第20話 骨、参加する
魂の兄弟の命を美味しくいただいた日から数日が経過した。その日は一日奴のことを引きずっていたが、翌日には忘れることにした。だって肉、美味かったし。機会があればまた食べたいし。
魔の森立ち入りはまだ解除されない。朝っぱらから飲んだくれている冒険者どもは、仕方なく働きだしたようだ。おかげで清掃依頼も少なくなって俺の稼ぎがへってしまった。とはいえ、清掃関連の依頼に関しての評価は、俺がぶっちぎりでトップだった。いくら希少な属性とはいえ、これだけの冒険者が集まれば光属性持ちの奴も決して少なくない。そんな奴らは当然好んで清掃の依頼を受けるが、どうも俺の”浄化”は他の連中のそれとは一線を画しているらしい。どいつもこいつも俺の”浄化”ほどキレイにはならないんだとか。
そんなわけで、俺は清掃関連に関してだけは指名依頼を頂戴しているので、食いっぱぐれる心配はないということだ。これは素直にありがたい。リピーターは大事にしていこう。
そんなこんなで仕事をしたり修行をしたり治癒院でお手伝いをしたり、教授と遊んだりしてたら、ある日、エメラと二人でエレーナさんから呼び出しが入った。
「お二人にお話があります」
そう言って、エレーナさんは俺たちを別室に案内した。
部屋の前まで来ると、エレーナさんをノックをして 「マスター、お連れしました」 と言った。
「おう、入ってくれ」
返事があったのでエレーナさんに促されるまま中に入ると、そこにはガチムチの禿げ頭のおっさんが
上半身裸で筋トレしていた。迷彩服を着た特殊部隊の隊長とでもいえばいいのか、ベレー帽とか超似合いそうなおっさんだな。それにしてもとんでもない筋肉だな。ここまでの筋肉を見たのはダムブレッド以来じゃないか。まさかこいつもメルヴィン教徒なんじゃ...「俺はメルヴィン教徒じゃねぇぞ」 ...違うらしい。
「さて、待たせて悪かったな、キリのいいところまでやっておきたくてよ」
あれからしばらくマスターとやらの筋トレをただただ見せつけられていた。なんだこの時間...
「マスター、今から連れて行くって言いましたよね。なんで筋トレしてるんですか?」
エレーナさんが、例の無表情フェイスでマスターを詰めている。うーん、横から見ているのは気分がいいな。
「い、いや、来るまでの間、ちょっとだけやろうと思ってだな」
「それで・・・二人を待たせて筋トレを続けていると?」
「わ、わかったよ、次からは気を付けるからよ」
「はぁー、もういいです」
エレーナさんの溜息から察するに、1度目、2度目じゃないなこれ。あとマスターとエレーナさんの力関係も何となくわかった。やはり一番に媚びるべきはエレーナ様だな。
「・・・なんですか?」
「い、いえ、何でもないです」
やっべぇ、秒で見抜いてくるわ。気を付けよう。しかし、ちゃんと筋トレが終わるまで待ってあげるあたり、やっぱ優しいな。
「よし、本題に入ろう。エレーナから報告は受けているが、魔の森で最初にブラックオークを発見したのはお前なんだよな?」
「うん、そうだよ。ある日、森の中で豚さんに出会ったんだよ」
「クレストさん、ちゃんと報告してください」
「はっ!先日魔の森浅層を探索中、件のブラックオークと遭遇、状況を鑑み、逃走は困難と判断、不意打ちにて会敵、目標を殺傷することに成功しました」
「・・・なんでエレーナには敬語で、俺にはため口なんだ?」
「・・・言う必要ある?」
「・・・いや、ねぇ」
あの、底冷えオーラを発してるエレーナさんに、ため口なんてできるわけねぇだろがい。
「ゴホン、それで、お前はこの件についてどこまで聞いてる?」
「えっと、あのガングロオークが魔の森の浅層にいるのはおかしいって話?」
「そうだ、普通のオークなら浅層にもいる。だがあのオークは中層以降にしかいない。もちろん稀に浅層に来ることもあるが、今回のはどうもおかしい」
「というと?」
「通常、浅層に現れるブラックオークは中層以降の生存競争に敗れた個体だ。そういう固体はかなりやせ細っていたり、傷だらけってのが相場だ。だが、あの個体はそういう特徴がねぇ。つまり...」
