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77.叡智の書と不治の病

 地上の街オルウェイで流行っていた魔力風邪が落ち着き、コンビニも日常風景を取り戻しつつあった頃。


「アキナイ様、こんばんは〜!」


「誰そ彼。黄昏の刻が来た。人を惑わす黄昏に、しかして我らは惑わされぬ。そうであろう? 我と同じ運命を歩みし稀人にして、万物の宝物庫の主よ!」


「いらっしゃいませ、ロウシェさん、エイブラハムさん」


 ロウシェさんのように一行で済みそうな挨拶を三行でしてきたエイブラハムさんは一先ず置いとくとして。

 なんだか少し珍しい組み合わせの二人が店舗にやって来た。

 ここは迷宮内にある二号店で時刻は夕方。深夜シフトに入るバイトの人と軽い打ち合わせと引き継ぎなどが終わったところだった。


「すみません、アキナイ様。ちょっとマルチコピー機を見させて頂いてもよろしいでしょうか?」


「見る? 使うんじゃなくて?」


「異世界の叡智の結晶……その技術を余すことなく調べたいのだ」


 二人に詳しい説明を求めたところ、なんとマルチコピー機を解析して同じような魔導具を作れないか試そうとしていた。


 普通にこの技術が欲しい、というのもあるだろうが最近マルチコピー機の需要が高まっていた。元々探索者だけでも結構利用されていたのだが、生活用スクロールの製作者による利用まで増えてきた。そのせいでこのコンビニにあるマルチコピー機に長蛇の列ができていた。


 この需要に対応する為にもエイブラハムさんは同じような魔導具製作に着手することにしたそうだ。

 そんな折に前々から機械に目を付けていたロウシェさんが、エイブラハムさんの協力者として名乗り出た。足りない資金と材料をクローバー商会が提供する形で。所謂出資者だ。


 この二人は商会支部長と魔導具士だ。さっきは珍しいとは思ったけど、元からその繋がりがある人たちだったからそこまで珍しくもなかったね。


「それでマルチコピー機を見させて欲しいのですが……やっぱり難しいですかね?」


「いえ、構いませんよ。正直こっちもキャパオーバーしてましたから」


「本当ですか! ありがとうございます!」


 商売道具の技術をくれと言っているようなものだから、断られると思っていたようだ。うちはコンビニであってマルチコピー機の製造会社ではないし、いいだろう。魔導具にする過程で同じ物にはならないだろうし。


 さっきも言ったようにキャパオーバーをしているのもある。コンビニ一号店と二号店にそれぞれ一台ずつ。計二台のマルチコピー機があるけど需要が追い付いてないし、一号店なんて店舗の魔力を使い切ったのか停電を起こしたこともあったくらいだ。

 マルチコピー機ばかりに客が集中すると販売業務にも支障が出る。こっちとしても問題があったのだ。


「ふむ……中身はこうなっていたか……」


「同じようにできそうですか?」


「いや、貴様の世界の技術はかなり進んでいる。この世界で再現するには難しいが、似たようなことは魔法を使えばできるだろう……なるほど、ここはこうか」


 やっぱり完全な再現は難しいらしい。一応店の備品なので、解析するエイブラハムさんを見守っておく。壊れない魔法がかかっているみたいだから大丈夫だろうけど。


「コピー機を作るとして紙はどうするんですか?」


「しばらくはこの店の商品にお世話になると思いますが、いずれしっかりとした紙も作るつもりですよ〜」


「ああ、この叡智の書が我らを導いてくれたからな!」


 そう言ってエイブラハムさんは勿体ぶるように一冊の本を取り出した。


「それって――」


「『異世界転生した俺は"紙"チートで無双する!』だ!」


「……なんて?」


「だから我らを導きし叡智の書、『異世界転生した俺は"紙"チートで無双する!』だが?」


 いかにもな魔術師が魔導書を取り出したと思ったら……出てきたのは異世界転生モノの漫画だった。まるでコラ画像のような違和感がそこにあった。


「この本には紙の制作についてなかなか詳しく書いてあってな……! この通りに作れば紙も作れると思うのだが」


「そ、そうですか……ま、まぁ作れるんじゃないですかね?」


 その本の内容については僕も知っている。読んでいたから。

 確かに異世界に転生した主人公は紙に関するチート能力をもらったはいいけど、肝心の紙がない異世界のせいで苦労する話だったはずだ。だから序盤はチート能力もなく、紙を作るところからスタートしていた。


