73.探索者の街
前回は北門から街に入ったけど、今回は西門から入った。
迷宮街オルウェイは東西南北に四つの区画があり、区画ごとに大まかな特徴がある。
北区は領主の屋敷を始め、貴族や富裕層の屋敷が連なる地区だ。迷宮騎士団の詰め所もここにあるらしい。
東区は商業区で探索者を相手にした店や宿泊施設などが立ち並んでいる。クローバー商会の店や倉庫もここにあるんだって。
そして西区と南区が住宅区になっている。魔力風邪は住民の間で流行っているのもあるから、まずは西区で店を出すことにしたのだ。
「おい、あれってコンビニじゃないか!」
西区の中央広場に着くまでに通りがかった人たちが、ゾロゾロと後をつけてくる。やっぱり、黄色い軽トラが気になるらしい。宣伝効果としてこのスマストカラーは実にばっちりだ。
まるで行進するように人々を連れながら、僕らは広場に到着した。
押し掛けそうな人々を迷宮騎士団に任せて、クローバー商会の人たちと開店準備をする。軽トラの荷台だけではこぢんまりとしているので、長テーブルを出してその上に商品を置いていく。ちゃんとのぼり旗も出しておいた。
「皆さん初めまして! ようこそ、スマイルストアへ!」
僕はいつものように、笑顔を浮かべた。
久々に見る本物の晴天の元、迷宮街オルウェイ出張支店はこうして開店した。
「うおおおお! コンビニがついに街に来たのか!」
「嬉しい! 一度行ってみたかったのよ!」
お客さんの街の住民たちは歓喜の声と共に迎えてくれた。一時間も営業していれば、噂を聞きつけた人たちが集まり、広場は人だらけになっていた。すでに五百人くらいはいるだろう。
こうなることは予想できていたので、今回はいつもと販売形式をちょっと変えている。店舗なら商品をお客様が好きに選べるけど、軽トラの荷台にあるショーケースは小さく、テーブルに並べたとして全商品は置けない。さらに後ろに百人以上が並んでいる中で、一人一人が選んでいたら会計まで時間も掛かる。回転率が非常に悪い。
そこで今回はセット商品だけを売ることにした。こちらで選んだ商品をまとめたものだ。
自由に選べなくなってしまうけど、地上の人たちは初コンビニだ。どの商品も目移りして、逆に選べないだろう。商品のこともよく知らないだろうし。
なのでそんな彼らに向けたコンビニスターターキットみたいなセット商品を作ったのだ。
さらにセット商品にすることで値段も均一にできるから、会計もしやすい。
例えば、おにぎりセット。これはアイリスさんからの熱い要望で作ったセットだ。おにぎり二個とお茶のペットボトルがセットになったもの。
「いいか、このおにぎりの開け方はこうするんだ」
おにぎりセットを買った人々に向けて、アイリスさんは実演していた。……さすがおにぎりの騎士、いやおにぎり伝道師か?
