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十話「すき焼きは思い出の味」

すき焼き。


甘辛い割り下に溶け込む牛の脂。

ネギ、しいたけなどの野菜やキノコ類、そして豆腐……


それらが肉の脂とともに旨味も吸収し、生卵を溶かした割り下に入れて頬張った時のあの幸福感、


例えるならば、それは今年はシルバーウィークが大型連休だと知った瞬間、


これまで懐いてくれなかったペットがはじめて手からものを食べてくれた瞬間、


あるいは、小説でお気に入り登録と感想の投稿が同時に来たような(お待ちしておりまーす)


そんな感覚でございましょうか。


寒い季節にはやはり鍋、特に大晦日などの節目にはすき焼きは鉄板です。


今やすき焼きといえば世界的な人気グルメ、

SUSIEとともにSUKIYAKIもそのまま共通語で通じてしまいます。


さて、そんなすき焼きですがその発祥はご存知でございましょうか?


幕末から明治初頭にかけて広まった「牛鍋」が元となった……

というのはご存知な方も一定数いることかと存じます。


しかしならば何故、現在のすき焼き君、多くの人々を一瞬にして虜にし、

その心を開かせる……いわゆる「陽キャ」の申し子たる彼は

「すき焼き」などと別の名で呼ばれているのでしょうか?


すき焼き……といえばやはりメインは牛肉なのですから、

そのまま牛鍋でもよかった気はしますよね?


