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聖なる骨  作者: 骨素子 陽晶


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第23話 骨、凱旋する

 目が覚めると、仰向けになって空を見ていた。


 「・・・知らない天井・・・じゃない、天だ」


 空だって言おうか迷ったけど、天の方がかっこいいからこっちにした。


 「クレストさん目が覚めましたか」


 エメラがほっとした顔で俺を見下ろしている。


 「俺、どれくらい寝てた?」


 「30分くらいですね、他の皆さんの手当も終わって、そろそろ帰ろうとしていたところです」


 「トリステンはどうなった?」


 「助かりましたよ、今は気を失っていますが、ちゃんと心臓は動いています」


 「そうか・・・」


 助かったのか、よかった。俺が肩の荷が下りたとばかりに、体の力を抜くとさっきまで笑顔だったエメラが急に真面目な顔をして・・・


 「クレストさん」 と呼びかけてきた。


 「さっき、トリステンさんに何をしたんですか?」


 「何って・・・」


 「トリステンさんは間違いなく死んでしました。アニマが崩れ始めていたのはクレストさんも気づいていたでしょう」


 「そう・・・だな」


 「あなたがやったことは尋常ではありません。説明してくれますか」


 真剣な表情のエメラに真面目に答えるべきだと思った俺は、あの時思ったことをそのまま伝えた。


 「・・・死を遠ざけるイメージですか。クレストさんそれはどんな人でもできると思いますか?」


 「・・・いや、無理だ。さっきのトリステンのように死んで間もない、しかも偶然にできた奇跡の様な物だと思う」


 なんとなくだけど、もう一度やっても失敗する確信があった。これは技術とか力とかじゃなくてただの運だった・・・そんな絶対的な確信が何故か俺の中にあった。


 「・・・そうですか。クレストさん、このことは誰にも言わないでください。トリステンさんは瀕死の重傷を負いながらも、クレストさんの治癒魔法で奇跡的に助かった。それでいいですね」


 「・・・ああ、わかった」


 エメラが何を言いたいのか、何となくわかった。俺のために、事実を捻じ曲げてくれようとしている。多分この事実が、発覚したら俺は死者を蘇らせることができる存在として注目を浴びてしまうと言っているのだろう。たとえ俺が、そんなことはもうできないとしても。そして、そうなったら俺に明るい未来はないということも。