「最近流行りの魔力風邪に困っていませんか? この予防セットは魔力風邪の予防にぴったりの商品をまとめてあります! 看病に最適なセットでもありますよー!」
もちろん魔力風邪の対策にいい商品を纏めたセット商品もある。むしろこっちが本命とも言える。
マスクと殺菌シート、服薬ゼリーや冷却シート、スポーツドリンクに栄養ドリンク、お粥など。風邪を引いた時に便利なものを粗方まとめておいた。薬は入ってないけどね。
簡単な説明で使えるもの、見れば分かるものに絞ってある。お値段は二千ギールでそこまで高くもない。
「それを2セット……いや5セットくれ!」
「一人3セットまででお願いします。他にも必要としている人がいますからね」
「これがあれば母ちゃんも治るかな……?」
「絶対とは言えませんが、きっと良くなりますよ」
魔力風邪対策セットは飛ぶように売れていく。ちなみに接客中はマスクをしている。魔力風邪移ったら大変だからね。魔力のない僕にまで移るのかはわからないけど。
魔力風邪が流行っているのに人をこんなに集めて大丈夫か、という点についてだけど。
魔力風邪も空気感染するみたいだから、空気を除菌すればいい。というわけで……。
「まったく、このあたしを空気清浄機扱いするなんてね」
……空気洗浄機を知っているんですね。まぁ例の如く漫画から知識を得たのだろう。
ココさんには浄化の魔法でこの広場周辺を除菌してもらっている。これで営業時間中は感染を抑制できるはずだ。
ココさんに断られたら神官のデリカさんに頼むところだった。本来、こういう浄化の魔法は神官が扱う神聖魔法の領域だという。浄化の魔法程度ならココさんでも扱えるけど、回復魔法などは難しいそうだ。
「あれ、カイオスさんじゃないですか。いらっしゃいませ」
「……ああ」
そんなデリカさんの仲間の一人であるカイオスさんが来ていた。いつもは探索者らしく装備をしっかり着込んでいるけど、今日はラフな格好をしている。
「まさかこちらの店に来るなんて思いませんでしたよ」
カイオスさんも探索者だ。探索者なら迷宮にある店舗のほうに行ったほうが並ぶこともなかったはずだけど……。
「……来たいと言ったのは俺じゃない」
「……えっ?」
寡黙な彼はそれ以上は話さず、隣に視線を向けた。よく見ればカイオスさんの腕に小さな黒髪の少女が引っ付いていた。
「……ん」
その子は黙ったままカイオスさんの後ろに隠れながら、僕の方を見上げていた。……この寡黙さと見た目からしてもしかして――。
「妹さんですか?」
カイオスさんは静かに肯定した。……妹さんが居たんだ。全然知らなかった。
そういえば、ここの住人たちの殆どは探索者の家族でもあるんだっけ。元々はロンダール迷宮が出来る前からこの地に住んでいた人々で、カイオスさんたちの実家もこの辺りにあるんだった。
「予防セットを6つ」
「一人3セットまでですが……妹さんもいらっしゃるので大丈夫ですね。他に何か買われますか?」
「……ん」
「分かった。おにぎりセットを四つ」
……妹さんは何も言ってないし、商品を指したわけでもないのによくおにぎりセットが欲しいと分かったな……。
そのまま二人は商品を買って帰っていった。妹さんは終始無言だったけど、心なしか嬉しそうにしていた……と思う。
「カイオスが来てたんですね」
「そうなんですよ。妹さんがいるなんてびっくりしましたよ」
「そういえば、話したことはなかったですね」
警備をしていたハートンさんが戻ってきたタイミングでカイオスさんが来ていたことを話した。
「妹さんも寡黙なんですね」
「あはは、なら他の兄妹を見てもびっくりすると思いますよ。カイオスの兄妹は全員あんな感じですし」
「えっ、まだ兄妹が居るんですか?」
「カイオスは五人兄妹の長男ですよ」
まさか五人兄妹だったなんて……。
「だから予防セットをあんなに沢山買っていたんですか」
「あー、カイオスの兄妹ほぼ全員魔力風邪を引いたって言ってましたね。看病が必要だから探索にも出られないとデイヴィッドが言ってました」
いくら探索者たちが風邪を引きづらいとはいえ、その家族までそうとは限らない。家族の看病のために攻略を諦めないといけないこともある……魔力風邪の影響はここまで及んでいるとは。
特に探索者というのは、一度迷宮に潜ると平気で一週間以上帰ってこない事が多い。家族に何かあった場合すぐに対処できないから、地上で魔力風邪が流行っている今、余計に潜りづらいのだろう。
実は先日、第十二層は攻略された。しかし、第十三層の攻略は魔力風邪のせいで殆ど止まっているという。
迷宮街オルウェイは探索者の街でもある。地上の街の状態はそのまま迷宮を攻略する探索者たちにも影響する。
ロンダール迷宮伯がこの問題を、直々に僕に頼んできた理由が少し分かった気がした。
探索者たちが心置きなく攻略できるためにも、この問題は解決しないといけないんだ。




