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74.貴族令嬢と救世主

 西区に続いて南区も周ったので今日は北区に行くことになった。


 北区は貴族や富裕層が暮らす地区だ。

 流石に僕らだけで周るわけにはいかないとして、ロンダール迷宮伯が相応しい案内人を呼んでくれることになった。


『本当は私自らが案内したかったのだがね……!』


 と、ロンダール迷宮伯が軽トラを見ながら悔しそうに言っていた。……多分、迷宮伯も乗りたかったんだろう。軽トラ人気だなぁ。


 そんなわけで、北門で案内人と合流することになったんだけど――。


「ハジメ様、お待ちしておりましたわ」


 そこで僕たちを待っていたのはまさに貴族令嬢と言えるお嬢様だった。輝くほどに綺麗な金髪。深い紺色の瞳は生まれ持った思慮深さを感じさせる。

 瞳と同じ紺色のドレスの裾を広げ、優雅にカーテシーをする姿に思わず見惚れてしまった。


「えっと、あなたが案内人ですか?」


「はい。お父様に代わり、わたくしがご案内させて頂きますわ」


「お父様って……」


「あら、いけない。自己紹介をしておりませんでしたわ。わたくしの名前はミニエル・ステイシー・アイオーン。ロンダール迷宮伯はわたくしの父でございますわ」


 にっこりと微笑むその笑顔には、確かにロンダール迷宮伯の面影があった。

 凄い……ちゃんとした貴族だ!

 いや貴族には今まで会ってきていたけど、貴族らしくない人ばかりだったから……。


「アイリス、久しぶりね」


「ご無沙汰しております、ミニエル様」


「本当ね。最近はずーっとコンビニの警備ばかりでわたくしの警護には来てくれなかったんだもの。少し寂しかったわ」


「えっそうだったんですか……!? それは申し訳ないです!」


 ロンダール迷宮騎士団はロンダール迷宮伯の私兵でもある。だから迷宮伯の警護なども当然彼らの役割だ。

 アイリスさんもミニエルさんの警護もすることがあったんだろう。騎士団最強の実力者なんだから当然か。

 この半年ほどはアイリスさんは僕と店舗を守るために殆ど付きっきりだった。独占していたようなものだ。


「あら、ハジメ様が謝ることはありませんわ。……むしろ、わたくしはアイリスのことが羨ましくもありましたから」


「羨ましい?」


「だって……あんな素敵な店に毎日のように居られるんですのよ!!」


 目を爛々と輝かせながら、ミニエルさんが僕のほうにずいっと寄ってくる。

 ……ちょ、近いです! ちょっといい匂いするけど! これ店にあるデオグランスのだろうけど! ご購入ありがとうございます!


「わたくしだって、ずーっと行きたいと思っていましたのに! 前回ハジメ様が我が屋敷に訪れてくださった時だって立ち会いたかったのですわ!」


「そ、そうだったんですか……」


「ですから今日はとても待ち望んでいた日なのです! やっと念願が叶いましたわ!」


 ……どうやら、好奇心旺盛な性格は父親に似ているらしかった。


 ご機嫌な様子で軽トラの助手席に乗り込んだミニエルさんと共に、僕たちは北区を回ることになった。

 北区は貴族たちの屋敷がある……とはいえその殆どは別荘なのだとか。


「ここを治めているのは我が父ですからね。ここに来る貴族というものは腕試しに迷宮に挑戦する者や珍しい迷宮産の品物などを目当てに来る観光目的の貴族などが殆どですわ。……最近はコンビニ目当てに来る者も多いですわね」


 道中で、ミニエルさんがそう解説してくれた。コンビニの商品はこの迷宮街オルウェイまでなら持ち込むことができる。貴族たちは探索者に頼んで代わりに商品を買ってきてもらう人が多いのだとか。


「おお、ついにコンビニが地上まで来てくれたか!」


「まったく、待ちくたびれたぞ!」


 住民街の時のように、北区の中でも広いスペースに軽トラを止めて露店販売をする。

 噂を聞き付けた貴族の馬車が続々と広場に集まってきた。


 北区では魔力風邪はそこまで流行っていない。だから北区では主に衛生予防になる商品を中心に売り込むことになった。


 西区や南区ほど住民がいるわけではないので、比較的混むこともなく、貴族のお客様たちはゆっくりと品物を選んでいた。


 貴族相手に商売をするため、最初こそは失礼がないように緊張していたけど、ミニエルさんがサポートしてくれたから、おかげでスムーズだった。

 貴族間のマナーとかまったく分からないから、居てくれて助かったよ。


 ただ、集まった貴族たちを見て思ったことは……やたらと太っている人が多かったのだ。

 普段から健康にいい物を口にできる身分だからだろうか? 

 どうやら食に対して自由な分、好きな物を好きなだけ摂取してしまう人が多いようだ。

 とりあえず、新たにダイエットに最適な商品のセットを考えておこうかな。


「これはこれは、救世主様ではありませんか!」


「えっ……?」


 突然、貴族の一人が僕のほうにやってきた。にしても、救世主ってなんだ?


「救世主ってどういうことですか……」


「ははは、惚けても無駄ですよ。貴方様は神様が遣わしたこの世界の救世主でありましょう?」


 いやいやいや。そんなはずない。

 百歩譲って迷宮の救世主なら分かる。攻略の手助けをしたのだから。だけど、世界の救世主はないって!


