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76.ご令嬢は止まらない

「そういえば、娘の案内はどうだった?」


「ミニエルさんのことですね。はい、しっかり案内してくれましたし、貴族に対して不慣れな僕をフォローしてくれましたよ」


「そうかそうか、それは良かった」


 西区を回る際に迷宮伯の代理としてやってきたミニエルさん。娘がしっかりと仕事をこなしたと分かると、迷宮伯は安心していた。


「実はまた頼み事があってね、娘のことなんだが……」


「お父様ー! もうそろそろよろしいでしょうかー!」


 噂をすれば影がさす。屋敷の方から金髪の令嬢がメイドを伴って出てきた。前回と同じく庭園で話をしていた僕たちのところまで優雅に歩いてやってくる。


「頼みというのは、娘の願いを聞いて欲しいんだ」


 やれやれと苦笑する迷宮伯は、娘に甘い父親の表情をしていた。


「ハジメ様、ぜひあなたの世界の衣服について聞かせてくださいまし!」


 挨拶もそこそこに、ミリエルさんが開口一番に聞いてきたのはそんなことだった。


「衣服……ですか?」


「はい! 実はこの衣服の書物を見てからというもの、異世界の服について興味を抱きまして!」


 ミニエルさんは大事そうに抱えていたのを見せてきた。それはファッション誌だった。何度も読み返したのだろう。少々くたびれたファッション誌に、彼女の関心がかなりのものであると伺える。


 なんでも迷宮伯が資料として持ち帰った本の中にそれが混じっていたらしい。


「この書物だけでは分からないところもありますので、ぜひハジメ様にお話を伺いたかったのですわ!」


「そこまで服について詳しいほうではありませんが、知っている限りのことは話しましょう」


 それからミニエルさんから服についての質問の嵐を捌いていった。

 この服はどんな時に、どんな時期に着るのだとか。生地はどういうものかだとか。


「この服に使われているギザギザはなんですの?」


「それはファスナーですね」


 服に使われるボタンなどはこの世界にはあるけれど、ファスナーやマジックテープはこの世界にはまだないものだったのでそれらの説明も合わせてした。

 それくらいについての質問は普通に答えられたけど、一番困った質問があった。


「これは知っていますわ! 水着ですわよね!」


 そう言って自信満々にミニエルさんが広げたページを見て僕は思わず目が泳いだ。


 ……それは水着じゃない、下着だ。

 確かに一見すれば似ているけども!! 違うんですよ!!!


 女性のファッション誌だからか、女性下着の紹介もされていたのだ。フリフリの可愛らしい女性下着を着用したモデルから思わず目を逸らす。


「えっとあの、それは水着ではなくブラジャーという補正下着でして……この世界で近いものだとコルセットですね……」


「きゃ、そ、そうでしたの!?」


「ブーッ! ゲホッ!」


 ミニエルさんが恥ずかしがるように照れ、同席していたロンダール迷宮伯が茶を吹き出した。……父親がいる前でこれを指摘しなければならなかった僕の気持ち、分かるかい?


「まぁ失礼致しましたわ! では改めまして、この下着について詳しく教えてくださいませ!」


「え、ちょっと、本気ですか!」


 てっきりそれ以上は聞いてこないだろうと思ったのに、淑女らしいはずのご令嬢はとんでもないことを言い出した。


「ミ、ミ、ミニエル。さすがにそれはやめておきなさい」


「あら? でもお父様も気になりませんか?」


「確かに構造は気になるけどねぇ」


 そこで同意しないでくださいよ、迷宮伯!!

 何、自分の娘と普通に下着について話しているんですか!? 娘に変態って呼ばれてもしかないくらいにはかなりデリケートな話では!?


 ……まぁ、この親子の会話に変な意味はこれっぽっちもないんだろう。

 例えば車の中身を知りたがっている興味と同じだ。構造がどのようになっているのか知りたいだけの、純粋な興味だ。


「では、教えてくださいますよね、ハジメ様?」


 キラキラと輝く笑顔を向けられた。


 ……これってなんの罰ゲームですか?

 こんな晴れ渡る青空と麗らかな日差しの下、華やかな庭園を横目に、優雅なお茶会の席で話す内容か?


 相手が真面目に聞いてきたので、仕方なく僕も真面目に答えることにした。


「ありがとうございます! とても有意義でございましたわ!」


 ミニエルさんからの質問にすべて答えると彼女は非常に満足した表情をしていた。

 対して僕はどっと疲れした……。もう色々と疲れた……。


「すまないね、アキナイ君……」


「さすがにあれは止めてくださいよ、ロンダール迷宮伯……」


「いやぁ、下手に止めると反動が凄まじいから……」


 恨めしい目線を送れば、迷宮伯は困ったように笑った。似たもの親子ではあるんだけど、娘のほうが一枚上手のようだ。


「それにしても随分と僕の世界の服に興味があるのですね……」


「ええ! 実に様々な衣装ばかりでどれも着てみたいのですわ! 特にブレザーの学生服を着てみたいと思ってますわ!」


「ちょっと分かります。僕の高校は学ランだったので、ブレザーの制服に憧れてましたよ」


 学生服のデザインで入る高校を決めるなんて人もいるくらいだ。ブレザーの制服の高校はそれだけで人気があった。

 僕は中学生の頃から学ランで、高校もそのまま学ランだった。だからブレザーの制服は着たことがない。


「実は今回教えて頂いた知識を元に、仕立て屋に頼んで作る予定でしたの。よろしければハジメ様の分も仕立てましょうか?」


「いや、流石に年齢的に難しいので……」


「そうですか? きっと似合いますのに……」


 学生の頃ならまだしも、今着るのはちょっと遠慮したい。それにしても、作るつもりだったからあれだけ詳しく聞いてきたのか。


「ではブレザーの学生服が仕上がりましたら、一度見て、意見をくださいませ」


 それからミニエルさんには新しいファッション誌を数冊お買い上げしてくれた。

 書籍についてはまだ購入制限があるけども、他でもないロンダール迷宮伯は許可を出しているので問題ない。ちょっと娘に甘すぎる気がするけど。

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