2 ヒロインらしさを教えていたはずが、教わっていました
「いい?ノエルさん。卒業パーティーまであと少し。それまでに、私のライバルとなる以上、イベントまでの時間はほとんどないわ。ビシバシいくわよ」
「……イベント、とは?」
「あーっと。気にしないで。とにかく!『目指せ⭐︎ノエルさん美少女計画』開始するわよー!」
私がノリよく拳を上に突き出すと、ノエルさんは不思議そうに首を傾けてる。
「まず、ノエルさん。騎士キャラクターというのは、概して明るくて溌剌とした……それでいて女性らしい女の子が好き、と相場が決まっているのよ」
「…..そ、そういうものなのでしょうか?」
「そう言うものなの!と言うことで、まずは、明るく笑う練習をしましょう。口角をこーやってあげて、わざとらしくない感じで『ふふっ』と笑ってみて」
私がヒロインらしい完璧な笑みを浮かべると、ノエルさんは少し赤面し一生懸命に真似をする。
「こ、こうでしょう……か…..?」
「な、なんか怖いわ。目が笑ってないのよ、もう一度」
「こ、これでどうです……?」
ノエルさんが引きつった笑顔を作る。まずい、この子、センスがない。
「う、うん。ちょっと笑顔は難しかったかもね……次いきましょう、次!今のあなたの話し方は、すごく聞いてて心地いいけど、騎士キャラ攻略!って感じじゃないわ。もっと弾むように話しましょう!」
「攻略……?」
「気にしないでいいから!とにかく、明るくしゃべってみて!」
「リエラ様!どうですか!私!今!明るく!喋ってます!!」
「ちがーう!そうじゃない!!」
三十分後。
私たちの間には、静かな敗北感が漂っていた。ノエルさんは眼鏡の奥で目を潤ませ、肩を落としている。
「……すみません、私、とろくさくて……ほんと、勉強ばっかりで地味だし、面白みないし……リエラ様みたいになりたいです。自分が、恥ずかしい…..」
「ちょっと待って、なんでそうなるの!?」
「だって……私、リエラ様みたいに、明るくて、堂々としてて、誰とでも仲良くなれて……そういうのが、全然できなくて」
「いや、それは――」
言いかけて、私は口をつぐんだ。
だって、その通りだったからだ。私がノエルさんに求めていたのは、まさに「私みたいになること」だった。明るく笑って、弾むように喋って、誰の目にも留まる、ヒロインらしいヒロインに。
でも……そんなの、ノエルさんじゃない。
「ごめんなさい、私が間違ってたわ」
「……え?」
「あなたには、あなたのよさがある」
ノエルさんが、本当に?と言うように首を傾ける。
「あなた、休み時間よく本読んでるわよね」
「……はい、その……人と話すの、苦手、で……」
「本を読んでいる時のノエルさん、すごく楽しそうなの、私知ってるわ。たまに、溢れるように笑って、何を読んでるのかな、って気になっていたの」
ノエルさんの瞳が、少し明るくなる。
「リエラ様……」
「あなたの好きな本、教えてくれない?」
「……っはい!」
そこからのノエルさんは、饒舌だった。今読んでいる本、その作者のバックグラウンドと世界観の魅力。キャラクターの動きと、ノエルさん自身が共感して内容。彼女の説明は面白くて、思わず引き込まれる。
「っは!すみません、私ったらつい語ってしまって」
「ううん。面白かったよ」
「……リエラ様は優しいですね。エドガー様みたい」
「え?」
ノエルさんは自分の言ったことに気づいて、口に手を当てた。
「どう言うこと?」
「えっと……実は、エドガー様とは図書室で出会ったんです。書架の上にある本が取れなくて困っていたら、エドガー様が取ってくださって」
「何そのラブロマンス」
「そ、そんなんじゃ……!それで『この本好きなのか?』って聞いてくださって、作者が好きなんですって言ったら、『わかる、俺もだ』と笑ってくださって……私、嬉しくて思わず語ってしまったら、エドガー様、楽しそうに聞いてくれて、それで…..私……」
ノエルさんが顔を赤らめてもじもじしている。可愛い。
そしてーーその話を聞いて私を襲ったのは、敗北感だった。
私は、エドガー様とそんな胸キュンエピソードなんて、ない。
ううん、エドガー様だけじゃない。シャル様もルシファー様もカイン様も……今思えば、楽しく上っ面の会話をしただけだった。
ヒロインらしくーーそれだけを考えて、彼らのことをよく知りもしないのに勝手に分析した気になって、彼らの好みそうな言動をして。
私、エドガー様が本を好きなことだって、全く知らなかった。
(転生したんだからそれらしくーーヒロインらしくしなきゃって思ってた……でも、それってなんで?……だれのため?)