実はこれには実際に「すき焼き」と呼ばれていた別の料理があり、

それと融合された……という説が現在有力でございます。


その「すき焼き」さん、彼女は鋤焼きと呼ばれ、読みはそのまま「すきやき」なのですが、

彼女、実は農具でございました。


その上に様々な具材を乗せて火にかけて食べる料理を「鋤焼き」と呼んでいたそうです。

しかし、彼女は都会に憧れていました。


いつか必ず都会に出て、一花咲かせる……そのような思いを胸に秘め、一人上京を決意したのです。


「わたし……絶対、多くの人を笑顔にする。

そんな鍋になってみせる」


東京は刺激に溢れ、正直息が詰まります。


「キムチ鍋!? なんか凄い……

え、あの土鍋かわいい……」


ある時、彼女は導かれるように、一つの小料理屋に入ります。


そこで彼女は出会ってしまいました。

そう、運命とも言える出会いです。


それが牛鍋君です。

彼女は牛鍋君に一目惚れしてしまいました。


多くの人が一つの鍋を囲み、団らんで食す風景は彼女の憧れでございました。


鋤焼きさん……彼女は勇気を振り絞って声をかけます。


「あの……わたし上京したばかりで……

良ければ、お友達になりませんか?」

しかし、あまりの田舎娘に見えたのか、周りの鍋達はバカにします。


「……クス」

「なんだコイツ」


しかし、ここは陽キャの牛鍋くんです。

「おい! やめろよ!」と一喝、彼女の鋤をそっと肉で撫でます。


じゅう……と焼かれる肉、広がる脂の甘い香り……沸き立つ割り下。

この瞬間、牛鍋くんもまた、彼女、鋤焼きさんに恋をしたのです。


「なんて……チャーミングな鍋さんなんだ」

「牛鍋くん……」


グツグツとうるさく音を立てる割り下、蕩けるネギ。

しらたきが乱れ、湯気が荒くなります。

それは一目惚れと言っていいかもしれません。


そうです。

鋤焼きさんと牛鍋くん。

彼らはお互いに一目惚れをしたのです。


「鋤焼きさん……もっと、君のことが知りたいよ」


いつしか深い関係となった二人は、互いの具材を交換し合います。

牛鍋くんがいつものように彼女の鋤に自分の肉を乗せます。


じゅう……鋤焼きさんの鋤に彼の割り下が流れ込んでいきます。

それはさながら恋のエキス。


彼女も牛鍋くんの割り下が絡まったネギを、そっと牛鍋くんの鍋の上に乗せます。


グツグツ……彼の鼓動が早くなり、ネギからは甘い愛の香りが漂います。

彼女の甘いネギと牛鍋くんのしらたきが絡み合い、

甘辛い割り下を愛の味で包み込みます。


「もう君を、決して離さない……」

牛鍋くんは彼女に卵を送り、プロポーズをします。


「僕と……一つの鍋になって欲しい」

「……はい」


こうして沸騰するような恋の末に二人は結ばれ、

やがて生まれた愛の結晶が現在のすき焼き君なのです。


……とまあ、そんな適当なロマンス話をでっちあげて、

お決まりのこのコーナーの尺を無駄に伸ばしてみましたが、


今回はその「すき焼き」のお話です。


どうぞお楽しみください。


 ぼやけた風景、あせた色合いが広がる世界、夢。


「……くん、あゆむくーん」


 女の子の声が、白い霧の中から響いてきます。

 声で判断できる年齢層は6歳程度でしょうか。


(この声⋯⋯誰だっけ)


 茶色く長い髪が見えた気がしましたが、

 次の瞬間には消え、夢が切り変わろうとしています。


(待ってくれ! まだ変わるな!)


 ――ひどく懐かしい。


 あゆむはこの時、そう考えていました。

 例えるならば、小学生時代の卒業アルバムが突然と出てきて、

 初恋の人の在りし日の姿と再会した……


 そんな感覚が、あゆむを包み込みます。


 しかし、彼の叫びも虚しく、夢は変わります。


 ⋯⋯⋯⋯


(ここは⋯⋯どこだ)


 古い写真のようなフィルターのかかった映像が広がり、

 リビングと思われる空間には木の長テーブル。

 上にはグツグツと煮えた土鍋と、茶色い髪の女性。


 すぐに『彼女』だとわかります。

 あゆむ自身を通じて伝わる『夢の主』の感情から、そうわかるのです。


 夢の主にとって、かけがえのない『彼女』であると。


「……わあー! すき焼きだ!」

「……⬛︎⬛︎、今日はあなたが大好きなすき焼きよ」


 彼女は、『夢の主』に、そう優しく微笑みかけました。


(俺は誰になっている?)


 ただ一つ、わかることは――


(この声、一緒だ)


『夢の主』の声は、あゆむが聞いた少女の声と同じだと言うことです。


「やったー! ⬛︎⬛︎、すき焼き大好きー!」

「お肉いっぱいあるから、ゆっくり噛んで食べてね。

 いつも『むしゃごく!』なんだから」


 …………


 ここで世界が白くなり、夢が終わります。


 ――――


 時は3月下旬です。


 春の本番は間近とはいえ、季節のせめぎ合いであるこの時期。

 まだまだ寒い日が多く、事実今日はまるで冬のように寒い日でした。


 …………


 時刻は朝8時。


「……寒いな、もうすぐ4月になるってのに、まるで冬だ」


 あゆむはそんなことを呟きながら窓の外、灰色に染まった空を眺めます。

 外はまるで雪でも降りそうな、そんな色合いを示しています。


「……今日は何か温かいものでも食べますか?」


 隣に並ぶピピがそう優しく語りかけます。

 後ろ髪にはバレッタが光り、彼女はそっとあゆむの手を握ります。

 あの日以来、彼女はよくこうして手を握るようになりました。


 以前までであれば気恥しさで避けていたでしょう。

 ですが、あゆむからのプレゼントがピピを勇気づけます。


 桜色に染まった頬、春の日差しのような微笑みがあゆむを真っ直ぐ見つめ、

「愛しています」と彼女は目で――そう語ったりはせず……


(ああ……もうすぐきっと添い遂げられ(一緒に逝け)る)

 という目で実際にはあゆむを見ております。


 死者である彼女には、生者とは異なる恋愛観を持っています。

 生者であれば結婚や子育てと、ゆくゆくはその夢や想像を膨らませるのでしょうが、

 ピピにおける理想的な恋愛は『共に二人だけの世界へ逝く』ことです。


 ピピはそのまま、あゆむの首筋をうっとりと見つめ、口角を上げるのです。


(今なら……)


