにダイブし、体当たりをします。
「いて!」
「そんなのダメだだから!」
トリエルもピピを擁護し、あなたは項垂れるしかないのでした。
「……はあコンビニ行くか」
トリエルのいう「天使の権能」がどういうものなのか、あなたは聞こうとは思いませんでしたが、
きっとそれは人智を……少なくとも自分には理解できないものなのだろうと、
あなたは無理やりそう思い込むことで、この状況を納得しようとするのでした。
――――
「その前に風呂入ろ」
あなたはまずは(気持ち的な)疲れを癒すため、部屋と廊下を仕切るカーテンを開けて、
キッチンへ出るとお風呂場の押し戸を開けます。
ギイ……という音と共に開け放たれた扉の先、そこに居たのは……
「うん。いると思った」
既に入浴を決め込んでいるおばけ達でした。
彼らは頭にタオルを乗せて気持ちよさそうにお湯に浮いております。
「だよなあ……」
カポポポーン。
「イヤーン!」
「ヘンターイ!」
「エッチー!」
「スケッチー!」
「あっちいってーん!」
「もっと見てーん!」
おばけ達は恥ずかしがる仕草を見せてあなたをからかいます。
ケラケラという笑い声がお風呂場に響き、
そこにいるのがまるで死者の魂であるとは思えないほど、
彼らは無垢でひょうきんな存在のようです。
「いやお前ら普段から裸だろ!? つーか出ろよ!!」
そこへ背後からダダダと走る音が聞こえ、あなたは嫌な予感……
「あ、面白そー!」
案の定出てきたトリエルがおばけ達に指で指示をすると、
おばけ達は歌い出し、ダンスまで踊りだします。
「ババンババンバンバン♪」
「歯ー磨けよ?」
「宿題やれよ?」
「ババンババンバンバン♪」
「命大事にしろよ?」
「いやいやお前は死んでるよ」
「お前もなー」
これにはトリエル大爆笑です。
「あはははは! 面白ーい!」
トリエルがさらに指示を出すと、おばけ達はイルカショーのように、
輪っかになったおばけの中をどんどんくぐって行きます。
「次はボール遊びだよー! そーれ!」とトリエルがピピを放り投げると……
「あーれー」とピピはノリノリで身体を丸めてボール状態に。
弧を描き、おばけイルカ達が待つ湯船というプールへ一直線!
ボヨーン!
イルカのように頭にピピを乗せたおばけ達は次々とキャッチボール!
ピョーン! ピョーン! とピピを投げて遊びます。
「…………」
スカーン!
最終的におばけの一匹があなたに向けてピピをシュート!
それが顔面にクリーンヒットし、あなたはノックダウン!
「あの……大丈夫ですか?」
すかさずピピがシーツからワンピース少女の姿になって、あなたの頭を優しく撫でます。
霊体らしく、冷たい手が妙に心地良いと感じ「ああ……生きてる少女だったらなあ……」
そんな事を考えるも「とりあえずピピには優しくしよ」と決めるあなたでした。
「お? 惚れたかー?」
「よ! 色男ー」
おばけ達の茶化し合が始まり、ピューという口笛がお風呂場に響きます。
「も、もう! からかわないでください!」
ワンピース少女の姿となったピピはシーツ状態よりも声が人間らしくなり、
風鈴の音のようなそんな澄んだ声で白い肌をほのかに染め上げ、エネルギーが切れたのか、
あるいは恥ずかしくなったのか、シーツ状態に戻ると部屋に逃げていきました。
「……明日コンビニ行ったら大量に塩買って、
あと神社に行って御札貰って風呂場に貼りつけてやる」
そうあなたはおばけ達に復讐を誓うのでした。
――――
その夜、深夜23時。
おばけ達すら寝静まり、ぷかぷかと宙を泳ぐ中、
トリエルは一人、窓際に佇んでいます。
1月下旬の冬の夜、彼女の手形がガラスに付きます。
彼女は切なげな視線で、ある一つの方向をじっと見つめています。
まるで狭い鳥籠の中から、故郷の森を見つめる小鳥のよう。
翼はあれども飛べない、そこへは行けない。
物理的な理由ではない。
もっとなにか別のそれがあるようです。
背中の白い翼は確かにそこにあるのに、自由がない。
笑っていれば人には明るい未来がきっと来る――
そう言っていた彼女の瞳には今、輝きはありません。
くすんだ茶色い悲しみの瞳が、外の灰色の壁を眺めています。
ピピはシーツおばけのまま、ベッドにもたれかかって寝たフリをし、
そんなトリエルを見守っていました。
――――
【次回予告】
――BGM――
♪テーレッテレレレレー ♪テーレッテレレレレー
♪テーレッテレレレレー テーレー
コンビニでは長い列が出来ていた!
恐怖の大王にはポテチが効くとネットで話題になっていた為だ!
ポテチを求めさまよう人々! 町は大混乱!
果たしてポテチは手に入るのか!? コーラはどうした!?
次回! 落ちてきた天使と同居することになった件。
「トリエル、コンビニへ行く!」にご期待ください。
コンビニへ行くだけで事件が起こる! それはさながらメガネの名探て……
テーレテレテー――




