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十一話「エイプリルフールの嘘」

4月。


皆様は4月、この言葉だけを耳にして、一体何を連想なさいますか?


春……でしょうか。

確かに、確かに、4月といえば春本番の月です。


木々が色付き始め、気温も心も暖かくなり、これまでよりも誰かに優しくできそう……そんな気さえ致しますね。


特に春といえばやはり桜、春よりも4月と聞いてこちらを連想した方も多いのではないでしょうか。


桜というのは日本を代表する木……と、言いたいところなのですが、


実はこの桜……いえ、正確にはおそらく皆様が連想なさるところの桜はソメイヨシノだと思うのですが、

これは近年になって急速に広まったというのはご存知でしょうか?


実はこれ、戦後の日本を立て直す一環において、焼け野原だった地に何を植えようか……と考えた際に美しく、そして育てやすいこの木がよろしかろう。


そういうことで高度経済成長期に爆発的に広がったのが人気の始まりとされております。


ところでこのソメイヨシノは全てクローンだというのはご存知でしょうか?


クローンと言っても別に何か怪しい溶液につけて誕生させたわけではございません。

原木からの苗木で成長したものです。


遺伝自学上、これはクローンと呼ばれ、そのためソメイヨシノは地域の気温にもよりますが、一斉に散るのです。

その様は人に儚い印象を与えます。


事実、桜を題材とした別れの歌は大変多いですね。


卒業式においても桜をテーマにした歌が今はよく歌われるそうです。


そして最後に、4月といえば出会いと別れの季節。

入学や就職シーズンであると同時に卒業のシーズンでもありますね。


と、いうわけで今回はそんな卒業に関するお話です。


どうぞお楽しみください。

 ここは雲の上の小さな楽園、またの名を「天界」


 …………


「神よ。ウリエルです」


 神様が鎮座なされる謁見の間、

 白く果てしなく広い空間にその中央、大きな金の椅子だけが存在する部屋。

 そこに突如、虚空より声が響きます。


「入りなさい」


 神様がそう許可なされますと、その御前に一柱の大きな炎が立ち上がります。

 それは赤い長髪に赤い鎧、四枚の翼を有した大天使ウリエル様へと変化します。


 ウリエル様は険しい表情で神様を真っ直ぐ見つめられますと、

 山のように積まれた報告書を神様に突きつけます。

 神様はそれを受け取られますと、見ることなく大きな椅子の肘掛に置きます。


「見ないのですね」

「内容はトリエルの件に関してであろう?」

「では、私が何を言いたいのかも、分かりますね?」


 そこまで言うと、ウリエル様は一歩二歩と神様の眼前に詰め寄ります。

 その目は先程よりも厳しく、気迫に満ちております。

 まるでこれから、死闘でも始めようとする中世の騎士のようです。


「それはトリエルがイタズラを――」と神様が言いかけた時です。


 ウリエル様の右手に炎が集中し、重い金属音と共に、赤く大きな大剣が現れます。

 ウリエル様はそれをそのまま神様の喉元へ突きつけます。


「そのような嘘八百で、育ての親であるガブリエルは騙せても、

 神よ、貴方の側近である、この私は騙せませんよ」


「何故そう思う」


「現に私が堕天していないからです。

 このように貴方は天使が剣を突き付けたとしても、態度を変えません。

 そんな貴方が、イタズラを理由に幼い天使を堕天?

 馬鹿馬鹿しい。方便だというのはわかっています」


 さすがの神様も、ウリエル様までは騙せないと思われたのか、軽く息を吐きます。

 ため息と言うよりは、それは呼吸を整えるためのものでしょう。

 その目は普段麻雀やビール、タバコを愛する神様とは、全く別の存在にように険しく、

 そして凛々しい表情です。


 …………


 数秒の沈黙が場を支配した後、神様はその重い口を開かれました。


「確かに、お前の言う通りだ。ウリエルよ。

 トリエルの堕天の真の理由は他にある」



(やはり……方便か)