 ピピは握った手を自ら離すと、そっとあゆむの首に手を……


「事件だ事件だー!」「添い遂げだー!」「最終回よー!」


 ピピは軽く舌打ちをすると、すぐに笑顔を作ります。

 一方、あゆむの命を守った(?)彼らはケラケラと笑い、

 抱き合ってはキスの真似事をしていますね。


「おのれ!! 毎度毎度!! このアンポンタンがー!!」

「これよーつーべにあげようぜ! あるバカップルの日常ってことで!」


 とここでアッチが言えば……


「いいねー! きっとバズるぜ! 『死んじまえ』ってね」

「おばけだけに! お上手よー!」と残りも続きます。


(クソナスビ共が! よーつーべまで覚えよってからに!)


「……よーつーべ……!? 墓穴を掘ったな!? アンポンタン、破れたりじゃ!!」


「おん……?」


「……ふ! 知らんようだな! ならば教えてくれるわ! 

 よーつーべに伝わる、最強の除霊(消え失せろ)術をな!」


 そう宣言し、あゆむはアンポンタンに背を……いえ、お尻を突き出します。

 そして……自らのお尻をパーン――と強く叩き、


「ビックリするほどユートピアー!! ビックリするほどユートピアー!!」


(ふ……勝った、決まった)


 勝利を確信したあゆむですが……


 バチコーン!


 木槌に化けたアッチがあゆむのお尻を強打! そのまま頭からバターン!


「ほげぇ!?」


 床に情熱の口付けを交わし、苦いホコリの味がするのでした。

 さらにそこへ……


「ビックリするほど……!!」「ユートピア!!」


 とアッチとポンポが、ハチマキ姿でお尻を餅を突くように強打します。


「ビックリするほど!!」「ユートピア!!」


「全然効いてないよー??」とアッチがケラケラ笑い……

「ヤッチマッタナー!!」と全員でお尻ペンペン。


「だ、大丈夫ですか…」


 ピピがあゆむを膝枕で介抱しますが、心なしか、ちょっと呆れ顔です。


「あれは勢いで霊を驚かせて一時的に退散させるだけで、除霊にはなりませんよ……」


「……早く言ってくれ」

「ちなみにファイブリーズも、殺菌効果と香りで驚かしているだけで、除霊効果はありません」


「ありがとう……覚えておくよ」


 あゆむはお尻を抑えながらため息を吐くのでした。


 ――――


「あー面白かったー! 今日のご飯はなーにー?」


 しばらくし、動画を見終わったトリエルがピピに話しかけます。

 その光景はまるで母娘のようです。


「そうですね……今日はすき焼きにしましょうか」

「やったー! すき焼き大好きー!」


(こうしてる分には可愛いんだけどな)


 両者の微笑みに、心を和ませるあゆむですが、一つの違和感を抱きます。


「よくすき焼きなんて知ってるな? 天界で食べたのか?」

「そんなものないよー」


「じゃあなんで知ってるんだよ?」

「なんでって……なんだっけ??」


(やっぱりなにかあるな……コイツか……あるいは、アイツに)


 これまで積み重なってきた違和感が、一つ一つ纏まりつつありますが、

 まだ答えは出さず、あえてその場を流します。


「それじゃあ、みんなで買い物にでも行きましょうか」


 ここで場を和ませるように、ピピが優しく提案し、あゆむもそれを受け入れます。


 しかし、あゆむはこれを後悔する事に……


 ――――


「忘れとった……」


 あゆむの頭痛の種、それはモチロン、トリエルです。


「わーい!」


 スーパーに着くなり、彼女は猛ダッシュ。

 店内に羽を撒き散らし、羽からは天使の粉が舞ってキラキラとしています。


 これにはお客さんはぽかーん……


 トリエル行くところ地獄あり。それはこれまで何度も経験したことです。


 そして「みんなー、ここだよー!」とシルクハットを取り、天使の輪(ハロー)が出現。


 ぱあっと光が溢れ、収まると同時に……



 ゴゴゴゴゴゴ………



 と轟音が鳴り響きます。


 するとどうでしょうか、野菜売り場で異変が……!


