第19話 骨、乳しぼりに行く
「乳しぼりに行きませんか?」
ある日いきなりエメラにそう言われた。
あれからエレーナさんの予想通り、魔の森はブロンズ以下の冒険者の立ち入りが制限された。ブラックオークは本来魔の森の中層、あるいは深層に生息しているらしく、浅層に現れたということにギルド上層部は危機感を抱いているらしい。シルバーランク以上で調査をする間、俺たちは魔の森に入らないようにとのお達しだ。
あのガングロオークが魔の森の深層って、あいつそんなに危ない魔物だったのか。あっぶねぇ、俺、結構ピンチだったんじゃ・・・どうりで、あいつのアニムスを吸収するときかなり量が多かったわけだ。いやね、だいぶ久しぶりだったから、勘違いかなぁと思ったんだよね。
そんなわけで俺は再び街の外に行く機会を失ったわけだが、別に今までの生活サイクルに戻っただけだからさして問題はない。まぁ、出ないと出られないは意味合いが違って、少し窮屈感はあるけどね。
だから、再び清掃依頼や治癒の手伝い、あと文字の勉強は今まで以上に熱心に取り組んでいる。もう二度とヒール草の悲劇を繰り返さないためにも。それと、あの雑草50株どうしよう。実はまだ、バッグの中に入ってるんだよね。いや、最初は宿屋の庭に捨てようと思ったんだよ。それを見たマリーさんにえらい怒られたんだよな。なんでも、フール草は繁殖力が強くてすぐに増えてしまうらしい。”庭を雑草だらけにするつもりか!”と言われてしまった。だから、街中でフール草を捨てるのは違法になっているとか、見つかったら処罰の対象だって、あっぶねぇ、捕まるところだった。だから魔の森に捨てに行きたいけど今立ち入り禁止だし、ずっとバッグに入れてるしかない現状だ。
そんな日々を過ごしながら、バッグにゴミをいれっぱなしで悶々としてる俺に、宿でエメラが提案してきたというわけだ。
「乳しぼりとは?」
「はい、ベルガイアは酪農にも力を入れていて、魔牛を飼育しているんですよ」
「魔牛とは?」
「魔物の牛なんですけど、温和で人にもなついてくれるんでベルガイア領と隣のグラスミンツ領の2領共同で飼育しているんです。今、魔牛がベルガイアに来てる時期なんで、状態を診てくれと往診依頼が治癒院の方に来ていまして、そのついでに乳しぼりの依頼も一緒に受けようかと。美味しいんですよ魔牛のミルクは」
エメラが拳を握りしめて熱弁してくる。
「へぇー、2領で共同飼育なんて珍しいな。単独で飼育しないんだな」
「それはですね、魔牛の生態に関係していまして。魔牛は正式名称をモウロックといいまして、本来長距離を移動する生き物なんです。なので、かなり歩かせないといいミルクが出なくなるんですよ」
「ほーん、なるほど。丘に放牧程度じゃだめなのか?」
「だめですね。過去に試したみたいですが、魔牛のストレスが溜まって大惨事になったようですよ」
「大惨事?」
「はい、温和といっても魔物ですから。暴れだしたら一般の人じゃ手に負えません。魔牛飼育も一定以上の力を持った人物じゃないと仕事に就けません。だから、引退した元冒険者や元騎士なんかがこの仕事に就くことが多いですね」
「へぇー、そうなんだ」
「魔牛は数が少なくて貴重なんですよ。だから2領が大切に育てているんです。今はベルガイアに来ていて、よく乳しぼりの依頼が舞い込んでくるんです。依頼を受ければ魔牛のミルクが飲めるんですよ。数が少ないうえに辺境で飼育されているから、魔牛のミルクや肉、チーズなんかはとても希少で王都では滅多に口にできない高級食材なんですよ。私も、ミルクが飲みたくて、魔牛がこちらに来てる時は積極的に依頼を受けるようにしているんですよ」
「そんなに美味しいのか、そりゃあ、興味があるな。よし、俺も受けてみるか」
「じゃあ、一緒にギルドに行きましょう」
嬉しそうにエメラが俺の手を引っ張った。
「どの依頼受ける?」 「掃除はいやだなぁ、なんか他にいいのないか?」 「もう今日はここで飲んでようぜ」 「でもいつまで封鎖されるかわかんないじゃん。仕事しといたほうがよくない?」 「明日考えねぇ?」
ギルドに着くと冒険者でごった返していた。魔の森の立ち入り制限のせいで、ブロンズランク以下の冒険者が仕事にあぶれているようだ。代わりに街の依頼を受けようとしているみたいだが、あまりやる気が感じられない。このベルガイアでは、魔の森の依頼がギルドの仕事の中心になっているようだしな。
俺が街の依頼で困らなかったのはこの辺も理由になってそうだな。しかしこいつら朝っぱらから飲んだくれて・・・楽しそうだな。俺も混ざるか。
「・・・クレストさん?」