「いえ、僕は救世主ではないのですが……」


「そんなわけがありません! すでに貴方様のおかげで魔力風邪の猛威は治まりつつあります。私も高熱に苦しんでいましたが、貴方様のおかげで治ったのですよ! 貴方様は命の恩人だ!」


「そ、それは良かったです」


「――だからこそ、迷宮に留まり続けてはいけない。貴方様は世界に出るべきですよね?」


 興奮して上擦っていた貴族の声が、急に低くなった。


「救世主様、街の外に出て行かれたいなら私どもがお手伝い致します。ロンダール迷宮伯に惑わされてはなりません! 迷宮伯は貴方様の力を独占しようとしている。ですから――」


「期待されているところ申し訳ないのですが……迷宮の外で僕の、いえ、我が店舗が力を発揮することは難しいですよ」


「何を仰って……」


「店舗の力は迷宮内でしか発揮しないのですよ」


 軽トラにあるカーナビはこの街の地図は表示しているけど、街の外は表示されていない。世界地図が表示されてもおかしくない性能をしているのに、表示されているのはこの街と迷宮の地図だけだ。

 しかも、軽トラを街の外に出した瞬間、燃料が切れたように動かなくなってしまった。ノートパソコンなども同様に。

 店舗が出店できる場所も、迷宮内とこの街の範囲まで。街の外には出来ないみたいだった。


 彼の言う神が遣わした世界の救世主であるなら、何故こんな制約を課すのだろうか。

 だから、世界の救世主なんて役目は、きっと僕のやるべきことではないんだ。


「ですから僕とこのコンビニは、貴方が仰るような世界の救世主ではないのですよ」


「そんなはずは――」


「まだお話があるようでしたら、わたくしが聞きますわよ、ゴルマン伯爵」


 ミニエルさんがにっこりと笑いながら僕らの間に入ってきた。笑顔なのに、妙に圧があるのは気のせいだろうか?


「ミニエル嬢、いらしていたのですか……。ああ、いえ、もう十分ですよ!」


 ゴルマン伯爵と呼ばれた貴族は少し慌てたようにして、僕らの元を離れて行った。


「ハジメ様、あの者が仰っていたことはどうか真に受けないで頂きたいですわ」


「大丈夫ですよ。そんな風には思っていませんから」


 ロンダール迷宮伯がコンビニの商品を独占しようとしている、とは思ってもいない。だけど側から見ればそう見えても仕方ないのかもしれない。

 だってコンビニの商品はこの迷宮都市からは一切出せないのだから。


 ちなみにこれはロンダール迷宮伯が物理的に止めているだけだ。ここに神の力は加わっていない。

 商品自体を街の外に持ち込んでも消えたりはしないから、運び出せる。あくまで店舗に関する力だけは外には持ち出せないみたいだ。


「すまない、ハジメ殿。私では間に入れなくて……」


「いえ、相手は貴族でしたからね。仕方ないですよ」


 厳つい探索者相手すら黙らせる実力があるアイリスさんでも、流石に権力者相手は難しかったようだ。


「それにしても、救世主ですか。賢者と呼ばれていた時と同じくらい小っ恥ずかしいですね……」


「だが、この街の救世主にはなるだろうな」


「……まぁそれくらいなら受け入れますけど」


 それでもやっぱり気恥ずかしい。僕にこういう役は向いてないのかもしれない。


「……ハジメ殿はこの街を出てみたいと思ったか?」


「えっ、まさかアイリスさんも僕に世界の救世主になれと?」


「違うに決まっているだろう。……単純に街の外に興味はあるのかと聞いている」


「……うーん、そうですね。まぁせっかくの異世界ですから気にならないといえば嘘になります。ですが……今僕が外に出たら面倒くさいだろうなぁって思いますね」


 ゴルマン伯爵のように僕を特別視する人はきっと他にもいるだろう。何せ僕は異世界人。迷宮を出て、何の力を持たなくても、それだけで寄ってくる人がいるだろうと、嫌でも分かる。面倒事には巻き込まれたくない。


 だから今は、ロンダール迷宮伯の庇護を受けつつ、この街にいるのがいいだろうと思う。今のところは特に不自由もないし。


「でもいつか行けるなら、色々と巡ってみたいなと思いますね」


「そうか……。なら、その旅に私も同行してもいいだろうか? 実は私もこの街から出たことはなくてな」


「そうだったんですか。ええ、構いませんよ! むしろ、最強の騎士が同行してくれるなんて心強いですね」


 以前、アイリスさんと迷宮を駆け抜けた時を思い出す。あの時は本当に頼りになった。……道中で作った食事は殆どアイリスさんに食べられたけど。


「……もしかして、食事目当てだったりします?」


 ちょっとアイリスさん、なんで目を逸らすんですか! やっぱり飯目当てじゃないですか!!



 まぁ、そんなことがありつつも、魔力風邪を抑制するために迷宮街オルウェイの各地区に出店して一週間程が経った。魔力風邪の流行りは順調に終息しつつある。


 手洗いやうがいを始めとした感染予防の周知と、感染者に対する看病の対処が功を奏したらしい。


 元々体の強い異世界人だ。そこにバフ効果があるらしいコンビニ商品が加わった故の結果だろう。同じようなことを元の世界でやってもうまくいかない。ここは異世界だからこそってところかな。



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