「追われてきたんじゃなく、自分の意思でここに来た・・・あるいは、浅層にきて長く潜伏していた?」
「察しがいいな、潜伏していた可能性が高いとみている。もしかしたら、魔の森の浅層に、ブラックオークのコロニーが出来上がっているんじゃないかってな」
「だから、魔の森を立ち入り禁止にして、調査団を派遣した。先手を打ってオークどもを殲滅するために」
「お前、本当に察しがいいな。ギルド職員にならねぇか?」
遠慮しておきます。
「とにかくだ、お前がこのタイミングで、ブラックオークの情報を持ち込んでくれたのは僥倖だ。おかげでかなり速い段階で対策が打てた。しかし問題もある」
「問題?」
「調査団が先日戻ってきたんだがな、こちらの想定よりもコロニーの規模がでかい。もしかしたら、王が誕生している可能性がある。今うちに残っている戦力じゃちと厳しいんだ」
「ベルガイアには、ゴールドランクのパーティーが3組います。しかしその内2組は依頼で街を離れています」 とエレーナさんが補足してくれた。
「だが、他の2組のパーティーの帰りを待っていたら、せっかくつかんだ先手のアドバンテージを失うことになる。時間を与えれば、その分王が誕生するリスクも上がる。一刻も早く打って出るべきなんだ」
「王って、そんなにやばいの?」
「偵察の報告では、確認されただけでも100体以上のブラックオークがいたそうだ。奴らは鼻が利くからな。これ以上の接近はできないと判断して撤退してきたが、その規模なら少なくとも将軍級はいるだろう。王が誕生していたら、脅威度は準災害級だ」
「準災害級は、町が複数壊滅するレベルの脅威度です」
エレーナさんが教えてくれたが、やべぇーじゃん。
「加えてオークは異種族のメスを攫い、次代のオークを生ませます。人が攫われ始めたら手が付けられません。」
おっふ、その辺は定番通りなのね。エレーナさんとエメラの嫌悪感が顔に出ている。
「そして、王が誕生していたらさらに脅威です」
「というと?」
「ブラックキングオークには他の種族にはない特徴があります。普通存在進化した魔物が繁殖しても、その子が、同じ位階の子が生まれることはほぼありません。むしろ下の位階で生まれてくることが普通です。しかし、ブラックキングオークが生ませた子は、すべてがブラックオーク以上の位階で生まれます。加えてブラックオークの繁殖力は高く、生まれた幼体は早ければ半年で成体になります」
うそだろ、そんなに早いの?じゃあ手遅れになったら魔の森の浅層がブラックオークまみれになるってことか。確かに悠長にしてたら、森からブラックオークが湧き出して、周辺の村や町を襲うだろう。一番最初がこのベルガイアってわけだ。
「幸いと言っていいのか、まだベルガイア周辺で人が行方不明と言った事件は確認されていません。しかし、それも時間の問題でしょう。だからこそ、叩くなら今なのです」
なるほどねぇ、完全に偶然だったわけだが、俺がガングロオークを発見したおかげで早期に奴らの存在に気づけた。規模はでかいが、今なら先制攻撃をうてるわけだ。
「それでゴールドバルグさん、確認したいのですが」
これまでずっと黙っていたエメラが発言した。ってかこいつ、ゴールドバルグって名前なのかよ。くそ、ちょっとかっこいいな。
「最初にブラックオークを発見したクレストさんを呼んだのは分かります。しかし、私も一緒に呼んだ理由を教えてください」
そういえばそうだ、状況の確認なら俺だけでいいもんな。まぁ何となく察しはつくが...
「まぁわかってるとは思うが、力を借りたい。治癒師としても戦力としても」
「わかりました」
「はやっ!即答なの?」
「当然です。クレストさん、メルヴィン教の経典には決して生かしておいてはならない三つの種族が記されております」
経典にそんな物騒なことが書かれているのかよメルヴィン教。
「一つは、ゴブリン、一つはオーク、最後の一つは盗賊です」
最後の一つは種族じゃないんじゃね?