何かを感じ取ったのか、エメラが俺の名を呼ぶ。じょ、冗談だよぉー、さぁ仕事しようね。
依頼ボードの所に行くとアレクサンダーとクリスティーナがいた。
「よう、お前ら」 「おはようございます」
「おう、クレストにエメラ」 「二人そろって今日はどうしたの?」
「お前らこそボードの前でどうした?珍しく今日は仕事行くのか?」
「何が珍しいだ!」 「私たち、ちゃんと仕事してるわよ!あいつらと違って」
と言って、クリティーナが酒場の奴らを指差した。
「なんだとぉー!」 「俺らだってちゃんと仕事してるっつーの!ただ、今は待機中なんだよ」 「お前らも混ざるか、朝から飲む酒は美味いぞぉー」
「・・・美味そうだな」 「・・・そうだな」
俺とアレクサンダーの意見が一致したところで・・・
「「・・・・・・」」
エメラとクリスティーナから凍てつく視線をもらった。
「「い、いや冗談だから」」
二人で声をそろえて弁解したが、彼女達の表情は変わらなかった。
「そんで、お前らも魔の森立ち入り禁止令のせいで、ここにいるのか?」
ボードの前でボーっとしてた二人に、俺が疑問を投げかけてみると・・・
「いやいや、俺たちはシルバーランクだぞ」 「そうよ、今から魔の森に調査しに行くのよ」
「え!?マジで、お前らシルバーだったの?」
「知らなかったんですか、クレストさん」 と意外そうに言うエメラ。
うん、知らなかった。だってこいつら、いっつもここにいるんだもの。仕事してないから、いいとこブロンズだと思ってた。
「・・・話題にならなかったからな。まぁこいつらほどの実力者なら当然か」
「ま、まぁな」 「そ、そお。まぁ当然よね」
ばつが悪いから、とりあえず褒めておいてみたが、こいつら相変わらずチョロいな。本当にツボくらいならいけるんじゃないか。
「じゃあ今から、調査に行くのか?」 とクリスティーナに尋ねると
「そうよ、でも魔の森に対して警戒態勢だから、シルバー以上のパーティー複数で調査に当たることになったのよ」
「へぇー、なんか大事になってきたな」
とか話してたら見知った顔が近づいてきた。
「あれ、クレストじゃない、エメラもおはよう」 「おう、数日ぶりじゃのう」
「おはようございますミリアさん、ガルドルムさんとラージーさんも」
エメラも知り合いの様だ。そりゃそうか、いくら広い街ったって冒険者なら顔見知りにもなるか。
「よう、クレスト。お前も調査に参加するのか?俺は異論はねぇーけど、お前まだアイアンランクだろ?」
ラージーの奴が聞いてきたので答える
「いや、参加しないよ。というかお前確か、シルバー昇格は見送りじゃなかったっけ?参加できんの?」
「ああ、それはね・・・」 と言ってミリアが説明してくれた。
「あたしと、ガルドルムはシルバーランクに昇格したから、ラージーはまだブロンズだけどパーティーランクはシルバーになったんだよ。もともと、ラージーは実力はシルバー相当だし問題ないってことになったんだよね」
パーティーランクかぁ、そういえばそんなもんあるってエレーナさんが言ってたなぁ。ボッチプレイの俺には関係ないから聞き流してたや。
「さて、メンバーも集まったし、私たちはそろそろ行くわね。他のパーティーも。もう向かってるし、遅れちゃうから」
待っていたのはこいつらだったのか。
「おう、じゃあがんばれよ」 「気を付けてくださいね」
「ああ、まぁ楽勝さ」 「吉報をまっててね」 「行ってくるわい」
俺とエメラであいつらを見送った後、俺たちは依頼表を持って受付に向かった。
「クレストさんも依頼を受けられてよかったですね」
受付でエレーナさんに魔牛の乳しぼりの依頼表を持っていくと 「・・・まぁ、クレストさんなら大丈夫でしょう」 と言って受理してくれたんだけど。
「なぁ、エレーナさんの反応が気になるんだけど。乳しぼりに行くんだよな?」
「そうですよ、ああ、さっきも言いましたが、温厚とはいえ魔牛は魔物ですからね。駆け出しのアイアンランクでは、危険かもと心配してくれたのでしょう。でも大丈夫ですよ。モウロックはとても賢くて優しい魔物ですよ。人のいうことにも従ってくれるんですよ。とってもかわいいんです」
ほぉほぉ、かわいいとな。牛好きの俺としてはどんな奴か興味あるな。
「ほら、もうすぐ見えてきますよ」
俺たちが向かったのは街の郊外にある牧場だった。この間街の外で見た牛がモウロックかもと思ったのだが、どうやら違ったらしい。
「郊外とはいえ街の中で飼っているんだな。やっぱ、外だと盗難の心配とかか?」
「いえ、外だと管理が行き届かなくて、・・・死人が出ても困りますし」
「・・・今なんと?」
ドガン!!