 「・・・ありがとうな、エメラ」


 「なんのことですか、クレストさん」


 そう答えてエメラは笑ってくれた。この子は本当にいい子だな。オークの頭を爆散させてたけど。



 「やぁ、クレスト君。目が覚めたね」 「起きたか、調子はどうだ?」


 エイブラハムとゲンガイが様子を見に来てくれた。


 「ああ、もう大丈夫だ。ちっとばかし、体はけだるいけどな」


 「そうかい、無事でなによりだよ。幸いけが人は多いが死者はいない。クレスト君が助けたトリステン君が一番の重傷だね。でも持ち直したから命に別状はないだろう」


 「そうか・・・じゃあ大勝利だな。みんなで街に帰ろうぜ」


 「そうなんだけどね、ちょっと気になることがあるんだよ」


 そういってエイブラハムとゲンガイは難しい顔をした。


 「気になることって?」


 「僕たちが、倒したオークだけどね、まぁ最初の想定通り100体ちょいって感じだったんだけど・・・」


 「想定通りなら問題ないんじゃ」


 「このオークの集落を見渡してみろ」


 ゲンガイが続きを話し出す。言われた通り周りを見渡してみるが・・・


 「周りって・・・こんなだだっ広い広場のどこを・・・」


 言ってて気づいた、そうだ・・・広いのだ。最初にゲンガイが突撃したときに思ったじゃないか、かなり広くて距離があるって。


 「ここ・・・100体が潜むには広すぎる?」


 「そうだ、家の数と比較しても100体程度じゃ数が合わん」


 背筋が寒くなった。ゲンガイが答えてくれているが、俺には最悪の予想が頭に湧き出て返事をする余裕がない。


 「気づいたようだね、この規模じゃ100体どころじゃない。その倍はいるはずなんだよ」


 エイブラハムが答えを言う。じゃあもし・・・もしまだ半分奴らが残っているとしたら、その残りはどこに行ったというのか。


 「まさか・・・!」


 「ついでに言うと、ここにいたのは将軍(ジェネラル)だ。王はいなかったんだよ」


 エイブラハムはさらに最悪の答えを持っていた。もし別働隊がいて、そして王がそっちにいて街を目指していたとしたら・・・


 「も、もしかしたら、そもそも王は存在しなかったんじゃ?」


 一縷(いちる)の可能性があると思いエイブラハムに尋ねてみると・・・


 「ないね、この規模なら確実に王は誕生している」


 そう言って、エイブラハムは首を横に振った。


 「じゃ、じゃあ早く戻らないと」


 「クレスト君、落ち着いて」


 焦る俺をエイブラハムがとめる。


 「で、でも!」


 「大丈夫だから」


 「大丈夫って・・・なんで・・・」


 「そのために、念(・)の(・)た(・)め(・)を残してきたんだから」


 「え?」


 「まぁそれでも一応心配は心配だからね。少し休憩したら街にもどろう」


 そう言って、エイブラハムは俺を宥めた。ゲンガイの方を見ても大丈夫だと言わんばかりに肩をすくめた。





ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 彼はいつも怒っていた。魔の森の深層に生まれた彼には双子の弟がいた。ブラックオークの上位種であるシルバーオークを親に持った彼は、しかし自身はブラックオークとして生を受けた。そのこと自体はそれほど珍しい話ではない。親より一つ二つ下の位階で生まれるのはごく自然なことだったからだ。だが彼はそのことに劣等感を抱いていた。それがおそらく彼の最初の怒りだった。彼は上昇志向の強いオークで常に自信を高める努力を怠らなかった。それだけならば彼はいずれオークの中で英雄にもなれたかもしれない。


 しかし、彼は自身を高める手段に他者を利用し蹴落とし、踏みつける手段を選択肢から外しはしなかった。成長しひとかどの戦士になっても彼の内(なか)から劣等感は消えはしなかった。弟は兄としての自分を慕ってくれたが、自分より頭のいい弟をみて兄はやはり劣等感を募らせていった。


 どれだけ、努力を重ねてもなぜ、自分はシルバーオークに進化できない?彼は悩んでいた。その答えが他者を踏みつけ、獲物を横取りし、そのアニムスを奪っているからだとしても、彼には理由が分からなかった。


 自身のアニマを高め進化を目指すためには、己自身が戦い己のマナで敵を屠らなければならない。そうでない方法でアニムスを手に入れても、その強化などたかが知れているのだ。だが、自分以外は道具としか考えていない彼にはその答えが見つけられない。


 そして自分より優れているはずの両親が日和見なのも彼には不満だった。その集落はオークにしては極めて珍しい平和主義の村だったのだ。過去の経験で年寄りたちは人間と敵対することの恐怖を学んでいたからだ。争いをやめ人間に見つからないようにひっそりと暮らそう、かつて人間に追い立てられた経験を持つ長老たちは村の方針をそう決めた。そして彼の両親はその方針に賛同していたのだ。彼にはそれがなにより腹立たしかった。


 なぜ、戦わない?なぜ蹂躙しない。人間など下等生物ではないか。彼はそう考えた。本来オークの性質から考えたら彼の方がオークの本能として正しく、年寄りたちが間違っているのだが、長年の経験が長老たちを本能ではなく理性で動かすことができるようにしたのだ。おかげで、この村はひっそりとだが、長く平和を保ってきた。だが年若い彼にはそれが理解できない、当然彼より若い個体ほど彼と同じ考えをするオークが増えていった。そしてそいつらは彼に賛同し従うようになった。


 このころから彼は、自分が頂点(うえ)にたち、みんなを導くのだという意識が芽生えはじめていた。しかし、所詮彼の本質は変わらず、手下は道具としてしか見ていないが強くなった彼にはある種カリスマがあり、若い連中で彼の信奉者は増えていった。頭のいい弟がうまく手下をコントロールしていたのも大きいだろう。


 日々不満を募らせていた彼だが、とうとうある日それが爆発する。もうこれ以上親や長老達の命令など聞けない、これからは俺がこの村を支配する。彼はクーデターを起こした。


 結果は惨敗だった。いくら彼がひとかどの戦士に成長していたとしても、いくら親や上の世代が平和主義者だったとしても、ブラックオークとシルバーオークでは勝負にならなかったのだ。


 彼は追放処分を受け、弟と手下30名と共に浅層に逃げ延びた。悔しかった、腹立たしかった。あんな腰抜け共に敗北し、魔の森でもこんな浅い層に、こんなにマナの薄い所に逃げてこなければならないなんて。そしてそんな弱い自分に何より怒りが沸いていた。