「トリエルさーん!! オラを、オラを使ってくだせえ!!」

「何言ってんだオメエ!? 田舎ネギはすっこんどれ!!」


「んだと!! オメエだって田舎ネギだべ!!」

「オラ茨木産だあ!! 栃木は黙っとれ!!」


「んだとこらあ!!」


 ネギ同士が誰が買われるかで喧嘩をはじめ、

 パック牛肉がトリエル達にモー突進!!


「モーーーーーーー!!」


「ヘーイ!」「カモーン!」「こっちよー」

「こっち来んなーーー!!!」


 ズドーン!! 


 あゆむはアンポンタンに誘導された牛肉に轢かれます。


「お、おのれ……肉の分際で……」


 立ち上がろうと、手をつくあゆむの頭をぴよーんと、きのこがジャンプ!

 ビヨンビヨンボヨンと大きくなり、カゴへギュンギュンギュンと入っていきます。


 そこへコーラとポテチも駆けつけて、辺りは大騒然!!


「トリエルー! 待ってたぜー!」


「すげー……最近の映画はほんとすげー」

「どこにカメラあるのか分からない」


 ここまで盛り上がった(?)ところで、普段であれば、

「最後はー……」と、トリエルは周囲をハチャメチャにするところなのですが……


「あー面白かった!」


 今日はここで満足したようで、シルクハットを被り直し権能が収まり、

 周囲は笑顔で拍手喝采。完全に撮影だと思い込んでるようです。


「わーーー!!!」

「えへへっ!!」


 トリエルも手を振ってレジでお会計、その場を後にします。


「まさか……こんな事が」


 これにはあゆむも驚きです。

 トリエルの力が純粋にただのトリックで無事に終わる。


 そんな貴重な瞬間を目にし、あゆむの心の中での違和感がまた強まるのでした……


(アイツじゃなくても、力の制御が出来るようになってきてる?)



 ――――



「さあ、出来ましたよ」


 その優しい声と同時に、キッチンから運ばれてきたのは、ひとつの土鍋。

 中にはネギやしいたけなどのお決まりの具材が、既に割り下で煮えており、

 食欲をそそるいい匂いが7畳の部屋に広がります。


「わーい! お腹空いたー!」


 トリエルがピョーンと椅子にダイブし、ちょこんと座ります。

 やはりこの時の彼女は「守りたい、この笑顔」です。


「いただきまーす!」


 トリエルが開口一番お肉を取ると、むしゃごく! むしゃごく! 

 いつもの噛んでるのか? という勢いで爆速食いで、

 具材もお米も、彼女の胃袋に吸い込まれるように消えていきます。


「おいちー!」


 その一方で……


「はい……あーーん……」


 とここで香りを食べて満足したのか、

 ピピが自分用に先に盛ったすき焼きを、箸であゆむの口に優しく運びます。


「あ……いや」


 さすがにあゆむも照れたのか、ちょっとキョドりますが、

 ピピは「あーーーん」とやめません。


 仕方なくあゆむは「あ、あーん」をしてあげます。


「……美味い」


 それはお世辞ではなく、心から出た言葉でした。


(わたくしの霊気があゆむ様の体内に……あはは)


 まあ、世の中には知らない方がいいこともあります。


「こんな楽しい食卓なら……毎日でもいいな」

「美味しいね」


 いつの間にか茶色い目であゆむを見つめていた『彼女』と目が合うと、

 あゆむは静かに微笑み……


「そうだな……お前も一緒ならな」


 二人だけにわかる、秘密のやり取りで笑い合うのでした。



 ――――


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