俺の質問にエメラが答える前に、激しい衝撃音と共に、視界の先で人が吹き飛んでいた。
いきなり人が空中に放り出されている。なにが起こったと近づいてみれば、牧場内の草原で俺の想像の3倍はでかい牛が涎を垂らしながら、血走った目で人間に突進していた。突進された人間は宙を舞い地面にたたきつけられている。
「ちくしょう!手が付けられねぇ!」 「どうするんだよ!これじゃあ乳しぼりどころじゃ」 「・・・俺、今日家に帰れるのかな」
依頼を受けたであろう冒険者たちの声が聞こえる。
「エメラちゃん、エメラちゃん」
「はい、なんですかクレストさん」
「あれ、何?」
「あれがモウロックですよ。うふふ、今日も元気いっぱいですねぇ」
嬉しそうに答えるエメラちゃんだけど・・・
「あれが、乳牛?闘牛の間違いなんじゃ・・・っていうか、吹き飛ばされた奴ら!あいつら生きてんだろうな、大丈夫か?」
「うふふ、大丈夫ですよ。モウロックはとても賢い生き物ですから。ちゃんと死なないように加減してくれていますよ」
・・・あれで?あっちのあいつ、頭から血を流しているんですけど。そっちのあいつは、倒れたまま動かないんだが・・・っていうかあれのどこが温厚だ、まんま暴れ牛じゃねぇか!
前から思ってたけど、エメラもどっかずれてんだよなぁ。やっぱメルヴィン教徒だからか。
「あいつら治療してやった方がいいんじゃないかな」
「大丈夫ですよ、あのくらいなら死にません」
スパルターン!!やっぱメルヴィン教徒だわ、この娘。
「やぁ、よく来てくれたね。エメラ君」
跳んでる哀れな冒険者たちに目を奪われている俺の背後から、声が聞こえた。
「おはようございます。スウェードさん、ミルク目当てでまた来ちゃいました」
「いいよ、いいよ。君がいれば乳しぼりがはかどるからね。それで隣の彼は噂の骨人族君かい?」
おっと、俺も挨拶しておこう
「初めまして、俺の名前はクレスト。美味いミルクと聞いてはせ参じた。良いミルクは骨に欠かせないからな。今後ともよろしくどうぞ」
「あっはっはっは!こちらこそ。僕はスウェードといいます。よろしくね、クレスト君」
今気づいたがこの兄ちゃんエルフじゃないか?耳とがってるし。
「スウェードさんは元冒険者でモーロック飼育の責任者でもあるんですよ。彼のおかげでモウロックがとても美味しいミルクを飲ませてくれるんです!」
力強くエメラが熱弁している。よほどモウロックのミルクが美味いんだな。
「じゃあ今日もよろしく頼むよ」
スウェードがエメラに何かを頼んでいる。
「私はまず、モウロックの状態を診に行ってきます。クレストさんは乳しぼりを先にしていてください」
そういやエメラは治癒師としてもきていたんだったな。俺は動物の治療はしたことないからわかんないや。
俺をおいてエメラは行ってしまった。残った俺をスウェードが・・・
「じゃあこっちにきて、案内するよ」
牛舎に向かうとモウロックが区分けされて待機している。外で見たやつとは違い、おとなし・・・「ブモォオオウ!!」 いや、嘘だ。全然おとなしくない、あらぶっておられる。
「仕事内容は単純だよ、モウロックを抑えながら乳しぼりをする。それだけだ、簡単だろ?」
スウェードが説明してるけど、あれをどうやって抑えるの?