「本当の理由……それを聞かせてくれますね」

「聞かずとも、お前であれば、おおよその見当はついておるのではないか?」


「質問に質問で返せとは言っておりません」

「分からぬのかと、そうワシは訊いておるのだ。ウリエルよ」


 神様の真剣な眼差しに、ウリエル様は剣を下ろし、一瞬目を閉じます。

 ウリエル様はトリエルが堕天直後から陰ながらその様子も見守っておいででした。

 天使にとって一般的に人間界は悪意に溢れる恐ろしい場所です。


 負の念を嫌う天使は長くそこにいると侵食を受け、

 身も心も邪悪に染まっていってしまいます。

 ですので、堕天というのは余程のことをしない限りはありえません。


 ましてや、度が過ぎたと言っても、

 子供の天使のイタズラで与える罰でもないのです。


 それもあって、ウリエル様はずっとトリエルを見守り、

 万一の際は無理やりにでもトリエルを帰還させるおつもりでした。


「トリエルの持つ力が関係しているのでしょうね」


 ウリエル様は目を閉じたまま、そう口にしました。

 神様はそれを聞いて静かにうなずくと、問いを続けます。


「その力とはなんだ」

「トリエルの持つ天使の権能の象徴……それですね?」


 ここでウリエル様は一定の手応えを得たのか、目を開け、神様を見つめます。

 神様は大きくうなずかれた後に、ウリエル様から答えを引き出そうとします。


「その象徴とはなんと考える」


「イタズラの力……ではないのでしょうね。

 トリエルが持つ天使の権能の象徴。真のそれは」


「そうだ。お前も知っている通り、天使の権能にはそれぞれ象徴が決まっておる。

 お前なら破壊と再生、ガブリエルであれば繁栄……といったようにな」


 神様がここまで仰られた後、ウリエル様は押し黙り、解に難航しておられるようです。

 ウリエル様はこれまでのトリエルの全てのイタズラを遡ります。


(どれも相手を楽しませようとする無垢なものばかりだな……無垢、楽しむ……!?)


「……ありえない。そんな馬鹿な……!?

 今までそんな天使は……ルシファーや、ミカエル様でさえ!」


 ウリエル様はトリエルが持つ真の権能に気が付くと、

 思わずたじろぎます。


「根拠は!?」

「それはお前が見たはずだ。ウリエル」


 ここでウリエル様は押し黙り、

 トリエルの持つ権能の象徴について疑惑を確信に変えたようです。


「ワシも最初は驚愕した。このような力は見たことがなかった。

 かの力はワシですらないものだ」

「ですが、ならば何故堕天などと! 共に地上で教育いう形で良かったはず!」


 ウリエル様は胸に手を当て、まるで自分の考えが外れていて欲しい……

 そう願うかのように神様に問いかけますが、


 神様は首を横に振ります。

 それは、ウリエル様の考えが合っているという証でもあります。


「天界での教育でも、地上での教育でもだめなのだ。

 あれはトリエル自身の成長で覚醒せねばならぬ。そういう力なのだ。

 だから悪意に満ちた地上へトリエルを単独で落とした」


「それは、権能とは別に、トリエルが持つ出生とも関わるのですね?」


 ウリエル様がそういうと、神様は一瞬沈黙を挟みます。


「そこまで知っていたとはな。さすがだ」

「勘です。権能の意味に気づいた時、同時に導きました。

 大方、日本を選んだのも、かの町を選んだのも偶然ではないのでしょう?」


「それは買い被りすぎた」

「全知全能の存在が何を」


(彼と引き合わせたのも、あるいはまた計算か)


「トリエル……」


 その声には普段の威厳はなく、

 あえて身内を千尋の谷に落とさねばならぬ親のような、

 そんな気持ちが込められておりました。


「ところでウリエルよ」

「なんでしょう」


「……そろそろタバコとビール解禁しちゃダメかなー?

 ほら、ワシちゃん頑張ったよ?」


 …………


「フン!!!!!」


 ウリエル様は大剣を全力で振り下ろし、神様の悲鳴が謁見の間にこだましました。


 ――――


「おはよー……」


 寝ぼけ眼を擦りながら、そんな情けない声を出して、

 あゆむの前に現れたのは件の天使トリエルです。


 よもやトリエルは天界での会話も、

 自身の真の権能も知る由はなく、

 今日も今日とて人間界を謳歌しております。


「コーラのもー」そういって身近にいたアッチをぽーいと放り投げます。


 おばけは愚痴ひとつ言わず……

 いえ、むしろそれが嬉しいかのように、トリエルの元へピューっと飛んでいきます。


「トリエルさん、コーラです!」

「俺には?」

「ペッ」

「……除霊(しまつ)したろか……」


 あゆむは自分で冷蔵庫から缶コーラを取り出すと、

 トリエルと並んでそれを飲みます。

 その光景はまるで兄妹です。


「コーラは毒の塊ですよ?」


 そう軽く笑いながら奥から現れたのはピピです。

 彼女は朝食をテーブルへ並べます。


「今日はハムエッグにトーストとコーンスープです」

「わーい! いただきまーす!」


 やはり言うが早い食べるが早いか、ほぼ同時にトーストを

 むしゃ! スープをごく! 