 彼は誓った。ここで力を蓄えて必ず村に戻り、奴らに復讐をして魔の森を支配するのだと。


 まず彼は、手下の数を増やすことにした。手ごろな潜伏場所も見つけ、弟の助言を受けて、人間に見つからないようにひそかに行動し始めた。彼は人間に隠れて行動しなければならないという弟の助言に不満を持っていたが、クーデターを起こす時もまだ早いという弟の意見を無視して失敗した経験があるのでしぶしぶ従った。


 適当に、ゴブリンやコボルトのメスを攫い、オークの子を産ませて数を増やそうとしたが生まれてくるのはほとんどがただのオーク。ブラックオークは生まれてこない。苛立つ彼の中の怒りは日に日に増していく。だが、それでも耐えろという弟の言葉に従い耐えること数年、手下の数が100を超えた時に変化が訪れた。彼は進化したのだ。彼は本能的に悟った自分は王になったのだと。弟や古参の手下も進化しついに動き出す時がきたのだ。


 だが、それでも弟は待てという、いつまで待てばいいんだ。もう十分だろ。彼はそう弟に言った。それに対し弟は、今のあなたが子を仕込めばそれはみなブラックオークになるはず。それが200体、成体になったら動き出しましょう。あと、数年の猶予だという弟の言葉を信じ、彼は待った。


 そしていよいよ、その時がきた。ブラックオークが200体揃い準備が整ったのだ。ようやく彼の悲願がかなう。人間の集落を襲い、数を増やしこの森に帰ってくるのだ。


 いざ、出陣と決めた時に、また弟から待ったがかかった。斥候に出た手下が一体戻ってこない、少し様子を見させてほしい。彼は怒り狂った。もう待つことなどできるはずもなかった。


 この腰抜けめ!もういい、お前はここで待っていろ!俺が人間を山ほど狩って持ち帰ってやる!


 彼は弟の静止を振り切って、手下の半分の100体を連れて出陣したのだ。


 斥候の報告から森から出たところにかなり大きい人間の巣があることは知っていた。弟の助言を聞き斥候も調べるだけで何もせずに存在を気取られないように、徹底的に隠蔽してきたおかげで俺たちのことは誰も知らない。一気に人間の巣に攻め入り凌辱の限りを尽くしてやる。男は殺して食い、女は苗床にする。そして、いずれ村に戻りあの腰抜け共に思い知らせてやるのだ。溜まりに溜まった怒りをようやくぶつける時が来たのだ。彼はかつてないほど高揚していた。今から始まる一方的な蹂躙劇に胸を躍らせて。


 だから、彼は、いや彼らは気づいていなかった。森の傍にあるいくつもの見張り台に誰も兵士がいないことに、普段なら近くの穀倉地帯で働いている人間の姿がないことに・・・


 彼らは全く気付いていなかったのだ。


 時間をかけて彼は手下を引き連れて街の門まで来た。見れば門は閉じているし、外壁には兵士が大勢いるが彼には些細なことでしかなかった。そして門の傍までちかづいてみれば・・・


 閉じた門の前に二人の人間が立っていた。たった二人で何をしている?まさか俺を止めるためじゃないよな。彼は心の底から嘲笑った。


 まさにいざ攻め込もうと手下に指示を出そうとしたときに彼は聞いた・・・


 「やはり、念のための備えはしておくものですね」


 「まったくだ、残って正解だったぜ」


 「それで、私があ(・)れ(・)をもらってもよろしいのですか?」


 「まぁ、頼んだ手前もあるしな、いいだろう。じゃあ俺はその他全部もらうぞ」


 「いいですよ。私が終わっていなければね」


 「かぁー!お前どうせまたワンパンだろ、そんなもんいくらなんでも間に合うわけねぇだろ。わかったよ好きにしろ」


 「では、早い者勝ちということで」


 「おう!腕は鈍ってねぇだろうな」


 「こちらのセリフですな」


 何を言ってるんだこいつらは?


 今からお前たちを殺し、街を焼き人間どもを狩りつくす。理解しているのか?何故笑っている!?


 ああ、腹立たしい、腹立たしいぞ!皆殺しにして食ってやる!!


 彼の記憶はそれ以降存在しない



 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 あれから、俺たちはできるだけ急いで帰路に就いた。とはいっても行きと違って、今はけが人も多く行軍は来た時の倍以上も遅い。かくいう俺も、体中のマナを使い切っているので満足に体を動かせずエメラに肩を貸してもらってふんばって歩いている状態だ。早く戻らなければという思いと同時に、この状態で戻って何ができるのかという気持ちが俺の心をすり減らす。


 しかし、横にいるエメラもガイゲンもエイブラハムもあまり焦っていないのはなんでなんだろう?