「単純だけど、簡単そうに見えないんだけど」
「まぁまずは見てて、お手本を見せるから」
いいながら、スウェードは一頭のモウロックに近づいた。気づいた牛が気を逆立てて威嚇している。と思ったらスウェードが一瞬消えた。気づいたらモウロックの頭を抑えて、力づくで下げさせている。モウロックは頭を上げようともがいているが、スウェードの方が力が強いようでびくともしていない。あの細腕のどこにあんな怪力があるんだ?
しばらくしたら、モウロックがあきらめたようにおとなしくなった。
「これで大丈夫。乳しぼりしても抵抗しないよ」
人の言うことに従うんじゃなかったのか?力づくで屈服させたようにしか見えなかったんだが。
「とりあえず、この牛で一度乳しぼりをしてみようか」
言われるがまま、用意されてあったバケツに向けて乳しぼりを始めた。
でかい魔牛の乳しぼりだけあって、一回一回すごい量のミルクが出てくる。バケツにミルクが溜まるにつれ濃厚なミルクの香りが充満してきた。すごいな、こんなに匂うのか。
「そんなものでいいよ、じゃあちょっと味わってみるかい」
スウェードがしぼったばかりのミルクをコップに入れて俺に渡してくれた。
どれどれ、ゴクン・・・!?こ、これは!!
何ということだ、この世にこんなにうまいミルクがあったのか。なんて濃厚な味わい。一口飲んだだけで骨密度がギュッと引き締まった音がした。今確実に俺の骨が新たな高みに昇った。
「・・・美味い!!」
「ははは、そうだろう。これがモウロック飼育の魅力さ」
確かにこれは魅力的だ。俺も将来、冒険者を引退したらここに就職することを真剣に検討したくなる味だ。
「じゃあ、次はクレスト君が最初からやってみようか」
そのためにはあの魔獣を屈服させなければならないのか。
選ばれたのはうずくまっている牛だった。
「この牛はもう年老いているからね。力も衰えているから初めてやるにはちょうどいいんじゃないかな」
いや、目がギラついているんですけど、俺がここから一歩でも踏み出したらやってやるって顔してるんですけど、なんならもう、少し足を上げて体を浮かし始めているんですけど!戦闘態勢に入っているんですけど!!
「いいかい、頭を抑えて後は根競べだ。向こうが根負けしたらこちらの勝ちだよ」
俺の知ってる乳しぼりの概念と違う。とにかく行くしかない。俺が足を踏み出したその瞬間・・・
俺は牛舎の外へ吹き飛ばされていた。
「上等だよ!このクソ牛がぁ!!今から地面に顔めり込ませてやるわぁぁぁ!!」
牛舎に戻った俺は、興奮する暴れ牛の攻撃をなんとかかいくぐり頭を抑えつけることに成功した。しかし、スウェードは言った。ここからが本番だと・・・
とんでもない力で頭を上げようとしてくる。マナを全開にしても押されてしまう。力負けした俺は、またしても外に放り出された。
「大丈夫ですか?」
クソ牛にぶっ飛ばされて立ち上がった場所にエメラがいた。どうやら治療の仕事は終わったらしい。
「最初は、みんな飛ばされるんですよ。私もやられましたから。良かったらコツを教えましょうか?」
「お、おう。頼むよ」
このままやってもいたずらに消耗するだけだと思った俺は、素直にエメラの助言を聞くことにした。やはり経験者の言葉は聞いといたほうがいいだろう。何かヒントがあるに違いない。
「では、よく見ててくださいね」
一緒に牛舎に戻った俺はエメラに従って後ろで観察することにした。ちなみにスウェードは笑顔で様子を見ている。
エメラは牛に近づくと、慣れた手つきで頭を抑えた。スウェードのように目に見えないような速さじゃなかった。意識の隙間を縫ったのか、気づいたら牛のところにいた。。牛も抑えられてからハッと気づいたように頭を上げようと抵抗しだした。しかし全くびくともしない。スウェード以上に細腕のエメラなのに笑顔のまま、全く微動だにしない。しかし、牛の奴はまだあきらめていないようで、必死に頭を上げようとしている。
「うふふ、ダメですよ」 といってエメラが、牛の頭を抑えたまま、「えい」 と言って、片足を上げて地面を踏んだ。
ズズゥゥゥン!!!
瞬間、大地が揺れた。地震でも起こったかのような揺れに、俺自身もひどく困惑した。なにそれ?君、中国武術の達人だったの?震脚だっけ?地面を踏みつけて、力を伝える技だよね。エメラっぱねぇ!