 とお腹を空かせた犬のような速度で食べていきます。


 それが終わるとハムエッグを一口でぽーい。

 あっという間に食べ終え、横に置いたポテチを一気に口へガガガと流し、ごくん。


「ご馳走様ー!」


 そう言うと、スタスタスタスタとおもちゃを探しに、押し入れへと入っていきました。


「青いタヌキかな、おのれは」


 僕はタヌキじゃない!!

 という声が聞こえて来そうですが、あえて無視しましょう。

 さて、あゆむはというと、隣に座り頬を桜色に染めたピピに――


「あーーーーん」されながら朝食を食べております。


 食器を持つピピの髪にはバレッタが光り、

 朝日に照らされて輝くそれは、二人の関係を象徴しているかのようです。


 もうあゆむ達の関係は完全周知。


 最初は冷やかしていた他のおばけもすっかり興味を失い、

 今ではまたやってら程度の感覚で見ています。


 あゆむも当初こそ、気恥しさから嫌がっていましたが、

 今ではすっかりピピに押されてされるがままです。


(ああ……あゆむの首を、今すぐこの手で……)

(ピピの笑顔……綺麗だな)


 知らないというのは、やはり幸せですね。


「ところで、トリエルの奴はさっきから何をやっておるのだ」

「だだだっだ、ダメですー!」


 あゆむが押し入れを確認しようとしたところ、

 もの凄い力で腕を引っ張られる形で、ピピに止められます。


「ふんげ!?」

「お、押し入れはダメですー!」

「なんで!?」


「それはあゆむ様の爪とか、髪とか、

 隠し撮りの写真とか……げっふげっふ! とにかくダメですー!」


(うん。精神衛生上、確認せん方が良さそうだな)


 あゆむは何も聞かなかったことにしました。


「トリエルー! 呪物なんか探しとらんで、出てこいよー」

「呪術なんてありません! お宝です!」


(認めてんじゃん……)


「はーい!」

 そう言ってトリエルが押し入れから持ってきたのは、呪物……ではなく、

 一体のピンク髪のとあるゲームの美少女フィギュア。


 それを見たあゆむは「あ……」と真っ青に。

 何故ならば、その美少女は作品内において「爆弾魔」だったのです。


「あ……それやめて!」


 あゆむはトリエルを止めようとしますが、

 押し入れから一緒に出てきた呪物()に、トリエルが滑って転び、

 シルクハットをポロリと落ちると、ハローが「Hello」します。



 さあ……|友達に噂とかされると恥ずかしいし《天使の権能発動》……始まるよ!!



 ゴゴゴゴゴゴ…………



「最近あゆむが、女の子を傷付けたという噂が流れているらしい……」


 突如こんな文章が、クラシックな緑のウィンドウとともに目の前に出現し、

 遠くには、桜の木の下でほくそ笑むピンク髪(爆弾魔)が!!


「誰を泣かせたんですか…………」


「違う違う違う!! 誰も泣かせていない!!」

「ならあの女は誰ですか……」

「いや……それは……」


 前門の爆弾魔、後門のヤンデレ!


「この浮気者ー!」


 ここで、漆黒のヤンデレオーラ全開のピピが、グーパンチ!

 あゆむは「ほげぇ!?」と吹っ飛びます!


「浮気者ーー!」


 ここでハンマーに化けたポンポを持ったアッチがあゆむをカコーン!

 ガラスがガシャーン――と砕け、タンタが「粉々よー!」と笑います。


「綺麗でゲスー」「見事ザマスー!」「てやんでーい!」


「あ……」


 あゆむがピューっと飛ばされた先は桜の木!! そしてあるのは無数の爆弾!!


「やめろー!!」


「嫌よ! あなたと幼馴染ってだけでも嫌なのに!!」

「話聞けーーーー!!」



 ズガドドドドドーーーーーーン!!!!