 だから紙を一から作りたいエイブラハムさんたちにとって、参考としてちょうどいいだろう。

 とは思うけれども……僕はなんとも言えない気持ちになった。


 いやだって異世界転生モノを異世界人が読んで参考にするんだから……。

 なんだか妙な恥ずかしさを感じてしまう……僕が書いたわけじゃないのに!! 異世界転移した僕が言えたことではないのは分かってるけどさぁ!


 ちなみになぜエイブラハムさんがこの本を持っているかというと……先日からついに書籍の規制が解除されたからだ。流通してるのは一部の書籍だけだし、購入できるのは探索者に限定されるけどね。


 それにしても……。


「エイブラハム様、解析はできそうですか?」


「我に不可能はない。しかし、刻を代償にしなければならず、媒介が必要になるだろう」


「時間がかかるのですね、承知しました! あ、媒介は何か希望はありますか?」


「黄昏に包まれし甘美なる暗黒。暗黒はすり減らず、不変の形を維持する」


「あんぱんの粒あんですね〜。あ、雪の如く冷たきものはいりますか?」


「うむ」


 ロウシェさんがエイブラハムさんのあの厨二病言語を理解し、さらには同じ言葉で返していた。


「ロウシェさん、いつの間に厨二病言語を理解できるようになってたんですか……」


「チュウニ……ああ、古き言葉ですか? エイブラハム様とは度々お会いしますからね。彼とスムーズに会話する為にも、ちょっと勉強したんですよ」


 そういえば彼の厨二病言語は古めかしい言葉扱いなんだったか。最近こっちの世界の言語の勉強をしているから多少の言葉なら店舗の翻訳を通さなくても話せるようになったし、分かるようになった。

 でもエイブラハムさんの言葉は難しい言い回しが多すぎて、全然分かる気がしない。


「この古き言葉を勉強するのにも、漫画はよかったですよ。ふふ、さすがは叡智の書です!」


 まさか言語学習にも使われてたの!?

 確かに厨二病の言い回しは漫画には多いけど!!


 購入した書籍はレジを通すとこの世界の言葉に自動翻訳された状態になる。だから厨二病のセリフは全てこの世界の古めかしい言葉遣いに置き換わっているんだろう。


「ふっ……凡人が読み解くことは難しい。選ばれし者のみが真の意味を理解するのだ。貴様もまた選ばれし者だったのだよ、白き獣の乙女よ」


「そういえばアキナイ様もエイブラハム様と同じ運命を歩みし者……。叡智の書によって齎されたうちの力がどれほどか……見ていただけますかにゃ?」


「えっ、ああ……構いませんよ」


 ……ロウシェさんは厨二病もとい、古き言葉でどれくらい話せるようになったか試したいらしい。なんだか妙にノリノリなのは気のせいかな? 尻尾も振ってるし……。


 いや……そうか。ロウシェさんって確か十五歳だ! 中学生だからそりゃ厨二病に感染するわけだ!


 まさかこんな病が彼女に感染するとは……。魔力風邪のように効く薬はないぞ?

 ちょっとだけ生暖かい目線をしつつも、僕はロウシェさんに付き合うことにした。

 いずれ完治した時に黒歴史という後遺症を患わないことを祈る。


 ……エイブラハムさん? 彼は手遅れだよ。二十歳であれだから。もう不治の病だよ。


『異世界転生した俺は"紙"チートで無双する!』はもちろん存在しない架空の作品。そのうち書くかもしれないし書かないかもしれない。

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