地面にめり込むほどの衝撃を受けた牛が、一瞬ビクッとしたようだが、すぐにあきらめたようにおとなしくなった。多分こいつには勝てねぇって思ったんだろうな。俺も思ったもの。
「どうですか、クレストさん。わかりましたか?」
うん、すごくわかった。そのやり方は俺にはできないって。
「コツとしては、地面を踏みぬくタイミングと体のひねり、そして手で抑えるタイミングを合わせることですね」
俺は今、乳しぼりのコツを聞いてるんだよな。武術の奥義を伝授されているわけじゃないんだよな。
「それはまだ俺には早いと思うんだ。だから俺なりのやり方でやってみるよ」
「そうですか?じゃあ頑張ってください」
さっきの牛の前に戻って顔を合わせた。奴は”また来たのか、何度来ても一緒だ”という顔をしているように見える。だがさっきまでの俺とは一味違うぜ。
「ふんっ!!」
「!?」
もう後のことは考えない、ここで全マナを使い切ってでもお前を屈服させてやる!渾身の力を込めて牛の頭を抑えつける。
「ブ!ブモゥーー!!」
奴も負けじと頭を上げ続ける。
「クレストさん、頑張ってー!」 「あともう少しだよー」
遠くで誰かの声が聞こえる。奴はまだあきらめない、だが俺は限界が近づきつつある。このままでは負ける。もっとだ、もっとマナを一点に集約させて・・・
光のマナが凝縮されて、まばゆい光を放ち始めた。
「モ!?モォウー!!」
奴の頭が少しずつ下がる、その時俺と奴の目が合った。”フッ、負けたよ兄弟” 奴がそう言ってる気がした。
「す、すごいです。クレストさん。初めてで成功させるなんて」
「いやー、大したものだねぇ。冒険者辞めたらうちに来るかい?歓迎するよ」
エメラはキャアキャアとはしゃいで、スウェードは褒めてくれているみたいだが、俺は返事をする余裕もなかった。息も絶え絶えで、それでも目はあいつから離さなかった。あの時俺とあいつは分かり合えた、そんな確信があった。
「さすがにクレスト君はつかれたみたいだね、あとの乳しぼりは僕がやるから奥の部屋で休んでなよ」
力の使い過ぎで満足に動けないから俺は、情けないがスウェードの言葉に素直に甘えることにした。
部屋で休んでる間、牛の頭を抑えつけた時のことを考えていた。マナの一点集中であそこまで力が出るんだな。あの牛には感謝しなきゃな、これで俺ももっと強くなれる。
・・・俺って乳しぼりに来たんだよな、なんで修行でなにかを会得したみたいになってんだ?
「やぁやぁ、今日はありがとう。おかげで、仕事がはかどったよ。お礼と言ってはなんだけど、食事の用意をしたよ。食べていってくれ」
おお、メシか。周りの冒険者ども喜んで騒いでいる。エメラを見ると、目をキラキラさせて飛び跳ねている、いや涎も少し。すげぇ喜びようだ。
「く、く、クレストさん!す、すごいですよ!!私たちはホントにラッキーです!!」
「じゃあ、こちらへどうぞ」
案内された場所は外でいくつも七輪の様な物がありその上に網がひいてあった。ほぉほぉ、バーベキューか、美味そうだな。
・・・ん?バーベキュー?
「クレスト君、君は運がいいね。今日はちょうど年老いた魔牛を加工して王都に出荷する日だったんだよ」
「え?ちょっと待って、じゃあ今から並ぶのって・・・」
「ほら、ちょうど準備ができたよ」
と言って、スウェードが指さした先に、従業員の皆さんが大皿一杯に肉を運んできた。瞬間周囲から歓声があがる。
「クレストさん!私も魔牛を食べるのは久しぶりです。ああ、導師メルヴィン。感謝いたします!!」
「クレスト君、君が屈服させたあの牛がね、ちょうど今日で絞り収めの日だったんだよ。だから君にぜひ味わってほしいんだ」
俺の脳裏に奴との戦いの記憶が蘇る。あの時確かに俺たちは分かり合えた、何か友情の様な物を感じたんだ。
「・・・・・・」
「どうしたんですか?クレストさん、早く食べないとなくなっちゃいますよ」
「モ・・・」
「モ?」
「モウロックゥゥゥゥ!!!」
その日食べた肉はこの世のものとは思えないほどの味がした。流した涙の理由は、美味しかったからなのか、悲しかったからなのか、俺にはわからなかった。