急に、迷子になったような寂しさに襲われる。
「あの、リエラ様……?私、何か失礼なことを言いましたでしょうか?」
ノエルさんが、不安そうにコチラを見てくる。
「あ!ううん。違う。ちょっとびっくりしただけ…..私、そういう、胸が締め付けられるような気持ち、今までなったことなくて」
「え!?」
ノエルさんが目を見開く。
「それは……エドガー様に対しては、と言うことですか?」
「というか、だれ1人として、そういうのないかも」
「ジルフォード様に対しても、ですか……?」
「はぁー!?ジル!?ないない、絶対ない!!」
私の大声に、ノエルさんが肩を揺らす。
「す、すみません……お二人、すごく仲良さそうだから、つい、そういう仲なのかと」
「だから!私はエドガー様がいいの!というか、ジルとは仲良くないし!」
「そうなんですか?」
ノエルさんが、意外そうに首を傾げる。
「そうよ!あいつったら、いっつも私の悪口ばっかり。さっきだって私のこと間抜けっていうし――」
思わず、愚痴が口をついて出る。
「新作のドレスを見せたら『見た目はいいのに、お前は見せる相手がいなくて可哀想だな』って哀れみの目で見てくるのよーーー!?」
「ジルフォード様がそういうこと言うの、意外です……でもほら!見た目が綺麗って、褒めて下さってるじゃないですか!」
「ノエルさん騙されちゃだめ!あいつは、一見紳士ぶって、いい男感を出しているけど、本当に意地が悪いのよ。この前だってーー」
私は思い出して、頬を膨らませる。
「私が風邪引いた時、珍しく屋敷に来てくれたと思ったら『お前が寝込むと世界が平和だな』ですって!どう言うことよ!私が起きてても世界は平和でしょうが!!」
「そ、そういうことじゃないような……と、とにかく!リエラ様を心配してお見舞い、なんて優しいじゃないですか」
「優しくなんかないわよ!お見舞いの定番といえば、普通お花でしょう!?なのに、ぜーんぜんおいしくない飴持ち込んできて、嫌がらせしてくるのよ!」
「それは、お薬なのでは……?」
「もうっ!ノエルさんってば、あいつのことよく受け取りすぎ。他にも、私がちょっと簡単な計算間違えたら『三歳児かお前は』って鼻で笑ってくるし」
「そ、それは確かに意地悪ですね……」
「あ!でも勘違いしないでね、その後、他のところもミスってないか確認するような優しい側面もあいつちゃんとあるから」
「……リエラ様」
「な、何よ」
ノエルさんが、なんとも言えない顔で私を見ていた。生温かい微笑ましさを湛えた表情。
「お二人は、とっても仲良しさんですね」
「はぁ〜〜〜!?そんなわけないじゃない!だれがあんな、ちょっと顔と育ちがいいだけの毒舌男とーー」
「私、リエラ様がジルフォード様と話している姿を見るの、好きですよ。いっつも楽しそうで、羨ましいです」
「え?今告白された?私も、ノエルさんのこと好きよ?」
ノエルさんが、呆れたように笑う。
「……今日は、ありがとうございました。私、がんばります……明日は、訓練場の手入れがあるんです……エドガー様、そういう日は図書館によく来るので……勇気を持って話しかけてみようと思います」
吹っ切れたように、ノエルさんが笑う。
その笑顔には、若干の不安とーー好きな人と話すことへの“ワクワク感“があった。
「あ、うん……頑張って、応援してる」
本当なら「じゃあ私たちはライバルね」と言わなきゃ行けない場面だ。彼女の恋を応援しつつ、私は私なりに、明日はエドガー様にアプローチしないといけない。
だけど、どうしてだろう。
そんな気持ちには、全くなれなかった。
ーーバカはお前だ、間抜け
ジルの声が、聞こえた気がした。
今日だけは、あいつの言っていることが正しい、そんな気がした。
ーーーーーー
翌朝ーー。
今日は、ノエルさんがエドガー様と会う日だ。そんな中、私はどうすればいいのかわからないでいた。
途方に暮れて食堂に向かう途中、ふと、中庭にいるノエルさんが目に入る。
彼女は、ベンチに座って食い入るように本を読んでいる。
(ちょっとちょっと!本と顔が近い!顔がよく見えない!なんか全体に絵姿台無し!!)
ハラハラしながら見ていると、彼女の近くで木が揺れたーーエドガー様だ。
彼は、食い入るように、ノエルさんを見つめていた。
風でノエルさんの三つ編みが揺れる。彼女が小さく笑うたび、エドガー様の口元も、釣られるようにふっと緩む。
(……嘘でしょう!?エドガー様ルート、もう詰みじゃん)
前世、何度も小説で読んだ。ゲームで知った、恋愛と言うのは「気になる相手を目で追ってしまう」ことの連続らしい。
それが、目の前で起きている。私に向けてではない。ノエルさんに向けて。
その日の放課後、ノエルさんから「エドガー様と付き合うことになった」と聞いた。
これだけ努力したのにーー私の運命の人候補は、ここで尽きてしまった。
ノエルさんの幸せを本当に祝福しているのに…..おめでとう、という言葉が、喉に突っかかった。