「それらはどれ一つとっても生きている価値のない種族です。メルヴィン教会では、見つけたら即時殲滅を推奨しています」
デストローイ!メルヴィン教徒って本当に危ない集団だな。っていうか盗賊も同列に扱っているのかよ。
「まぁそう言ってくれると思ってはいたが、無理はするなよ。腕のいい治癒師は狙われやすいからな」
「承知しています。皆殺しにしましょう」
会話がかみ合ってない気がするのは俺だけだろうか。
「クレストさん、あなたにもこの依頼を引き受けてほしいんです」
エレーナさんがそう言ってきた。どうやらエメラだけでなく俺の力も借りたいらしい。
「でも俺、アイアンランクですけど」
「それは、俺がなんとかする。特別措置だが、ブラックオークの件を加味してブロンズランクに昇格することにした」
ギルドマスターが取り計らってくれたらしい。
「それは、ありがたいんだけど、さっきの話を聞いてた限りじゃ、討伐推奨ランクってシルバー以上じゃないの?俺で役に立てるのかな」
行きたくないとは言わんが、役に立てるか気になる。
「最初に言ったが戦力が足りねぇ、メルヴィン教会の方にも協力を要請するが、それでもだ。そしてブラックオークはそもそも脅威度が下級のシルバーランクってとこだ。それを仕留めたお前なら、足手まといにはならんだろう。なによりお前には治癒魔法があるしな」
なるほど、回復要員ってことね。
「そういうことなら喜んで協力させてもらうよ」
そういえば気になることが一つあるな。
「こんな大事になってるなら、街の兵隊とか辺境伯の騎士団とかに手伝ってもらうとかはできないのか?」
普通に考えたら当然の疑問だよな。だって街の危機ならむしろまず出張るべきだろう。
「無理だ、今辺境騎士団は魔の山の討伐遠征に行ってるから戦力の中核がいないはずだ。これで今魔の森に討伐に向かえば、街が手薄になっちまう」
魔の山って、この街の周辺”魔の何々”が多くない?しかし騎士団は遠征中か、じゃあ無理だな。オークを倒して凱旋しても街が壊滅してたら意味ないし。
「同じ理由で俺もいけねぇ、すまねぇな」
やっぱそうか、このハゲ、えらい強そうだから来てくれたら心強かったんだけど。
「ゴールドバルグさんは元ミスリルランクの冒険者ですよ」
ミスリルって上から二番目だよな、とんでもねぇおっさんだな。
「そういうわけだ、決行は明日の朝だ。奴らは鼻が利くから夜戦は不利だからな。明日の朝、魔の森側の門に集まってくれ」
「了解」 「わかりました」
俺とエメラは了承の返事をして部屋を出た。
「申し訳ありません」
ギルドの受付まで戻ってきたときに、エレーナさんが言った。
「本来ならまだ駆け出しのクレストさんにこの依頼をするのは早いと思っています。それでもクレストさんの力なら達成できると思っています。どうか助力をお願いします」
「はいよー、了解」
「・・・あの、軽い返事ですけど。事の重大さはちゃんと理解してますよね?」
「このままだと、街がやばい。それだけ分かれば十分ですよ」
あきれたような顔をしていたエレーナさんだったが、俺の言葉を聞いて息を吐き、少し表情を和らげて・・・
「・・・ありがとうございます。ギルド職員一同、健闘をお祈りしています」 と言ってくれた。
エレーナさんに、頭を下げられてしまった。元々やる気はあったけど、よりやる気が増したぜ。
明日に備えて早く寝るために、もう宿屋に戻った方がいいだろうということで、俺とエメラは一緒に金の小麦亭に戻ってきた。そして翌朝・・・
「クレスト、おはよう。今日は早いね、エメラちゃんもおはよう」
起きて入り口に降りてくると、エメラもちょうど降りてきたようで、サリーが受付でお出迎えしてくれた。マリーさんは食堂でテッドを手伝っているようだ。
「おう、おはよう」 「サリーちゃん、おはようございます」
「ドクロちゃんもおはよう」
『おう、今日もいい子にしてろよ?』
「うん」
ドクロちゃんを出すとこの子はスゲー機嫌がいいんだよなぁ。この間も一緒にお菓子食べてた時、俺が一つ多く食べちゃった時、えらい不機嫌になったけど、ドクロちゃんになだめてもらって急場をしのいだんだよなぇ。
「それにしても不思議ですよねぇ、ドクロちゃんはなんでしゃべっているんでしょうか?」
『さぁな、喋れるんだから、喋っといた方が得だからじゃねぇの』
エメラが疑問を呈したが、ドクロちゃんは相変わらず平常運転だ。
「そう、喋れるんだから、喋っといた方がいい」
サリーも同意見の様だ。
「・・・クレストなんかあった?」
ドキッとした、なんでわかったんだろう。
「なんかって?」
「クレスト、いつもと顔違う」
この娘は本当によく見てるな。こんな骨しかない顔の表情にまで気づくなんて。自分でも気づいてはいたんだよな、今日のことで緊張してるって。
「よくわかったな、まぁ今日はちょっと大仕事なんだよ」
「そう、クレスト頑張れ」
・・・本当にこの娘は将来大物になるぜ。
「ありがとうな、しかしエメラはどうなんだ?なんか違ったりしないのか?」
「エメラちゃんはいつもと顔いっしょ」
マジかよ、全然気負ってないってこと?エメラっぱねぇ。
「私は使命を果たすだけですから」
その年齢で言うセリフかね、覚悟ガンギマリじゃね。しかし、子供にここまで言わせて大人がビビってます、なんてかっこ悪いからな。せいぜい今日はかっこつけに行くとしますかね。
「じゃあ、もう行くわ」
「クレスト」
「どうした?お前のおかげでやる気が出たぜ。その気持ちを持ったまま出発したいんだけど」
「そうじゃなくて」
「ん?」
「朝ごはん食べないの?もうすぐ時間だよ」
「・・・いただきます」
そういえば腹減ったわ。