「好きとか、嫌いとか、最初に言い出したのは……誰なのかしら」

「知るかーーーーーー!!!!」



 ド派手な爆発が起こり、あゆむはピューーーー……



「あははっ! お人形さん遊びって楽しいね!」

「駆け抜けてゆく……(ルルルー♪)あ・な・た・の……(フゥ♪)メモリアール(敗戦記録)♪」


 ♪テッテレー レッテテー(間奏)

 ♪テッテレー レッテテー


「この腹黒女がーーーー!!!!」



 キラーーーーン。



 ――――



「クソ……酷い目にあったわい……」


 あゆむがやっと帰宅すると、既に辺りは日が暮れて、

 部屋ではピピがキッチンで待っていました。


「お疲れ様です」

「まったくだな……」


 前方にふと目をやると、そこに居たのは茶色い目のトリエル――

 その内側、魂の鳥籠に潜む『彼女』でした。


「誰かさんのせいで散々だ」

「ええと……ごめんね?」

「悪いと思ってるなら、ちょっとコーラに付き合え」


 あゆむはそう言うと、冷蔵庫からコーラを二本取り出すと、

 彼女をソファに座らせます。


「ほらよ」

「……ありがと」


 彼女は両手でコーラの缶をそっと受け取ると、

 頬が淡い桜色に染まり、白い翼が落ち着きなく小さく震え、パタパタと控えめな音を立てるたび、

 天使の粉がさらさらと零れ落ち、照明に当たっては、七色の微光を撒き散らします。


 まるで二人だけの、儚い光の球体の中に閉じ込められたみたいです。


「……」


 あゆむの視線が、彼女の横顔に吸い寄せられます。


 長いまつ毛。伏せがちな瞳。

 桜色の髪が首筋に沿って落ちる様子。

 全部が、息を呑むほど儚くて美しい。


 彼女は視線に気づいたのか、恥ずかしそうにプルタブを引きます。

 そのまま勢いよく一口――


「っけほっ、けほっ!」

「バカだろ。炭酸だぞ」


 あゆむが軽く笑って背中を軽く叩いてあげると、

 彼女は少しむくれたような、でもどこか甘えたような、

 そんな上目遣いであゆむを見上げてきます。


 その瞳が、唇が、桜の香りが――


「……まるで、桜の天使だな」


 あゆむの口から、そんな言葉が勝手に零れます。


「え……?」


(何言ってんだ、俺)


 瞬間、あゆむの心臓がうるさくなります。

 でも取り消せません。

 ――いいえ、取り消したくなかったのです。


 彼女はコーラを両手で握ったまま、

 ゆっくりと体をこちらに寄せてきます。


「桜……好き?」


 その声は小さく、春の日差しみたいに柔らかく、優しい声です。


「……まあな」

「じゃあ……桜の天使は?」


 あゆむは一瞬、世界が静止したように感じました。

 心臓の音が――ドクンと、聞こえるようです。


 彼女の瞳は潤んでいて、

 唇はほんのり開いていて、

 桜の香りが、頭の中まで侵食してきます。


「わたしは……好き」

「……大好き」


 あゆむの思考は、その一言で真っ白になります。


 好き。

 大好き。


 あゆむは、言葉の重さに耐えきれなくて、


(息が詰まる)


「なんてね」

「……っ!?」

「今日はエイプリルフールだよ? ……ドキドキ、した?」


 彼女はそう言って、くすっと小さく笑います。

 イタズラっぽく、天使の微笑みで。


 でもその笑顔は、どこか泣きそうで、

 頬はさっきよりもずっと赤く染まっていて、

 瞳はまだ、さっきの「大好き」を宿したまま揺れています。


「……本当に、嘘か?」


 あゆむの声が掠れます。

 彼女は答えの代わりに、そっと首を傾げて、


「……どっちだと思う?」

「俺は、真面目に聞いてる」


 一瞬の沈黙が流れます。

 彼女の唇が、微かに震えます。


「……またね」

「おい!?」


 次の瞬間、彼女は顎を引き、ブレーカーを自ら落とします。

 そして、赤い目が輝き、天使の粉の七色はゆっくりと消えていきます。


 そこにピピがやってきて、不思議そうに首を傾げます。


「何かあったんですか?」

「……何もないよ」


 あゆむは、そう言いながら、トリエルの肩にそっと手を置きます。


(今度は、ちゃんと聞かせてくれよ)


 静かに溶けていく桜の香りと、

 まだ胸の奥で震えている「大好き」の残響を、

 そっと抱きしめるように——

 あゆむは、ただ静かにそこにいました。


 何も言ってはくれない『彼女』を見つめながら。



 ――――

え? キャプションコーナーと内容が違う?


だって、エイプリルフール回だもん……

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