 ようやく魔の森を抜けたころには、俺も一人で歩けるくらいには回復していた。もうちょっとで街が見えるところまで差し掛かったところで、何か声が聞こえてきた。ん?これって歓声か?


 「ああ、終わったようですね」


 エメラがポツリとつぶやいた。


 「彼らも運がないね、あの二人に行き当たるなんて」


 エイブラハムも苦笑している。


 「どういうことなんだ?」


 俺が疑問に思ってエメラに問いかけると・・・


 「まぁ、見ればわかりますよ」




 街門付近の広場はおびただしい数のブラックオークの死体であふれていた。その中でひときわ大きなオークの死体のそばで二人の人間が立っている。いや、人間じゃないな、筋肉の怪物だったわ。


 「おや、みなさん、おかえりなさい。ちょうどこちらも終わったところです」


 「おう、おつかれ。そっちの首尾はどうだ?」


 ダムブレッドとゴールドバルグが俺たちに笑顔で話しかけてきた。まさか、たった二人でこれだけのオークを倒したのか・・・


 「ああ、クレストさん。おかえりなさい、大丈夫ですか?疲れているようですが」


 ダムブレッドに気遣われたが、それよりもこの状況の説明をしてくれ。


 「あの・・・これは?」


 「ん?ああ、すいませんね。少し返り血が付いてしまっていたようです。私としたことが、己の未熟さに眩暈がしそうですよ。しかし裏を返せば私にもまだまだ成長の余地が残っているということですね。嬉しいことです」


 笑いながらダムブレッドが説明してくれているが、聞きたいことはそこじゃない。っていうか、これだけのオークをぶっ殺して、その程度の返り血しかついてないのかよ!カレーうどんを食べた時に、汁がはねた程度しかついていないんですけど。謙遜みたいに”少し”って言ってたけどホントに少しじゃねぇか!


 「お前らをオーク討伐に行かせたけどな、別働体の可能性は最初から考えていたんだよ」


 ダムブレッドは話にならないから、ゴールドバルグが説明してくれた。


 「まぁ念のため程度だったんだが、結果的には備えておいてよかったってわけだ」


 なるほどな、だからエメラやエイブラハムは心配してなかったのか。二人を見ると、苦笑いをして・・・


 「この人達がいれば、街は安全ですから」 「むしろ、この二人をどうやったら殺せるのか見てみたいよ」


 エイブラハムが物騒なことを言っているが、当の二人は静かに笑っている。


 「じゃあ、王は倒したのか?」


 俺が一番気になってることを聞いた。


 「ええ、そこに転がっているそ(・)れ(・)ですよ」


 何でもないことのようにダムブレッドが返事をした。


 確かに他のどのオークよりも巨大なオークが死んでいる・・・頭が吹き飛んでいるから死んでいることは一目瞭然だ。


 「つまり、戦いは終わった?」


 「そういうことですね。クレストさん、他の皆さんも本当にありがとう。あなたたちのおかげで街は救われました」


 そう言ってダムブレッドは頭を下げるが、たった二人で俺たち以上の戦果を挙げた奴らにそういわれてもなんか複雑だ。


 他の冒険者共も微妙な顔をしている。そんな中で・・・


 「馬鹿野郎!なにほうけてやがる!なんにせよ俺たちはやり遂げたんだぞ!ブラックオークの巣を襲撃し、奴らを殲滅したんだ!負傷者は出たが死者は0。これが快挙でなくて何だってぇんだ!」


 ゲンガイがみんなに向けて声を張り上げた。


 「そしてクレスト!」


 いきなり呼ばれてビクッとした。


 「お前が今回後ろからのオークの挟撃を阻んでくれなかったら、間違いなく死人が出ていた。感謝するぜ。今回の一番手柄は間違いなくおめぇだ!」 と言って、ワイルドな笑顔でウインクしてくれた。なんだよおい、かっこいいじゃねぇか。


 「お前ら勝鬨を上げろ!この戦、俺たちの勝ちだぁぁぁぁ!!」


 ゲンガイがハンマーを高々と上げ、叫んだと同時に空気が震えた。周りを見るとエメラもエイブラハムも他の冒険者たちもみんな手を上げて声を上げている。見れば外壁の兵士たちも歓声をあげて俺たちをたたえてくれている。


 そうか・・・そうなんだな。やっと実感が湧いてきた。俺たちは勝ったんだな!


 俺はみんなと一緒に両手を上げて大声で吠えた。

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